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「いーたい!もう起きてるし、ちゃんと着たんだからはなしてよ!」
朝、客室からヒューゴの声が聞こえて廊下に出て見て見ると扉が開きヒューゴの耳を持ったウィーガがヒューゴを引きずって出てきた。
「ほれ、早く届け出してこい!」
「わかってるよぉ」
ヒューゴが頬を膨らませながらウィーガにつかまれた耳に手を当ててウィーガの指を引き剥がそうとしていた。
「すぐに戻ってこなけりゃ置いてくからな!」
ウィーガの言葉にヒューゴが目を大きくしてから返事もしないで慌てて洗面所に行きすぐに出てくると、
「きんちゃん一人で行っちゃダメだからね!」
と私を指さしながら言い突風の様に玄関から飛び出していった。
「ヒューゴ、食事は…」
飛ぶように出て言った扉から外を見たがヒューゴの姿は既になかった。
「そういえば、武局に関わっているコーガもウィーガがバルドの者だと知らなかったようだが」
琥珀は既に学舎に向かい朝食後にヒューゴを待つために客間に移動した私とウィーガとエディンは三人で食後のお茶を飲んでいた。
ヒューゴを待とうと言ったのだが、エディンがお客様に食事を待たせるのは良くないことであるし琥珀も学舎に行かせなばならないと言われヒューゴを抜いて朝食をとることにした。
私は目の前の長椅子に座るウィーガに疑問に思っていたことを聞いた。
「俺は、ばあちゃんと違う名で通してるし、あいつみたいに無駄に変幻しないからな」
ウィーガがお茶を一口飲んでから“だから知っている人はほとんどいないんだろ、あいつ以外は”と続けた。
「無駄に変幻しないとは?」
ヒューゴはよく変幻するがウィーガは違うらしい。
「あいつのうちは先代の重鎮だったから身バレしてるからできるんだけどな。変幻することでいらん波風を立てたかないからな」
「変幻することで何か問題が起こることがあるのか?」
ヒューゴがそのようなことになっているのを見たことがない。
「非変幻種の勝手な理屈で昔からいろいろ迷惑被ってるからな」
迷惑を被るとはどのようなことなのだろうか。
「勝手な理屈とはどのようなものか伺ってもよろしいか?」
私の問いかけにウィーガが口角を片方だけ上げた。
「きんちゃんは何も知らないんだな…そういうヤツがいることにびっくりだけどな俺は。
俺らんとこで言うと昔、俺らの羽根が病気に効くとかいう嘘が流れてたんで俺らを殺してでも羽根を取ろうとする輩がいてそういうヤツらを撃退していたら勝手に尾ひれがついて凶暴な種族だと言われたりしてな」
「ウィーガ達に話も聞かずにか?」
「言葉が通じないと思っていたみたいだぜ」
私は驚いて体を後ろに引いた。
「己の利の為に他者を襲うなど…ましてや聞くこともせずにそのようなことを容易に決めるのとはどうかしているのかその者等は」
私の言葉にウィーガが皮肉な笑いを浮かべた。
「非変幻種は自分らと違うものに知性があるって事を認めたくないんだよ」
「私も非変幻種だが、ウィーガをそのように思ったことはないぞ」
ウィーガが目を伏せてからその目をゆっくりと開き顔を上げ笑った。
「きんちゃんはこの世界では変わってる方の部類なんだよ。だからあいつが執着するんだろ」
「何をもってその者たちがそのような振舞いをするのかが私には理解できないのだが」
私は小さく首を振るとウィーガが冷めたお茶を飲みながら首を傾けた。
「まぁ俺らは、ばあちゃんの代から非変幻種とも関わるようにしてるから昔よりはましなんじゃねーか」
エディンが立ち上がり急須に新しいお茶を入れウィーガの茶器に熱いお茶を注ぐ。
「あんたも変幻種だろ?」
お茶を入れて貰った茶器を持ちながら目だけをエディンの方に向けてウィーガが言う。
言われたエディンは何も返事をしなかった。
「変幻種同士はなんとなくわかるからな気配で」
ウィーガはふっと鼻で笑うと熱いお茶を一口飲んだ。
「俺らのことを見下げたり、怖がる奴らもいるって事よ」
“だから目立たないのにこしたこたぁはない”とウィーガが続けた。
「精霊が結び付けし同じ地に住む者同士なのに無駄なことを」
少なくとも初めの精霊達は闇に浮かぶ多様な世界を星によって繋ぎ今の世界を作り上げたのだ。
私は“巫女として全て守るべきもの”として相対するよう育てられた。
そこに個人的な感情を乗せてはいけないのだとも言われていた。
だが、先日の始祖と呼ばれるような者に対して生理的嫌悪を感じ攻撃をしてしまった。
そのような振舞いはウィーガの一族を襲ったものと大差無いのではないか…しかし彼らは犯罪者でもある。
犯罪者も守るべき対象なのだろうか…私は自分に対して自問した。
「きんちゃん、神官みたいなこと言うんだな」
「神官?」
「『精霊殿』をにいる神聖精霊官だよ、知らねぇの?」
ファデルの大神聖精霊殿だけしか知らなかったが、言われてみたら確かに各所に精霊殿があるのだからそれを管理する者はいるのだろう。
「ま、“神官の物言い”ってのは“綺麗事”って言う意味もあるけどな」
『綺麗事』ということは現状ではそうではないということだろうか。
「そうだなぁ、多分、きんちゃんの見てる世界と俺の見てる世界は違うんだろうな」
「同じ世界なのにか?」
ウィーガがふっと笑った。
「きんちゃんがどんなとこにいたのか知らんけどな、ただ箱入りなのはわかるな」
「“箱入り”?ウィーガの発言の意味がよくわからないのだが」
ファデルの宝石箱の事を知らないはずのウィーガに“箱入り”と急にに言われて私は動揺した。
「わからないほうが良いと思うな…俺も、多分ヒューゴもそう思っている」
「ヒューゴも?」
「あいつは、アホだがバカでないからな…そのままのきんちゃんでいてほしいじゃないかな良くも悪くも」
“箱入り”という言葉はファデルとは関係ないようだ。
しかしそのままではない私というのはどのような状態のことなのだろうか。
「良くも悪くも?」
ウィーガの言う言葉は薄い繭に包まれているようで真意がつかめない。
「かぁーちゃんの土産買いに行くんだろ?もう支度しねぇといけねぇな」
私の問いに答えずに立ち上がりながらウィーガが言った。
バーン!
客間の扉が勢いよく開いてヒューゴが飛び込んできた。
「よかったぁ!どっちもいたぁ」
ヒューゴが息を切らせながらも安心したように紙束を持った手を私たちに振りながら言った。
「なんだ?その紙束は?」
ウィーガが片目を細めてもう片目で紙束を見ながら眉を顰めた。
「休むんだったらこれやってこいって渡された」
ヒューゴが片手からこぼれそうな紙束を振りながらウィーガに言う。
「また座学サボりやがったなぁ!このボケがぁ!!」
ウィーガに蹴り飛ばされたヒューゴが客間の扉から玄関に通じる廊下に飛ばされ“ぎゃぁぁー”という悲鳴と共に紙束が飛ばされるヒューゴの軌跡を示しながら宙を舞った。




