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余話1 王宮院 技巧局 技工課 二期生 クラウス・マドル きのこ少年

 課題提出まであと15日 


 俺は煮詰まっていた。

実習で作るものが浮かばないのだ。

課題は『身近にあるものの改変』

身近にあるものと言われても範囲が広すぎてこれだというものが思いつかない。

期限は15日。

俺は髪をかきむしりながら気分転換に技巧局の図書庫に向かった。

 図書庫ではいつも技術の本が多く置いてある棚に行くのだが、今日は気分転換も兼ねていたのでいつもはいかないような棚に向かった。

普段は読まないような歴史や地理などの棚に向かいぱらぱらと頁をめくる。

あぁ、どれも頭に入ってこない。

本を戻しながらため息をついていると、本棚の向こうから頭巾フードを目深にかぶった少年が大きな本を抱えて棚に向かってきた。

少年は、持っていた本を三段目の棚に戻そうとしていたが本の重さと高さでうまく入れられない。

踏み台を探すことにしたのかきょろきょろと左右を見始めた。

「ここに戻せばいいのか?」

俺は少年の手から本を抜き取ると先ほど入れようとしていた棚に本をしまった。

「ありがとうございます」

思いのほか凛とした声でお礼を言われて思わずもう一度少年を見た。

少年は俺が見ていることも気に留めずにまたきょろきょろし始めた。

やはり、踏み台を探しているらしい。

「どれをとりたいんだ?」

声をかけた俺を少年が見上げた。

少年は無言で本を指さした。

俺がその本を棚から出すと矢継ぎ早にその隣またその隣と何冊かの本を指さした。

「ありがとうございます」

礼を言ってから少年がまたその本を抱えてよたよたと書見台に向かう。

中等部の少年が読むにはやや難解な本もあるのでなんだか気になって少年の後をついて行った。

書見台に重い本を乗せるとぱらぱらと本をめくる。

読んでいるというよりは眺めているようだった。

「分からないとこがあったら教えるよ」

俺が、少年に声をかけるとびっくりしたように体を揺らした。

「あぁ、驚かせてすまない。ただ中等部だとこの本なんかは難しいかと思って」

頭巾フードが横に傾げた。

「中等部?」

「ぁあ、もしかして一期生だった?」

「一期生?」

頭巾フードが左右にゆらゆら揺れた。

「もしかして、君って技巧局の子じゃないの?」

頭巾フードが上下に動いた。

「さっきから、何か探してるの?」

頭巾フードが右に傾げた。

「読んでいる」

「でも、頁めくってるだけに見えるけど」

頭巾フードが今度は左にかしいだ。

「見れば、全部おぼえるであろう。普通」

不思議なことを言われたかのように答えられた。

「え、じゃあ今まで見た本、全部おぼえてるの?」

「なんで、普通あたりまえの事を聞くのだ?貴公は?」

心底不思議そうに首をかしげながら少年は言った。

「え、一回見ただけで普通はおぼえたりできないよ」

俺は驚きながら少年に言うと、

「ミレイも前にそのようなことを言っていたな」

頁をめくる手を止めずに言った。

「ミレイって!ミレイ・ヴァーハル先輩?!」

少年は本から顔を上げた。

「そのような名前なのかは知らないがミレイという知り合いはいる」

ミレイ先輩と言えば技巧局きっての秀才と言われあまつさえ武局の課題カリキュラムも習得したという技巧局の誉れと言われている先輩だ。

そしてその美しさも抜きん出いて技巧局すべての男子学生の憧れ。

「君の言ってる、ミレイさんって、髪が茶色くて長くて、胸が大きい?」

少年が何かを考えるように上を向いた。

「確かに、ミレイは髪が茶色くて、長く、胸が大きくていい匂いがする」

「え」

なんだ最後のいい匂いがするって。

「ミレイ先輩と仲いいの?」

思わず聞いた俺に少年がまた首を傾げた。

「よく、食事をしたり。髪をといてもらったり。胸のそばに引き寄せられたりするが」

「はぁ?!」

なんだその幸せな状況は!

