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転生魔法物  作者: 駁目師走
第一章~異世界転生編~
9/14

008

 休校日が開け、学校の教室にはつい数日前にあんなに恐ろしい思いをしたにも関わらず、平和な空気が漂っていた。

 楽しそうに休日中の出来事を話す者、ガールズトークで何やら盛り上がる女子達。

 俺は学校に着いた頃から、また何か危険な事でもあるのではないかと緊張しっぱなしだ。

 しかし、平和な空気とは裏腹に、絆創膏やガーゼを貼る者や、よく見れば足を引き摺っている者もいた。

 HR前の喧騒の中、ふと世良羅の席へと視線を送るが、彼女はまだ来ていない様だった。時計に目をやると後五分で遅刻になる。よもや、あの時は気づかなかったが怪我でもしたのではないか、と心配した矢先に勢いよく教室の後ろ側の扉が開いた。

 生徒達の視線が一瞬そこに集中するがすぐに何事もなかったかのように友人との会話に戻る。

 世良羅が入ってきたのだ。注目を集めたいのだろうか、それとも扉は大きな音を立てて開くのがポリシーなのか、はたまた扉に恨みでもあるのか、本当におかしな奴である。

 白いカーディガンは駄目になってしまったのだろうか、数日前と比べれば多少は暖かくなってきたからだろうか今日は上着を着てはいない。

 現れた世良羅は高い位置で髪を二つに結んでいて、「~じゃないんだからねっ!」などと言い出しそうなくらいにツン属性に磨きがかかっていた。できればデレ属性の方も何とかして欲しいものだが無理は言うまい。

 シャツは第二ボタンまで開けており、ブレザーを押し退けて大きな胸の膨らみが誇らしげに顔を出している。さらにはスカートもかなり短く、俺が教師なら「ちょっと短すぎるんじゃないか?」とベタなセクハラを試みていたに違いない。

 金髪で制服をラフに着こなす世良羅の姿はα世界なら不良の部類に入るのではないだろうか。などと考えながら横を通りすぎる世良羅に顔だけを向けて見つめる。主に胸元と下半身ばかり見ていた気もするが。

 下心満載の視線に気づいたのか、眼球だけを軽く俺に向けた気がしたので、若干の後ろめたさから俺は愛想笑いを浮かべて会釈をする。が見事に無視されてしまった。

 世良羅が席に着くと同時にチャイムが鳴り、立ち話に花を咲かせていた生徒達が慌てて席に着く。


 チャイムが鳴って間を置かずに静琉が入ってきた。

 相変わらず教職員とは思えない爆乳を強調した格好で教壇の上に立つ静琉は腕を怪我したのだろうか、左腕を吊っている。

 この間は何やら気まずい別れ方だったので気を使ってみる。

「それどうしたんですか? 大丈夫なんですか?」

 飢えた獣の様な眼光を向けられ、俺は恐怖に歪ませ肩を竦めた。けれど静琉の口から出でた言葉は予想外のものだった。

「お兄ちゃん、有難う! でも大丈夫だから心配しないでね!」

 もしかしたら休み中勉強しすぎた影響が脳に出て、不可思議な脳内変換をかましたのかもしれない。

 弟属性、もとい妹属性がないとはいい難い俺だが、爆乳の年上姉ちゃんにお兄ちゃんと呼ばれたいと痛い妄想を抱いた事など生まれてこの方一度もない。

 先程の声色は明らかに俺が今まで聞いた静琉の声より3トーンくらいは高いもので満面の笑みで俺に微笑みかける静琉もこれが初お目見えだ。

「ごめんなさい。休み中勉強しすぎたもので。今何て言いました?」

「お兄ちゃんたら、頑張り屋さんなんだから――」

「まてまてぇい! あんた休日の間に何があった? その怪我かその怪我のせいなのか? 頭を打ったのか? いや、まさか傷口から未知の菌に犯されているのか?」

 やはり聞き間違いではない確かにお兄ちゃんと俺を呼ぶ静琉に半ば半狂乱で食いつき、あまりの興奮に身を乗り出すだけでは飽き足らずうっかり机の上に足をのせてしまう。

「やだなぁ。ダーリンのお兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんじゃない。」

「ダ……ダ、ダダダダダーリン?」

 何が起こっているのか理解しようと必死に考える。

 ダーリンとはそもそも誰だ?

