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3話

「こっちからいい匂いがするよ!」

アイセの村に着くなりヒューゴは私の手を引き、頭に被っている頭巾フードを抑えなければならないほど勢いよく走り出した。

余程お腹がすいていたらしい。


地図によれば村の規模は村としてはやや大きめなようだ。

国境が近くまた山を越える旅人が多く通るからかと思われる。

ただ、こういうところに来たのは初めてなのでヒューゴに手を引かれるままついていくことにした。

ヒューゴが飛びこむように入った食堂と書いてあるところは活気に満ちて沢山の人が有象無象に動いていたのでその勢いに飲み込まれそうになった。

ヒューゴは空いているテーブルの椅子を引き私に座るように示した。

「きんちゃん何たべる?」

ヒューゴが聞いてきたが、何をどうするのかは良くわからない。

「ヒューゴに任せる」

ヒューゴに告げるとヒューゴは手を挙げて店の者を呼んで頼んでいた。

成る程、このようにいうと頼める仕組みになっているようだ。

知らない事が沢山あり目に付くものがみんな新鮮だ。

目の前に置かれた食事は簡素なものだがテーブルが軋む程置かれていた。

「この量を誰が食べるのだ」

すでにきた料理に手をつけていたのでヒューゴが目だけを私に向けて咀嚼しながら

「え?きんちゃんと僕に決まってるじゃない」

と、事もなげに言った。

大量の料理は、ヒューゴの言葉を違えず『きんちゃんと僕』の主に『僕』のお腹に収まった。

食べ終わるとヒューゴはズボンの中から革袋を取り出し、硬貨を出した。

多分あれが流通している通貨なのだろう。

私はヒューゴに言って手に乗せ見せてもらった。

硬貨には数字が刻印されていた。

通貨単位なんだろう。

「もしかして、きんちゃん使った事ないの?」

私は頷いた。

「これが1アークで…」

「それは知っている」

ヒューゴがあからさまにがっかりした顔をしたので気の毒になり

「通貨それ自体の存在と流通方法は知っているが具体的にどのように使用するのかはわからないので教えて欲しい」

というとヒューゴはまた満面の笑みを浮かべて

「うん、僕に任せておいて!」

と言った。


食堂をでる頃には日は傾き始めていた。

「あのね、きんちゃん。なんかあると困るからきんちゃんと部屋を一緒にしたいんだけどいいかな?一緒ならなんかあっても僕が守れるし」

ヒューゴにも『なにか』ある可能性があるのか。

「かまわないが」

男性と同席している時点ですでに問題なのだからこれ以上の問題はないだろう。

つれもどされ発覚したところで揉み消されるの容易に想像できる。

ヒューゴを男性と認めるのであればだが。

宿というところに入ってみるとヒューゴがそこにいた婦人に声をかけ鍵を渡されていた。

婦人に、

「兄弟かい?」

と聞かれヒューゴがニコニコと頷いた。

「兄ちゃんと弟さんかい。ゆっくりしておくれ」

私の巻頭衣と目深に被った頭巾フードのせいなのか少年と間違えられたようだ。

これは私にとってはむしろ好都合だった。

部屋は2階にあり登る階段は軋んだ音をたてていた。

森の小屋の床も良く軋んだが普通の家の床も軋むのだと楽しい気持ちになった。

書物では知っていたが実際に見るというのは大変心が沸き立つものなのだと知った。

部屋はひどく小さく簡易な寝台が2つ左右に置いてある。

他人の側で寝るのは始めてだ。

「きんちゃん、お風呂入っておいでよ」

ヒューゴが私に声をかける。

「お風呂」

暫く考えてから湯浴みの事だと気づく。

小屋にいたときは近くの川で済ましていたのでこのようなところでどのようにするのかよくわからない。

ましてや、これを人前に晒してはいけない。

私は胸に手をあてた。

「いや、私はいい」

「ふうん、じゃあ、もう寝よう」

深く聞かれる事もなく促される。

宿屋には簡易な寝巻きがあった。着替える時にヒューゴが部屋を出た。