「君って!」


カーン。カーン。カーン。


書架の閉まる時間の鐘がなり少年が立ち上がった。

「こんな時間か」

少年は持ってきた本を小脇に抱えまたよたよたと書架に本を運ぶ。

彼の読書の時間を奪ってしまった俺は本を書架に返すことを手伝うと少年にいった。

「ありがとうございました」

本をすべて返し終わると少年は俺に頭を下げた。

「また、なんかあったら手伝うよ。俺は…クラウス、クラウス・マドルだ」

「ヴィ・ワルドだ」

「またな、ヴィ!」

俺の言葉にヴィは頭を下げて書庫から出ていった。



 課題提出まであと14日


俺はこの書庫で『フード少年』を探している。

男子学生憧れの的のミレイ先輩に『食事を共にして、髪をさわり、あまつさえ胸に引き寄せられる』という少年が気になって仕方がないのだ。

そしてまた書見台に向かうよたよたとした姿のフード少年を見つけた。

声をかけようとして用事がないことに気づいた。

「運ぶのを手伝ってやるよ」

ヴィが持っていた本を抜き取るように持って書見台に向かうとヴィが立ちすくんでいた。

頭巾フードが左右に揺れる。

「昨日、会ったろ。クラウスだ」

納得したかのようにうなずいた。

昨日のように無言で本をめくり始めた少年に声をかけるのは気が引けてしばらく少年を眺めていた。

日差しも暖かいこの時期に目深に頭巾フードを被り、黙々と頁をめくる。

その手が早い。

あっという間に一冊読み終わってしまった。

「あ、なぁ」

少年は俺の声に気づかないようで次の本を書見台に置く。

「ヴィ!」

その最初の頁をめくる前に慌てて声をかけた。

ヴィが勢いよく顔を上げた。

そのせいで目深にかぶっている頭巾フードがふわりと浮き上がってその下にある大きな目がちらりと見えた。

「それ、かぶってて暑くない?」

「…」

ヴィが頭巾フードにいま気づいたようにふれた。

「この恰好をしていないとヒューゴが怒るのでな」

「ヒューゴって誰なの?」

また、視線を本に戻したので慌てて聞き募る。

「ヒューゴはヒューゴだが」

また不思議そうに返された。

「あ、あのさミレイ先輩の事…じゃなくて俺、課題の提出が迫ってんだけどヴィに手伝ってもらえたらなぁなんて思ってんだけどどうかな?」

きのこ少年ともう少し話してみたくなり言い募る。

かなり挙動不審だな、俺。

「課題?」

「うん、『身近にあるものの改変』って課題で、いつも使っているものをもっと使いやすくできるように作り変えるんだ」

ヴィが『課題』の意味が分かってないようなのでやるべき部分だけを説明した。

ヴィは拳を顎に当てて何かを考えているようだった。

「マドル殿は物を作ることができるのか」

頭巾フードの中からの視線のはずなのにまっすぐこっちを見ているのが分かる。

「すごいことだな」

心底感心した声で言われた。

「技工課の人間ならみんなできることだし、あと俺のことはクラウスでいいよ」

「私にはそのようなことはできないからクラウスは私よりすごいということだ」

ものすごく真剣に褒められて照れてしまう。

「私でできることであれば手伝わせていただくが」

よっし!これでミレイ先輩のこととかも聞ける。

よくやった自分。

「さっそくだが、私は何をしたらよいのだ。クラウス」

ん?喜びで気づかなかったがさっきからきのこ少年、『私』と言っていないか?

「あ、あのさ変なこと聞くようだけど。ヴィって女の子?」

「そうだが」

こともなげに答えられた。

女子…技工課クラスの数少ない女子でさえあまり話していない俺が女子と話す。

うわぁぁ!障害ハードルが高すぎる!

いやまてよ、女子とはいえさっきまでヴィをきのこ少年と思っていた時はすんなりと話しができていたじゃないか。

そうだ、いまからヴィをきのこ少年だと思って話せばいいんだ。

うん、うん、さすが俺。

とてもいい考えだ。

「どうしたのだ?クラウス」

本を閉じて手伝う気満々で仁王立ちをしたヴィに不審そうに声をかけられた。

「あ、いや。なにから手をつけたらいいか考えてたんだ」

嘘ではない。

「では、私は何をしたらいいのか指示をしてくれ」

「まずは…」



課題提出まであと13日


 昨日は、ヴィが女子ということで動揺してしまい今日会ったときに挙動不審になるかと思っていたら、書見台のヴィがいつもどおり『きのこ少年』だったんで自分が思うより動揺しなかった。

