ダンジョンパワハラおじさん(パイロット版)
これは冒険ではありません。監査です。
ブラック企業をリストラされた元営業管理部長が、帰り道に未登録ダンジョンを見つけてしまった話です。
ゴブリン、コボルト、ミノタウロス各位には、心よりお見舞い申し上げます。
「笹木さんには、今後のキャリアを社外で活かしていただきたいと考えています」
会議室の空調は、死体安置所のように冷え切っていた。
正面には、ニヤ付きを堪えてどうにか悲しそうに振る舞う人事部長と、紺色のスーツを隙なく着こなした若い男。
外部コンサルタントという肩書きは人事権をも掌握しうるようだ。
今しがた俺にそう告げたのは、人事部長ではなくこの男。
人間の形をした自動応答音声のような、温度の伴わない音色と、無料素材を貼り付けたような笑顔がどうも鼻につく。
俺は笹木修一、四十六歳。
勤続二十年。
所属していた営業管理部は、本日付で「組織の最適化」という名の下、解体された。
業績を維持するために営業の若者の監督・指導を行うという職業柄、この人望と毛髪の薄い男、人事部長とは衝突も多かった。
それが、こんな形で現れるとは。
「つまり、解雇ですか」
「いえ、あくまで退職勧奨です。もちろん、会社に残りたいという意思があれば、検討します……ただ、部長職は解任ということになりますが……」
「なるほど。自主的に首を差し出せば、名誉の切腹にしてやるぞ、と」
「……そう、お考えになるのは、笹木部長の自由です。否定はいたしません」
流石に直言するのは気が咎めたのか、やや躊躇い気味に男は答えた。
俺は二十年、この会社にすべてを捧げてきた。
サービス残業。
休日出勤。
深夜の呼び出し。
そして管理職となってからは、部下を帰らせ、自分が残って働き続けた。
全ては自己研鑽、やりがいの持続、信頼の証。
そう思っていた。
それらすべてを、胃薬と一緒に飲み込んできた。
だが、飲み込み続けた結果、胃の代わりに心が壊れた。
いや、正確には「壊れた」のではない。
感情が摩耗した代わりに、あらゆる理不尽を『業務』として処理する冷徹なOSを手に入れた。
そう思うようになった。
「離職票は三日以内に送付してください。それと、今後同じような面談を続けるなら、業務フローの見直しを強く推奨します」
俺は、呆けたツラの二人を残して会議室を後にした。
二十年分の重みがあるはずの退職合意書は、PDFに変換され、スマホの中に収まっている。
会社を出ると、空は濁った灰色をしていた。
雨でも降るのだろうか。
嫌に足取りが軽い。
胃の重さを堪えながら歩いたこの地下通路も、今日で見納めかもしれない。
と、そんな風景の中に突然、ぽっかりと黒い穴が映った。
「……未登録ダンジョンか」
行政の立て看板が傾いている。
『危険・立入禁止』。
かつては大災害だ、厄災だと騒がれたダンジョンがそこにはあった。
今は我が国の支える「産業」の一つだ。
かの穴から産出される魔石は、国を支える重要な資源となっている。
しかし、不意に現れるこの種のダンジョンを、国は処理しきれていない。
そのため「ハンター」と呼ばれる資格を設けて、民間人をこの穴へと送り込んだ。
結果としてダンジョンは、産業革命期もかくやと思える、現代鉱夫の巣窟と化していた。
……ひとまず、報告義務が生じたため、正規フローで対応を試みる。
俺はスマホで国土交通省のダンジョン通報フォームを開いた。
が、あまりの入力項目の多さに指を止めた。
位置情報、魔力濃度、発見経緯……回答に別サーバーの経由が必要なものもあり、インターネットに疎いものには優しくない仕様だ。
それに時間がかかる。
「……俺が見て回れば問題ない。監査の時間だ」
幸い、独断での未登録ダンジョン調査が許される「ダンジョン認定師」他、ダンジョン関連の資格は会社員時代にあらかた取得している。
時には俺自身が営業として、「ハンター」と交渉することもあった。
「ダンジョン」に関わる利権や物品を「商材」とすることも多かった。
ダンジョン関連の資格は、時代が後押しすることもあって、潰しが効くと思い取っておいた。
……そう言えば、営業部の面々はどうだっただろう。
