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転生魔法物  作者: 駁目師走
第一章~異世界転生編~
3/14

002

「翔、お前は何を読んでんだ?」

 俺と翔は空を走るバスに乗せられていた。

 内装や外観は俺達の世界のバスとなんら変わりないが、こっちのバスは空を飛ぶ。

 俺と翔は祖母に「しばらくこの世界で生活するのなら――」と半ば強引にこの奇妙なバスに乗せられ学校へと向かっている。

 向こうの世界でも通う筈だった学校『県立謳花学院けんりつおうかがくいん』。

 けれどその名称はこっちの世界では若干異なって、『魔立謳術学院まりつおうじゅつがくいん』。

 最早もはや、聖なるまなとは思えないアニメチックな名前がついているのである。

「そもそも『魔立』ってなんだよ?」という葛藤かっとうと戦いながらもバスに揺られているというわけだった。


「……こっちの世界の僕は凄く優秀な魔錬師まれんしだったみたいだから、予習を、ね。」

 魔錬師とは『仮想を現実に成す者』の総称らしい。

 こちらの世界でも我が可愛い弟は優秀だったと祖母に聞かされた。

 さらにはこちらの世界でも俺は駄目な兄貴だったと出来れば知りたくはなかった情報も聞かされた。

 直向ひたむきに教科書を読み続ける翔の顔を一瞥した後、外に視線を投げた。

 空飛ぶバスはいつの間にか森林地帯を抜けて、街へと出ていた。

 目の前に広がる街は、俺の知る街と大きな違いはなかった。

 空飛ぶ車やバスやトラックが目の前を走り過ぎていく事。

 そして、高層ビルの数が俺の知る街よりも200%程アップしている気がする事を除いては。



 ***



 学校前のバス亭で降りると更に予想外な展開が俺達兄弟を待っていた。

 教科書を手放そうとしない翔の手を引いてバスを降りると大勢の女学生が翔へと群がってきたのだ。

 俺は鼻息の荒い女学生たちの勢いに気押され、あっさりと翔を差し出し、自分はそそくさとバス停のベンチへと非難した。

 教科書に夢中になっていた翔は気が付いた時には女学生の群れに飲み込まれたのだろう。

 揉みくちゃにされながら、甲高い悲鳴を上げた。


 俺が避難先のベンチで足元にある雑誌に気がついて拾い上げると、そこにはでかでかと翔の写真が載っていて隅には小さく俺の写真も載っていた。

『奇跡の生還! 天才魔錬師、日向翔とその兄』

「その兄って……、俺も奇跡の生還者って事になってんだから友人A的な扱いしてんじゃねーよ。」

 その見だしの後には翔が如何いかに凄い奴かって事が書き連ねられていた。

 どうやらこちらの翔は俺達がいた世界の翔より圧倒的な有名人だったらしい。

『最年少、最上級魔錬師』『新術式開発』『天元十師てんげんじゅっし任命』。

 記事に書いてある翔の経歴にはよく分からない単語ばかりだが、凄い奴だったって事は不思議と伝わってくる。

(こっちの俺は俺よりも劣等感があったかもしれないな。)とこちらの俺の心中を想像し、思わず自嘲とも嘲笑ともつかない笑みを浮かべた。


「に、兄さん、助け――て――」

 バス停のベンチに腰を降ろし、呑気に拾った雑誌を読んでいた俺がやれやれと首を振りながら重い腰を上げ、女学生に囲まれた翔を救出に向かおうとした時だった。

 眩い閃光が視界の左端で弾け、足元の石床が砕けて飛散した。

 そして直後に地面を揺るがすほどの轟音が鳴り響く。

 俺は砕けた石床の飛礫つぶてすねに直撃し、痛みのあまり涙ぐんでその場にしゃがみ込んだ。

 一体何が起こったのかと辺りを見渡すと、翔に群がった女生徒達が後退あとずさりしながら口ぐちに呟いた。

「……この魔法、下級師クラスの千早世良羅ちはやせららじゃない?」

「雷神、千早世良羅……。」

 不安げに呟く女生徒達の表情が恐怖の色を深める。

 そして視線が一点に集中し、俺はその視線の先を追った。

 周囲の視線を一身に受け、淡々と歩を進めるのは同じ学生服をきた少女。

 毛先にカールのかかった腰くらいはある長い金髪、大きくて少しつり上がった気の強そうな金色の瞳。