「ヴィ」

俺が声をかけるとヴィが首かしげた。

「クラウス・マドルだけど」

「クラウス」

ヴィは、『ぁあ』と納得したように軽くうなずいた。

「今日は何を手伝えばいいのだ」

「ヴィの本読む時間が無くなるけど手伝ってもらっていいの?」

ヴィの声が弾んでいるようだったので不思議に思って聞いてみた。

「自分ができないことの手伝いをできるなど、こんな光栄なことはない」

ヴィにきっぱりと清々しくそういわれてミレイ先輩の私生活とかを聞いてみようと思っていた俺は反省した。

昨日まではよく使う日用品を上げていき、その中で作り変えてみたいと思うものを考えていた。

「うん、今日はなんか参考にならないか、

本を見て考えてみようかと思ってるんだけど」

二人で棚に行き日用品の目録がある本を持ってきて長机に置きその横に板石を置いた。

板石は白墨で書いて消せるから考えをまとめるときにとても重宝する。

「昨日言ってたのは…」

昨日考えていたものをいくつか挙げるとヴィが

「これもいってたぞ」

と、板石にさらさらと昨日書いた物と同じものを書いた。

本当に一度見たものを覚えているらしい。

「ヴィ、袖のところに白墨の粉が付いてるぞ」

裾についた粉をはたいて落としてやっていた時、頭巾フードの中の顔がちらりと見えた。

「顔にもついてる」

指摘するとヴィが手で頬をこすり粉を落とした。

「この白墨というものは便利だが粉が落ちて難儀するな」

「それだ!」

俺は思わずヴィの両手をとって上下に振った。

なんだ?という感じの視線をヴィから感じて下を向くとヴィの手を握っている自分の手が見えた。

「ぁああ!ご、ごめん!」

慌ててヴィの手を離すと頭巾フードが右にかしいだ。

「なにがだ?」

手に触れたことはヴィにとって何事もなかったことのようだった。

なので、

「それだよそれ!白墨をもっと使いやすくすればいいんだよ」

と話題をすり替えた。

「なるほど、さすがはクラウスだ」

「ヴィが使いやすいように改良すればいいんだ」

「なるほどな」

「まず問題点を上げていこう」

話題を変えられたことに気づいてないようで安心した。



課題提出まであと12日


 昨日は白墨の問題点を上げていくことに夢中になって、ミレイ先輩の事を聞くのをすっかり忘れていた。

しかし、あの真剣なヴィのまなざしにそれを聞くのもなんだか気が引けるというのも事実だ。

大体、ヴィとミレイ先輩の関係ってどんなんなんだ?

「あれ?」

その前に俺はヴィの事を何も知らないということに気が付いた。

ヴィに名乗ってから呼びかけると、

俺に気づいたヴィが書見台から立ち上がった。

二人で長机の方に移動して板石を広げる。

「まず持ち手が布で巻いてあるだけだから

短くなった時に布をめくると粉が飛び散るので

布を何か違う素材にできたらと思うんだけど

ヴィなら何だと使いやすいと思う?」

ヴィは顎に拳を当てて軽く首を傾げた。

「木などがいいと思うが、短くなった時に動かない木だと不便だな」

「うん、確かに」

「それと、持ち手が太くて書きにくいとも思う」

「なるほど」

ヴィから聞いたものを板石に書いていく。

「それと…」


カーン・カーン・カーン


鐘の音で二人同時に板石から顔を上げた。

二人で白墨に対して意見を出し合っていたらあっという間に閉架の鐘が鳴ってしまった。

そういえば、ミレイ先輩のこともヴィのことも何一つ聞いていない。

「ヴィって…」

どこに住んでるんだ?

中等部じゃないってことはなにしてんだ?

そういえばそもそも年は幾つなんだ?