 ダーリンのお兄ちゃんが俺と言う事はダーリンという人物は俺の妹か弟かと言う話になる。

 俺には妹はいないし、弟も翔一人だけだ。

 確かに父親か母親に隠し子や、前妻などがいた場合は存在するのかもしれないが、そんな話は父にも母にも終ぞ聞いたことがない。

 いや、だが普通はいたとして隠していてもおかしくはない……。

「は……腹違い!」


 静寂の教室に俺の奇声が響き渡ったが、前に座る翔が頬を人差し指で掻きながら俺を見上げているのに気がついた。

「何か……僕みたい。」

「何がだ翔。俺達には異父兄弟か、異母兄弟が存在していると言う衝撃の事実が明らかになったのだぞ。貴様は何を冷静に――」

 翔の言葉と先程までの俺の考えがリンクする。

「待て、よからぬ事が頭を過ぎったが、まさかとは思うが翔……。」

「う、うん。ダーリンって僕の事みたい。」

 屈託なく微笑み、栗色の髪を微かに揺らしながら発した翔の言葉を聞いた俺の膝が落ちる。

 机と椅子は俺と共に大きな音を立ててその場に崩れ、翔とのこれまでの日々が走馬灯の様に頭に浮かんだ。

 いつも「兄さん、兄さん」と俺の後をついて来て、いつでも俺を立ててくれた最愛の弟、翔。

「に、兄さん大丈夫?」

 翔が俺を優しく抱き起こす。

「か、翔……。お前が選んだのなら兄さんは反対はしない……だが最後に兄として一言だけ言わせてくれ……俺にもたまには揉ませてくれ、ガクッ。」

「も、もま? にっ、兄さーん!」

 性格は及第点どころか落第点すらやれないほどだが、確かに見た目の感想を一言で言えば、静琉は爆乳美女の一言に尽きる。

 そんな静琉と交際していると言うあまりのショックな告白に下心のみで構成されている遺言を言い残して俺は力尽きた。


 と思われたが、それくらいのショックでピチピチの十七歳である俺が力尽きるわけもない。

 平均年齢をとうに過ぎたお爺ちゃんならいざ知らず、俺くらいの若年でショックによる心臓発作で命を落とす者などそうそういるはずもない。

 ショックに揺れる膝を抑えて立ち上がる。

「何故そんな事になっているんだ? 俺の知らない間に何故、そんなエキセントリックな事態に!」

「翔ってね……すごいの。」

 右手の人差し指を口に当てて顔を背けて頬を赤らめる静琉に膝が大きく左右に揺らぐ。何とか膝を押さえつけて踏み止まった俺の腰からも力が抜けていくが、ここで倒れるわけにはいかない。

「に、兄さん。」

 翔がこのひと時の間に随分とやつれてしまった俺に耳打ちをした。

 どうやら、俺達の秘密を守る為に仕方なく交際する羽目になったのだと言う。

 詳しい事情はここでは説明できないと言うが、当たり前と言えば当たり前だ。

 目の前には静琉もいれば、クラスメイト達もいる。帰ってからゆっくり聞くことにしよう。もちろん彼女とはどこまでいったのかも。むしろそっちが本題だ。


「HRも授業も始めないのなら私、帰っていいですか?」

 突如として、窓際最後尾に座る世良羅が机を叩き、立ち上がり様に言い放った。

 勢いよく立ち上がった世良羅の二つに結ばれた金色の髪が、たわわに実った稲穂の様に揺れ、これまたたわわに実った胸部も大きく上下した。

 顔には当然の事ながら、激しい嫌悪と怒りの色が満ち満ちている。

 一時後方へと奪われた視界を正面へと戻すと、そこには豊満な胸を強調するかの様に胸を突き出し、腰に手を当てて、同じく嫌悪と怒りの表情をした静琉が世良羅を睨み返している。

 今回の件に関しては世良羅の怒りに関与していない。とは言えなくもない俺としては何とも気まずく、彼女には後ろめたさも多大にある為に掌にはじっとりと嫌な汗が噴出した。


「――さぁてと窓際のビッチが何やら五月蝿いのでHRを始める。」

 悪びれる様子を微塵も滲み出す気配なく、静琉が教壇へと戻る。振り返り際に翔にウインクをして。

 世良羅も納得はしてはいないようではあるが、HRを始めてくれるのならこれ以上言いたい事はないのか、聞きなれたソプラノの「ふん。」を一つくれて、席へと着いた。しかし、視線は窓の外へ。HRを始めろと言っておいて真面目に聞く気はなさそうだ。

 静琉が出欠を何事もなかった様に取り始め、一人呆けて立ち尽くす俺は椅子が床と擦れる音を立てないようにそっと椅子を引き、これ以上視線を集めぬよう気配を絶って席に腰を降ろした。

