20話
手は拘束されたままだが、部屋に備え付けられた椅子に座り目の前のメーヴィとグレンを見た。
「ここが、貴公らの場所であれば侵入者は
こちらであろうから拘束されることについては異論はない」
そう、城に入ってきたのは私たちの方なのだ。
「で、嬢ちゃんは本当に『嘆きの巫女』なのか?」
グレンは小首をかしげ軽く咳払いをしてから私にそう聞いた。
隣のメーヴィは不愉快そうな顔で私を見ている。
「嘆いてはいないが、ファデルの巫女姫であることは間違いない」
メーヴィが知りたかったことであろうからメーヴィの方を向いてそういった。
「こんなに小さいのに泣いたり怖がったりしないですごいなお前」
グレンが私の頭に手を伸ばしてわしゃわしゃと髪を混ぜた。
「グレン様、おやめください。巫女は歌を操るという話も聞きます。不用意に手をかけてはいけません」
「この場においてそのような無駄なことはしない」
グレンの手に驚いてやや後ろに体を引きながら私は答えた。
「ここに居住していることを知らなかったとはいえ、勝手に入ってきてしまい申し訳なく思う」
グレンが机に肘をつき顔に手を当てながら私の方を見て口角を上げた。
「そのうえで問うのだが、巫女が箱を開けるということはどういうことなのだ」
不愉快そうなメーヴィに向かって聞いた。
「我々アデルの民は代々箱を守ってきた」
なるほど、箱の存在はここでは最初からあったのだ。
「その箱を開いたときにもう一度アデルは復興する」
つまり代々、箱を開けることができなかったのだろう。
「物理的に開けることはできないのか」
私の問いにメーヴィは不愉快そうに首を横に振った。
「以前、侵入者がそれを試みたようだが
その者は箱の横でこと切れていた」
それはたぶんあの時の揺らぎか。
「箱を開けるには力ではないということが分かった今、
巫女がいれば開く可能性には気づいた」
メーヴィは私を睨みつけるように見た。
多分この者は立場を利用して『箱』を調べていたのだろう。
「なるほど、しかし箱を開けてどうなるかということが
漠然としすぎている事が私には解せない」
私の問いにメーヴィは一度目を伏せ、グレンを見てから私に視線を戻した。
「アデル国の復興とはアデリール様の復活だといわれている」
メーヴィの答えに私は眉をひそめた。
何百年も前の女王を復活させることなど可能なのだろうか。
私の推論があっているならばあの箱は、
「メーヴィ様!」
慌てた様子で何人かの男が部屋に飛び込んできた。
「何事だ」
「長老派のものが祭祀の間に!」
「なんだと!」
グレンが声を上げた。
「捕まえた女に箱を開けさせようとしているようです」
ミレイか。
「すまないが、これをはずしてはくれまいか」
私は勢いよく立ち上がったグレンの裾を引いた。
急ぎ部屋を出ようとしていたグレンがたたらを踏んだ。
「あぁあ」
「私も行く」
グレンの目が大きく見開いた。
「お前…」
グレンがそういってから軽く咳払いをして
「ちび巫女は怖くないのか」
と、通路が狭いため速足で『箱』があるであろう祭祀の間に向かっているときに聞いてきた。
確かに名乗ってはいないが変な呼称を付けられた。
「ミレイは私によくしてくれた。
恩義があるものにそれを返すのは当然だろう」
「確かにな」
グレンが軽く口角を上げた。
「お前たち!何をしている!」
メーヴィの声が祭祀の間と言われているところに響いた。
祭祀の間と呼ばれるそこは柱のようになっているいくつもの石柱に囲まれその先の中央の石積みは
階段状に高くなっておりその頂点には人が入れそうなほどの大きさの石造りの箱のようなものがあった。
お前たちと言われた者たちはメーヴィの声に箱に向かっていた足を止めた。
男の一人はミレイの首元に刃物をあてており、その刃物がかすったのか首筋に血がにじんでいた。
「ミレイ!」
私が声をかけると青ざめた顔のミレイがほほ笑んだ。
「きんちゃん、無事でよかったわ」
この状況ではミレイの方が無事ではない。
「神官殿。巫女が見つかったというのになにをぐずぐずされてるのか」
ミレイに刃物を当てている男が箱の下の階段状の石の上でメーヴィに言う。
メーヴィが黙っていると男がさらにミレイの首に刃物を立てた。
「どっちが『嘆きの巫女』なのだ」
「それはたぶん私だ」
ミレイの周りにいる男たちの動きが止まった。
「ならば、すぐ箱を開けろ」
「閉めるすべのないものを開けるわけにはいかん」
メーヴィが苦々しい顔で男たちに言った。
確かにメーヴィは開く可能性があるとは言っていたが閉めることについては言及していなかった。
「その箱が災厄の箱であった場合、閉めることができなければ取り返しのつかないことになる」
メーヴィという神官は思いのほかきちんと考えていたのだと感心してしまった。
「閉める必要などあるか。
開ければ我々が世界の覇者になれるのだ!
