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転生魔法物  作者: 駁目師走
第一章~異世界転生編~
4/14

003

 入学式の翌朝、昨日の事もあって少し早めに家を出た俺と翔は空飛ぶバスに乗って学園へと向かっていた。

 翔の耳には祖母からもらったMRDが紫色の輝きを放っている。

 MRDとは紫色の玉を差しており、それ以外の装飾はまちまちの様だ。

 (翔のMRDの方が洒落てるじゃねー)と腕のMRDに視線を落とした。

 祖母もこのMRDのモデルは見た事がないと言う。

 この異世界に飛ばされた事に何か関係があるのだろうか?

 そんな事を考えている間に学院の前へとバスが到着した。


 昨日の騒ぎで懲りたのか、それとも時間をずらした事が功を奏したのか翔の追っかけらしき女学生達が今日はいなくて、ホッとしたがその安心も束の間で更に会いたく人間が不機嫌面をぶら下げてこちらに向かってくる。

 相変わらずの美しい容姿。

 周りが霞むほどに目立つ、カールの掛かった金色の髪に勝気な金色の大きくてやや吊り上った瞳。

 ワイシャツのボタンが弾けんばかりの大きな胸に、それに反比例するかのようにくびれた腰。

 昨日の事がなければ、危うく一目惚れしてしまうところだ。

 思い返して無視するべきかと迷ったが(同じ下級師クラスだから気まずくなりたくはねぇな。)

 そう考えた俺は引きつる頬の表情筋を総動員して吊り上げ、勤めて明るく手を上げて「世良羅さん! おはよう!」と挨拶をしたが、世良羅はあっさりと俺の前を通り過ぎた、聞こえなかったわけじゃない。

すれ違いざまに「ふん。」と鼻を鳴らしていたから間違いない。

「あんた、そんなんじゃあ友達できねぇぞ。」

 ついつい悪態あくたいをついてしまうのが俺の悪い癖だ。

 俺の前を過ぎ、数歩先で足を止めた世良羅が小刻みに肩を上下している。

(あ、やべぇ。)と思った時にはすでに遅く、不機嫌面に磨きのかかった世良羅が振り返り、つかつかとにじり寄って来た。

「世良羅と呼び捨てにされるのも気に入らないけれど、あんた呼ばわりはもっと気に入らない! 初対面なんだから千早さんと呼びなさい!」

「いや、おい、初対面って――」

「うるさい! うるさい! うるさーい! 君に出会った昨日を消したいわ! 今日も会わない様に早く家を出たのになんでいるの? 今日も消してしまいたくなってしまったわ!」

