24話
バンッ!
大きく音を鳴らして扉を開きヒューゴが家に入ってきた。
「きんちゃんなにしてんの?」
「ミレイに教わりパンを作っていたのだが」
ヒューゴが身体を屈めて匂いを嗅いでいる。
焼きたてのパンを持って中庭に向かう。
後ろからヒューゴが楽しそうについてきた。
私は公式的にはガルドの城に滞在していることになっているが、ヴィとしてはヒューゴの親戚としてヒューゴの祖父の持つ別邸に住むことになった。
「上手にできた?」
ヒューゴが私の顔を覗き込むように聞いた。
「いわれた通りの分量にしたのだがミレイ程うまくできないのだ」
「経験的なものよ」
後ろからミレイが笑いながら出てきた。
「ミレイは適当にやっているのにふかふかのパンが作れる」
「目分量っていってほしいわね」
ミレイが腰に手をあてて胸を張る。
「そういえばいいのか」
「そうそう」
ミレイが笑いながら中庭の食卓にパンを置いた。
私もパンを置いて顔を上げると玄関に続く道から
ディーとコーガと栗色の髪の12,3歳の少女が現れた。
正装さえしなければディーとコーガは前に見たような服を着ているので
見分けがつくようになった。
ヒューゴとミレイはほぼ毎日来ているので私服なら間違えないようになった。
「ディー」
私が声をかける前にヒューゴが3人に声をかけた。
「ファーもきたの?」
ヒューゴはディーの後ろにいる少女に首をかしげながら声をかけた。
「一緒に連れて行けってうるさくてな」
ディーが掌をパタパタと振りながら言う。
「きんちゃん、きんちゃん」
ヒューゴが手を上にあげたまま左右に振り私を呼んだ。
三人の前に私が立つと、
「初めまして。ファリエルと申します」
と少女が優雅に服の裾をつまみお辞儀をした。
「ヴィと申します。ガルドの王女様にお会いできて大変光栄です」
私は作法にのっとり胸に片手を当て挨拶をした。
「あれ、きんちゃん。よくディーの妹ってわかったね」
ヒューゴが横から私の顔を覗き込む。
「名前を伺ったのでわかった」
「今は、遊びに来たんだからいつも通りの『きんちゃん』でいいんだぞ」
ディーが笑いながら片目を閉じた。
ディーまでもが『きんちゃん』と呼び始めている。
元凶を見るとファーがヒューゴの背中に飛びついていた。
「臣下の屋敷に気軽に来るなどそんなに緩くていいのか?」
私はディーを見上げながら言った。
「うちの場合は王政はとっているものの実際は部族の連合国みたいなもんだからな。
ヒューゴだってああ見えて部族長の孫だしな」
なるほど、連合国家のようなものらしい。
に、してもヒューゴが部族長の孫ということは現族長が祖父ないし祖母ということになる。
ヒューゴが族長になるという可能性があるかと思ったら
そこはかとない不安を感じた。
その族長殿が息災であらせられることを心の中でせつに祈った。
「なるほど、それで先日の話のようなことが起きるのだな」
私の言葉にディーが頷く。
先日、この屋敷に留まるにあたり案内をディーが務めてくれた。
「ヒューゴの祖父の別邸なのになんでディーが案内しているのだ」
「ヒューゴは武局にいかせなくてはならないし、ヴィも聞きたいことがありそうだからな」
ディーがいたずらをする時のような顔で片目を閉じながら言う。
「それであれば『ディーライル・ガルド・フェリド』殿下。
言える範囲で構わないので事の経緯を説明してもらえないだろうか」
「ディーとしてではなく?」
ディーが面白そうに口角を上げる。
「便利に使われたのだからせめて経緯ぐらいは知りたい」
「うーん、どこから話せばいいかなぁ」
ディーが顎に手を当てながら斜め上を向く。
「最初にあった時、
『「ディールの方はなにも異変はなかった。
がらくたも宝石も落ちていなかったしな」
「ただ村で春先によく来ていた北の商人がこないと行っていた」
「その商人はどこの出なんだ」
「ネファルかハルドらしいって言っていたわ」』
といっていた『北の商人』とは最初に箱を見つけた者を含めた
箱を探しに行った者の符牒であろう?」
つまり、箱を見つけた者はディールには行っておらず、ネフェルかハルドに向かったという情報があったということだ。
ところが、ハルドに行ってみたら村人が誰もいなくなっており情報が途切れた。
「うん、そこは合っているぞ」
ディーは頷いた。
「そもそも、『箱』を探しに行ったのはなぜなのだ?」
「知っての通り、『精霊の箱』は世界をすべる力があるといわれているだろう?」
私は頷いた。
「最初は噂だけだったので様子見をしていたのだが、箱が見つかったといううわさがさらに流れてきた。
このまま放置しておくとそれを探しにでる国の体制に反感を持つものがあちらこちらから湧いてしまうと言うことで
王家でも調べることにした。
ただ表立って調べるわけにいかないので遺跡発掘人が商人に頼まれて『箱』を探しているというかたちにしたんだ。
それにそんな武器があるなどということになったら他国に攻め入られるいい理由にされてしまうしな」
ディーが肩をすくめる。
