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転生魔法物  作者: 駁目師走
第一章~異世界転生編~
14/14

013

 濃厚凝縮砂糖飲料に五四〇円も渋々支払った俺は、相棒との会話もろくにできぬまま、情けなく肩を落として、世良羅と近くのバス亭へと歩いた。

 本来の目的は関係回復のはずだったのだが、悪化した気がしてならない。

 バス亭について時刻表を見ると、山頂行きはまだ出たばかりで先に来るのは世良羅の乗る旧市街行きだった。旧市街とは自爆テロで被害を受けていない北都地外縁の市街を指すらしい。

 バス亭のベンチに腰かけた俺は口直しに自動販売機で購入したブラックコーヒーの缶の口を切った。

 世良羅は俺が座った所から人一人分離れた右隣へ腰かけ、鞄から小説を取り出して読み始めた。

 旧市街行きへのバスは後十分程で来るのだが、待合に誰もいないバス停での二人の気まずい時間は時の流れを遅くする。

 焔色ほむらいろの夕日と漆黒の闇が混ざり合う、世界の入れ替わりの時刻。山々に囲まれたこの北都地のそれはあまりにも幻想的で、その場の空気に重くなる俺の心を数ミリグラムだけ軽くしてくれた。


「結束集会、何で勝ちたいんだ?」

 夢現ゆめうつつの景色に惑わされ、軽くなった口から聞かぬと決めた疑問が零れる。

 右からの視線を感じて、缶コーヒーの飲み口へと落としていた視線を気配のする方へと向ける。

 夕日に背を打たれた世良羅が同じく手元に落としていたはずの視線を俺の方へと向けていた。

 金色の瞳が正面からの常闇とこやみに陰っている。世界の中心に存在しているような圧倒的に魅惑的な存在感を放つ世良羅に手に持つ缶への圧が緩む。白色の肌に浮かぶ憂いの色は陰る世界とはまた別の陰りをはらんでいる様なそんな気がした。

「――勝たなければ、ならない。私は負けるわけにはいかないから。」

 小さな声量にそぐわぬ強い意志を感じる語勢。

 気圧されてしまう圧迫感がありながら、どこか心地がいい声色。

 戦闘とは言えただの学校行事。俺としては無事に終わる事ができればそれでいい。それでよかった。

 しかし、そんな風に考えていた事がとても恥ずかしく思えた。少なくとも俺の相棒はそんな風には思っていない。勝たなければならない理由。負けてはいけない理由。それを今は聞いてはならないような気がして、再び沈黙の呪縛が俺の口を固く閉ざした。


 すぐに旧市街行きのバスが到着して乗り込んでいく世良羅は俺の方を振り返る事はしなかった。

 ただ、前をすれ違う時に微弱な呼気を吐く様に「バイバイ。」と言葉を残して行った。

 闇が侵食する方へと滑走する浮遊バスを見送りながら、沈み落ちかかっていた空の缶に力を込める。

 背もたれにずるずると寄りかかり嘆息を吐き出して情けない声で呟いた。

「シリアス担当は弟の役目なんだけどな……。あんな顔しやがって、勝たなきゃならなくなっちまったじゃねぇか。――なぁ相棒。」


「お客さん、乗るの? 乗らないの?」

 いつの間にか到着していた山頂行きのバスの運転手が感慨にふける俺の気勢を根こそぎそいだ。



***



 家に戻った俺を迎えるのは卑しい顔をした祖母と弟かと思えば、事態は予想の斜め上を行った。

「兄さん、お婆ちゃんが兄さんの術式を少しだけ解析できたみたいだよ!」

 喜々として俺を出迎える翔の言葉に俺も驚いた。β世界に来てからほとんど進行のなかった俺の腕にいつの間に装着されていた謎のMRDの解析が進んだと言うのだ。

 解析自体面倒でやっていないのではないか? と思っていただけに喜びもひとしおだ。


「――で、何がわかったんだ?」

 既に冷めてしまっているお決まりの献立の夕食を食べながら聞くと、祖母が自慢げに老眼鏡を外して語り始めた。

「そのMRDにインストールされている術式は驚くべき事に思念化の必要性がないのじゃ。簡単に言えば、イメージキャンセラーと呼べるものがそのMRDには内包されており、それが思念化をオートで行ってくれるという仕組みじゃな。機械練成が可能なのも頷けるわい。」

