10話
私の住むところであるファデル国は『神聖王国』とも呼ばれる。
王の治める国ではあるが、その色彩は他国とは異なる。
国賓や諸国会議などがあるときはその場に立ち会う。
近隣の国々の中では一番の小国でありながら人びとの信仰の中心地であるファデルは国家間の紛争を諌めたり紛争そのものが起こらないように裁定を行う。
正し中立の立場上ファデル内では如何なる争い事を持ち込んではいけない。
王は外交を司り、后は神事を司る。
この両輪にてファデルは国として機能している。
そもそもの国の始まりが精霊に力を与えられた『結びの巫女アデリール精霊姫』が約束の地に民を率いて作った『アデル』があり精霊の怒りを受けその国を追われた民が各地に散らばり現ファデルの民はその中の神官たちが作り上げた国だということから各地に散らばった民はファデルを信仰の要として重きを置いている。
ただ聞くところによると、この構成は戦乱後に作られたものらしい。
戦乱があったのは40年ほど前だと聞いているがこの件に関しては、文献はない。
昔は巫女姫が一人であったという文献も多くあったので巫女姫を増やしたのは最近の事なのかもしれない。
ただ、ここ50年ほどの文献は王宮書庫にはなかった。
とはいえ各国の要人にはそのような歴史は関係ないらしい。
裁定が自国に有利に働くようにしたいという現実的な思いによって
ファデルで行われる様々な会議、行事に参じる。
よって、夜会は大変な場になる。
巫女姫達にあからさまに近づく諸公はいないが顔だけでも覚えてもらおうと蜜に群がる虫のように集まる。
私達、巫女姫にはそのような権限などないのだがそのように思うのだろう。
そのせいで幼いころから諸侯の情報を仔細に記憶するように教育された。
もっとも、一度聞けばわかるので何一つ問題はないが、
交わした一言二言で外交問題になることがあるので言動には注意するようにと言われていた。
そのファデル国には精霊祭というものがあり、3年に一度、春の満月の夜から10日間行われる。
盛大な祭りであり近隣諸国からの来賓も多く来る。
最大の外交の場でもあるのだろう。
巫女である私達は各々その10日程前から城に入っていた。
私は10日の間一人で動ける時を見つけては下準備をしていた。
春精霊祭は3年に一度の為、城内も物の配置が変わっているであろうと想定し、経路の確認と持ち出し物の確認をした。
そのために王宮内の書庫に行くときに日々調べてはいたのだが最終確認をするべきだと思った。
祭が始まると5日間は神殿にいなければならない。
機会があるとすれば城に戻ってから各国の要人が来る晩餐会の夜だけだろうから。
春精霊祭初日は朝早くから湯浴みをさせられる。
湯浴みに付き添えるのは女神官のみだ。
衝立の中で一人立ち全身を被う下着を付ける。
巫女は動くところ以外の素肌をなんびとたりと見せてはいけない。
という事になっているからだ。
理由は明白だ。
衝立をでると侍女達がやってくる。
正装に着替え髪を整える為だ。
髪には花を模した宝石の飾りがつけられ、首元は通常つけている精霊石を核に彩るように幾重にも編まれた首飾りをかける。
『精霊石』は普段は飾りもついていない。
巫女姫すべてが首から切れない鎖によってつけられている宝玉のファデルでの名称だ。
私のものは瞳と同じ赤いものだ。
服は幾重にも重なった物で正直重たい。
恒例の行事とはいえ、退屈で疲れる時間だ。
侍女達が入れ替わり立ち替わり私を作り上げていく。
用意が整うと13人の姫が父である王に挨拶の為に城の謁見の間に集まる。
年齢順に並んでいるので私は9番目に立つ。
顔を上げるとそこには何ヶ月ぶりにみる、王が座っていた。