そいつを使って早くこれを開けろ」
男はミレイの首に腕を巻き付け絞めながら持っていた刃物を振り回す。
「開けたところで、あれはたぶん彼らの思うものではないと思うが」
「ちび巫女はあれがなんだかわかるのか?」
私がつぶやいたのをグレンが聞き取ったようで私の方を見てきた。
「たぶん…」
「早くしないとお前の仲間を殺すぞ」
私がグレンに言おうとしたときミレイを捕えていた男が
業を煮やしたように叫んだ。
なるほどこのような物事を考えない者たちがいたのでメーヴィは始終不愉快な顔をしていたのだろう。
「閉め方のわからない物を起動するとは」
しかし、このままではミレイの身が危険だ。
「メーヴィとやら。開く可能性というのはなんだ」
私はメーヴィの方を見ていった。
「あの箱の周囲に古代語が記載されている」
なるほど、そういうことか。
「そこの者、今から箱を開ける。ミレイを離せ」
私の言葉に男たちは一瞬ひるんだようだったがもう一度ミレイの首に刃物を当てなおした。
「お前が開けてから離す」
面倒な者たちだ。
侵入者が箱を開けようとしたときにこと切れたと聞いてないのだろうか。
「あまりいい判断だとは思えぬが」
「いいから早くしろ!」
「わかった。貴公の言うとおりにしよう。
ミレイ、箱が開け始めたらそこから離れて」
私は今言えることだけを言って箱の横に記載されている言葉を歌い始めた。
「沈む深淵の中にたゆとうものよ
深き闇に沈みしあまたの世界よ
精霊が投げしまばゆい糸に紡がれ世界は始まる」
つまり、箱の横に書いてあるのは創世歌の古代語なのだ。
これがたぶん箱の起動装置。
ヴゥン
箱から唸るような羽音のような音がして、
ミレイを拘束していた男たちの一人が力なく階段状のところから転げ落ちた。
起動した箱はそのそばにあるであろう者の生気を使う。
箱を精霊石を持たずこじ開けようとしたものは
箱の保安装置を起動させてしまいこと切れてしまったのだ。
悲鳴と怒号の中、ミレイを捕えていた者たちは
慌てふためき箱から離れようとしていた。
そのすきを見てミレイは男たちから逃れ箱から距離をとった。
「ミレイ!離れて!」
私は箱の中からの力によって糸が出てしまい引きずられているので首だけを動かし言った。
「これは、なんなんだ」
グレンが唖然とした面持ちで私に聞いてきた。
「増幅器だ」
この箱によって精霊石の力を増幅し、石柱という中継器でアデル国の領域に力をつたえていたのだろう。
そのためにウォンデルの町の石柱に力をかけてどこかとつながっているか試してみたのだ。
つながっていたことを確認できたので石柱(中継器)をたどりこの場所を特定した。
しかし、私の糸を引きずりだしこの箱は何をしようとしているのだろうか。
ゴッツ
私の糸がだいぶ取られ息が上がってきたとき石がずれる音がした。
ゴゴゴッツ
箱を見ると箱の上にあった蓋と思しきものがずれていき箱の中から出てきた金色の塊が宙に浮いた。
「アデリール様!」
メーヴィがその塊に向かって駆け寄っていく。
違う、あれは私の糸からできた在りし日のアデリールの人形(複製)だ。
コレを創るために私から糸を引きずりだしたのか。
あの精霊石は。
これは想定外だ。
だが、糸の見えない者たちには生身のアデリールに見えているようだ。
生身に見えているだろうアデリールは金色に輝き
神々しい光をまき散らしながらその言葉放つ。
ダシテ
ココカラ
アノヒト
ドコ
ココ
イヤ
ワタシ
ダシテ
ワタシ
ドウシテ
イラナイ
ダシテ!