聞きたいことが急にわいてきて言葉に詰まった。

「あ、明日もここに来る?」

とっさに聞いてしまった。

「?手伝わせてもらっているのだから来るが。

クラウスは明日こないのか?」

「来るけど!毎日手伝ってもらってるから悪いかと思って」

全力で首を横に振りながら言うと、

「クラウスを手伝わせてもらってるのは私の方だ。

悪いことなど何もない」

ヴィの頭巾フードの中の口が笑った。

それから窓の外に目をやって慌てたように

「ではまた明日」

と言って書庫を早歩きに出ていった。

俺はヴィが窓を見た後慌てた様子だったのが気になってその窓から外を見た。

そこからは図書庫の出入り口が見えた。

ヴィが出ていくと長髪の少年がヴィに飛びついた。

飛びつかれたヴィは驚くでもなくそのまま少年と並んで歩いて行った。

昼に揚げ物を食べすぎたせいなのか今になって胸焼けがした。



課題提出まであと12日



 「ヴィから聞いた感じでこんなものを考えてみたんだ」

俺は、書見台にいるヴィに声をかけた。

ヴィの言っていた白墨の問題点を改良した図をヴィに見せた。

「話しただけでここまでできるなんてクラウスはすごいな」

経木に書いた物を嬉しそうに見ているヴィを見たら俺までなんだかうれしくなった。

「それで、これを試作しようと思ってるんだけど、ヴィも工房に来ないか?」

「いいのか?」

「試してもらいながらの方がいいものができると思うんだ」

「ならば、邪魔させていただく」

ということでヴィを連れて工房に向かった。

技工課の工房は別棟にあるとはいえここからそんなに離れてはいない。

工房に向かう道すがらヴィを見ると頭巾フードの中の顔がやや赤くなっていた。

「ヴィ、暑いんじゃないのか?」

「確かに。ヒューゴもいないことだし少しの間はずすか」

ヴィは両手を頭巾フードに手をかけて後ろに下げ大きく息を吐いた。

「やはりこの方がすずしいな」

そういってから俺に顔を向けてにっこりと笑った。

俺は慌ててヴィから目をそらした。

女子だとわかっていたが、こんなにも可愛い顔だと思っていなかったので衝撃で顔が赤らんだ。

頭巾フードの下のヴィは抜けるような白い肌に日にあたって光るふんわりとした金の髪を高い位置で縛り、大きな赤い目は愛らしく、口元は楽しそうに上がっている。

「どうかしたのか?クラウス」

「こ、工房に行ったら道具とかが当たると危ないから頭巾フード被ってたほうがいいよ」

女子の少ない工房にこの状態のヴィを連れていくのは危険だ!