過ぎたことは気にすべきではないと思考を振り払う。俺はスマホを閉じ、その「穴」へと足を踏み入れた。
帰宅しても、もう守るべきルーティンがない。
それならば、目の前の不備を放置する方が、今は耐え難かった。
地下は、青白い苔が壁を照らしていた。
俺は眼鏡を押し上げ、鋭い視線を通路に向ける。
「導線が悪すぎる」
それが最初の感想だった。
段差の高さが不揃い。
照明の配置が不適切。
非常ベルもなければ、避難経路の表示もない。
「安全管理の意識が皆無だな。誰が責任者だ」
その時、奥から緑色の小鬼、ゴブリンが、錆びたナイフを手に飛び出してきた。
普通の人間なら叫び声を上げて逃げ出す場面だ。
しかし、俺はゴブリンの持つナイフの「管理状態」に目を留めた。
「君」
「ギャ?」
「その刃物、管理番号は? 共有備品なら返却期限を守れていないのでは? メンテナンスはいつした?」
「ギャギャッ!」
ゴブリンが襲いかかる。
俺はかつて、深夜の繁華街で暴れる取引先の社長をタクシーに押し込んだ時と同じ所作で、一歩だけ半身に引いた。
空を切ったゴブリンの手首を掴み、その勢いのまま壁へと「案内」する。
「落ち着きなさい。今の行動は、組織の目的に対してなんの役に立っているのかね。根拠を出さんか根拠を」
「ギ、ギャ……」
ゴブリンは、俺が目を見て伝えたフィードバックに、なぜか泡を吹いて気絶した。
『初回戦闘を確認』
『スキル:圧迫面談(物理)を獲得』
頭の中に響く無機質な声がうるさい。
三時間睡眠の体には堪える。
「……少し問い詰めただけでこれとは、打たれ強さが足りない」
さらに奥へ進むと、床から槍が突き出す罠があった。
俺は立ち止まり、周期を数秒で計測する。
「点検がなっとらん。作動音が大きい。これではコストに見合ったキルレート(売り上げ)は出せないぞ」
俺は鞄から赤いマジックとノートの切れ端を取り出し、壁に『要改善:足元注意』と大きく書き込んだ。
ここはダンジョンではない。
すでに、「杜撰な管理の部署」だった。
罠を抜けたところで、三体のコボルトからの襲撃を受けた。
先ほどのゴブリンと同じく、杜撰な一撃を半歩で避ける。
「ま、とりあえず座りなさい。武器は左側に置いて……それで、この襲撃の責任者は誰だね?」
コボルトたちは戸惑いながら、その場に正座した。
真ん中のコボルトが躊躇いがちに手を挙げる。
「君か。不意打ちという手は悪くない。だけどな、罠を回避された時点で戦略的な優位性は既にない……では、どうすべきだったのか、わかるかね?」
そういうと、俺は彼らに問いを投げかける。
どこから現れたのか、メモ帳とペンが彼らの手に握られている。
しかし、彼らはキョトンとした顔で顔を見合わせるばかりだ。
「……良いだろう。では、今から『研修』だ」
『スキル:軍隊研修(俗称)を獲得しました』
頭に響く声を無視して、講義を始める。
あぁ、もうすぐ四月か。
会社の行事で季節を感じていた「習慣」を思い出す。
「あの、すみません……!」
と、突然背後から声がした。
探索者らしい革鎧を着た若い女性が、呆然と立っている。
肩には配信用のドローンが浮いていた。
彼女は、正座で「ダンジョンモンスターに求められる効率的な不意打ちについて〜トラップ併用の視点から考える〜」の研修を受けているコボルトたちと、俺を交互に見て戸惑っていた。
「えっ、えっと……モンスターをいじめ? てるんですか?」
「研修です。新人教育が全く成されていないので」
「研修……モンスターに、ですか?」
少女は俺の言うことに面食らったような顔になった。
だが、すぐ姿勢を正す。
「あっ、私、ミナトって言います。ハンターランクはC級です。今、配信中でして……うわ、コメント欄、すごいことになってる!?」
彼女が映し出している配信用ホログラムには、猛烈な勢いでコメントが流れていた。
それは、うちの会社がダンジョン技術を用いて開発した商品だ。
実際に使用しているエンドユーザーの声を聞けるのは、貴重な機会だろう。
『何このおっさん』
『モンスターに研修って……魔王か何か?』
『ぬ、あれはチートおじさんか!?』