 身長は翔くらいだろうか、俺よりは少し小柄な目も眩む様な美女が立っている。

「神々のおそれたる雷鳴よ――」

「やばくない? また詠唱してるんじゃ?」

「我が猛る怒りをその神槍しんそうに宿し――」

 小さな声で何かを呟きながら歩を進める世良羅と呼ばれた美女。

 恐れおののく女学生達。

 やがて、世良羅を薄らと光が包み周囲には電流の様なものが見え始め、所々で火花が散り始めた。

 目の前を通り過ぎながら火花を散らす奇妙な世良羅のあまりの美しさに迂闊うかつにも瞳を奪われた。

「――兄さん! その娘、序歌じょかんでる! 本気だよ! 早く止めて!」

 見惚みとれて呆けていた意識が翔に引き戻され、言葉に従い世良羅のくびれた細い腰を一心不乱に抱き止めた。

 振り向いた、世良羅の顔に驚きが宿る。

 ふっくらと柔らかそうな唇から紡ぎだされた言葉は「馬鹿?」。

 その直後、目の前に走る閃光。

 激しく身を撃つ激痛。

 薄れゆく意識の中にほのかに鼻をくすぐる世良羅の香り。

 激痛と世良羅の柔かさからでる恍惚こうこつにより俺の意識はやがて途絶えてしまった。



 ***



 消毒液の香りと肌を擦れる覚えのある独特な感覚。

 目を開けると、見覚えはない場所だったが何故か見覚えのある様な風景。

「――保健室か?」

 誰に呟いたでもなく言葉を発した喉は驚くほどに掠れていた。

「確か俺、あの金髪巨乳に――」

 目を擦りながら呟いた俺の右頬にしびれる様な痛みが走る。

 静かな部屋に響き渡る乾いた炸裂音。

 半開きだった目が一発で見開き、目に入ったのは先程さきほどの金髪美女、世良羅。

「えっと、あなた様は……どなた様?」

「やっぱり触っていたのか!」

 釣り上がり気味の目尻がさらに釣り上がり、金色の瞳はきらきらとうるおっている。

 再び響く炸裂音。

 右の頬をぶたれたら左の頬を差し出せと言うが、差し出す前に左頬はぶたれてしまった。

「何すんだ! 痛いだろうが!」

「私の胸を触っただろう! 触られた感触はあったんだ! 私の事を巨乳などとはずかしめたのが何よりの証拠だ! この変態め!」

「触ってねぇよ! あんたの胸がでかいのくらい見ればわかるだろうが!」

「やはり見てはいたのだな! 見ていたら触りたくなったのだな! 確かに聞いたぞ! 恥を知れ!」

 怒声をまくし立て目に涙を溜める世良羅を見ていると、何だか自分が悪者の様な気がしてきた。

 俺はそんな無意味に湧き出た謎の自責の念を振り払う様に首を左右に振ってから仕切り直す事にした。

「まぁとにかくあんたも俺に電撃くらわした上におまけの往復ビンタもかましたんだから、あいこでいいだろう。」

 そんな言葉では勿論もちろん納得しないであろう世良羅は俺を睨みつけ肩を震わせていたが、力一杯鼻をすすって、目に溜まった涙を制服の袖でぬぐった。

「電撃をくらわす、と言うがあれは君が悪いのだろう。序歌を詠唱している帯魔状態たいまじょうたいの私に抱き――つかみかかったのだからな。それに直前に私の電撃を見ているのだから、私が魔力放出系の魔錬師だと分かっていたはず。そんな私の帯魔状態の胸――いや、腰に掴みかかれば当然あぁなるだろう。」


 この世界では当然の用語なのだろうか、時折不自然に顔を赤らめながら小難こむずかしそうな用語をつらつらと人差し指を立てながら語る世良羅。

「まぁな。」と分かったふりをして相槌あいづちをうち、「でも止めなきゃ撃っていたんだろう?何であんな事をする?」と問うと世良羅の表情が強張るのが見えた。

 折角せっかく目尻が下がり和らいだ表情になったのに、その問いに再び目尻が釣り上がる世良羅。

目障めざわりだったからよ。それにあそこにいたのは天才魔錬師の日向翔だろう? ならお前が止めなくても私の魔法くらいあいつが防いでいたさ。」

 顔を背けて、嘲笑を浮かべながら簡単に言ってのける世良羅を見て、胸がざわつくのを感じた。

 この世界はこんなにも簡単に人を傷つける事を冗談みたいにやってしまうのか?

