007
入学式の翌日の激闘を終え、やってきた休校日の最後の日。俺は部屋で教科書を読み漁っていた。
今更ながら危機感を持った俺は休校になった数日間をこれまでの人生で勉強した時間を足しても足りないくらいに勉強をした。
色々と魔法について理解する事はできた。
魔法錬成とは言うなればイメージを具現化する事だが、それにはまず術式と言われる物が必要だ。
術式は色々存在し、炎を錬成したり、水を錬成したりする術式がオーソドックスで、この世界で暮らす人間にとっては生活必需品と言ってもいい。
術式は通常インターネットなどで術式販売元からダウンロードしたりする事によって入手する事ができるが、そのほとんどは戦闘では意味を成さない物ばかりである。
普通に考えればそんな危険な魔法を誰でも買える方が問題があるだろうから、それで正しいのだろうが俺が目にしてきた自分の腕を変形させる魔法や、世良羅の雷魔法は明らかに戦闘用といった物だ。
その辺りも調べてみると、なるほど合点がいった。
どうやら術式には危険度合いで使用できる者が限定されるようだ。
日常でも使う様な危険の少ない術式は庶民でも扱う事はできるが、下手をすれば人に怪我をさせたり、その命を奪うものは魔錬師にのみ使用を許されている。
そしてそんな戦闘用術式の殆どは上級以上の魔錬師やモグリの犯罪者魔練師によって生み出されているものらしく、望みの効果を発揮する術式を手に入れるのは困難であり、術式形成には最低でも上級師以上に知識が必要な事が分かった。
余談ではあるが、この世界にインターネットに接続するにはMRDがあればいい。
俺達の世界では携帯がなければ生きられないと言えるが、この世界では電話の役目もインターネット接続端末としての役目等、様々な役割をMRDが担う。
術式をMRDにインストールすれば、それで魔法が使えるというわけでもない。
正確にはATモードであれば使用する事はできるが、ATモードで術式を発動すれば眩暈、頭痛、嘔吐、腹痛、関節痛、発熱といったまるで感染症にでもかかった様な症状が出る。さらには簡単な術式であればある程度の精度で発動できるものの、難解な術式では欠損したり、効力が不完全だったりとまともな発動の仕方はしないらしい。
その点は思念化に乗る人間の【創造力】が関わっているとされているが創造力に関する魔法への関連性はまだ解明されていない。推測の域を出ていないと言う事だ。
術式を入手する時に重要視するのは「その術式を自分は正確にイメージする事ができるのか。」「その術式に必要な魔力の量を必要な場所に注ぎ込む事ができるのか。」「それを発動するだけの魔力量があるのか。」となる。
魔力量というのはRPGなどで言うところのMPだ。魔力量は個々人の才能如何で大きく差がでるもので訓練により上限を引き上げる事は可能なものの一朝一夕で何とかなるものではないらしい。
そこで問題は俺の腕に輝くMRDにはどんな術式がインストールされているのか、と言う事だった。
何故か戦闘用と思わしき術式がインストールされていた俺のMRDには【腕】【脚】【盾】【剣】【砲】と簡素な名前がついた術式が5つ。それで俺のMRDの保存領域は満タン打ち止めだ。
腕は洞窟で発動した術式だ。脚は腕の脚バージョンだろうと容易に想像できる。
盾、剣、砲もそのままなのだろうが一体どんな形状の盾なのか、剣は両刃なのだろうか片刃なのだろうか、そこまでイメージできなければMTモードでの発動は不可能なのだ。
なまじ無理矢理にイメージをこじつけて発動すれば、ATモードで発動した時よりも歪な状態で発現する事は間違いない。
ATモードで発動すれば大体の形状や効力は掴めるのだろうが、もう二度とあんなにも死んでしまいたい程に気分が悪くなる事はしたくなかったので、俺は腕の錬成だけに専念して特訓する事にして部屋を出た。
(えっと、まずは……)
「虚構よりも真の現実を……」
腕のMRDが光り始め憑代が出現する。
調べてみると憑代は造語みたいなものだった。MRDの操作端末だから、正式には憑代も含めてMRDと呼ぶのだ。
「大地を切り裂き、海を割るその隻腕を振り上げ、憤怒の右腕よ! 我が敵を打ち砕け!」
なるべく正確にあの洞窟で見た腕をイメージする。
軽くなる様にイメージを付け加えながら念じると帯魔状態へと移行していく。
帯魔状態は思念化情報の構築が完了し魔力が流動化し始めた状態の事だ。
右腕に魔力を集中するイメージは大体掴んでいる。
目を閉じて、瞼の裏に自分の姿を投影し、それを俯瞰的に見て、全身に満ちている靄の様な物を右腕へと集中していく。
恐らくこの靄が魔力なのだろう。
右腕に魔力が集中したら、定まらずどこかへ流れていきそうな魔力を固める為に力を込める様なイメージ。
やがて俺の右腕は光り輝きながら徐々に膨らみ出し、その形状を変化させていった。
変形した右腕は左程重くはない。ここまでの道のりは長かったがMTモードで練成すれば大きさや重さに多少の融通が利かせられることがわかったのだ。
しかし、軽量化に重点を置くあまりに術式構成情報からイメージがあまりにかけ離れていると思念化が上手くいかずに、超巨大な右腕が出来上がったり、掌の部分だけが練成されずそのままの状態だったり、変形した腕によく見知った毛並みの腕毛が生えていたりと大変だった。
今日は休日最終日なので強度や威力のテストを行う予定だ。
通常より肘から下が一回り大きくなった腕をぐるりと肩を回して振り回す。
前に突き出して引っ込め、手を広げたり握ったりして動きを確認する。
(多少の違和感はあるものの普通に腕を動かすのと大差ねぇな。)
左手でノックするように叩くがコンコンと鉄板でも叩いているような感覚で、右腕は痛みはおろか触られている感触もない。
(これならいけるな。)
大きく右腕を振りかぶり、目の前の大きな樹を力一杯に殴りつける。
変形した部分の腕に痛みは感じないが殴りつけた衝撃が肘から上の名前の部分響く。
殴られた樹は接触した部分を大きくへしゃげ、やがて倒れた。
力一杯殴ったにしても人間の胴回りくらいの太さは確実にある樹が、まさか折れるとは思っていなかった。
(腕力も上昇してるってことなのか?)
