23話
簡略化された礼服を着た男に案内され、謁見の間の奥にある部屋に通された。
「ヌーヴィエムまかり越しました」
「公式の場ではないので顔を上げていただいて結構。
ファデルの姫よ」
作法にのっとり膝を折り最上の敬意を払っているとそう言われ、顔を上げると体躯のいい男性とそこから一段下がった場所に銀髪の妙齢の女性が立っていた。
「私はこの国を治めているカドウェルと申す。
この度の事、貴殿の働きによって収まったと伺った。
御礼申し上げる」
そういいながらほほ笑むと口の周りの皺がより左目の縦についている傷跡がゆがんだ。
銀髪の女性は表情一つ変えずに私を凝視していた。
「ヌーヴィエム・ラルド・エデ・ファデル」
銀髪の女性が私の名を呼んだ。
「はい」
「今回、ガルド国王のご高配により私がファデルの神官長として非公式とはいえ訪問させていただける運びとなりました」
銀髪の女性は神官長であったか。
その神官長がガルドに赴いているということは…。
「信託によりガルドに赴き皇太子殿下のお力となり災厄から民を守ったことファデルの姫として正しき行い、よくやり遂げました」
ガルド国王の前で言うということは公式見解ではそのようになっているということだ。
「そのことによりヌーヴィエムが体調を崩したことに皇太子殿下が心を痛められヌーヴィエムの体調が戻るまでガルド国内に留まるよう私に申しつけいただいたのだが、ヌーヴィエム相違ないか」
「相違ありません」
銀髪の女性は小さく息を吐いた。
「ファデルの姫よ。
大儀であった。
ゆるりと我が国にてお休みなさるといい」
「ありがとうございます」
私は二人に下がる礼をして、部屋を出た。
予想通り、私は国に戻るのではなくガルドにいることになった。
ということは、
「ヴィ」
部屋まで案内してくれた男が私に声をかけた。
「俺だってわかってないだろ」
「?」
案内してくれた男を見上げる。
「ディーだよ。本当にヴィは服着替えると見分けがつかなくなるんだな」
城内のためかくっくっくっと押し殺した笑いを出しながらディーが言った。
「申し訳ございません。ディーライル・ガルド・フェリド殿下」
「やっぱり俺が誰だかわかっていたんだな」
『ディーライル・ガルド・フェリド』ガルド国 第一王子。
あれだけの人を使うことができ、ガルド国でディーといえば大体の予想がつく。
「ご明察の通りでございます」
「もう、堅苦しいのは終わったんだからいつものヴィでいいんだが」
「ここは王城内ですので礼を欠くわけにはまいりません」
ディーが頭をがりがりとかいた。
「ヴィがその話し方をすると居住まい悪いな。
もう部屋出たし、ここにはほかの者も来ないからいつものヴィでいいぞ」
私はまじめに職務を果たしているのにディーが根こそぎ否定する。
「根回ししてくれたのはディーか」
私は小声でディーに言った。
ディーが肩を竦めて片目を閉じた。
「そういいたいところだが、それをやったのはクリフだよ」
「ディーの弟君か」
『クリアフィン・ガルド・エヌト』ガルド国第二王子だ。
「クリフはそういう事が得意だからな」
私はその含みのある言葉に何かが引っ掛かりディーを見上げた。
「そういえば、私の処遇はどうなるのかディーはきいているのか?」
「あぁ、それなら」
ディーの話した話は私にとっては願ってもない話だった。
「ヴィ」
話が終わり、ディーが後ろ手で手を振りながら私のもとから去っていく後ろから呼びかけられた。
振り向くと銀髪の女性が私を見ていた。
『ヴィ』とは幼少時の私の呼び名だ。
それで呼ぶということはここにいる銀髪の女性は神官長ではなく母上として私に声をかけたのだ。
「母上様」
「ヴィ、無事で何よりでした」
母上は私の両頬に手を添えた。
私は他人に顔をさわられてびくりと震えた。
その様を見て母上が悲しそうな顔をした。
「あのようなことがあったのにヴィが…」
『あのようなこと』とはなんだろうか。
母上はあのことには何も触れずにそのまま顔を近づけてきた。
「今なら、まだ戻れますよ」
母上はささやくように私の耳元でそういった。
やはり、母上はすべてが分かっていたのだ。
その上で、私が箱に戻れるように尽力していたのだ。
私は母上の顔を見てから小さく首を左右に振った。
あの月夜の日から考えていたのだ。
石が意志を出すのは今回だけかもしれない。
しかし私が宝石箱に戻った場合、
今度は別の巫女が私のように石に移動手段として使われる可能性は否定できない。
のであれば最初からかかわった自分が動くべきだと思うのだ。
むしろ次があるならばもっといいやり方を探す。
それに、巻き込まれた私なら石から思いを聞くすべも見つけられるかもしれない。
石も含めて今の私なのだから。
幸い、石は私の体の中にあるので実験・検証し放題だ。
少なくとも次の精霊祭の日までは。
「私が」
私がそう言うと母上が私の頭を自分の胸に抱きこんだ。
私はいたたまれなくなり体を固くした。
「こうなってしまったのは私達の罪なのかもしれない」
その様子に気づいた母上が耳元で悲しそうにつぶやいた。
『罪』?
母上はこのこと以上に何かを知っているのだろう。
「もういかなくては」
母上がゆっくりと私から手を離しふいに、
「そういえば、衣裳部屋の事や出る前に塩を厨房からくすねたことぐらいなら私も存じてますよ」
とほほ笑みながらそう言った。
私が思うよりずっと母上にはいろいろばれていたようだ。
私は神官長の手の上で踊っていただけということか。
いや、見守られていたのだろう。
母上として遠い宝石箱の中から。
私を後に神官長はファデルに帰るべく歩いていった。