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ダンジョンパワハラおじさん(パイロット版)

作者: 美髯 虎助
掲載日:2026/04/27

これは冒険ではありません。監査です。


ブラック企業をリストラされた元営業管理部長が、帰り道に未登録ダンジョンを見つけてしまった話です。

ゴブリン、コボルト、ミノタウロス各位には、心よりお見舞い申し上げます。

「笹木さんには、今後のキャリアを社外で活かしていただきたいと考えています」


 会議室の空調は、死体安置所のように冷え切っていた。


 正面には、ニヤ付きを堪えてどうにか悲しそうに振る舞う人事部長と、紺色のスーツを隙なく着こなした若い男。


 外部コンサルタントという肩書きは人事権をも掌握しうるようだ。


 今しがた俺にそう告げたのは、人事部長ではなくこの男。


 人間の形をした自動応答音声のような、温度の伴わない音色と、無料素材を貼り付けたような笑顔がどうも鼻につく。


 俺は笹木修一、四十六歳。


 勤続二十年。


 所属していた営業管理部は、本日付で「組織の最適化」という名の下、解体された。


 業績を維持するために営業の若者の監督・指導を行うという職業柄、この人望と毛髪の薄い男、人事部長とは衝突も多かった。


 それが、こんな形で現れるとは。


「つまり、解雇ですか」


「いえ、あくまで退職勧奨です。もちろん、会社に残りたいという意思があれば、検討します……ただ、部長職は解任ということになりますが……」


「なるほど。自主的に首を差し出せば、名誉の切腹にしてやるぞ、と」


「……そう、お考えになるのは、笹木部長の自由です。否定はいたしません」


 流石に直言するのは気が咎めたのか、やや躊躇い気味に男は答えた。


 俺は二十年、この会社にすべてを捧げてきた。


 サービス残業。


 休日出勤。


 深夜の呼び出し。


 そして管理職となってからは、部下を帰らせ、自分が残って働き続けた。


 全ては自己研鑽、やりがいの持続、信頼の証。


 そう思っていた。


 それらすべてを、胃薬と一緒に飲み込んできた。


 だが、飲み込み続けた結果、胃の代わりに心が壊れた。


 いや、正確には「壊れた」のではない。


 感情が摩耗した代わりに、あらゆる理不尽を『業務』として処理する冷徹なOSを手に入れた。


 そう思うようになった。


「離職票は三日以内に送付してください。それと、今後同じような面談を続けるなら、業務フローの見直しを強く推奨します」


 俺は、呆けたツラの二人を残して会議室を後にした。


 二十年分の重みがあるはずの退職合意書は、PDFに変換され、スマホの中に収まっている。


 会社を出ると、空は濁った灰色をしていた。


 雨でも降るのだろうか。


 嫌に足取りが軽い。


 胃の重さを堪えながら歩いたこの地下通路も、今日で見納めかもしれない。


 と、そんな風景の中に突然、ぽっかりと黒い穴が映った。


「……未登録ダンジョンか」


 行政の立て看板が傾いている。


『危険・立入禁止』。


 かつては大災害だ、厄災だと騒がれたダンジョンがそこにはあった。


 今は我が国の支える「産業」の一つだ。


 かの穴から産出される魔石は、国を支える重要な資源となっている。


 しかし、不意に現れるこの種のダンジョンを、国は処理しきれていない。


 そのため「ハンター」と呼ばれる資格を設けて、民間人をこの穴へと送り込んだ。


 結果としてダンジョンは、産業革命期もかくやと思える、現代鉱夫の巣窟と化していた。


 ……ひとまず、報告義務が生じたため、正規フローで対応を試みる。


 俺はスマホで国土交通省のダンジョン通報フォームを開いた。


 が、あまりの入力項目の多さに指を止めた。


 位置情報、魔力濃度、発見経緯……回答に別サーバーの経由が必要なものもあり、インターネットに疎いものには優しくない仕様だ。


 それに時間がかかる。


「……俺が見て回れば問題ない。監査の時間だ」