右腕と倒れた樹を交互に見ながら考える。
その後も右腕の考察は続いた。
岩を砕いたり、火にくべてみたり、指先をコンセントの差込口に突っ込んで電気への耐性もテストしてみたりもした、某ツンツン美少女対策である。
どうやら練成された腕はかなりの強度を誇っていて、さらには痛覚や触覚もなくなる様だった。
他の生身の部分は平常と変わらないが、練成された右腕から繰り出される攻撃には不思議と自分の物とは思えない腕力が乗るみたいだ。
普通、パンチの威力は背筋辺りのヒットマッスルだか何だかの影響を受けると言うから肘から下が変形しただけで威力が上がるというのはどう考えてもおかしいが、その答えを見つける術が俺にはないのだから事実をありのまま受け入れる事しかできない。
「兄さん、お婆ちゃんが晩御飯出来たって!」
「もうそんな時間か。わかった直ぐに行く。」
術式の解除方法も覚えた。
元の腕に戻れと強く思い浮かべるだけでいいのだから、練成する時よりも遥かに楽だ。
これで精神を集中してとか面倒臭い手順があったら俺はさじを投げていたに違いない。
囲炉裏のある居間へと移動すると二人が俺を待たずに食事にしている。
別に待っていて欲しいとは思わないが、それでも待ってくれているのが家族愛だろうと思ったが口に出しては祖母にしばかれるだけなので止めておこう。
今日の夕食は焼き魚に味噌汁に白米。そしておまけの白菜の浅漬け。
祖母の家に来てからこれ以外のメニューが出た事がないのは俺の気のせいではない。
日記をつけているわけではないが、確実に気のせいではない。と思ったが口に出しては祖母にしばかれるだけなので止めておこう。
「ってか婆ちゃん。俺達が別の世界から来たって事を公表した方がいいんじゃねーか? 嘘をつき続けるのは疲れるし後ろめたい。元の世界に戻る協力してくれるかもしれねーじゃん。」
「あんた馬鹿かい? 時間移動や不老不死、それと同じくらいに多元世界移動なんてのは夢の技術なのさ。これだけ魔科学技術が発達した今も尚ね。そんな所に多元世界からの漂流者です、なんて馬鹿面ぶら下げて出て行ってみろ。薬漬けにされて、電気流されて、頭かち割って中身調べられてご愁傷様フラグさ。」
(それはさすがにないだろ。フラグを使うタイミングもおかしいだろう。それがスタンダードなのか?)と余計な事も考えたがそうとも言えないかも知れない。
俺達の世界なんかよりもずっとこの世界は死が身近だ。
学校の授業で死にかけるなんて事は俺達の世界ではまずない。
それだけ魔法に関心を持っていて、向上させる意思も強いのだろう。
その為ならば人の死さえ厭わない。そう思っていても不思議ではない。
「でも、そんな事言ってたら俺達はいつまでも元の世界に帰れないじゃねぇか。」
「手がかりはないわけじゃないよ。」
初耳だ。何の手がかりもないのではなかったのか? と驚いた俺はついつい口に含んだ米粒を噴出した。
「汚いねぇ。手がかりって程ではないかもしれないけど、分かった事はある。あんたのMRDの構造はあたし達の世界の物とは少し違うと言う事と、その中にインストールされている術式も私達の世界の術式とは異なるデータ構成になっていると言う事。最上級師の眼鏡が言ったかもしれないけど、それは間違いなく機械練成だよ。」
「何でそんな事が出来るんだよ? 機械練成の術式を作れる者はいないし、俺が思念化できるのは何でだよ?」
「そんなもん、あたしが知るかい!」
(この妖怪婆、肝心な事は何もわからねぇんじゃねぇか。)
米をかき込み、浅漬けを放り込んでそれを味噌汁で流し込んだ。
結局は何もわからない。それどころか、中途半端に分かった事が増えただけに謎は深まるばかりだ。
「何とかなるよ。今は魔法練成技術を磨く事が先決な気がする。特に兄さんがそのMRDの術式を使いこなせる様になれば分かる事も増えるかもしれない。」
翔はこんな場面では驚くほどに能天気だ。
まったく思慮深いのやら、能天気なのやら我が弟ながら分からん奴だ。
「あぁ、それと今後はあんた達の元いた世界をα《アルファ》世界、こっちの世界をβ《ベータ》世界と呼んどくれ。あっちだこっちだそっちだと余計に頭がこんがらがって考えがまとまりゃしないからね。」
どっちでもいいのだが、どっちでもいいから取り敢えず相槌を打っておく。
食べ終えた食器を片付けながらぶっきら棒に「あぁ」と返事した。
「あぁ、あと――」
(まだ何かあんのかよ?)
「魚は皮まで食べな。コラーゲンがたっぷりだよ。」
「あっ……そ。」