収穫祭 ~手芸の国~
~手芸の国・Edygoods~
コーセン大陸の最南端にある半島とその周辺の島からなる小国。
妖狐の一族で、狐耳と尻尾の生えた人間に変化した姿で生活する。
手芸を生業とし、この国の製品は他国ではブランド商品。
「セリナ、秋がどんな季節か言えるかい?」
「んー秋かー。秋は紅葉に、食べ物が一番美味しい季節で、収穫祭があって、あとは冬物の服が売れやすいぐらいかな?」
パチパチパチ……。
おばあちゃんはあっはっはと笑いながら手を叩いた。
「そうかい、冬物が売れやすい季節か。その発想はなかったね。でもねセリナ、あんたは大事なことを忘れてるよ。これからのセリナにとって一番大切なことをね」
おばあちゃんはそこで一呼吸おくと、再び話し始めた。
「秋はね、恋の季節でもあるんだよ。この国では、みんなが笑顔で迎えた収穫祭の日に、想い人に真心込めて作った物を渡して告白をすると、その恋は成就するっていう言い伝えがあるんだ。最近じゃ一種の伝統みたいになってるけどね」
「へぇ、そんなこと聞いたことなかったよ。恋の季節かぁ……」
「セリナが本気で恋をして、私を納得させるような男を連れてきたらもう思い残すことはないんだけどねー、あっはっは」
おばあちゃんの豪快な笑い声がだんだん遠ざかっていき、気がつくと見慣れた天井が目に入った。
「夢か……」
私は窓から入ってくる肌寒い風に身震いした。
夏のうなだれるような暑さも収まり始め、時折秋の気配を感じるようになってきた。
(そうかもうすぐ収穫祭なんだよね。……あ、なんであんな夢見たのかなんとなく分かった気がする)
私は顔を洗うために小川へと向かいながら、夢に出てきたおばあちゃんの言葉を考えた。去年は告白できなかったけど、今年は、今年こそは頑張って告白しよう、そう強く思った。
私は日が昇りきらないうちに島の南東部に広がる森に入った。微妙な具合で赤や黄色に色づいた葉は、あと一週間もすれば森全体を赤と黄色のコントラストできれいに彩るだろう。
甚平の上を脛まで伸ばしたような服に帯をして、その長袖で脇腹くらいの丈の上衣。履物は丈夫な布で作られたブーツ、背中には蔓を編んで作ったバケツほどの大きさのカゴ。今の私は誰が見ても採集のための服装をしている。
しかし実際は、ブツブツと独り言を呟きながら辺りを見回しているだけで、採集が全くと言っていいほど進んでない。その証拠にカゴの中にはキノコが五つに少量の山菜しか入っていなかった。
(贈り物って何をすればいいのかな?)
私は収穫祭にする贈り物のことを考えていた。誰かから贈り物を貰うという経験は何度かあったが、自分から贈り物をするというのは初めての体験だった。
(お料理…はちょっと違うし、やっぱりアクセサリーみたいな小物がいいのかな……。でも私小物とか作るの苦手なんだよね……)
しばらくうろうろしながら採集を続けていると、昔おばあちゃんと採集に来たことを思い出した。
(そういえばいろいろなことを教えてもらったなぁ。キノコがよく生えてるところとか、どれが良く熟れてる木の実なのかとか、熊に会ったときの対処法とか)
私は群集している山菜の中から、きれいですぐに食べられそうなものを採りつつ、思い出し笑いをしていた。そしてある名案がうかんだ。
「そっか、わからないなら、苦手なら、教えてもらえばいいんだ!」
思い立ったが吉日。私は集落に向かって走り出した。しかしやけに背中が軽い。それもそのはず、カゴに大量に入っているはずの山の幸が半分も入っていなかった。私は方向転換すると森へと戻って行った。
「無理。とりあえずそのカゴをあそこに置いてきなさい」
採集を終え、重たいカゴを置く間もなく母親のシャルに小物の作り方を指南してくれるよう頼み込んだが、あっさりと断られてしまった。
とりあえず母さんの指示通り山菜とキノコでいっぱいのカゴを部屋の隅に置いて再び頼み込んでみる。
「そんなあっさり断らないでよ。どうしてだめなの?」
「どうしてってそりゃ仕事が忙しいに決まってるじゃない。昨日ドワーフさん用に、いつもの特注帽子を十個作ってくれーって依頼がきたからさ、とにかく忙しいのよ」
