フォーベ
静寂、それと荒い息遣いだけが、それぞれ独立して聞こえた。
「はあっ、終わった。……ふう」
アスレイは剣を地面に突き立て、その場に腰を下ろす。
明日は立ち上がることもできないかもな、アスレイは腕の痛みを感じつつ、わずかに斜めに立つ剣を横目にうなだれた。
アスレイが武器としている長剣は、通称、バルエ。二等格以上の兵に配給される規定の武具の一つで、ゼネマンに存在する魔石と呼ばれる特殊な鉱石を用いて製造する。その製造方法は、クリエイターなる職人が魔石を溶かし、武具の素材に混ぜて精製し生成するというものだ。クリエイターはGG内でも極少数で、民間では数えるほどしかいない。
「ちっ、ガスクに上手く使われたな。気に入らねえ」
何か仕返しができないものか、そんなことを考えながら、先程突き立てた剣を杖代わりに立ち上がる。
「ガスクというのは、この方ですか?」
瞬間、真後ろから突然の声、アスレイは驚き、思わず飛び離れた。体を反転させ、身構えつつ声の主を見据える。
声の主は深紅の長髪と鋭く尖った耳を持ち、魔族を思わせる姿だった。だが、それよりも遥かに強く目を引くのは、その手に握っているモノだった。
「……ガスク、か?」
魔族のような男は、ガスクを手にしていた。しかし、ガスクの胴体は存在せず、無言の重圧を放つ、無残な一つの物体となっていた。アスレイの目の前で血がぼとぼとと、幾度となく地面に吸い込まれていく。
アスレイは恐怖に慄いた。全身の肌がぴりぴりと迸る。つい、先刻まで俺と口論してたやつが。信じられない、その思いが体中を何周も何周も、巡った。
「なるほどやはり、この方がガスク。貴方の復讐の手間が省けて良かったですね。おっと、自己紹介が遅れました、私はフォーべ・クラウンと申します」
フォーベは薄笑いを浮かべ、ガスクの頭を無造作に放り投げた。そして身に付けていたマントで軽く、血を拭う。
この男、フォーべは正気の沙汰ではない、アスレイは悟った。そして、フォーべの強さも理解した。目の前にただ立っているだけで、威圧感に押し潰されそうになる、この感覚はアスレイの脳にはいまだかつて無かった。
「どうしました、顔色が優れないようですが」
フォーべはゆっくりとアスレイに歩み寄り、冷たい手でそっと、アスレイの頬に触れた。
触れられた瞬間から、アスレイは息を吸うことができなくなる。単なるプレッシャー、たったそれだけに、息が詰まった。
「は、なせ」
ようやく、僅かばかり声を絞り出せた。
「おっと、失礼しました」冷たい手を、アスレイの頬から離す。「で、一つ、お聞きしたいのですが、この辺りのゴーレムを倒したのは誰ですか?」
「しらない、何のことだ」
ゴーレムを倒したのは俺だ、などと言えるはずもない。顎を震わせながら白を切り通すのみだ。
「ふむ、嘘はいけませんねえ。私の可愛いゴーレムの残骸近くにいた兵士、無関係とは思えない。」フォーベは拳を握り締めた。自らの握力に負け、拳から血が滴る。「それに、兵士さんは私が怒りのあまり、殺してしまったのですよ。貴方を除いては、ね」
フォーベの顔が引きつる。手を拳から手刀の形に変え、腕を振り上げた。
死、死を受け入れた。アスレイの脳がそうした。それ以外に、対処が浮かばないから。目は閉じなかった、閉じられなかった。フォーベの指先が眼前に迫る。走馬燈が頭の中を回る、一歳、三歳、これは四歳か。もう忘れかけていたことまで、鮮明に甦る。いよいよ、現在に辿り着こうかというとき、フォーベの指先が弾け飛んだ。そしてアスレイの記憶も、弾けた。