そして俺も直視できない。

「承知した」

ヴィの返事を聞きながら横眼で隣を歩くヴィを見ると風にあたって気持ちよさそうな顔をしている。

俺の思惑だけでまた頭巾フードを被らせることになってすまん。

心の中でヴィに謝った。


 工房につくとヴィは工房が初めてなのか興味深そうにそこここにある道具を見ていた。

「みんなここでつくるのか?」

研磨機を見ながらヴィが尋ねた。

「いや、ここは技工課だけの工房で課ごとに工房があるんだ」

ヴィから感嘆したような声が聞こえた。

「じゃぁ、作ってみるか」

俺は市販の白墨の角を丸く削っていった。

白墨は柔らかいのでなかなか難しい。

集中していると視線を感じて顔を上げるとヴィの顔がそばにあった。

「わぁ!」

驚いて声を上げると頭巾フードがかしいだ。

「驚かせてしまって申し訳ない」

「い、いや。だ、大丈夫」

ヴィの頭巾フードが今度は反対側にかしいだ。

「大丈夫ではないぞ」

ヴィが指さした俺の手元にはぽっきりと半分に折れた白墨があった。


「ヴィもやってみるか」

俺の声掛けにヴィが力強くうなずいた。

やすりと白墨を渡して後ろから手を添えた。

ふんわりと花のような香りがした。

「クラウス?」

ヴィが手の止まった俺に怪訝そうな声をかけた。

「あ、すまん。ここを当ててこんな風に…」

教えた後は俺は書いた図の通りに別の作業をするべくヴィの横から離れた。

なぜか動悸がする。

横目でヴィを見ると集中してやすりで白墨を削っていた。

不器用ではないようで楽しそうに削っている。

そんな姿を見ていたら俺もなんだか楽しくなってきた。



カーン・カーン・カーン


遠くから書庫の鐘が聞こえた。

書庫の鐘の音を聞いてヴィが慌てたように顔を上げた。

あの後、二人とも集中してしまい一言二言話すだけでせっせと作業していた。

それでも同じ部屋に楽しそうなヴィがいるだけで自分まで楽しく作業ができた。

「書庫にもどらなければ」

ヴィが立ち上がりながら今まで使っていた道具を俺の方に持ってきた。

「俺が、かたしておくからヴィは書庫に戻っていいぞ」

と時間を気にしている様子のヴィに言うと

「私は、クラウスのお手伝いをさせてもらっているのだから

最後まで手伝うのが道理であろう」

と不思議そうに返された。


二人で手早く道具をかたずけ工房から出るとヴィが頭巾フードを外した。

「やはりすずしい」

そういいながらヴィは大きな目を細めて顔を軽く上げて風を受ける。

また、ヴィを直視できなくなった。


 「きんちゃん!!」

書庫の入り口近くに来ると向こうからそう言いながらものすごい速度スピードで少年が走ってきた。

ヴィが頭巾フードを被ってないのを見ると少年が素早くかぶせた。

「今はヴィなのだし、あちらに了解も取っているのだからよかろう」

「僕がいないときは被ってないとダメ」

困惑気味にヴィが言うと少年が頭巾フードの中を覗き込むように言った。

「では、もうヒューゴが来たのだから問題なかろう」

再び頭巾フードを外そうとするヴィの手の上に重ねるように少年の手が止めた。

「とにかく、僕がいいって言うまでダメ!」

俺は少年の勢いにしばらく茫然としながら少年を見た。

ヴィにヒューゴと呼ばれた少年は少女と見間違うほどの可愛い顔でくりくりとした大きな金色の目を今は険しくして黒い長髪を下の方で軽く一つに結び、左右に剣を下げていた。

着ている服は武局しろつきのものだ。

肩についてる腕章から察するに一期生のようだ。

武局と技巧局は互いを『筋肉馬鹿』『頭でっかち』と言い合う程度には仲が悪い。

書物に理解の深いヴィがそんな武局きんにくばかと知り合いなのも驚いた。

そして武局きんにくばかの少年はあくまでも俺を無視することにしたらしい。

「ヴィ、もう遅いからここで」

ヴィに声をかけるとヴィが慌てたように俺の前に立った。

「失礼なことをしてしまい申し訳ない。

こちらは親族のヒューゴだ。

こちらの方は私が手伝わせてもらっているクラウス殿だ」

ヴィに紹介されてしまったので俺とヒューゴはぎこちない挨拶を交わした。

「じゃあまた明日!」

俺はとてもいい笑顔でヴィに挨拶をした。

俺の背中に

「え、手伝いって何?!

明日もって?!」

とヒューゴが慌ててる声があたって笑いをこらえるのがつらかった。



課題提出まであと7日


 このところ、ヴィと毎日図書庫で待ち合わせそのあと工房に行くという日々を送っていた。

課題はだいぶ進みヴィにためし書きをしてもらえるまでになった。

今日も図書庫のいつもヴィのいるあたりを探すと長机のところで本を相変わらずの速さでめくっているヴィとそのヴィの腕に手を乗せて座ったままあどけない顔で寝ているヒューゴがいた。

猛者ぞろいと言われている武局しろつきでこんなに幼い感じのヒューゴがやっていけるのだろうかと他人事ながら心配してしまった。

「ヴィ、クラウスだけど」

ヴィが顔を上げた。この何日かの間にヴィは人の顔を覚えるのが苦手だということを聞いたのでこちらから名乗ることにしていた。

「クラウス」

今日はヒューゴが隣にいるせいか頭巾フードを被らない姿で俺の方を振り向いた。

「クラウス?!」

寝かせたまま置いていこうと思っていたので小声でヴィに声をかけたのにヒューゴが目を覚ましやがった。

ヒューゴは俺を見るなりヴィの頭に頭巾フードを被せた。

「工房なら安全のために必要だが、今はヒューゴもいるし被らなくてもいいのではないか?」

頭巾フードを外そうとするヴィの手をヒューゴが押さえた。

「いいの、違う危険があるんだから」

頬を膨らましながらヒューゴが言う。

「クラウスなんで顔、赤くなってんの」

ヒューゴが威嚇するように俺の方を睨みながら言った。

「クラウス、具合悪いのか?」

心配そうにヴィが言う。

「いや、大丈夫だよ」

軽く手を振ってヴィを見る。

その直後背筋に悪寒が走った。

恐る恐るヒューゴを見ると殺しそうな目で俺を見ていた。

前言撤回。

あの殺気やるきなら武局しろつきでも十分やっていけるだろう。

「なんか、少し寒くないか」

ヴィがそう言うとヒューゴが俺に向けたのとは真逆の瞳でヴィを見ながら、

「ね、頭巾フード被ってた方がいいでしょ!」

といった。


「じゃ、行こうかヴィ」

意図的にヒューゴを置いていこうとヴィの方だけ見て声をかけると。

当然のようにヒューゴも歩みだした。

「ヒューゴも来るのか?」

俺の聞きたいことをヴィが聞いてくれた。

「うん、今日はあっち休みだからずっときんちゃんといれるよ」

そういわれてヒューゴの服を見ると確かに武局しろつきの服を着ていなかったが

剣は身に着けていた。

ヴィが二、三度首を左右に動かしてから俺を見た。

「ヒューゴも行きたいようなのだがクラウスの邪魔にならないか?

