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転生魔法物  作者: 駁目師走
第一章~異世界転生編~
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005


「化け物が! 千早さんを離しやがれ!」

 この右腕が魔法である事は間違いなく、どんな効力があるのか、どの様に使えばいいのかはわからなかったが、俺はただ我武者羅がむしゃらに変形した腕を化け物へと振りかざそうとした。


 が腕が動かない。

 肘から下が巨大化し、変形した腕は恐ろしく重く、肩が外れそうになる。

 まるで米俵を腕にぶら下げているような感覚。

 無理矢理動かそうと駆け出した俺は右腕に引っ張られる様にして尻餅をつく。

 折角せっかく苦しい想いをして魔法を発動してもこれでは余計な足枷あしかせが増えただけで、生身の方がまだマシだった。

 化け物の魔手が世良羅に迫る。

「なんだよ、これ? 動け! 動きやがれ!」

 その場に根を張ったようになった腕は引き摺って移動することも叶わない。

 自分の腕を引き千切る勢いで力を込める。

 変形した部分と生身の部分の繋ぎ目の肘のやや上部の皮膚が引っ張られて激痛に冷たい汗が背筋を伝う。

 それでも右腕はぴくりとも動かない。

 重さのせいか、洞窟の岩肌にめり込む腕はどう頑張っても動かせる気配はない。

 化け物は大きな口を開けて、世良羅へと飛びかかった。

「いやぁぁぁっぁぁっ!」

 甲高い悲鳴が洞窟に反響する様に響き渡り、俺は顔を背けた。


 突如、上空に舞い上がる様な感覚。

 エレベーターで上昇している時は、丁度こんな風に不快感が内臓を揺らし、耳を詰まらせる。

 体育館から洞窟へ移動した時とよく似た感触に恐る恐るまぶたを開いた。


 うつむいていた視線の先に映るのは見覚えのあるテープで点線状のラインが引かれた艶やか木目状の床。

 先程の暗がりと比べ、遥かに眩しくなった視界に瞳の奥がじんと痛む。

 周りを見渡すと洞窟に飛ばされる以前は綺麗に整列し姿勢を正していた生徒達が体育館中に拡がる様にばらけ、一様に息を荒げて臨戦態勢の構えをとっていたり、恐怖に腰を抜かす様に尻餅をついていたりしている。

 く言う俺も体育館に戻れた事を認識しているにも関わらず、いまだ膝は恐怖に震え、背中には冷たい汗をびっしょりと掻いていて、肌にくっ付くシャツが気持ちが悪い。

(戻って来たのか? もう安全なのか?)

 急激にやってきた安心感に俺はその場へとへたり込み、大きく息を吐いた。

「――兄さん! 無事でよかった!」


 翔が俺に飛びついて来た。

 随分心配していたのか目には涙を浮かべている。

 俺は自分の事に必死で翔の心配をする余裕すらなかったのに、同じ状況にいたと思われる翔はしっかりと駄目な兄を心配してくれるから敵わない。

 びしょ濡れになった俺のシャツに掴まって鼻をすする翔の頭を不甲斐無ふがいなさは一旦横に置いておいて努めて兄らしく、優しい手つきででてやった。


 元の空間に戻れた今、世良羅は果たして無事なのだろうか? と途端とたんに心配になり辺りを見渡すと、壁に寄り掛かる世良羅が億劫おっくうそうな表情を浮かべて、先程まで化け物に掴まれていた二の腕の辺りを抑えていた。

 鋭い爪をした化け物に掴まれて怪我をしたのではないかと案じたが、それは余計な心配だったらしく俺の視線に気付いたのか、勘のいい世良羅は殺気の籠った視線を俺に返してきた。

 俺が不自然に引きる笑みを向けると世良羅も引きった笑みを返してくれた。

(よかった。あまり怒ってはいないみたいだ。)と思ったのも束の間、くせなのだろうか、先程のごたごたで少し汚れてしまった白いカーディガンの裾を掴んで肩をすくめながらつかつかと俺の方へと気味の悪い笑顔を湛えたまま歩みを進めてきた。