忙しい忙しいと言いつつも、なんだか楽しそうに見えるのは、母さんが帽子を作ることが大好きだからだろう。
「それに私の専門は帽子だし、アクセサリーとかそういった小物はあまり作ったことがないのよねぇ……。
そうだ! えっと今はリゼルがお店継いでるんだっけ、そのリゼルのお母さんのマヤさん。マヤさん専門はローブだけど、小物関係作るのもすごく上手らしいわよ。だめもとで頼んでみたら?」
「えっ、マヤさんに? リゼルのお母さんだし、それに何よりリゼルがいるし……。でもマヤさんすごく上手なんだよね。どうしよう……」
確かにマヤさんの作る品物は、お客さんにはもちろん、島の人々にも一目おかれるほどで、特に大陸にあると言われる魔法を使う国の人々が愛用するローブは、エディグッス一だと言われている。
「母さんの言う通りだめもとで頼んでみるよ」
「そうしなさい。ごめんね、母さん何も役に立てなくて」
シャルはさっきとは一変してしょんぼりとしていた。忙しいからと断ったものの、母親として何もしてやれないのが悔しいというような表情をしていた。
まだ日の高い午後の時間帯、私はマヤさんの家であるリゼル商店を訪ねていた。
「すみませーん、マヤさんはいらっしゃいますかー?」
『ローブ専門店』という看板の下にある受付のようなところから呼んでみるが反応がない。もう一度と思い息を吸い込んだとき、奥のほうからバタバタと慌てたような足音が近づいてきた。
「いらっしゃいませー、『ローブのリゼル商店』へようこそ!」
呼んだのはマヤさんだったが、奥から出てきたのはリゼルだった。店長であるリゼルが出てくるのは当然のことなのだが、マヤさんが出てくることしか考えていなかったので少しあたふたしてしまった。
「ん? あぁ、シャルさんの娘さんのセリナじゃないか。いらっしゃいませ、今日はどういったご用件で?」
「あ、えっとその、商品じゃなくってマヤさんに用事があって来たのだけど、マヤさんはいますか?」
リゼルは営業スマイルで話しかけてきた。その微笑が客である私に向けられているとわかってはいるけど、顔が熱くなるのを感じついつい目を逸らしてしまう。
「そっか、なら母さんを呼んでくるよ。それとも上がっていく?」
「少し話が長くなりそうなので上がらしてもらってもいいですか?」
「少し散らかってるけどどうぞ」
店の奥に続く通路には、両側に天井まである棚があり、その棚のほとんどが商品で埋まっていた。それのどれもが暖かな光に包まれているかのように光っていた。
「母さんお客さんだよ。シャルさんところのセリナ。何か話があるらしいよ。それじゃ僕は店番に戻るよ。何かあったら呼んでくれて構わないから」
「ありがとうございます」
「こんにちは、セリナちゃん。初めまして……かな?」
声のしたほうを向くと、リゼルの微笑んでいる顔をそのまま写したかのような顔をした女性が立っていた。
「初めまして、セリナと言います。今日は折入って話しがあるのですが、いいでしょうか?」
「ふふっ。そんなかしこまらなくて大丈夫よ。もっとリラックスして」
私は奥の作業場へ案内された。つっかえ棒で支えられた窓から入る光が部屋を照らしている。その窓のすぐそばには年季の入った機織機があった。
マヤさんは機織機用の椅子に座り、私はその正面にあった木で作られた丸椅子に座った。
「それで、折り入った話ってなぁに?」
マヤさんはニコニコと笑顔を絶やさずに尋ねてきた。
「私にアクセサリーとかの小物の作り方を教えていただけませんか? 母さんに頼んでも私の専門外だからとか言って教えてもらえなかったんです。それでマヤさんだったら上手だし、もしかしたら教えてもらえるかもしれないからだめもとで聞いてみなさいって」
「それで私のところにきたのね。私はセリナちゃんに小物の作り方を教えるのは全然構わないわ。だけど一つ教えて欲しいな、セリナちゃんがアクセサリーを作ろうと思った理由を」
「……どうしても言わなきゃだめですか?」
(恥ずかしくてとてもじゃないけど言えない。それに、あなたの息子さんが好きですだなんて口が裂けても言えない……)