邪魔になるようであれば今日は遠慮しておくが」

『遠慮しておく』と聞いてヒューゴの表情がぱぁっと明るくなったのが見えた。

「そんなことないよ。ヒューゴにも使ってもらえばさらに検証できるから」

ヒューゴの表情が腹正しかったので年上の余裕のある笑顔で俺は答えた。

また、ヒューゴから冷気が流れてきた。


 工房に入ったヒューゴは見るものすべてが珍しいのか、

ぶすっとしていた先ほどまでの顔から玩具を見る子供のような顔になった。

「人様の物だから勝手に触ってはいけない」

ヴィがヒューゴがいろんな工具をさわろうとしているのを見かねて声をかけた。

「昨日、作った『試作品』がこれと、これと、これなんだけどヴィ使ってみてくれない?」

試作品を出すと、ヴィがゆっくりと吟味するように板石に書いていく。

「これは、私の手では大きすぎるな」

「こっちのは持ちやすい」

「これが一番書き味がよい」

三点の試作品の良しあしを書いて付箋をつける。

「ヒューゴも書いてみてくれないか」

ヴィの言葉にあちらこちらをふらふらと見ていたヒューゴがすぐ飛んできた。


バキィ!


ヒューゴが板石に白墨を当ててすぐに白墨が真っ二つに折れた。

「きんちゃん!ごめん!わざとじゃないんだよ!」

ヒューゴがうるうるとした瞳でヴィに縋りついた。

こ、こいつ、あざとい。

「クラウス、すまん。ヒューゴは思いのほか力があるらしい」

ヴィが申し訳なさそうな声でいいながら俺を見る。

ちなみにヒューゴは俺に目もくれない。

見ている限り、ヒューゴもわざと折ったようには見えなかった。

「ヒューゴ、武局しろつきでも座学はあるんだろ」

名前を呼ばれていやいやながらヴィの手前ヒューゴが俺を見た。

「武局だってちゃんと座学あるよ」

武局しろつきが馬鹿にされたと思ったのかむっとした顔で答えた。

「だとすると結構、武局しろつきで座学の時に白墨が折れてるってことだよな」

「うん、それはそうだけど」

馬鹿にされていないとわかってヒューゴは素直に答えた。

「あと7日か…」

「何を考えているのだクラウス」

「うん、白墨から作ってみてヒューゴでも使えるものと

ヴィが使いやすい物ができないかなと思って」

「課題とやらの提出が迫っているといっていたが

そのようなことして間に合うのか?」

ヴィが心配そうに聞いてきた。

「たぶんぎりぎりになると思うけど。

作るからには一番いいものを作りたいからな」

「クラウスはすごいな。

私も手伝えることがあるなら何でもしよう」

ヴィの熱くなった口調と裏腹に

冷たい何かがヒューゴの辺りから俺の方に漂ってきた。


課題提出まであと5日


 「白墨とはこのように作るのだな」

乾燥させている白墨を見てヴィが感心したように言った。

「ただ乾燥させる時間があるから間に合うかどうかなんだけど、

乾かしている間にいまある白墨で持ち手の部分を作ってみようと思ているんだ」

この前、ヴィがいいって言ってた三番目の持ち手をもう少し細くして指にあたりやすくしてヴィの手でも握りやすくして短くなった時後ろから押し出せるようにしようと考えていた。。

ヴィが試作品を眺めながら片方を持ち上げて眺めた。

「折れない方の持ち手に滑り止めの彫刻を入れてみたらどうだろう」

「あぁ、それはいい案だね」

板石の方に滑り止めの図案を描く。

「私がやってよいか?」

短刀を持ち、『持ち手』を指さしながらながらヴィが言う。

「刃物だから手を切らないように気を付けるならいいよ」

「承知した」

しばらくして指が疲れたらしく指を開いたり閉じたりしながらヴィが俺の手元を覗き込んだ。

「それは何を書いているのだ?」

「これは、提出物と一緒に出す。報告書レポートだよ」

報告書これ提出物これをどんな概念コンセプトで作ったのかって事と

作ったものの再現方法を書いているんだ。」

「ここにある数字は何だ?」

「このまえヴィに手伝ってもらった白墨づくりの時にやった石膏と水の量と水の温度と部屋の気温が書いてあるんだ。

作ったものだけ出しても、それを誰もが再現できなかったら困るだろ?」

「つくるだけではなく、そこまで考えて提出するのか…やはりクラウスはすごいな」

そうだ提出する課題はヴィのために作った白墨だから、戻ってきたら…。

喜んでくれるといいな。


 課題提出まであと2日


「できた!!