 出欠を取り終えた静琉はバインダー状の黒い厚紙で出来た名簿を音を立てて閉じた。

 翔との交際が始まったからか、他の生徒には今まで通り「クソ」だの「カス」だのを名前の上部に付け加えていたが俺は「お兄ちゃん」と呼ばれた。

 まさかこれからはそれで通すのではないかと不安になるが、猛然と抗議したところで静琉の見事なまでに捻じ曲がり、スパイラル状になっているのではないかとさえ思われる人格を変える事など俺には出来ようはずもなく、さらには世良羅に叱責される事を恐れた俺はついに出欠を取り終えるまでの間、言葉を発する事はできず、膝の上で拳を握り締めて他のクラスメイト達の視線による羞恥に耐え抜いた。


 名簿を教卓の上に放り投げた静琉が背後のホワイトボードにマーカーで文字を書き始めた。

 余談ではあるが、俺達の世界の高校はほとんどが黒板にチョークの組み合わせだったが、こちらの世界では黒板事体が存在しないのか、ホワイトボードを使用する様だ。確かに中学の頃に少し通った塾などはホワイトボードを使用していたし、さして不自然と言う事でもないが、ホワイトボードに少し大人びた印象を抱く俺は違和感を多少なりとも感じている。

 静琉がホワイトボードに書き出したのは二つの言葉だった。【バディー】と【パーティー】だ。

「何故、魔立の学園が設立されたのか、勿論皆知っているな?」

 先程までとは打って変わって真剣な面持ちの静琉は教師の風格があった。青みがかる程の黒い髪と黒い瞳は真剣な顔をすると不思議な威圧感を放つ。

 心の中で(当たりません様に)と祈る。ややもすると手を顔の前で擦り合わせそうになるが、そんな態度を取ると当てられてしまうのがお約束なので制服のズボンを握り締める格好で上がりそうになる両腕を縛り付ける。

「なら、そこのちっこい――えぇっと。チビ粟崎あわさき。」 

 静琉の教鞭の先にいた男子生徒が当てられて机から立ち上がる。

 粟崎と呼ばれた男子生徒は確かに小柄で身長は百五十センチにも満たないだろう。色白で真面目そうな青年。と言うよりも少年といった印象を強く抱いた。女性的な印象の翔とは異なり、幼い子供みたいな雰囲気の少年だ。

「はい。我が魔立学園は違法魔練師に対抗する魔練師の育成、及び魔科学技術発展の為の優秀な術式開発者養成施設です。」

「正解だ。さすがは入試成績で主席のダーリンに次ぐ成績だっただけはある。ガリ勉野郎が……。」

 けなしているのか褒めているか分からない言葉を吐き捨てる静琉。その言い草だとガリ勉の粟崎よりも成績の良かった翔もけなす事になるのではないか、と素朴な疑問を抱いた俺を置いてけぼりにして静琉は続けた。


「まぁそんなわけで貴様らは強くならねばならん。ダーリンはもう官能的に強いからいいのだが。」

(こいつは官能的って言葉の意味を知っているのか? 知っているのならただエロそうな言葉を使いたいだけなんじゃないか?)

「知っての通り、我々の魔法には大きな隙や弱点が生じる事も多い。ゆえに任務に当たる際には【バディー】と共に行動するのが基本だ。さらに危険な任務や二名での遂行が不可能な任務には【パーティー】と呼ばれるバディー三組編成で当たる事になる。まだひよっこの貴様らでもこれに例外はない。もちろんひよっこにダーリンは含まない。」

 度々《たびたび》翔をダーリン呼ばわりする静琉に憤慨ふんがいしながらも予想外の展開に驚きを隠す事に神経を集中させる。

 静琉の問いに粟崎は魔立の生徒は違法魔練師に対抗すると当然といった風情で言った。

 この世界に警察が存在しないと言う事はないだろうが、多少の魔法を使えるにしても魔練師に対抗するほどの強力な戦闘魔法は使えないのだろう。その為に魔立の生徒達である俺達が違法魔練師と対峙たいじし、逮捕また駆逐を行うと言いたいのだ。

 しかし、そんな事はα世界からの漂流者である俺にとっては御免蒙ごめんこうむりたい。

 どんな凶悪犯罪が横行しているか知らないが、危険な事に巻き込まれるのを極力避けるのが俺の十七年の人生で得た常識だ。

「――まぁまだ貴様らに任務についてもらう事はないにしても、今からバディーやパーティーでの戦闘に慣れておく必要がある。」

 俺はほっと胸を撫で下ろした。いくら魔法練成技術の向上がα世界に戻る為に必要な事とは言え、死んでしまっては元も子もない。

 それでも数日前の体育館での事を思うと今だ安心は出来ないが、重くなった気持ちは幾分か軽くなった。

「それじゃあ、時間も押している事だし、さくさくバディーを決めるとするか。」

 静琉は再び教卓の名簿を開き、唇に人差し指を添えて考える格好を始めた。 




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