「言わなきゃ教えてあげないってわけじゃないけれど、どうして作りたいのか知ってたほうが、私としては教えがいがあるというかそんな感じなのよ」
強制ではないとはいえ、ここで何も言わないのはこれからいろいろと教えて頂く身として失礼だと思った。
「作った物を収穫祭の日に渡したい人がいるんです。その人は私のことなんてこれっぽっちも気にしてないと思うけど、私はずっとその人のことを想ってきました。去年は勇気が出なくてできなかったけど、今年はこの想いを伝えようと思ったんです」
マヤさんは何も言わずただ頷きながら聞いていた。誰のことかは話さなかったからリゼルのことだって気づいてないはずだけど、なんだか見透かされてそうな気がする。
「話してくれてありがとう。いやぁでも想像通りだったよ。収穫祭にかぁ……。青春してるねぇ、若いっていいねぇ。それなら私もしっかりサポートしなきゃね。なんたってセリナちゃんの幸せがかかってるんだから」
「それじゃぁ引受けて貰えるんですか?」
「もちろん。一緒に頑張りましょうね」
それからというもの、私は毎日マヤさんの所へ通いつめた。しかし、マヤさんを訪ねると必ずといっていいほどリゼルと遭遇し、その度に慌ててしまい、逃げるようにマヤさんの待つ作業場へと向かった。本当はリゼルに気付かれているんじゃないかと、内心気が気でなかった。
そして贈り物がもうそろそろ完成しそうというある日のこと。
「セリナちゃんがこの贈り物をしたい人ってリゼルでしょ?」
突然そんなことを訊かれて一気に顔が熱くなるのを感じた。今の私の顔はきっと真っ赤になっていると思う。
「やっぱり気づいてたんですか……」
「なんとなくね、そんな気がしたんだ。セリナちゃんってばリゼルとお話ししてるとき、すっごくわたふたしてて可愛かったわよ~。まさに恋する乙女って感じだったね」
「ちょ、そんな恥ずかしいこと言わないでくださいよ。というか、私そんなにわたふたしてたんだ……」
自分でも気にしていたことを指摘されて、やっぱりリゼルにばれているんじゃないかと不安になる。はたからみれば私がリゼルのことを好きだということが一目で分かるらしい。それならリゼルだって気づいててもおかしくない。
(でも気付いてないよ。うん、きっと気付かれてない)
店舗の方からくしゃみが聞こえたような気がした。
贈り物を無事作り終え迎えた収穫祭。
今年も農作物や山の幸は豊作だったようで、集落の中央に位置する広場には所狭しと豪華な料理が並び、宴会会場のようになっていた。
今日告白するということを友達に告げると、やっと決心したんだとか、ようやくセリナに春が訪れるかもねとかいろいろ言われた。やはりみんな私がリゼルに気があるのに気づいていたらしく、見ててすごくもどかしかったとも言われた。
「いやぁでも、セリナさ、一大決心だったんじゃない?」
「そうだよねー。今まで好きな人の話になったらわたふたして逃げてたもんねぇ。顔真っ赤にして私急用思い出したからーとか言って」
「あ、あの頃は純粋だったの! すごく!」
「へぇ、じゃぁ今は純粋じゃないんだ~?」
「別に今だって純粋じゃないわけじゃないけど……。もうっ、からかわないでよ!」
「ごめんごめん。セリナが可愛いからつい」
「でも緊張してたのだいぶほぐれたんじゃない?」
そう言われてみればそんな気がする。今朝からずっと張っていた気持ちが少しゆるんだ感じ。
(二人とも気遣ってくれてたんだ……)
こういう時に持つべきものは心を許せる友達だと思う。
「まぁ、あたしはセリナの反応が面白かったらから弄ってただけなんだけどね」
「今の私の感謝の気持ちを返せ!」
「落ち着きなよセリナ。とりあえず美味しいものお腹いぱい食べてようよ。せっかくの収穫祭なんだし」
そう言う彼女の手には料理の乗ったお皿があった。ふと振り返ってみると、さっきまで私をいじっていたはずなのに、既に手当たり次第に料理を食べているもう一人の姿が。なんて切り替えの早い連中なのだろう……。
二人につられ物珍しい料理がないかとあたりを見回していると、広場の中央に人だかりができているのが見えた。あそこは確か、今年出来立てのお酒があったはず。
