1.目覚め
記憶を失い、仲間もいない孤独な戦いが始まる
身体中が痛かった。
彼は痛みで目を覚ますと、視界には砂が映った。
周囲を見渡したところ、どうやら、彼は砂浜にいるようだった。波の音が聞こえる。
振り向くと、果てしなく海が広がっている。
彼はどうにも状況が理解できない。
彼の家の近くに海は無いためである。
そもそも、なぜこのような場所で寝ていたのかがわからないのだ。
何もわからないが、とにかく早く家に帰らなければと考える。
腰に手を当て位置情報を確認するために機器を取り出そうとする。
だが、そこには機器は存在しなかった。どこかで落としてしまったのだろうか。
まずい、とてもまずい状態だ、と焦る。
どこともわからない場所で端末すら持っていないとなると家に帰ることすらできない。
ただでさえ絶望的な状況の上、彼は目を覚ます前の記憶が定かではない。
はっきりと思い出せるのは、最後に食べた肉がとても美味しかったことくらいだ。
なぜ海の近くに自分がいて、なぜ全身が痛むのか、そして端末はどこへ行ってしまったのかが全く思い出せない。
このままここに居続けても何も進展しないため、まず近辺に端末がないか探すことにする。
砂浜を歩き探し続けていたが、端末が見つかることはなかった。
それにしても、ここは彼にとって暑すぎる環境だった。
異常なまでに高い気温で物を捜すどころではなくなっていた。
今まで生きていて彼はこれほどまでに暑い経験をした覚えがない。
そして、いったん休憩を入れる。
しかし、なぜか起きてから痛みはあるが身体がやけに軽く感じていた。
まるで自分の身体が無くなっているかのように重さを感じることなく動かすことができた。
端末は見つからないため、自宅へ帰るための情報を収集することにした。
この砂浜では情報が得られないため、もっと海から離れることに決める。
綿のように軽い身体で走り、砂浜を抜ける。
抜けた先には見たことのない黒い道が広がっていた。
本当にここは一体どこなのだろうか。恐怖を感じながら、黒い道を進む。
ドガッ!
彼の身体は衝撃とともに宙へと放り出される。
宙から下を見ると謎の怪物が駆け抜けていた。
どうやら、彼は怪物に体当たりをされたようだった。
しかし、彼を弾き飛ばした怪物は突然走るのをやめた。
怪物の中から、ネチェルが出てきた。
良かった、ようやくこのおかしな場所で自分以外のネチェルに会うことができた、と彼は安堵をした。
二体のネチェルは彼に近づいていく。
どちらも背が中々に高い個体のようだ。
「すみません、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないでしょ! 車で轢いちゃったんだよ! あと子供じゃん!」
「あ、あれ……、この額のやつ、コスプレ?」
「なんかこの子のおでこの目動いてない?」
このネチェル達は何か喋っているようだが、彼には何も理解できない。
それに彼とは違い額に目は無い。
彼は世界には額に目のない特殊なネチェルもいると聞いたことがあった。
しかし、そんな特殊個体が二体もいるとは信じられなかった。
特殊個体だから言語も正常に発せていないのだろうかと考えた。
しょうがないと思い、彼から話しかけてみることにした。
「怜喧縺代繧鐚醐執鐚」
彼から話しかけてみたが、話しかけられた側は固まってしまっている。
言語を発せないだけでなく、聞き取ることもできないのだろうか、と思い彼は困り果てる。
「この子何言ってたか聞き取れた?」
「いや、全然わかんない」
「ってか、普通に動いてるしこの子全然元気そうじゃん。実は轢いてなかったんじゃね?」
「そうかも、変なコスプレしてるし、会話する気もないみたいだしもういいんじゃない」
「うーん、どうしようか」
彼は二体が相変わらず上手く言語を発せていないが、なぜだかコミュニケーションは取れていることが不思議だった。
ネチェルを見つけられたのは良かったが、コミュニケーションが取れないようでは意味がなかった。
そして、彼は別のネチェルを捜すことにした。
「なんか、あの変な子どっか行っちゃうぞ」
「普通に歩いてるし、大丈夫そうかな。まぁ、車に戻ろっか」
彼が後ろを確認すると、特殊個体の二体は怪物の中へ再び入っていった。
これは実は夢の中で、現実では無いのじゃないだろうか、そう思ったが身体の痛みと暑さが夢ではないことを彼に教えている。
そして、この謎の黒い道に色の違う怪物が何体も駆け抜けていく。
わけが分からないがこの黒い道は危険だ、避けて移動しなければと考える。
おかしい。全てがおかしい。家が小さすぎる。特殊個体が多すぎる。ここはどこだ、確実に俺の知っている世界ではない。俺は死んだのか? 死んだ後、身体に痛みは残るものなのか? というか死んでも身体は残るのか?
自宅に帰るための情報収集どころか彼の中では謎が増えるばかりだ。
「君、ちょっと今いいかな?」
再び、特殊個体から話しかけれる。
ただ、この個体も彼に理解のできない言語を発している。
彼はここが死後の世界であり、そのため言語が理解できないのではないかと考え始める。
「君のそのおでこの目はコスプレ? どこへ行こうとしてるのかな?」
「怜喧縺代ヱ繧ソ繝」
「なんだって? ちゃんと喋ってくれないかな」
「撰シ托シ抵シ」
「外国の子かな……、困ったなどこの国の子だろう。聞いたことのない言語だな」
やはり、会話にはならなかった。
相手にしていても意味がないと感じ、彼は無視して探索を続けることにした。
黒っぽい服の男を通り過ぎ、歩いていると、男は彼に何か叫びながら追いかける。
彼はなんだかよくわからないが、恐怖を感じ、走って逃げた。
どうやら、特殊個体は足が遅いため、彼に追いつくことはない。
彼は現状を全く理解できてはいないが、受け入れなければならなかった。
ここは彼の常識が通用しない全く未知の世界であるということを……
ここでは誰かに助けを求めても、誰にも伝わることはなかった……




