フィアス
「目が覚めたか?」
アスレイが目を開くと、そこは白が目立つ医務室だった。
「俺は……?」
――言葉が出ない。さっきまで地獄にいるような感覚だったのが、夢であるはずはない、だが俺は生きている。どういうことだ?
「……混乱しているようだな。無理もない。あのフォーベの圧に晒されたのだからな」
ベッドの横の丸椅子に足組をして座っている男が諭すように話す。
「フォーベ、……あいつは、何なんだ?」
フォーベの眼光と冷たい手を思い出す。アスレイは背中にドライアイスでも当てられたような寒気を感じた。
「あいつか。あの男、フォーベは魔族の混血。GGの敵対組織、通称、M・Sの上級組員だ。聡明だが、かなり凶暴な奴で、特等格も何人か殺されてる」
男は不意に、悲しそうな顔を見せる。
「……あんたは?」
少しの沈黙を切って、ぶっきらぼうにアスレイは男の名前を聞いた。
「私か、私はフィアス。フィアス・ウィンド。一応、お前の上司に当たる者だ」
フィアスは上着の内にある、金色に輝く階級証をちらつかせる。
「アポロン?」
一瞬見えた見慣れない言葉を、アスレイは思わず声に出した。
「ん? お前、まさか階級号を知らないのか?」
「いや、聞いたことはあるな。俺の二等、とかのことだろ、確か、いや、多分」
アスレイは目を上に向けながら、読点多く、若干自信無さ気に説明する。
「確かに二等格や一等格も階級号の一つだ。では、その上は知ってるか?」
逆立つ黒い短髪をいじりつつ、フィアスは問い掛ける。
「さっき言ってた、えっと、特等格?」
アスレイは首を傾げ、そのあと、傍にあったタオルで寝汗を拭った。
「そう、特等格。一等格以上は、それぞれ一つ、階級名を授かる。私の場合、アポロンという訳だ」
微笑を浮かべているフィアスはもう一度、階級証を見せる。
「ふうん、二等格の俺にはまだ関係ねえかな」
フィアスの動作が突然、止まった。
「……ところが、そうでもない。君は既に、二等格ではないからな」パッと顔を上げ、意地悪く小さな笑みを現す。
「昇格だよ、特等格にな。これがお前の階級証だ」
上着の内ポケットから、鈍く輝くバッジをアスレイに手渡した。
が、不味い木の実をかじったシマリスのような顔で、アスレイは手渡されたバッジをその手から溢した。
「は? いや、は?」
「こらこら、大事な階級証を落とすな。今からお前はこのバッジ通り、ケイローンの号を背負うのだからな」
ベッドから転がり落ち、床にあったバッジを拾い上げまた、アスレイの手に戻した。
「な、何でそうなるんだよ。俺は何もしてないだろ!」
「ああ、何の功績も上げていないな。だが偶然、私と出逢った。私に言わせれば、小さな偶然こそ運命。最も、信じるべきものだ。」 小さな笑みを絶やすことなく、フィアスは椅子から立ち上がり、出入口に向かう。
「いや、理由になってねえだろ! けど、偶然でも何でも昇格できるってんなら甘んじて受けてやるよ」
フィアスの背中を睨み付けつつ、強がりの台詞を吐く。
「……甘んじて受ける、か。その言葉、忘れるなよ。また明日、この時間に来る」
フィアスが扉を閉めた瞬間、アスレイは体に重い何かを背負っているように感じたが、毛布を被り、それは疲労なのだと思い込んで、少しだけ眠ることにした。