 幸い、独断での未登録ダンジョン調査が許される「ダンジョン認定師」他、ダンジョン関連の資格は会社員時代にあらかた取得している。


 時には俺自身が営業として、「ハンター」と交渉することもあった。


「ダンジョン」に関わる利権や物品を「商材」とすることも多かった。


 ダンジョン関連の資格は、時代が後押しすることもあって、潰しが効くと思い取っておいた。


 ……そう言えば、営業部の面々はどうだっただろう。


 過ぎたことは気にすべきではないと思考を振り払う。俺はスマホを閉じ、その「穴」へと足を踏み入れた。


 帰宅しても、もう守るべきルーティンがない。


 それならば、目の前の不備を放置する方が、今は耐え難かった。


 地下は、青白い苔が壁を照らしていた。


 俺は眼鏡を押し上げ、鋭い視線を通路に向ける。


「導線が悪すぎる」


 それが最初の感想だった。


 段差の高さが不揃い。


 照明の配置が不適切。


 非常ベルもなければ、避難経路の表示もない。


「安全管理の意識が皆無だな。誰が責任者だ」


 その時、奥から緑色の小鬼、ゴブリンが、錆びたナイフを手に飛び出してきた。


 普通の人間なら叫び声を上げて逃げ出す場面だ。


 しかし、俺はゴブリンの持つナイフの「管理状態」に目を留めた。


「君」


「ギャ?」


「その刃物、管理番号は? 共有備品なら返却期限を守れていないのでは? メンテナンスはいつした?」


「ギャギャッ!」


 ゴブリンが襲いかかる。


 俺はかつて、深夜の繁華街で暴れる取引先の社長をタクシーに押し込んだ時と同じ所作で、一歩だけ半身に引いた。


 空を切ったゴブリンの手首を掴み、その勢いのまま壁へと「案内」する。


「落ち着きなさい。今の行動は、組織の目的に対してなんの役に立っているのかね。根拠を出さんか根拠を」


「ギ、ギャ……」


 ゴブリンは、俺が目を見て伝えたフィードバックに、なぜか泡を吹いて気絶した。


『初回戦闘を確認』


『スキル:圧迫面談(物理)を獲得』


 頭の中に響く無機質な声がうるさい。


 三時間睡眠の体には堪える。


「……少し問い詰めただけでこれとは、打たれ強さが足りない」


 さらに奥へ進むと、床から槍が突き出す罠があった。


 俺は立ち止まり、周期を数秒で計測する。


「点検がなっとらん。作動音が大きい。これではコストに見合ったキルレート(売り上げ)は出せないぞ」


 俺は鞄から赤いマジックとノートの切れ端を取り出し、壁に『要改善:足元注意』と大きく書き込んだ。


 ここはダンジョンではない。


 すでに、「杜撰な管理の部署」だった。


 罠を抜けたところで、三体のコボルトからの襲撃を受けた。


 先ほどのゴブリンと同じく、杜撰な一撃を半歩で避ける。


「ま、とりあえず座りなさい。武器は左側に置いて……それで、この襲撃プランの責任者は誰だね?」


 コボルトたちは戸惑いながら、その場に正座した。


 真ん中のコボルトが躊躇いがちに手を挙げる。


「君か。不意打ちという手は悪くない。だけどな、罠を回避された時点で戦略的な優位性は既にない……では、どうすべきだったのか、わかるかね?」


 そういうと、俺は彼らに問いを投げかける。


 どこから現れたのか、メモ帳とペンが彼らの手に握られている。


 しかし、彼らはキョトンとした顔で顔を見合わせるばかりだ。


「……良いだろう。では、今から『研修』だ」


『スキル:軍隊研修(俗称)を獲得しました』


 頭に響く声を無視して、講義を始める。


 あぁ、もうすぐ四月か。


 会社の行事で季節を感じていた「習慣」を思い出す。


「あの、すみません……!」


 と、突然背後から声がした。


 探索者らしい革鎧を着た若い女性が、呆然と立っている。


 肩には配信用のドローンが浮いていた。


 彼女は、正座で「ダンジョンモンスターに求められる効率的な不意打ちについて〜トラップ併用の視点から考える〜」の研修を受けているコボルトたちと、俺を交互に見て戸惑っていた。


