2話
「きんちゃんのいうとおりにちゃんとできたでしょ!」
人間に戻って木陰から裸のまま首だけ振り向いてうれしそうに言うヒューゴに目で服を着るように促す。
「人狼か?」
手早く服を着ているところを見るとよくある事らしい。
「うん、そうだけどびっくりさせちゃった?」
驚かせたと言っている割には悪いとはかけらも思ってはいないようだ。
そういう者がいるというのは文献上でも知っていたし、外で見るものが自分の知っているものではないと始めから思っていたので別段驚く必要もなかった。
「いや、ヒューゴが変幻なりするなら、栗鼠とか兎かと思ったのだが狼とは」
「なんで?!」
そのまま、言葉通りの意味なのだが自覚がないらしい。
「変幻できるのであれば先程の落とし穴などすぐにでられただろうに」
背を向けたままのヒューゴに問い掛ける。
「穴の中に服、落ちちゃうよ」
「穴の中で狼になって服をくわえてからでてくればいいのでは」
私が指摘すると
「すっごーい!きんちゃんって頭いい!」
それは違うと思ったが気の毒なので指摘はしなかった。
しばらくの沈黙の後、
「やっぱり、きんちゃん、僕の服持って、背中に乗って」
その言葉に振り向くとさっきまで着ようとしていた服を改めて脱いでいた。
「服、畳む」
「え~そんな時間ないよ。きんちゃんしまいながら畳んでよ」
確かに先程の男達が落ちたのは猪用の穴で今朝、ヒューゴが落ちた穴よりはるかに深いとはいえ、どの位出てくるかはわからない。
しかたないので自分の荷袋に畳みながら入れる事にする。
ウォーン!
顔を上げると狼に変幻したヒューゴが穴に落ちた追手に威嚇もかねて吠えた。
なんだか狼の時の方が賢く感じる。
苦笑いを浮かべながら私はヒューゴの首に両手を回し背に張り付くように乗った。
ヒューゴの足は早かった。
人の足では追いつく事は容易ではないだろう。
ただ、ヒューゴは方向音痴らしくつどつど指示しないとそのまま真っすぐに行ってしまう。
動きは狼というより猪だ。
早くてもムダが多い。
成る程、道を間違える訳だ。
先程、小屋で地図に目を通しておいたのは正解だった。
小一時間程走ったのちヒューゴの足がゆっくりとなり街道をやや外れた小川のほとりで止まった。
喉が渇いたのだろう。
疲れたのかヒューゴは狼の姿形のまま、小川に口を付け飲んでいるので私もならって手で水を掬いのんだ。
ヒューゴは水を飲み終えると私の腕を舐めはじめた。
ヒューゴの首に腕をまわしていたので腕が疲れたのを気遣かってくれているらしい。
大丈夫だという意味をこめて頭を撫でると気持ち良さそうに金色の目を細めた。
「いつまでにつけばいいことになっているのか」
このまま撫でているとヒューゴが眠ってしまいそうだっので撫でている手をヒューゴから地図に持ち替えリデンの辺りを指し示しながら尋ねた。
「今、いるところはひとつめの山の麓に続く街道沿いだこのままいけば麓の村につく」
ヒューゴは顔をあげると荷袋に手をかけた。
服を出して欲しいようなので服をだした。
服を受け取るとヒューゴは服をくわえ木陰に移動した。
「きんちゃん、お腹すいた」
後ろから声がしたので振り向くと木陰から服を着て人間に戻ったヒューゴが肩を竦めて立っていた。
「お腹がすいたのであれば餌はそこらここらにあるのではないのか」
いつの間にか隣にきて私の顔を覗き込んでいるヒューゴに目の前を顎で指し示した。
「ちゃんとしたのが食べたいの!」
「我が儘なのだな」
「わがままじゃないよ!ちゃんと火を通して味のついてるのが食べたいの!」
ヒューゴは頬を膨らませて睨んできた。
まるで栗鼠のようだ。
「わかった。
では、再度聞くが。リデンにいつまでに到着すればいいのか」
「後、3日位だと思うよ。ディーもそんなに長くいれないから」
ずいぶんあやふやな日時設定の待ち合わせだ。
この位置からリデンまでなら地図の上であれば2日で行ける距離だ。
「ならば村に向かおう」