王は深い蒼い瞳を持ち私と同じ金色の長い髪を留める事なく王冠の下に出し、重そうな礼服を着ていた。
父上という事らしいのだが年に数度しか会わないので何の感情もわかない。
書庫の本で読んだ限りでは父母には情愛を感じるものらしいが私に関してはそのようでないらしい。
ましてやファデルは母系の王家なので王はファデルの血族の中から選ばれる。
血族なので容姿も似通っている。
礼服ではない父を私は他人と見分けられないであろう。
儀礼に乗っ取り一番上の娘から挨拶を交わし、その後、並み居る諸侯に挨拶をする。
何か言われたり返したりしていたのだがよく覚えていない。
こういう事は私は不得手だ。
誰が誰だかよくわからないからだ。
名前を聞けば情報は頭に入っているのでそれに合わせればいいのだが、面倒だ。
「はい」「そうでございますね」などと対応するように言われているのでそう答えた。
ましてや、私はこれからやる事があるのだ。
聞いたことは感情の入ることなく覚えてはいるので問題はないのだが時間が惜しい。
私と同じ格好をしているのは私の姉妹だ。
私と同じ格好をしていなければ姉妹だと言う事すら分からないだろう。
もっとも私より年少者は背が低いので妹だということがわかる。
暫くすると年少の者から退出していくので、私もそれに合わせ退出をした。
退出を済ますと私達は神殿に移動し、各人また湯浴みをさせられ巫女の服に袖を通す。
一番の公務である、神託のを行う為だ。長い回廊を歩き、長い階段を上がり、ようやく神殿の入口についた。
ギィィ、
軋んだ音をたて神官長らが重々しい石の扉を左右に開く
神殿の内部の天井は曲線を描き、創世神話の絵画が彩る。
これは、戦乱の前から建っている建物だと教えられている。
絵画を描いたのは賢者ジュイルダーンだと言われている。
精霊と結びの巫女を導いた者と神聖歌にはある。
ここは巫女と神官しか入る事が許されない場所だ。
中央の石柱は大きく高い天井まで伸び先端が何本も枝を延ばす樹木をもした作りになっており、
下の部分が人が一人で入れる大きさの空洞がある。
精霊石を宿した生命の木を表している。
全ての物を結びつける幹であるので私達はそれを『柱』と呼んでいる。
柱には古代語がまるで樹皮のように書かれている。
やることがない私は歩きながらその柱に書かれてる古代語を記憶してみた。
私達は神官長の後に続き生命の木の前で横一列に並ぶ神官長が柱の中に入る為に中央へ歩きだすと
私達もそれぞれ所定の位置に向かう。
床に様々な紋様がかかれ、その一つ一つが各世界を表している。
私が立つのは地の世界の位置だ。
巫女達が各々の場所に立つと神官達がおもむろに歌を紡ぎ始める。
巫女である私達はそれを唱和する。
3年前と同じだ。
柱が振動する、柱からさらに音が反響し、神殿に広がる。
胸の宝玉が熱くなる。
歌に合わせ両腕を空中に掲げると、煌めく糸が柱からなのか私からなのか紡がれ広がる。
この瞬間は気持ちが広がり怯える。
まるで自我のある操り人形のようで、そうありながらその糸を勝手に動かす事ができるような不思議な感触だ。
私はそう見えるので糸と呼んでいるが、物理的なものではなく何かの力の具現化したようなものだ。
この力はこの聖なる神殿の中でしか使えないと言われる。
言われているだけだという事を今の私は知っている。
糸の色はいろいろだ。
私のものは金紅の糸、他に青や碧、黄色、銀、黒、などそれらが入り混じり柱に絡み彩る。
この糸を紡ぐ事が出来るのは生命の樹に入っている神官長だけだ。
神官長により空中に紡がれた糸は豪奢な織物のように広がる。
豪奢な織物は天井に広がり新しい天井画になる。