「なんでそんな技術が?」

「さぁな、それはわからん。複製や解析をしようにも、イメージキャンセラーの構成情報を調べようとすると特殊なプロテクトがかかっておって解析できん。無理矢理探ろうとすれば、構成データそのものを壊しかねん。」

「それじゃあ、結局は何も分かってないって事じゃねーか。」

 俺は食べ終わった皿の上にはしを投げ入れた。文字通りさじを投げると言うやつだ。無論、正確には箸なのだが。

「いいや。分かった事はある。まず第一にそのMRD及びシステムは明らかにオーパーツと呼べる物じゃ。」

 オーパーツとはその時代の技術にそぐわない物を指す言葉らしいが、α世界の住人である俺からすれば、β世界のすべてがそうであるのだからいまいちその凄さがわからない。それはすでに感覚が麻痺しているせいなのだろうか。

「そして、第二にそのMRDは貴様との生体リンクによってしか起動せん。貴様が装着しておれば、外部からの操作も受け付けるが、貴様から外せばうんともすんとも言わんただの鉄屑になると言うわけじゃ。」

「なんで、俺と……。」

「それもわからん。最後に分かった事は分からん事が増えたとも言えるのじゃが、そのMRDのデータ要領の殆どを隠しファイルの不可侵領域が占めておると言う事じゃ。」

「そりゃどういう……?」

「ここまで聞いてわからんとは脳みそ入っておるのか? その領域さえ解析できれば元の世界に帰れる可能性が大きいと言う事じゃ。まぁ解析方法すら検討もついちゃおらんが、な。」

 一頻ひとしきり話し終わったのか、祖母が湯のみを傾け、喉を鳴らして茶をすすった。

 確かに分からない事ばかりで、それが枝葉の様に増えていく感は否めないが、それでも希望の光が確かに灯った気がした。

 俺ならば、このMRDを操る事が可能な事。隠しファイルさえ解析できれば、手がかりが見つかる可能性が高い事は一筋の光明すら見えない状態よりも幾分もマシになったと言える。何をすればいいか分かったわけでも、いつα世界に戻る事ができるのかも分からないが可能性を提示されたのだから心高ぶらないわけはない。


「――あぁ、言い忘れておったが、隠しファイルのロック解除の鍵は術式発動かもしれん。」

 上機嫌で食器を洗う俺の手が止まる。

「今日デートしたとかって言う金髪姉ちゃんと一週間前に戦った時に左腕を練成させたと言っておったじゃろ。その後に不思議と解析が進んだ。さらに言えば、その前に学院で初めての魔法練成をした後もそうじゃ。そこから考えるに鍵は術式発動なのじゃろうな。」

「それなら――」と右腕のMRDを撫でる俺の左手を翔が突然掴んだ。

 試しに他の術式を発動してみようと思った俺の心を見透かしたのだろう。それにしても何故止める必要があるのか俺は怪訝そうに真剣な面持ちの翔を見やった。

「べ、別にここで発動しようってわけじゃねーよ。ちゃんと外で――」

「そうじゃないんだ。兄さんは魔力暴走って言葉を知っているかい?」

 怒った顔つきだった翔の表情が悲壮な顔つきへと変わる。

 離された左腕の行き場を失った俺は、その手を浮かしたままの姿勢で停止し、首を軽く左右に振った。

「術式練成をする際のエネルギーである魔力が人間には備わっているって事はわかっているね? 魔力は有限であり、総魔力量の低い者が必要魔力量の高い術式を発動させようとした時に起こる事象を魔力暴走と呼ぶ。前にお婆ちゃんが話してくれた都心部での自爆テロは魔力暴走を利用したものなんだよ。」

 そこまで聞けば、いくら察しの悪い俺にでも分かった。

 つまりテロ犯は自分の総魔力量を上回る必要魔力量の術式を使用し、それによって暴走した魔力が市街を爆破、炎上させたとそう言う事なのだろう。

「何でそんな事が?」

「今だ詳細な事は分かってはいないみたいだけど……自爆させて実験ってわけにもいかないだろうからね。兄さんの今の魔力量では今ある五つの術式すべてを発動させる事はできないって事さ。」