「えっ、えっと……モンスターをいじめ? てるんですか?」


「研修です。新人教育が全く成されていないので」


「研修……モンスターに、ですか?」


 少女は俺の言うことに面食らったような顔になった。


 だが、すぐ姿勢を正す。


「あっ、私、ミナトって言います。ハンターランクはC級です。今、配信中でして……うわ、コメント欄、すごいことになってる!?」


 彼女が映し出している配信用ホログラムには、猛烈な勢いでコメントが流れていた。


 それは、うちの会社がダンジョン技術を用いて開発した商品だ。


 実際に使用しているエンドユーザーの声を聞けるのは、貴重な機会だろう。


『何このおっさん』


『モンスターに研修って……魔王か何か?』


『ぬ、あれはチートおじさんか!?』


『知ってるのか!? 雷電』


『たまに理不尽なルールで無双し始めるリストラされたおじさんだ。昨今のラノベに多数出現している……もうそんな季節か』


『チートおじさんが年中行事になってて草』


『そもそも、ネタがおっさんじゃねーかww』


『若い娘の探索配信にいる奴なんて、大概おっさんだろJK』


『ネット老人会の会場はここですか?』


『てか、モンスターを指導って、魔王って言うより、幹部っぽいな……四天王とか』


『たし蟹』


『おい、コボルトが泣きながらメモ取ってるぞ』


『「それで、売り上げは?」って言われてコボルトが震えてるWWWW……やばい、会社の上司思い出して胃が……』


『俺も鳥肌が止まらない……これ、おっさんが一番モンスターなんじゃね?』


 俺は不意に頭によぎったフィードバックがつい口をついた。


「チャットの流速が速すぎる。情報の取捨選択ができていないんじゃないか? 要約AIの更新が疎かになっているな」


「えっ、あっ、確かに目で追うのは難しいかも……」


「この後フィードバックを直接社に送ります。申し訳ありません」


「あ、こちらこそ、ご対応いただきすみません……じゃなくて、ここ、ダンジョンですよ! 多分出てくる敵からしてC級の……! しかもあれ、ボス部屋じゃないですか! ボス部屋の前で何やってるんですか!?」


「ボス部屋(上席の執務室)か……ちょうどいい。是正勧告を出してくる。……君たちには、レポートを出すので明日までに提出するように」


 俺は今にも泡吹いて倒れそうなコボルト達にトドメを刺すと、ボス部屋の扉の前に立った。


 そして、マナー講師が泣いて喜ぶような完璧な動作で。


 三回、ノックした。


「ブモオォォォォ」


 牛の鳴き声のような咆哮と共に扉が開く。


 中には、三メートルはあろうかという巨躯のミノタウロスが鎮座していた。


「ヒッ……ミノタウロス。B級モンスターです! 逃げましょう!」


 ミナトと名乗った少女が狼狽えているのを横目に、俺は鞄からタブレットを取り出す。


「大声を出せば意見が通ると思っているなら、マネジメントの基礎からやり直すべきだ。君がここの責任者か?」


 ミノタウロスが巨大な斧を振り下ろす。


 俺は足元の濡れた床を確認し、あえて一歩踏み込んだ。


「体勢(営業スタイル)が古い。力任せなスイングは腰を痛めるだけだ」


 斧が背後の地面を砕く。


 その衝撃を利用し、俺はミノタウロスの懐に滑り込む。


 そして、驚愕に目を見開く牛頭の巨人の鼻先に、人差し指を突きつけた。


「まず一点目。入口からここまでのリソース配置が致命的に非効率的だ。君、自分の部下がどれだけ無駄な動きをしているか把握しているのか?」


 ミノタウロスが、気圧されたように後ずさった。


『スキル:現場監督(パワハラ級)を獲得』


 コメント欄が、もはや判読不能な速度で加速する。


『おい、また始まったぞwww』


『タブレットと口だけでボスを制圧する男』


『ダンジョン監査おじさん降臨』


『いや、これってパワハラじゃね?』


『でも、言ってることは割とまともじゃね?』


『ロジハラではある』


『いやまて、相手はモンスターやぞ』


『いや、動画の前のシーンみたらトラップにも文句言ってる。ダンジョン自体にやってるぞ、このおっさん』


『ダンジョンに理不尽な要求をする……ほな、パワハラか』


『ダンジョンにパワハラは草』


『つまり……ダンジョンパワハラおじさんか!』


 俺は手帳を開き、会社での口癖を言い放つ。


「今日からここを、私が『再編』させてもらう。……まずは残業時間の確認からだ」


 ーーこの日世間は知ることになる。


 世界で最も恐ろしい「ダンジョン攻略(業務改善)」の始まりを。


 ダンジョンをパワハラする男、通称「ダンジョンパワハラおじさん」誕生の瞬間である。

ここまでお読みいただきありがとうございました。


面白いと思っていただけましたら、評価・ブックマーク・感想などいただけると嬉しいです。

反応があれば、笹木修一による次回監査を検討いたします。


なお、ゴブリン・コボルト・ミノタウロス各位の労働環境については、現在確認中です。

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