人だかりができるほど物珍しいものがあるのだろうか。
人混みを掻き分け、なんとか一番前まで出るとそこには、高らかに叫ぶ緑色の髪をした人間の青年と、同じく人間の少女が机を挟んで対面して座っている。その少女の脇にもう一人、わたふたと慌てている少女がいた。
「今日こそ紅葉に飲み比べで勝って、俺は……俺は大陸を旅するんだー!」
「そんなフラグ立てて大丈夫? この間もそう言って負けてたじゃない」
「お姉ちゃん、そんなこと言って煽っちゃだめだよ」
「大丈夫だ、問題ない。今日は何が何でも勝つと決めたからな!」
緑髪の青年は初めて見る顔だったが、二人の少女は確か、三年ぐらい前からこの島に住んでいる本物の人間だ。姉のカエデさんが行き倒れてて、それを探してたのが妹のミノリさんだった。ちなみにミノリさんが織ったものはどんなものでも焼き芋のいい香りがすると評判だ。
『一番いい酒を頼む!』
二人の掛け声が勝負開始のゴングとなった。
(やっぱり収穫祭はいいなぁ。みんなが笑顔になる)
広場中央で繰り広げられた飲み対決も終息し、辺りは夕日に染まりつつある。先の勝負の勝敗は緑色の髪の青年の勝ちだった。カエデさんは先に酔いつぶれてしまい、早々にミノリさんの介抱を受けていた。青年は勝ち誇ったような顔をしてススキ色のローブを翻し数歩歩くと、その場に倒れこみ気持ちよさそうに寝息を立てていた。
集落のみんなが片付けを始めだすと、私はポケットに入っているものを確認して走り出した。
「お、遅くなってごめんなさい!」
リゼルは既に手紙で呼び出した場所にいた。私が遅くなったのにもかかわらず、何も言わずただ微笑んでいた。
「別に構わないよ。それより大事な話って何?」
「あぅ……えっと、その……」
緊張してうまく声が出ない。マヤさんに協力してもらって、今日だってみんなに応援してもらったのに、やっとここまで来たのに、ここでこの想いを伝えないなんて選択肢はない。
(言うんだ私! 今言わないでいつ言うの!)
「わ、私ずっとあなたのことが好きでした。だから、その、これ受け取ってください!」
想いを告げて、贈り物を渡すという収穫祭の恋の風習。告白はできたけど贈り物を受け取ってもらえるかどうかなんて考えてなかった。怖くて顔を上げられない。
「セリナ、顔を上げてくれる?」
「できないって言ったら?」
「そのままでいいから聴いてもらえるかな。率直に言うと、俺はセリナの手にあるものを受け取りたい。だけどセリナを絶対に幸せにできるっていう自信がないんだ」
不意に胸が締め付けられた。私はリゼルのこういうところに惹かれたのだろうか。
「本当はなんとなく気がついてたんだ、セリナが俺に気があるんじゃないかって。セリナの態度見てたらそうなのかなーって思ったんだ。決め手は母さんがそれとなく伝えてきたことかな」
マヤさん、内緒にしててくださいよ……。だけどなんだか腑に落ちないことがある。
「ねぇ、自分の幸せって自分で決めるんだよ。リゼルの幸せはリゼルが決めるし、私の幸せは私が決めるの。だからリゼルが私のことを考えてくれてるのはうれしいけど、それが私の幸せになるかどうかは私が決めることだと思うの。……ごめんなさい、変なこと言っちゃって」
「いや、そのとおりだね。謝るのはこっちさ。じゃあセリナにとっての幸せってどんなこと?」
こんなこと言ってもいいのかな。だけどこの質問の答えはこれしかない。言うのが恥ずかしい。でもここまできたんだから何を言っても変わんないはず。
「私の幸せは、リゼルとずっと一緒にいること。ずっとリゼルのそばにいることです」
「それならこれを受け取らない理由はないよ」
リゼルは私の手からブレスレットを取り、微笑みを浮かべた。それは私が求めた私に向けられた微笑。顔を合わせてられなくて目を逸らしてしまう。
「そろそろ帰ろう、夜は冷えるから風邪をひいてしまう」
私は差し伸べられた手を取りリゼルの隣に並んだ。手をつなぐだけで肌寒さなんて吹き飛んでしまう。そしてゆっくりと歩き出す。
いつか、今日聞けなかった一言をリゼルの口から聞きたいと思う。そのころには私も今日言えなかった言葉を言えるようになっているだろう。