「そんな事やってみなけりゃ……」

 抗弁する俺の右腕を翔が掴んで持ち上げ、憑代を起動させた。

 翔が何やら操作すると紫色のパネル上には【腕】の詳細情報が表示された。

「この術式の最低必要魔力量は五〇〇メガバイト、それに対して兄さんの総魔力量は一二〇〇メガバイト。こないだの両腕の術式発動がぎりぎりだったって事だよ。ちなみに【脚】に必要な最低魔力量は八〇〇メガバイト。次に低い【盾】だとグンと上がって一ギガバイトも必要なんだ。」

「な、なんで俺の総魔力量が分かるんだよ?」

 そこからは祖母と翔が幼子をなだめる様に説明してくれた。


 生体情報から大よその魔力量を測定する事が出来るらしい。

 総魔力量は訓練によってその上限を引き上げる事ができるらしく、その為に魔立の学院では上昇速度と幅が大きいとされる戦闘行動を授業に盛り込んでいるのだと言う。総魔力量も必要魔力量も体調や状況によって多少の変動はあるものの、魔力暴走の危険が伴う以上、魔練師は測定された以上の無理な魔法練成は極力行わない。

 結局俺は少年漫画の主人公みたいに修行を積んで、総魔力量の上限を引き上げる道しかないと知った。

 あまりの歯痒さに唯一の頼りである腕のMRDに憎悪に似た感情が沸いた。

 先程までは自分にはこのMRDが扱えると聞かされて有頂天になっていただけに、扱える範囲があると聞かされた途端にいじらしくなるのは人間の性なのだろうか。

(俺ではなく、翔ならばもしかしたら)と情けない一念が沸くが頭を振って、思考の外に追い出す。

 眉間に皺を寄せている俺の顔を見上げて、顔色を七面相の様に慌てふためかせる翔に気づき、力んだ体の力を解いて、栗色の頭に手を乗せて出来うる限り気丈に振舞った。

「俺にまかせとけ。」

 俺が特訓をして早く総魔力量の上限を引き伸ばす事ができれば、それだけ早くMRDの解析が進む。考えようによっては道筋がはっきりしたとも言える。

 肩を落としている暇なんてない。ただ我武者羅に前へ行けばいい。頭の悪い俺には単純で丁度いいのかもしれない。



 ***



 翌日の土曜日、休日だと言うのに珍しく早起きした俺は庭にでて、魔法練成の特訓をしていた。

 何度も何度も練成を繰り返す内に魔力が磨り減っていく感触が段々と分かるようになってきた。

 ゲームのMPマジックポイントとは違い、総魔力量は術式を発動させればその必要魔力量分だけ減るというものではなく、術式を発動させる時にそれくらいの魔力があればいい、というものだ。

 必要魔力量の何割消費しているのかはわからないが、確実に体内の魔力量は減少していく。魔力の残量が少なくなっていくと倦怠感けんたいかんを覚え、身体に力が入りづらくなってくる。身体が極度に疲労している感覚と風邪を引いて体がけだるい時の感覚を掛け合わせた様な感じだ。

 おおよその感覚で魔力が減少してきているのがわかるものの、それが必要魔力量を満たすだけの残量があるのかを正確に把握できないのは問題だ。

 魔力暴走の話を聞いてしまったからには発動するたびに恐怖が纏わり着く。

 魔力暴走にも色々な段階があり、暴走すれば発動者が爆発したりと言う事は稀な様で、微量の消費魔力の超過では術式発動が不完全だったり、発動そのものがされなかったりするくらいで危険な事はないらしいが、やはり怖いものは怖い。

 さらに思念化をオートですると言うイメージキャンセラーなる代物がまた厄介で、無心で発動して身を任せれば、ATモードで発動した時の様に歪な形状に練成されてしまう。ある程度は自分の思考で思念化を補佐しなければならない。その感覚がイメージキャンセラーの存在を知ってしまうと中々に難しい。


 十数回の練成の後、手足に痺れを感じ、立っているのもやっとという所で術式は発動しなくなった。

 この感覚を刻みつけなければならない。俺は体中に蔓延はびこる恐ろしいまでの倦怠感に身体を委ねた。



これにて第一章完結です。第二章「結束集会編」もお楽しみにお待ち下さい。プロットと若干の書き溜めが出来次第順次アップしていこうと思います。数少ない愛読者の方々に愛を込めて(笑)※二章アップ後、この後書きは削除させて頂きます。

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