これでどうかな」

ヴィの手にあう白墨とヒューゴが書いても折れない白墨の二種類ができた。

ヴィが両手を広げている中にヴィのために作った白墨を渡すと

ヴィは大切そうに両手でくるんでから板石に

『お疲れさま!』

と書いた。

この板石、嬉しすぎて消せない。

「これを提出するとどうなるのだ?」

ヴィは技巧局とかに行ってないからこれがどういうことなのかわかってないんだっけ。

「これを師に提出して評価をしてもらうんだよ」

「評価?」

「うん、評価が良ければ成績が良くなって、

成績が良くなると技巧局の研究室とか自分の希望した職組に行きやすくなるんだ」

「なるほど、クラウスは先のことまで考えて行動しているんだな」

ヴィにそう言われてどきりとした。

俺は父親が指物師だったので漠然とそんな仕事に就くんだろうなと思っていた。

だから、いままで課題でいい成績をとろうなんて思っていなかった。

先なんかもちゃんと考えていなかった。

でも、ヴィと一緒に作っているうちにうまくできるとヴィが喜び、俺もうれしくなった。

ヴィが使いやすいと言えばもっと使いやすくしようと思った。

作ったものが喜ばれるのはこんなにうれしいのだと初めて知った。

父もこのような気持ちで仕事をしてるのだろうか。

「ヴィのおかげで本当つくるの楽しいがわかったよ」

「?」

ヴィが首を傾げた。

「それでなんだけど…」



 課題提出後 7日


 晴れた昼下がり。

「こちらに」

と、ヴィに扉を開かれそのまま中庭に案内される。

課題の提出の二日前に課題が戻ってきたらヴィにあげたいと言ったらそれなら…

と食事に招待されたのだ。

中庭は明るくすでに食卓がしつらえてありヴィが椅子に座るように促した。

「私はミレイの手伝いをしてくるので申し訳ない」

そういいながら離れると、

「きんちゃん!僕も手伝うよ!」

と慌ててヒューゴが後を追った。

「俺も手伝うよ」

俺が立ち上がると、ヴィが振り向いて

「今日は、ミレイ曰く『クラウスのお疲れ様会』

だそうだからクラウスは座ってていいのだぞ」

とほほ笑んだ。

それを見たヒューゴからまた殺気が飛んできた。

人生の中でこんなに殺意を向けられることがあるだろうか…。

「うん、クラウスはゆっくり休んでて」

俺をちらりと見ながらヒューゴが言う。

「ヒューゴは優しいな」

ヴィに言われて嬉しそうにヒューゴが笑う。

違うぞ、ヴィ。

あれは優しさではない。

俺に対する牽制だ。

気づけ。

ふわりと甘い香りがして驚いて目を上げると、

ミレイ先輩が料理の乗ったお皿を持って俺の横にいた。

茶色のつややかな髪を一つにまとめ後ろで丸く止めている。

澄んだ翠の目。大きな胸。

こんなに近くで見たことがなかったので動悸が激しくなった。

「あなたがきんちゃんのお友達になってくれたクラウス君ね」

優しい声で俺に言った。

俺は慌てて立ち上がり頭を下げた。

「は、初めまして、クラウス・マドルです。

ヴィに手伝ってもらったのでとてもいいものができました」

どぎまぎしながら答えると、

「きんちゃんと仲良くしてくれてありがとう」

ミレイ先輩が綺麗に微笑んだ。

「あ、は、はい」


ドカッ!