 目の前で立ち止った世良羅を見て、(必死で助けようとした気持ちだけは伝わっていたのかな?)と気が緩んだ瞬間。

 頬に激しい痛みを感じ、正面を向いていた筈の首が大きく右に振れた。

 体育館中に響き渡る頬を打った平手の音に視線が集中する。

 頬も痛いが集まる視線も痛い。

 女子に殴られている所を皆に見られるのは恥ずかしい事この上なく、最上の恥辱ちじょくである。

 茫然自失ぼうぜんじしつのまま、首さえ正面に戻せないでいた俺は翔の「に、兄さん大丈夫?」の一言に正気を取り戻す。

 文句の一つも言ってやろうと勇んで顔を正面に向け、口を開いたが言葉は喉の辺りで止まった。

 いつもはやや右寄りで綺麗に分けていた前髪が顔にかぶさる様に乱れ、後ろ髪もぼさぼさになっている。

 頬は煤けていて、笑んでいた筈の顔は悲しげなものに変わっていて金色の大きな瞳にはじんわりと涙が込み上げてきている。

 いつもは勝気な世良羅もやはり怖かったのだと痛感した。

 無事だったとはいえ、化け物の大口がそこまで迫って来たのだから無理はない。

 俺が頬を打たれたのだって、当然の報いだ。

 世良羅は確かに俺に助けを求める視線を投げたのに、結局俺は何もする事は出来なかった。

「貴方! いきなり兄さんに何を――」

 事情を知らない翔がかばおうと前に出たのを俺は左手で裾で引っ張り、押し留めた。

「いいんだ。俺が全面的に悪かったんだから。」

 その言葉がさらに怒りをあおってしまった様で世良羅は両手で俺の胸を思いっきり突き飛ばし、鼻を鳴らして離れていった。

 後ろ姿の世良羅の右手が目を擦る様に伸びたのが見えた。

 涙を拭ったのか、すすを拭ったのかはわからなかったがそれは俺の胸を締め付けるには十分な素振りで、力いっぱい突かれて胸が苦しくなり咳き込みそうになったが、被害者面をする事になってしまいそうな気がして息を止めて必死にこらえた。

