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忘却の迷子  作者: 藤村 託時


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2.孤立無援

 あてもなく走っているとおいしそうな匂いがしてきた。

 そういえば自分はどのくらい食事を取っていないのだろうか、と考える。

 彼はおいしそうな果実が置かれていたので、手に取り食べることにした。

 この果実もまた見たことも食べたこともないものだが、ほどよい甘酸っぱさを気に入った。

 一つ食べ終わったので、二つ目に手を伸ばす。

 しかし、周囲はやたら騒々しくなっていた。


「なんだお前、店の物を勝手に食べやがって! 金払えよ!」


 上から彼に向かって何か語りかけている様子だ。

 彼はこいつも果物が食べたかったのだろうか、と思う。

 そして、ここには他にもたくさん同じ果物があるのだから、勝手に食べればいいのに、と。

 仕方ないので彼は一つ果物を掴み、怒っている様子の特殊個体に渡す。


「お前舐めてんのか? 勝手に食った後に他の買おうってのかよ。とにかく金払え。あと、爪も長くて当たるからちゃんと切れ」


 彼がせっかく渡した果物も受け取られず、相変わらず怒っている様子だ。

 彼には何を言っているかは理解できないが、敵意を向けていることは明らかだった。

 この世界では食べ物を分かち合うということをしないのだろうか疑問に思った。

 彼が生きてきた世界では食べ物は皆で共有するのが普通だった。

 ただ、彼も敵意を向け続けられると穏やかではいられなかった。


「とりあえず警察を呼ばせてもらう。警察が来るまで、これ以上変なことするんじゃねぇぞ。まったく、親の顔が見てみてぇぜ」


 特殊個体は四角い板を操作し、板に向かって何か話しかけているようだった。

 彼の仲間たちが使っている端末は球型だが、役割としては球型の端末と同じように通信ができるものだろうかと推測する。

 まぁ、どうやら自分に攻撃を仕掛ける様子はないので、彼はこの場を立ち去るとしようとする。


「おい、待てよ。さっきから人の話を聞いてんのかよクソガキ!」


 特殊個体は彼の肩を引っ張ろうとする。

 彼はいい加減腹が立ってきたため、触れられた手を弾く。

 彼はたいして力を入れていなかったが、特殊個体は腕を抑え叫ぶ。


「いてぇぇぇ! 何すんだこのガキ! 腕がぁぁ!」


 彼の周りにどんどん特殊個体が集まってきた。

 彼はこれ以上面倒なことに巻き込まれるのは困ると思い、ここから早く立ち去ることにした。

 群れをかき分け、ネチェルが少ない建物の裏へ移動する。

 彼が今までのことで分かったことはここの特殊個体は額の目がなく、背は高いが身体能力は低いのが標準だということだ。

 すれ違うネチェル達は彼の額の目を珍しがる。

 彼からしたら目が二つしかない方がよっぽど珍しいのだが、ここでは彼の方がマイノリティなのだ。

 このアウェイの地ではどうにも目立ってしまっていた。

 早く額を隠せるものを捜して身につけなければと考える。

 彼は再び表通りに出る。

 見覚えのある紺色の服装のネチェル達が彼を見るなり近寄っていく。


「このあたりで三つ目の子供が店の物を勝手に食べたと通報を受けたんだけど、君かな。一旦署まで来てもらおうか」


 紺色の男が彼の腕を掴もうとたが、彼は腕を弾いて逃げることにした。


「なんだこの子供、足早すぎるだろ!」


 紺色の服の個体はなぜか彼に粘着してくる特徴があるようだ。

 紺色の男は彼を追いかけるが、やはり足が遅いため距離は次第に広がっていった。

 彼は後ろに姿が見えなくなったことを確認し、一旦謎の縦に長く伸びている建物の中に入ることにした。

 建物の中を探索していると、いくつもの帽子が並べられているエリアが存在していた。

 なぜ、一つの場所に帽子がまとめて集められているのかがよくわからないが、これだけあるのならば一つくらいもらったところで問題はないだろう。

 額の目を隠せる深さの帽子を自分の頭にかぶせる。

 その場をそのまま立ち去ろうとした際、ニコニコと笑顔を浮かべていたネチェルが表情から笑みが消し、俺に近づいてくる。


「お客様、そちらの商品のお会計まだ済んでないですよね?」


 嫌な予感がした。早く逃げなければ。

 彼がもう何度か経験したパターンである。

 おそらく、また自分の腕を掴もうとしてくるのだろうと予期する。

 彼にはなんとなくわかってきたことがある。