外ではそういうものなのかと些か驚いた。

小さな寝台に横になると開け放った窓から欠けた月が見えた。


麓の村にいる間はヒューゴがいう『なにか』も起こらず、明るい日差しの中、山道を2人歩いていた。

人の良く通る道らしく歩きにくい道ではない。

「ヒューゴは私になにも聞かないのだな」

前を歩くヒューゴの背中に問いた。

「きんちゃんだって僕になにもきかないよ」

私がヒューゴになにも聞かないのは、別の理由なのだが。

「確かにそのとおりだ」

「それにきんちゃん、言いたくなさそうだから聞いてもしょうがないじゃない」

きんちゃんをいやな気持ちにさせるのもなんだし。と小さく付け加えこちらを向くと軽く首を傾けた。

その様子が小動物の様に見えて思わず微笑むとヒューゴがうれしそうに目を細めた。

「きんちゃん止まって」

ヒューゴの顔が急に引き締まった。

「2人いる…じっとしててね」

言うなりしげみの中で

ドサッ

と、重たい物が倒れる音がしたかと思うと左側から男が一人私に向かってかかってきた。

「きんちゃん!!」

悲鳴に似たヒューゴの叫び声がした。

私はヒューゴに言われてすぐに中腰に落としていたので向かってきた男の顎を持ち上げるように掌拳を当て

怯んで身体が後ろに傾いだところを右足刀で男のこめかみに足の甲を打ち付けた。

向こうも油断していたらしく上手く急所に当たったようでその場に脳震盪をおこして倒れてくれた。

「ごめんね、きんちゃん、油断してた」

ヒューゴが泣きそうな声で言うので私はいささか驚いた。

「いや、ヒューゴの声ですぐに対応できたから問題ない」

「でも…」

「怪我もないのだから気にする必要はない」

「次は絶対!守るからね!」

「頼りにしている」

私が言うとヒューゴは顔を上げて大きくうなずいた。

「でも、きんちゃん、意外に強い」

歩きながらヒューゴが私に言ってきた。

「習った事がある。

それに私のは逃げるための技にすぎない。

それよりあれはそのままでいいのか」

私は目線を後ろに向けた。

襲撃者を山道に置いたまま歩いてきている。

「本当はやっちゃった方がぼく達は楽なんだけど」

あれを跡形もなくすっていうなら別だけど。

と呟きながら頭を軽くかく。

ヒューゴは困ったように笑う。

「証拠を置きっぱなしにはできないよね…。

でも、ディーからなるたけ殺さないように言われてるんだ。そのほうが向こうが動いてくれるって」

向こうというのは何なのだろか。

ヒューゴが前の村で言っていた襲ってくるなにかなのか。

「ヒューゴが食べるというのはダメなのか」

証拠隠滅と言うのであればそういう方向もあるのではないかとおもい言ってしまった。

「きんちゃんは僕を何だと思ってるの!」

ヒューゴはおもいっきり頬を膨らませた。

「人狼」

私が答えるとヒューゴはもぉ…とつぶいてから

「ぼくは火を通してない肉は食べないよ!美味しくないし!」

と言って俯いた。

ヒューゴの傷付いた様子に私は戸惑った。

「すまない、ヒューゴが嫌な気持ちになったのなら謝る」

ヒューゴがため息をついてから微笑んだ。

「きんちゃんは正直なんだね」

そういうものなのだろうか。

外で話すのはなかなか難しいと思った。


後、一山越えたらリデンに入るというところでヒューゴが山を迂回して森を通っていこうと言い出した。

「遠回りではないのか」

「あの人達がいたってことはあっちの山にもいる可能性があるから」

ヒューゴから渡された地図を見ながら行程の確認をする。

「今日は野宿になっちゃうけどごめんね」

ヒューゴが申し訳なさそうにいう。

「ヒューゴが謝ることではないと思うが」

あの小屋に行きつくまで、野宿をしていたのであまり気にはならない。

むしろこの国で人目に付かないという点ではありがたい申し出といえる。

「そう決めたなら行こう」


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