本当に『箱』があってもなくても自国内、他国間において火消しをせざる負えなくなったのだろう。
「なるほど、その際に『巫女』が必要ということであったが
そのようなあいまいな理由をファデルに言うわけにもいかなかったところに城から出た巫女がいるという話が流れてきたんだな」
「それについてはあまり信用してなかったんだけどな。
一応、『箱』のついでに探してみようということだったんだよ」
ディーが苦笑いした。
信用してない方の巫女を偶然、ヒューゴが連れてきてしまった。
「で、あの時襲ってきたのは何者なのだ」
「ぁあ!あの穴に落ちた!」
ディーが思い出したようで手をポンとならしてから声を上げて笑い出した。
「うんうん、あれね」
笑い声の合間に言う。
「あれらは、ある者たちがあわよくば箱が見つかったところでその箱を奪おうと画策したんだ。
その時に手ごまに使った男がその者たちに恩を売ろうとしたのか暗殺を目論んできたというわけなんだ」
そういうことで、皆分かれて行動していたのか。
誰がどこで襲われて襲撃者が誰に報告に行くかということを追跡すればおのずと襲撃者の主人があぶりだせる。
「ただ、きんちゃんのおかげで『箱』が思いのほか早く見つかりそうになったんで邪魔をされても困るからあそこで捕まえる予定だったんだけど…」
また思い出したのかディーの言葉が笑いで途切れた。
「では、本当の依頼人はみつかったのか?」
ディーがひらひらと手を振った。
「『箱』が早めに見つかったので襲撃者の先までは行きつかなかった」
「それではまだそのようなものがいるということではないか」
ディーは頬を指で掻きながらため息の混じった笑いを漏らした。
「そういう者はね、また何かをするからいずれわかるさ」
「そういえば、その話からすると『箱』のことを公言出来ないはずだが巫女が防いだ災厄とはなんだ?」
私は首を傾げた。
「とりあえず、公には地震を鎮めたってことにしておいた。
そうしておけばあの村々にも支援しやすくなるしな」
「それはまたずいぶんすごい巫女だな」
「実際もきんちゃんの活躍は『ずいぶんすごい巫女』だったぞ」
ディーが笑いながら私の頭をポンポンっと軽くたたいた。
急に触れられたので私の体が強張った。
「きんちゃん、スープができたわよ!」
ミレイの声に我に返った。
「あら、人数ふえちゃったわね。
私のパンもあるから間に合うわね」
ミレイが笑いながら言う。
「そういえば、ミレイ」
「なあに?きんちゃん」
今日の日差しにも似た微笑みでミレイが私を見る。
「文献を調べたいのだが」
ミレイはスープの器を置いてから人差し指を顎に当て、
「それなら司書局か技巧局の書庫がいいかしらね…技巧局なら知り合いもいるから明日にでも行ってみる?」
私はミレイを見上げた。
「ありがとう、ミレイ」
ミレイはもう一度私に向かってほほ笑み
「一緒にスープ鍋取りに行きましょう」
ふんわりと私の手を引いた。
料理も運び終わり顔を上げるとヒューゴにファーがまとわりついている。
まるで子猫がじゃれあっているようでほほえましい光景だ。
見ているとヒューゴと目が合った。
「やける?」
ヒューゴが不意に聞いてきたので私は空を見上げた。
「今日はそんなに日差しが強いとは思わないが、日よけを出した方が良いか?」
小さな姫様のためにも出した方がいいのかミレイに意見を求めるべく見るとミレイとコーガとディーが笑い出した。
「そんなに笑わなくても!
ファー、もうご飯だから離して」
左手を顔に当てながらヒューゴが右手で腰に回っていたファーの手をはがす。
「みんな笑いすぎ!」
私の隣に座ったヒューゴはスープをよそっている私を上目遣いで見た。
「きんちゃん、ご飯食べたらお散歩いこう!」
「せっかく皆でいるのに失礼ではないか?」
「お詫びにここはかたしてあげるから一緒に行ってらっしゃい」
ミレイがまだ肩を震わしたまま口に拳を当てて言う。
「うん、そうだな」
口元をおさえながら体を震わせているディーがいった。
コーガは大笑いしながら席に着いた。
ファーは不思議そうに皆をきょろきょろ見ていた。
「お詫び?」
私は、もう一度ミレイを見上げると片目を閉じながら私を軽く抱きしめた。
そうされることに慣れていないので体はこわばったがミレイの胸は暖かくとてもいい匂いがした。
「ミレイ…ズルい」
ヒューゴがそういいながら後ろになっていた私の腕をとって席に座るよう促した。
食卓の上には料理が並び美味しそうな香りを漂わせ、顔を上げた私の周囲は皆ほほ笑んでいる。
私はまるで生まれた時からここにいたかのように違和感なく笑い声に囲まれながら食事を始めた。
私はこれからどうするべきなのか。
あれはどういう事だったのか。
疑問も、調べ、検証し、確かめることも沢山ある。
私の自我、立場、何一つ確かなものがないはずなのに
ここはこんなにも穏やかだ。
「きんちゃん、早く食べて行こうよ!」
ヒューゴが耳元に口を寄せてせかす。
とりあえず、この狼に懐かれたことだけは確かなようだった。