「そりゃあないだろ――」

「とにかく、いいから、黙って聞きなさい。今後一切、私に話しかけない近寄らないを貫きなさい!」

 肩を大きく上下させ、息を切らすほどに言葉を吐き出した世良羅が俺の返事を待つことなく勢いよく前に向き直り、再び歩き出した。

 心配そうに俺の裾を引っ張る翔に急かされるようにして、俺達も後を追って学園へと向かった。


 昨日バタバタしていてよく見れなかったせいか、すごく新鮮に見える学園。

 学園の門は童話に出てくる巨人でも潜れそうなくらいに大きく、白い支柱は毎日磨かれているのか顔が映りそうなくらいに綺麗で朝日を反射して輝いている程だ。

 一歩門の中に入ると緑の多いキャンパスが出迎えてくれた。

 装飾の施された豪華な花壇によく手入れされている植木が並んでいる道を通って学院内へ。

 玄関は吹き抜けになっていて、朝日が溢れんばかりに差し込んでくる。

 長い廊下は突き当りが見えないほどに続いている。

 外から見ても敷地が大きい事は分かっていたが、中に入ってみるまでまさかこれほどとは思っていなかった。

「驚いたでしょう? 僕も昨日は凄く驚いたよ。」

 確かに驚いた。

 俺達のいた世界の学校とは大きく異なるその光景はここが異世界なのだと再認識させてくれるには十分すぎた。

 俺は翔に案内され、教室へと向かう。

 向こうの世界と同じように『理科室』や『家庭科室』なるものがあったが、中には『方陣室』や『召喚室』となるべくお近づきになりたくない部屋もある。

『下級師クラスB組』と書かれた部屋の前で翔が「ここだよ。」と俺を中に入るようにうながした。


 どうやら下級クラスの中でも組分けがなされている様でA、B、C組の内、俺と翔はB組になったみたいだ。

 大きく息を吸い込んで扉に手を開けた。

 昨日は一度も教室に顔を出せず、クラスメイトとも面識はない。

 気分はすでに転校生だ。

 元々、異世界からの転校生みたいなものなのだが、翔に先を越されたのが孤独感をさらに増大させる。

 目を強く瞑り、木製の白い扉に手を掛けて勢いよく開く。

 好奇の目で見られるのか、疎外的視線を向けられるのか、はたまた……


「って誰もいねぇじゃねぇか!」

 綺麗に整列された机と椅子には誰もおらず、電気もついていない教室に俺の渾身の突っ込みだけが響き渡った。

「ま、まだ早いからね。」

 苦笑いを浮かべてそう言う翔を見返し、どうしようもなく恥ずかしくなった俺だったが兄の威厳を保つべく平静を装って席へと着く。

「兄さん……」

「なんだ、翔? お前も早く席に着け。」

「そこ僕の席なんだけど……」

 動揺のあまり席に書かれた苗字だけを見て、うっかり翔の席に着いてしまった俺は視線を翔には向けずにそっと尻を椅子から浮かせてすぐ後ろの自分の席へそそくさと移動した。

 それからHRホームルームが始まるまで翔と目を合わせる事ができなかったのは言うまでもない。


 クラスメイト達がぱらぱらと登校してきて、無人だった教室の席が次第に埋まり始め、心なしか電球の照度が上がり、気温も上がっていく様な気がした。

 冷たく恐ろしいイメージのある無人の教室が、人が一杯に入った途端に活気が溢れ雰囲気が大きく変わるのだから不思議だ。

 人懐ひとなつっこい者はすでに友達が出来ているのだろうか、挨拶を交わす者や机を挟んで会話している者がいる。

 俺は生来せいらい、人見知りはしないが決して人懐っこいタイプではないので黙して机に座しながらも周囲のクラスメイトをチラ見する。

 始業のチャイムが鳴り、席に着かずに楽しげに会話していた連中もそのチャイムに慌てて自分の席に着席する。

 チャイムから教師が扉を開くまで、数分の静寂があり、その間何故だか無駄に緊張してしまった俺はお尻の辺りにじんわりと汗をかいた。

 扉を開けて入って来た女教師とおぼしき人物は俺とそう歳が変わらないくらいに若かった。

 眉辺りで綺麗に切り揃えられた黒の前髪。

 肩の下で綺麗に切り揃えられた黒の後ろ髪。

 スーツも黒。

 中に着ているシャツも黒なら、瞳の色も黒、マニキュアまで黒で、恐らく下着も黒なのだろう。

 グラマラスな体系を黒で無理矢理引き締めた女教師は油断からだろうか、はたまた過信なのだろうか、黒いシャツの胸元は第三ボタンまでおっぴろげで飛び出さんばかりの巨乳と言うくくりにはすでに収まり切らないであろう爆乳をひけらかしている。

 本当にこれは教師なのだろうか、と疑いたくなるほどに目つきの悪い黒づくめの女教師が教壇に立ち、ファイルを叩きつけた。


「ゴミ虫共。出欠を取るからハキハキ返事をしさらせ。」

(いや、教師じゃねーだろ。こいつ。)