さざ波のように古代語で嘆き響かせるアデリールの声が祭祀の間にこだましていた。
こだまするごとにさざ波が大きな波の繰り返しのように耳からではなく頭に響く。
イラナイ
アノヒト
イラナイ
ココハ
イラナイ
ヒドイ
イラナイ
ココハ
イラナイ!イラナイ!イラナイ!ココハ!イラナイイラナイ!キエロ!キエルベキ!
アノヒトモ!キエロ!ミナ!キエロ!キエロ!キエロ!コワレルガイイ!ッココハ!
「グレン!!」
古代語の悲鳴と怨嗟の渦の中で気を取られてるグレンに強く声をかけた。
「あ」
グレンは夢からさめたような顔で私を見た。
「このままだと貴公の村のみならず周囲の物がすべて破壊される」
「え?」
「アデリール(あれ)は箱を破壊しようとしているのだ」
箱の力に引きずられないように糸を手繰りながら私は言った。
「動けるものは避難するように指示しなければ箱ごとまた沈む」
引く力の強さに汗が頬を伝う。
あの箱を止めなくては。
閉めるすべのないと言っていたものは人形に魅了されている。
「動けるものは直ちに避難せよ!
村に行き牢を開け!
下の村に避難させろ!」
グレンが大声で叫ぶと出入り口にいたまだ動ける者たちが散っていった。
「貴公も避難した方がよい」
「俺は見届ける」
「ではあそこにいるものを部屋の外に出してほしい」
私は箱のそばでたたずみ人形に魅了されている神官服の男に目をやった。
「あぁ」
グレンは小走りで男の方に向かった。
ふいに自分の右側に気配を感じて振り向くと黒い狼が横にいた。
「ヒューゴ」
金色の目を見たらなぜだか安心した。
ヒューゴの視線の先を見るとコーガとディーがミレイを抱えて祭祀の間の出入り口に向かっているのが見えた。
私は息をゆっくりと吐きだした。
この暴走を止めるには…。
そうだ、人にはできないが糸の見える狼にはできるかもしれない。
「ヒューゴ」
金色の目が私を見つめている。
私は糸を抑えていない左の手を自分の服の首元にかけ勢いよく胸元まで引き下げた。
「ヒューゴ、あそこにあるこれと同じものをかみ砕いてほしい」
私はヒューゴに胸元に埋め込まれた本当の精霊石を見せ
目線で箱の上にいるアデリールを指した。
ヒューゴは一声上げると軽やかに走り、箱の方に向かい飛び上がるとヒューゴの顎が人形の喉元に食らいついた。
「アデリール様!!!」
悲鳴にも似た声で神官服の男が人形に手を伸ばした。
プンッ
糸が急にすべて断ち切られた。
音もなく石が砕けたようだった。
その反動で私は後ろに倒れた。
糸が切れた瞬間、祭壇の床が箱を中心に崩れ始めた。
石がなくなったせいで城を維持していた力が消え始めているのだろう。
石がない分、周囲に波及する力は小さいだろうと思いやや安心しため息をついた。
「メーヴィ!」
グレンの叫び声に顔をそちらに向けるとグレンの呼びかけにもメーヴィは反応せず魂が抜けたかのように立ちすくんでいた。
メーヴィの足元が崩れそこに望んで飲み込まれるかのようにメーヴィが倒れこむ。
私はとっさに糸を出してメーヴィの手足にからませ意思のないメーヴィの体を崩れかけた床につかまらせた。
落ちる前にグレンの足が間に合いメーヴィの手を取り引き上げた。
そこまで見たところで私の視界は暗くなり、体が宙に浮いたように感じた。