今回の天井画は赤い地紋の中にいくつもの光と流れる川のようなものが描かれているように見えた。
ゴォォォォ
音を立て柱が震え石造りの天井が開き神殿内に月の光が降り注ぐ。
柱は月の光を増幅し豪奢な織物をまばゆく照らす。
神殿の外から歓声が聞こえる。
神官達が見上げてるところを見るとこの時は石のない者にもこの紡がれた天井画が見えるようだ。
これが春精霊祭の始めの合図でもある。
歌が終わり豪奢な織物は柱に吸い込まれるようにゆるやかに消えていき柱がもう一度まばゆく輝く。
神官長に神託がもたらされる。
その時、何か私の胸の辺りがざわつき指先から伸ばした糸に絡み付くように這い上がりさざめきに似た音がいくそうにも重なり頭に響いた。
『シソ…(ホシ)イシ…(シソ)ナガレ…(リダツ)ホシ(オチ)…ヒ…(ヤミ)ツギ…(イト)』
その声はさざ波のようにいくえにも重り言葉が何度も畳み掛けるように囁いて消えていった。
延ばした糸を通じて神託のかけらが聞こえてるのだろうか。
同じような事が前の春精霊祭でもあったが、今回の方が鮮明に聞える。
だが神官長ではないので神託だとしてもそれを紡ぐ事はできない。
よって、何の意味かはわからないままだ。
柱の光がゆっくり消えていく。
それとともに柱から糸が外れていき中空に消えていく。
開いた天井の空にかかる月にファデルの民が飛ばした天灯が浮かび並びまた風に乗って飛んで行くのがのが見え、
重い音をたて閉まっていく天井を月明かりと共にゆらゆら照らしてやがて無数の影となった。
胸のほうぎょくが冷えて冷たくなり疲労感で身体が重くなる。
石造りの天井が完全に閉じると神官長が柱の空洞から静かに現れる。
始めと同じように神官長を先頭に巫女と神官が一列に神殿から出る。
私の背で石の扉が重い音を立て閉じられるのが聞こえた。
次に開くのは3年後だ。
神官長と高位神官は神託の裁定の為に神殿の奥にある部屋に入り。
巫女はそれぞれの神官に連れられ服を着替え休みを取る。
巫女達は次の日は一日休みを取る。
しかし、休むのは神殿内なので準備ができない。
仕方がないのでそれに備えて身体を休める事にした。
次の日から3日間は創世神話の舞をまう。
この為に祭の10日前に巫女は集められるのだ。
舞は何度もまっていて役割が決まっているのでそれを合わせるだけなので余り苦労はしないが、
時間と体力を取られる事が気掛かりだった。
創世の舞は神殿の下の石造りの舞台の半野外の広間で行われる。
階段状に見物席が設けられ各国の王や諸侯、招かれた者達は上段に座っている。。
また遠巻きながらも民衆も観覧できる為神殿の周囲の警備は物々しい。
3日間かけこの世界の始まりを舞で表現する。
これが終われば城に戻れる。
舞を舞う日もまた、舞の為の服を着せられる。謁見の時よりは軽い服であるのがわずかながらの救いだ。
髪には沢山の飾りを着けられ、音が鳴るように手足にも鳴り物を着け煩い。
広々とした舞台の上で神官達と楽師の奏でる音にあわせ舞う。
王宮以外で人を見るのはこのときばかりなのだが人の姿はあまりにも遠く小さくしか見えない。
ましてや人々の声はまるで雨の音のように様々に聞こえながらひとつの音のように揺れる。
楽師の音がなり人々の声が消える。
『沈む深淵の中にたゆとうものよ
深き闇に沈みしあまたの世界よ
精霊が投げしまばゆい糸に紡がれ世界は始まる』
神官たちの声が重なり合い広がる。
音にいざなわれるように指先が動き空を指す。
ここから、舞が始まる。
ようやく、3日間の舞が終わり次の日の朝は巫女が順次城に戻る。
私は自分にあてがわれた部屋に戻り侍女達が部屋からいなくなるのを見計らい寝台の下を探った。