「えー、クソ安藤。」

「は、はい。」

「あー、ゴミ浦田。」

「ゴ……、はい。」

 「クソ」だの「ゴミ」だのを生徒の名前に付け加えつつ女教師の点呼は続く。

「クソビッチ千早……、千早世良羅は今日もいねぇのか?」

 世良羅が同じクラスだった事に俺は初めて気が付いた。

 辺りを見渡すと空席が一つ。

 あそこが世良羅の席なのだろう。

 朝、校門の前で会ったから登校はして来ているはずなのだが、なんて考えたが報告する義務はないのでそのままスルーする事にした。

 何せ俺は冷徹な男ではないにしろ、お節介せっかいを焼くタイプでもない。

 そして更に点呼は続き――


「えっと、昨日女にのされた哀れで惨めなゴミでクズな日向兄。」

 こめかみの辺りが脈打ったのを感じたが、世渡り上手を駆使しつつ足りない能力を補う人生を送ってきた俺は心を落ち着かせて笑みをたたえて返事をした。

 出欠の点呼を取り終わり、女教師は右手で頭を掻き、左手をシャツの下から中に突っ込み腹を掻きながら話し始めた。

 乱暴に突っ込まれた左手とシャツの隙間から覗く、ヘソのチラリズムは男子生徒の思春期ゆえの妄想をかき立てるには十分過ぎるものだったので、心の中で(ご馳走様です。)と呟いた。

 性格は明らかに悪い女教師だが、補ってあまりあるほどに容姿がいいのは認める。

 先程の罵倒ばとうはすでに頭の片隅にすらなく、(楽しい学園生活になりそうだ。)などと頭に花を咲かせている。

「あたしが雑魚下級師クラスB組の担任をする事になった、最上級師クラスの御手洗静琉みたらししずるだ。とりあえずはあたしが卒業するまではここの担任をするからな。口をつぐんで、ただただ付き従え、そしてうやまえ!」

 前の席に座っていた翔が振り返り俺に説明をしてくれた。

 どうやら、俺達の世界で言う教師とは異なり上級生が下級生の教師を務めるシステムらしい。

 だから当然教師になる者に人間性を求めてはいけないと言うことになるのだろう。

「――おい、日向兄。あたしが喋っているのだから地蔵の様に口をつぐんで話を聞け!」

 静琉は俺を一喝して教壇から降り、淡々と語り始めた。

 踏み出す度に上下する静琉の胸部に男子の視線は集中したが、この世界に慣れない俺には静琉が語る話の方が興味を引いた。

「貴様らは最下級のクズだから基本から説明してやるが、そもそも魔法と言うのは名ばかりで正しくは我々魔錬師は想像を具現化する事により、特殊な力を発揮する。」

 ここまでは祖母の説明で理解もしているし、仕組みはわかっていないがその事実に対しては納得している。

「この想像を具現化する行為を【錬成】と呼ぶが、錬成するには手順がある。まずは【思念化】。色や形などをできるだけ具体的に想像する事だ。そして次に【流動化】。思念化により想像した対象及び部位に魔力を流し込む事だ。例えば炎を口から吐き出したいと思念化した力を錬成したいのなら、口腔内に魔力を流し込まなければならない。その行為を流動化と呼ぶ。そして、最後に【集束化】。先程の例えで言えば、口腔内に流し込んだ魔力を集束して、思念化情報を具現化する作業だ。思念化、流動化、集束化の三点が上手く行われる事で魔法の練成は完了する。」

 正直、そんなに簡単なのかと唖然あぜんとなった。

 もっと代償的な物が必要だったり、わずらわしい手順を踏まなければ魔法は使えない物だと思っていたからだ。

 口を開けて呆けている俺を一瞥した静琉は眉間に皺を寄せて続けた。

「――最下級のゴミである貴様達でも分かっているとは思うが、思念化、流動化、集束化は簡単な事ではない。思念化する為には【フォーマット】をMRDにインストールしなければならないし、流動化で上手く魔力を供給しなければならず、それにはMRDの操作を熟知していなければならない。さらには集束化で供給した魔力を凝縮し具現化しなければならないが、それにはコツや才能が不可欠だ。」