『知ってるのか!? 雷電』
『たまに理不尽なルールで無双し始めるリストラされたおじさんだ。昨今のラノベに多数出現している……もうそんな季節か』
『チートおじさんが年中行事になってて草』
『そもそも、ネタがおっさんじゃねーかww』
『若い娘の探索配信にいる奴なんて、大概おっさんだろJK』
『ネット老人会の会場はここですか?』
『てか、モンスターを指導って、魔王って言うより、幹部っぽいな……四天王とか』
『たし蟹』
『おい、コボルトが泣きながらメモ取ってるぞ』
『「それで、売り上げは?」って言われてコボルトが震えてるWWWW……やばい、会社の上司思い出して胃が……』
『俺も鳥肌が止まらない……これ、おっさんが一番モンスターなんじゃね?』
俺は不意に頭によぎったフィードバックがつい口をついた。
「チャットの流速が速すぎる。情報の取捨選択ができていないんじゃないか? 要約AIの更新が疎かになっているな」
「えっ、あっ、確かに目で追うのは難しいかも……」
「この後フィードバックを直接社に送ります。申し訳ありません」
「あ、こちらこそ、ご対応いただきすみません……じゃなくて、ここ、ダンジョンですよ! 多分出てくる敵からしてC級の……! しかもあれ、ボス部屋じゃないですか! ボス部屋の前で何やってるんですか!?」
「ボス部屋(上席の執務室)か……ちょうどいい。是正勧告を出してくる。……君たちには、レポートを出すので明日までに提出するように」
俺は今にも泡吹いて倒れそうなコボルト達にトドメを刺すと、ボス部屋の扉の前に立った。
そして、マナー講師が泣いて喜ぶような完璧な動作で。
三回、ノックした。
「ブモオォォォォ」
牛の鳴き声のような咆哮と共に扉が開く。
中には、三メートルはあろうかという巨躯のミノタウロスが鎮座していた。
「ヒッ……ミノタウロス。B級モンスターです! 逃げましょう!」
ミナトと名乗った少女が狼狽えているのを横目に、俺は鞄からタブレットを取り出す。
「大声を出せば意見が通ると思っているなら、マネジメントの基礎からやり直すべきだ。君がここの責任者か?」
ミノタウロスが巨大な斧を振り下ろす。
俺は足元の濡れた床を確認し、あえて一歩踏み込んだ。
「体勢(営業スタイル)が古い。力任せなスイングは腰を痛めるだけだ」
斧が背後の地面を砕く。
その衝撃を利用し、俺はミノタウロスの懐に滑り込む。
そして、驚愕に目を見開く牛頭の巨人の鼻先に、人差し指を突きつけた。
「まず一点目。入口からここまでのリソース配置が致命的に非効率的だ。君、自分の部下がどれだけ無駄な動きをしているか把握しているのか?」
ミノタウロスが、気圧されたように後ずさった。
『スキル:現場監督(パワハラ級)を獲得』
コメント欄が、もはや判読不能な速度で加速する。
『おい、また始まったぞwww』
『タブレットと口だけでボスを制圧する男』
『ダンジョン監査おじさん降臨』
『いや、これってパワハラじゃね?』
『でも、言ってることは割とまともじゃね?』
『ロジハラではある』
『いやまて、相手はモンスターやぞ』
『いや、動画の前のシーンみたらトラップにも文句言ってる。ダンジョン自体にやってるぞ、このおっさん』
『ダンジョンに理不尽な要求をする……ほな、パワハラか』
『ダンジョンにパワハラは草』
『つまり……ダンジョンパワハラおじさんか!』
俺は手帳を開き、会社での口癖を言い放つ。
「今日からここを、私が『再編』させてもらう。……まずは残業時間の確認からだ」
ーーこの日世間は知ることになる。
世界で最も恐ろしい「ダンジョン攻略(業務改善)」の始まりを。
ダンジョンをパワハラする男、通称「ダンジョンパワハラおじさん」誕生の瞬間である。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
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反応があれば、笹木修一による次回監査を検討いたします。
なお、ゴブリン・コボルト・ミノタウロス各位の労働環境については、現在確認中です。