隠して置いた手荷物は発見されていないようだった。
ここから5日間の最後の日に出る算段をしていた。
最後の日は各国の王族や自国の諸侯、巫女達も城から退出するが、街を含め国自体はまだ祭が続いている。
つまり一番警備が手厚いのに手薄になるのだ。
そして、ようやく5日目の夜がきた。
この5日間誰と話したのかすら覚えていない。
ただ、必要な分に関しては記入しておいたので問題はない。
年少者ゆえ晩餐会では早めの退出を出来るとはいえ連日の事で体力は大分なくなっていたが、
これからやる事を考えると気持ちは高揚していたので体力より気力が勝っていた。
晩餐会の最中に挨拶をする諸侯と話ながら自分より年少者の退出を目の端に入れていた。
と、同時に4つある扉の一つの側に移動し、その扉から人気がなくなるのを計っていた。
その扉は飾られた花壺に広間から見て扉口が隠れている。
巫女の中の年少者が2人程退出した時に目を配っていた扉に人がいなくなった。
私は少しずつ動き扉よこの花壺の前まできたので扉を小さく開き隙間に入り込むように滑りこんだ。
入口に、警備の者がいたので目くばせをして
いつもの通りに歩き、警備の者が見えなくなったところで靴を脱ぎすてると中庭突っ切るべくを走った。
前の10日の間に好奇心から聞いているかのように警備隊の配置は聞いておいた。
中庭を突っ切ると今日は使用していない西棟に辿りついた。警備隊は外から来るものと諸侯、
王族の警備なので使用していない西棟には配置されていない。
ただ、巡回するものがいるかもしれないので人の気配に警戒し音を起てないようつま先立ちで石の階段を掛け上がった。
階段を上がるとやはり巡回のものがいたので階段の柱に身体を潜めた。
明かりは龕灯だけなので正面と狭い範囲にしか届かない。
ただし、月の光が不安定に廊下を照らしているので月明かりをつかいながらも明かりの元には立たないように気をつけなければならない。
巡回の2人は退屈しているのか話ながら階段を通り越し真っすぐに進んでいく。
自分の足音を彼らの靴音に合わせて下ろすように彼らと逆方向に歩いた。
しばらく歩き、あらかじめ鍵を開けておいた衣装部屋に滑りこみ鍵をかけ手早くそこにかけてある服に着替えた。
鍵音が響いたのか扉の向こうからささやかだが声が聞こえてきた。
城に戻ってすぐに隙をみて寝台の下に隠した荷物をこの部屋に移動していた。
晩餐会はだいたい午後からとなっていたので早めに起き、散歩と称して置いておいたのだ。
荷物を掴み、床に屈み込みながら大きな箱の衣裳箱の蓋を開くと
カチリ
音がして、足元の空気穴の格子が開いた。
人一人が通れる空気穴は衣裳箱の蓋により隠れた。
私は急ぎその穴に入りこんだ。
「この辺りから音しなかったか」
「念の為、確認するか」
警備兵の声が扉の向こうから聞こえる。
ガチャガチャ
とかぎたばの音がして
ガチャ
と鍵の開く音がした。
それとともに空気穴の格子が閉じた。
私は穴の中を通りながら足元で警備兵達が話ている声を聞いていた。
使わなくて久しいので砂が沢山落ちてはいたが元々脱出用なのできちんと切り石で囲まれていたため塞がっているところもなく抜けられた。
これは予想外の幸運だった。
内側から鍵のかかっていたた格子扉を開け、蛇のようにはい出るとそこは城の掘に渡る荷運びの橋の下に出た。
私は荷物袋から布靴をはき念のため目深にフードを被ると橋によじ登り街に向かって走りだした。
思ったとおり街にはいると街中は夜中なのに祭の為、人通りが多く私を気にする者などいない。
朝まで街中を歩き近隣の町に戻るもの達に混じり首都を出た。