 教鞭を伸ばし、俺を指す様にして振り回す静琉。

 明らかに俺に向けて言っているのだろうと推し量るのはその態度からも容易である。

 静琉は教鞭を自分の肩に担ぐ様に置き、面倒臭そうに欠伸あくびまじりでさらに続けた。


「まぁ色々と制約はあるにしろ、簡単な魔法錬成は義務教育のガキにだって使える。この学園は貴様ら雑魚を人の役に立てるレベルの魔法錬成が行える様にする為の施設だ。――さぁ貴様らの足りない脳味噌で理解できたなら体育館に移動するぞ。」

 暴言を一通り吐き終わりすっきりしたのか、静琉はやっとの事で笑顔を浮かべた。

 しかしその笑顔に仄かな恐怖抱く俺達生徒は言われるままに静琉の後に従って体育館へと移動し始めた。

 長い廊下を渡り、学園内の最深部にある体育館へ。

 教室のある中心部から最深部の体育館までは歩いて15分近くもかかったからこの学園の不気味なまでの巨大さを身体で認識する事が出来た。

 体育館は木目状の床に綺麗にワックスが掛けられていて、様々な色のテープで線が引いてある。

 ここまでは俺達の世界とそう変わらないのだが、やはりこの学園の体育館だけあり、広さは馬鹿げていた。

 バスケットボールのコートなら10個くらいは作れそうな、グラウンド並の広さを誇る体育館など見た事がない。

 俺達の組が一番早かったようで、同じ様に担任に率いられ、不安そうな面持ちで他の組の連中も体育館へと入って来た。

 組ごとに整列させられ、姿勢を正して待つと、眼鏡をかけた前髪の無駄に長い男が体育館奥のステージの上に立った。


 その時、後方にある体育館の扉が大きな音を立てて開いた。

 生徒達全員が突然の大きな音に驚き、一点に視線が集中する。

 俺も同じように音のする方へ視線を向けると不貞腐れた顔をした世良羅が立っていた。

 制服の上に羽織った白いカーディガンのすそを伸ばして掴む様にしながら歩を進める世良羅は注目されて恥ずかしいのだろうか、肩を竦めており耳は赤くなっている。

「み、み、見てんじゃないわよ!」

 恥ずかしさにたまりかねたのか顔まで赤らめて怒声を発する世良羅。

 周囲の空気が帯電した様にパチパチで火花を散らせた。

「遅れてきておいて見るなじゃないだろうが、このクソビッチ。さっさと列に並べ。」

 ただでさえ目立つ容姿をしているのに、あの性格では翔をぶち抜いて学年一の有名人になる日もそう遠くはないだろうと俺は嘲笑の笑みを浮かべた。

 さすがの世良羅も静琉に叱責されて、大人しく列へと並んだ。

 顔は相変わらずの不機嫌面だったが、元々あぁいう顔なのだろうと思えばいい加減気にならない。


「ごほごほっ……私、学年主任の駿河志智郎するがしちろうと申します。昨日からの入学式等色々お疲れさまでした。ごほっぐほっ……。」

 世良羅に集まった視線をさえぎるかのように、咳き込みながらも丁寧な言葉で喋る志智郎は少なくとも静琉や世良羅よりも随分とまともに見えた。

 ただし顔色はすこぶる悪い。

「失礼します。」とがらがら声を発し、後ろを向いてさらに激しく大きく咳き込む姿は、あんまりまともではなさそうだと一瞬で俺の考えを改めさせる。

「失礼しました。私、あまり身体が丈夫ではないもので……。話を続けます。貴方達はこれから最上級師を目指してこの学び舎で励むわけですが……ごほごほっ。」


「――とその前に一度死んで頂きましょうか。」

 長い前髪の隙間から除く眼鏡の奥で妖しく輝く眼光。

 志智郎の言葉の意味を飲み込む前に視界が一瞬で漆黒の闇に包まれた直後、足元が崩れ去るような感覚に襲われた。



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