俺の目の前に料理が無造作に置かれた。

「ふーん、クラウスはミレイが気になるんだ」

ヒューゴが『にやり』としか形容できない笑みで俺の顔を覗き込んだ。

「じゃあ、ずっとミレイ(そっち)見ててね」

弾んだ声で言うとヴィを手伝うべく小走りで家の中に入った。

「ん、きんちゃんの初めてのお友達って彼の事なのか?」

そういいながら帯剣した大柄の男と、

もう一人同じぐらいの背の高さですらりとした男が家から中庭に出てきた。

「初めてのお友達は僕だし」

ヒューゴが見上げるように大柄の男に言う。

両方とも、簡易の騎士の恰好をしているがどう見ても城の上位部の人たちだ。

ヴィの交友関係が謎だ。

「君がきんちゃんの友達?」

大柄でない方の男が俺に声をかけたので慌てて椅子から立ち上がった。

「は、はい。技巧局 技工課 二期生 クラウス・マドルです」

「よろしくな、俺はコーガだ、こっちはディー」

大柄の男の方が手を差し出してきたのでその手を取った。

「かたくならなくてもいいぞ。

ここにいるときはきんちゃんの知り合いってことなんだから」

ディーさんが笑いかけてくれた。



食事も終わって、片付けも終わりお茶が出たところで、

俺は鞄からヴィにあげる白墨と板石を取り出した。

ヴィにあげるものは課題が戻ってくる間に作った箱の中に丁寧に入れた。

「これ、ヴィが手伝ってくれたからできたんだ。

ありがとう」

ヴィに渡すと、ヒューゴの頬が膨れた。

「ヒューゴも少し手伝ってくれたから、

これがヒューゴの」

と、ヒューゴの前に折れにくい白墨を置いた。

「その周りのすべり止めの飾りはヴィがつけてくれたんだよ」

「すごい!きんちゃん!」

と白墨を持ったままヴィに飛びついた。

隙あらばヴィにくっつこうとしてる。

こいつホントあざとい。

「こんなもんだけどもらってもらえる?」

俺がヴィに言うとヴィは首を傾げた。

「こんなものではないであろう。

これはクラウスが一番いいものを作ろうとして作った素晴らしいものだ。

むしろそれを私がもらってもいいのかと思うぞ」

「うん、ヴィのおかげでできたようなものだから使ってほしい」

ヴィを見ながら言うと後ろからヴィに抱き着くことに体勢を変えたヒューゴが睨んできた。

ヒューゴ、心狭いぞ。

「書いてみれば?」

ミレイ先輩が促してヴィが板石に白墨を滑らし

『ありがとう』

と書いてくれた。

それだけで俺は浮かれるほどうれしくなった。

そしてヒューゴから何か冷たい空気が流れてきた。

「ヒューゴも書いてみなよ」

俺はヒューゴに余裕のある笑顔を向けた。

ヒューゴはしぶしぶヴィから離れて板石に

『書いたぞ』

と書いた。

「あ、ホントだ。僕が書いても折れない」

書き終わってからヒューゴが白墨を眺めながら驚いたように言う。

こういうところは素直なんだな。

「え、どれどれ」

コーガさんがヒューゴを押しのけるように板石に波線を書く。

「ほんとだ、折れないなこれ」

「ふうん、なら武局でつかえるんじゃないか」

ディーさんがコーガさんから白墨を渡してもらい眺める。

「試作品とか作ってみたいな」

「クラウス(このこ)の講師ってザヴァーリっていてったからすぐできるんじゃない」

ミレイ先輩が答える。

え、ザヴァーリってザヴァーリ師のことだろうか。

「え、え、こんなものでいいんですか?!」

俺の言葉にディーさんがまじめな瞳でじっと見てきた。

「『こんなもの』ではないよ。

武局での座学がはかどるならそれはとてもいいことだし、

君は自分の作ったものを『こんなもの』というのかい」

「いえ、すいません」

「君の今やってることは君にとって小さいことかもしれないが、

長期的に見れば国のためになることなんだから、

卑下する必要はないよ」

まっすぐな瞳で言われて背筋が伸びた。

そうか、これから俺がやることは国のためにもなることなのか。

に、してもヴィの知り合いってなんだかいろいろ含みがありそうで。

ヴィの事を知りたいと思ったけど何となく知らない方がいいのかもという気がしてきた。

なのでこのぐらいから、

「ヴィ」

金色の髪のまっすぐな紅い瞳を持つヴィが振り向いた。

「ねぇ、俺もヴィのこと『きんちゃん』って呼んでいい?」

ヴィは軽く首を左に傾けにっこりと笑いながら、

「問題ないぞ」

ときんちゃんらしく答えた。

そして俺はヒューゴに速攻敵認定された。


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