 この世界では、物に対する執着が異常なまでに強いということ。また、分かち合うという考えがなく、自分の近くにある物はすべて自分の物だと認識しているに違いない、と。

 毎回、怒りの感情を持った状態で彼に対して攻める様子を見せている。

 こんなに自我が強いネチェルばかりではまともに生活することも難しいのではないだろうか、と不思議に思う。

 とりあえず、帽子を手に入れることができた。おかげでネチェルの視線が彼に向けられる回数が減ってきている。

 しかし、まだ彼の服装がどこか浮いてしまっている。

 周りにいるネチェル達の服装の多くは身体の上下で分かれている。

 また、身体のサイズに合わせて作られているようだった。

 彼の着ている服は大きめなサイズで上下が繋がっており、色も金色であるため目立ちすぎていた。

 この建物にはいろいろなものが並べて置かれているため、服が並べられているエリアも探せばあるのではないだろうかと考える。

 辺りを見渡すとやはり見つけることができた。

 なぜか服がネチェルの形をした謎の物体に着せられている。

 服が大量に置かれているので、とりあえず近くにあった服を手に取る。

 そして出来るだけネチェルのいない場所へ移動し、素早く着替えを行う。

 元々着ていた服を脱ぐと、彼を見たネチェルが慌てて近寄り声をかける。


「君、何やってるの! 着替えは更衣室でしないと!」


 また絡まれてしまったため、彼は素早く服を着て立ち去ることにした。


「君、お支払いが済んでないでしょ! ちょっと待って! 待って……、足速っ!」


 もう逃げるのも慣れたものだった。

 だが、この建物にはたくさんのネチェルがうろついていてとても移動しづらいようだ。

 特殊個体の群れに囲まれ、彼は恐怖を感じるようだった。

 建物の外に出ないと頭がどうにかなってしまいそうだった。


 見た目を整えることはできたので、再び外へ出ることにした。

 建物の外に出ると、紺色の服を着たネチェル達がぞろぞろうろついていた。

 そして、彼に気づくと近づき、声をかけてきた。


「そこの君、今この辺で君くらいの年齢の子が悪さをしているらしいんだよ。どうやら額に目のおもちゃを付けているらしくてね。ちょっとその帽子を外してもらえないかな?」


 集団のうちの一人が彼の肩に手を置き、帽子に手をかけようとした。

 完全に疑いの目を向けられていたので、彼は今日で何度目になるかわからない逃走を試みる。

 しばらくすると、白と黒の怪物が彼を追って来るが、怪物は黒い道しか走らない習性があるようで細い道にまでは追ってこれなかった。


 彼はネチェルの数少ない方向へ走り続ける。

 ただただ走り続ける。

 気づけば山の中へ入っていた。

 山を駆け上がる。

 もはやネチェル達は周りに見当たらない。

 さすがに体力も無くなってきたため、立ち止まり休むことにした。

 気づけば彼の頬には涙が伝っていた。自分が何をしたというのだ……、と。

 彼はこの世界のネチェルの言語は理解できない。

 そして、皆がなぜか自分に敵意を向けてくる。

 この世界のネチェルは動きが遅いし、力も弱い。

 彼が力を出せば倒すことは容易ではある。

 しかし、彼は今まで生きてきてネチェルに対して暴力を振るったことは数えるほどしかない。

 食事のために生物を殺めることはあっても仲間であるネチェルへ攻撃する理由は基本的にないのだ。

 だが、ここにいるネチェル達が彼に攻撃を仕掛けてきた場合、さすがに彼も反撃しないわけにはいかない。

 そのようなことを避けるにはこのまま山の中で過ごすのが無難だろうと考える。

 まだ睡眠を取るほど活動していないが、精神が疲弊してしまったので眠ることにした。

 とはいえ、このまま寝ることもできない。寝床を作らなければいけないのだ。

 ただ、まず先に水分の確保はしておきたかった。

 食事は先ほど果物を食べたのでしばらくは問題ないと考える。

 周囲を見渡すために、できるだけ山頂へと昇ることにした。

 不安を振り切るように可能な限りの力を振り絞り山を登っていく。

 登り切った後、周囲で一番背の高い木を登り、頂点から周囲を見渡す。川を見つけることができたので、川辺まで移動する。


 美味い。


 久しぶりに飲む水は疲れ切った彼の身体に染み渡っていった。

 後はこの辺りで寝床を作るだけである。近く太めの木を選び、足で強く蹴りを入れて倒していく。爪を伸ばし、木の皮を削いでいき、表面をきれいな状態にする。

 これを何度か繰り返し、木を並べる。

 そして、並べた木の上に寝転がりそのまま眠りについた。

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