浮遊大陸
浮遊大陸、ゼネマン。それが有する広大な面積の内、西方で三割程を占める荒れ果てた広野。樹木もまばらなその土地では、大陸の面積にそぐわない、小さな戦いが繰り広げられていた。
聳え立つ岩山。その麓周辺に数名いる兵士の中で最も軽装備の男、アスレイ・ヴィンシャーは、後方にいる最も重装備の男に足音強く近づき、叫んだ。
「ガスク隊長、これ以上は無理だ。一旦退避の命を出せ!」
櫛も通さないのであろう、ぼさぼさのセミショート。鷹の顔を丸く整えたような顔つきに宿る印象的な蒼い瞳、襟の尖ったシャツに緩いズボン。その風体は年よりもいくつか若く見えた。
ずしり、とした重量感のある皮製の手甲を右手で取り払いつつ、アスレイは鎧が立っているようにも見える、目の前の初老の男を、見入った。
「ふん、アスレイか。ならん、このまま進攻しろ」
ウーパールーパーを少し格好良くしたような顔をしているガスクは、白い髭を指でなぞりながら、厳格な顔でアスレイに鋭い視線をやった。
「おいおい、正気かよ。ガスク隊長、あんたは仲間を殺す気か? 目標はゴーレム十数体、こっちは二等格が五人。どう考えたって不利だろうが!」
アスレイは、元々のつり目をさらに吊り上げ、その手に携えた鈍く輝く長剣を砕けんばかりの力で握り、激昂した。
アスレイの周辺で岩壁を頬張るゴーレム。それは岩を起源とする魔法生物の総称、岩でできたその体は体長約二メートルから三メートル、しばしば街へ降りては建物を喰らっていく、厄介な魔物である。二等格、とはアスレイの属する自治組織、『GG』内での等級のこと。五等格から一等格までと、それ以上は独自の等級が存在している。
「仲間を死なせん為に、わざわざお前を含めた隊列編成にしたのだ。お前ならこの程度、ものの数ではないだろう。問題あるまい、怪物潰しのアスレイ・ヴィンシャーよ」
ガスクはその目に有らん限りの嘲笑を込め、口元を醜く歪めた。
「てめえ、まだあのことを言ってんのか! いい加減にしろ!」
怪物潰し、その言葉にアスレイは頭から溶岩が体に巡る感覚を覚えた。そして、音が鳴り響きそうなほど歯を噛み締めた。未だ、にやついているガスクに斬りかかりたかった。
「何にせよ、ゴーレムの十や二十、お前なら苦にもなるまい。さっさと行け」
ガスクは鋼で固められた左腕を水平に大きく振り、隊列に戻るよう促す。口元は真一文字に結ぶも、目に宿る嘲笑はそのままに。
「……ガスク、いつかてめえを顎で使ってやる。覚悟しとけ、残り少ない髪の毛を絶やしてやるよ」
目線をわずか上にずらし、アスレイは憤怒と侮蔑が入り交じった表情を見せた。
「くっ、とっとと行け! あと、防具ぐらい整えろ!」
顔面を朱色に変え、ガスクは捨て台詞を吐いた。
「はっ、お断りだ!」
アスレイは腹部に巻いて使う装備を腰元に巻いて垂らしていた。動きが取りにくいから、という理由からだ。アスレイはほとんど装備品をつけない、つけるのは規定にある最低限のものだけで、それもきちんと身につけず、動きやすさ重視で自分なりに装備している。チョーカーやペンダントなどの装飾品も身につけるがために、周囲から異端視されているが本人はまるで気にしていなかった。
アスレイは外していた手甲を付け直すと、踵を返し、暴れているゴーレムの元へ走った。この腹立たしさはやつらにぶつけよう、アスレイは思った。だが同時に、俺は愚かな八つ当たりをしようとしているのではないか、とも思った。何故だか酷く気分が悪くなったが、足を止めようとは思わなかった。
アスレイは自らの愚かしさを剣に込め、振るう。もそりもそり、と胸の皮一枚、奥のところでうごめく腹立たしさは到底、消えそうになかった。