「――兄さん、また彼女と何かあったの?」

 心配そうに俺の顔を覗き込む翔の髪をくしゃっと握って「何でもねぇよ。」と誤魔化ごまかした。


「――にしてもさっきのは一体なんだったんだ?」

 心配し続ける弟の気をらそうとに問うと、口元に手を当てて考える素振りをした後、真剣な面持ちで翔は言った。

「意図は想像がつくけど、この世界はやっぱり僕等の世界と感覚がずれているのかもしれ――ってそれどうしたの?」

 派手に変形した俺の右腕に今頃きずいた翔は目を丸くして驚いた。

 どうやったら元に戻るのかわからない俺は変形してしまった右腕を擦りながら経緯を世良羅との内容は出来る限り端折はしょって説明した。

「兄さん、この素材ってもしかしてあの森で見た建造物の……。」

「似ているよな。それよりもどうやってこれを元に戻すのかが知りたいがな。ずっとこのままじゃ茶碗も持てないから餓死しちまうよ。」

 俺のいつもの自虐じぎゃくに翔は笑みを取り戻してくれた。

「外部から手動にて、憑代を起動。術式強制終了――これでよしっと。」

 翔が変形した腕の手首辺りをいじり、何かの作業が終わった合図をするようにポンと叩くと俺の右腕は見る見るうちに縮小していき元通りになった。

 変形時に破れてしまったワイシャツの裾はそのままだが、右腕だけ人間を捨てるよりは遥かにマシだと自分に言い聞かせて諦めをつける。


「――にしてもお前は何でMRDの使い方を知っているんだよ?」

「この世界で、特にこの学園で生活していくにはMRDは必需品みたいだしね。僕には兄さんが無関心すぎるような気がするけどな……。」

 悪気なく口にした翔の一言に胸がちくりと痛んだ。

 無関心なわけではなかったが、えて知ろうとはしなかった。

 仕方なく一時的にこの世界にいるだけだ。

 こっちに来てからずっとそんな事を考えていたから、向こうの世界ではあり得ない魔法の事をなるべく知らずに過ごせばそれが最善だと思っていた。

 俺はいつも間違いを犯してからそれが間違いだった事に気がつく。

 そして取り返しのつかない後悔を繰り返してばかりいる。

 もう少し魔法の使い方を翔の様に勉強していれば、世良羅を助ける事ができたかもしれない。

 例え救う事はできなくても援護するくらいはできたはずだ。

 今回は事なきを得たが、一歩間違えば俺の不甲斐無ふがいなさのせいで命を落としていたかもしれない。

 最上級師達がそこまでするわけはなかったとしても、周囲の生徒達を見ると結構な傷を負っている者もいる事から、大怪我していた可能性は大いにあり得る。

「――ちくしょうが。」

 翔には聞こえないよう、自責の言葉を呟いた。


「オラァ! ゴミ虫共がいつまで騒いでんだ! さっさと並べ! または死ね!」

 朝のHRホームルームまではかんさわっていた暴言も化け物の巣から帰って来た今では不思議と心地よいくらいだ。

 周囲の者と生還の喜びを分かち合っていた生徒達も静琉の怒声に列を作り始める。

 制服が破れてボロボロの者や、多少なりとも怪我をしている者も大勢いたが最上級師の教師達は容赦ようしゃなく並ぶように急き立てる。

 やがて、元の通りに整列が完了するとステージの上で待ちかねていたかの様に志智郎が口を開いた。


「ごほごほ。皆さんお疲れ様です。ごほっ……楽しいひと時を過ごせましたでしょうか?」

 何を言っているのかと苛立ちが募る。

 こんな時は穏やかで丁寧に語られるよりも静琉のように罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせられた方が幾分いくぶんもマシだ。

「――楽しくはなかったみたいですね。けれどそれでいいのです。魔法錬成なんてものは怖くて恐ろしいものなのですよ。げほっ。」

 言葉の途中でフレームの厚い黒縁眼鏡を人差し指で上げた後にレンズから覗いた志智郎の眼光は洞窟に飛ばされる前に「死んでください。」と言葉を発した時の瞳と同じものだった。


 生唾を飲み込む音が体育館に響き渡った気がした。

 緊張に思わず生唾を飲み込んでしまったのは俺だけではないはずだ。

 そのくらいに志智郎の眼光は猟奇的りょうきてきな印象を抱かせた。

「この学園に入学する際、大体の人はこれから待つ楽しい学園生活を想像し、なかば浮ついた気持ちでこの体育館に立ちます。けれど魔法錬成技術の習得及び上達の道は極めて厳しく、浮ついた気持ちでは死に繋がる恐れすらあります。なので先程の洞窟探検はそんな諸君らの気を引き締める為の通過儀礼的つうかぎれいてきなものだと思って頂ければ幸いです。ごほっごほ。後は自分達の無力さを存分に思い知って頂けたかと思います。素人の中では中途半端に練成に長けた方が入学してくる事の多いこの学園では、そんな勘違いを正す事が安全面でも諸君らの成長の妨げを除く意味でも大変重要な意味を持つのです。」


 志智郎の言いたい事は理解できる。

 魔法の危険さと錬成技術の未熟さを示したかったと言う事なのだろう。

 確かに昨日の世良羅の一件からもこの世界の人間は危険な魔法を容易に振り回す節は見て取れたし、身を持って教えるというやり方自体はあながち間違いではないのかもしれない。


 けれど、さっきのは完全にやり過ぎだ。

 生徒達のほとんどは軽傷ではあるにしろ怪我を負っている。

 世良羅に至ってはもう少し体育館に戻るのが遅れていれば大怪我をしていたかもしれない。

 しかし、そんな事を力のない俺が声を大にして志智郎に訴えた所で説得力などありはしない。

 志智郎ははっきりと言う事はしなかったが、「危険が恐ろしければ去れ」と暗に言っているようにも聞こえた。

(こんな所にいる意味はあるのか? こんな事をしている間に元の世界に戻る方法を探した方がいいじゃないのか?)

 無数の逃げ口上が脳裏に浮かんでは消えたが本当はわかっていた。


 この世界の人間は異世界に移動する魔法は使えないと祖母は言ったが、現に俺や翔はこの異世界へと飛ばされてきた。

 そんな漂流者である俺達ならば、魔法練成技術を磨けばもしかしたら元の世界へと転移する事も可能かもしれないと祖母は思ったのだろう。

 今はこの世界に来た時にいつの間に俺の腕に装着されていた腕のMRDだけが手がかりなのだから魔法練成を身に着ける事が唯一の道である俺には選択の余地なんて最初からなかった。

「この世界の人間じゃないから――」と何かをする前にやらなくていい言い訳を探しているから俺は道を間違えてしまう。


(目の前で人が死んだり、傷ついたりするのを何も出来ずに見てるのはもう御免だ。)

 強く、強く手首のMRDを握り締めた。

 自分の中にある弱さを握りつぶす様に。





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