 それが怖かった。

 ゲーム感覚なのかもしれない。

 VRバーチャルリアリティから派生した様な今のこの世界ではこれが当たり前なのだろう。

 本来この世界の人間ではない俺には、そんな事は到底とうてい納得が出来なかった。

 考えるよりも先に身体を動いていた。

 言い終わってその場を去ろうとする世良羅の腕を掴む。

 驚いた表情で世良羅は腕を掴む俺を見返した。

 傷つけるつもりなんてないのに、不思議と掴んだ手に力が入る。

 そこから敵意を感じたのか身構える世良羅。

「魔法だか何だか知らないが、二度とあんな使い方をするなよ。」

 俺の言葉に拍子抜けした表情になった世良羅は俺の腕をわずらわしいといった態度で払った。

 緊張が解けたのかすくめていた細い肩が少し下がる。

「君に指図されるいわれはない。」

 大袈裟な程にツンとした態度を取ってその場を去る世良羅に俺は何も言えなかった。

 確かに謂れがない。

 彼女達の常識と俺達の常識のへだたりを確かに感じた気がした。


「そんな事はないと思うよ。」

 聞き覚えのある声。

 世良羅が開けっ放しのままにしていった扉の外に翔がいた。

「今日一日、こちらの世界の人達を見ていたけど僕達とそう変わらないよ。彼女もきっと悪いと思ったから兄さんの傍に一日中付いていたんじゃないかな。」

「お前はエスパーか? 兄の心を読むな。」

 舌を出して、照れ笑いを浮かべる翔にベッドを下り、鼻の頭をこずいてやった。

 そこで俺はやっと聞き捨てならない言葉に気が付き、不覚にも素っ頓狂とんきょうな声を上げてしまった。

「――え? 一日中? 入学式は?」

 ハンガーに掛けた制服の上着を羽織りながら外を見るとすでに茜色の空が広がっていた。

 保健室の出入り口で状況がいまいち飲み込めず硬直する俺の肩に、そっと手を乗せた翔が首を左右に振って溜息ためいき混じりに呟いた。

「全部、もう終わっちゃったよ。」

 こうして、俺の記念すべき学園生活一日目は人知れず、いや、俺知れず終わりを告げた。



 ***



 日が沈み、闇に包まれた山道の上空を来たバスの乗って帰る。

 俺達の世界では二時間に一本のバスも、こっちの世界では大幅なショートカットのお陰か十五分に一本は来るから乗り逃す心配もいらない。

 良い子の俺や翔はすでに眠っている時間まで走っているくらいに終電も遅い。

 さらにはバスを降りれば、徒歩五分で祖母の家。

 あの暗くて恐ろしい山道を震えながら歩いていたつい先日の事が嘘の様に快適だった。

 夜も更けて、家に帰り着いた俺と翔は祖母と暖炉を囲んでいた。

 この時代に、しかも俺達より更に科学が発達している世界で暖炉は時代錯誤もいいところだが、古臭い雰囲気は嫌いじゃない。

 ほんのりと明かりの灯った部屋で鍋をつつくのは、まだ少し混乱する心を落ち着かせてくれる。


「婆ちゃん、こっちの翔があんなに有名人だなんて聞いてないぞ。バレちまうんじゃないか?」

「翔は自分の力や知識をひけらかす様な子じゃなかったから大丈夫だろう。――求められた時に結果さえ出せればね。」

「無責任だな。俺なんて今日死にかけたってのに。」

「大丈夫。あんたはちょっと死にかけるくらいに間が抜けているほうがリアリティがあるってもんさ。」

 横を見ると姿勢を正して食事を食べながらも教科書を読む翔がいた。

 懸命に勉強する弟とまだ教科書を開いた事すらない兄。

 確かにこの構図がこっちの世界のリアルでもあったのだろう。


 俺達が通う事になった謳術学院は俺達に馴染なじみのある学年制ではなく、階級制という制度があった。

 下級師クラス、中級師クラス、上級師クラス、そして最上級師クラス。

 年齢に関係なく、試験に受かったものが進級できる実力主義の学校。

 俺と翔は下級師クラスに入学する事になった。

 こっちの世界の俺達も謳術学院の下級師クラスに入学する予定があったらしく、案外とすんなりいった。

 最上級師だったこっちの世界の翔は兄の俺と同じクラスを望んで下級師クラスへと編入したらしい。

 まるで祖母の家に行く事を決めた時の俺達みたいに、こっちの世界の俺達も駄目な兄に弟が付き添うという構図は皮肉な程にそのままだった。



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