表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

第1話 聖女物語 その9

 

 シランの指示で部屋に飛び込んだミーファは一番近い部屋の隅へ、身体を低くして素早くに移動した。

 

 部屋の隅には膝から上が砕けた石像が置かれていて、その裏に転がるように滑り込んだ。目的は別の出入口を探すこと。

 石像の陰から視線を左右に動かして確認したが、見える範囲にそれらしきものは見当たらない。

 ミーファは身体を屈めたまま壁伝いに部屋の奥へと移動を始めた。多分部屋には誰もいないだろうとシランは言っていたが、用心するに越した事はない。予想が外れる時は続くものだ。

 

 次の隅にも同じように壊れた石像があった。

 二つ目の石像の裏を抜けて移動する途中で入口付近にいるレドとシランをちらっと確認し、視線を戻す時に天井から垂れ下がるいくつかの塊が目に入った。思わず足を止めて二度見をした。

 ジャンプしても手の届かない高さに人の大きさ程の塊が四つか五つぶら下がっている。

 

 天井の塊を見て直感的にデススパイダーの習性を思い出した瞬間、正面の暗がりから飛んできた大量の何かがミーファの身体を捕らえた。


「きゃあ!」


 思わず声を上げてしまったミーファは、身体に絡まった白い物体が蜘蛛の糸だと直感した。でもデススパイダーにしては糸の量が尋常じゃない。しかも糸と直に触れている肌がヒリつく。

 再び大量の糸が飛んできてミーファの身体に絡みついた。糸を掴んで引き千切ろうとするが手に力が入らない。


「あれ……力が」


 みるみる膝の力が抜けてペタリと床に尻もちをついてしまった。立ち上がろうにも手足が痺れてきて力が入らない。


 次に向かう隅に置かれた石像の裏から巨大な蜘蛛が這い上がってきた。対象が弱ったと判断したのか、姿を現し石像の上からミーファめがけてまた勢い良く糸を吐き出しす。デススパイダーであった。それも今まで見た事がない程の大きさの。


「ごめーん! 奥にでっかいデスパがい、るよ。 か、身体が痺れて力、が入らにゃぃ。 あと、よろぉ」


 ヘロヘロなミーファが声をふり絞って現状を伝える。それを聞いたシランが叫ぶ。


「レド! 骸骨の相手は俺に任せてミーファの方を頼む」


「了解、任せろ!」レドは胸の前で手甲を二度ガチンガチンとぶつけると、転がってるミーファのところに駆け寄った。


「――とは言ったものの、暗いと見づらいんだよな」


 人族のレドは二人ほど夜目が利かない。暗がりで大きなシルエットがゴソゴソ動いてるのは分かるが、細かい動きまではよく見えない。とりあえず簀巻きにされたミーファを引っ張って二つ目の石像の場所まで下がり距離を取った。

 糸が飛んでこないところを見ると射程外まで逃れたようだ。デススパイダーも新しい敵が現れたことで警戒して迂闊には寄ってこない。


「あいがと」うまく呂律が回らないミーファに絡まる糸をブチブチと引きちぎるが、千切った糸が今度はレドの手袋に纏わりつく。


「これキリがないな……てか、何で麻痺ってんだ。糸が毒なの? てかデスパって毒あったっけ?」


「な、いハズ……」しかし人より大きいデススパイダーだって見た事も聞いた事も無いのだから、毒持ちのデススパイダーがいたって不思議はない。世間が知らなかっただけかもしれないとミーファは言ったつもりだったが、レドには全然伝わってなさそうだった。


「大丈夫ですか?」マナも心配そうな顔で駆け寄ってくる。

 

「あ、素手で糸に触らないほうがいいよ。多分毒だから」


 ミーファを巻いている糸に触ろうとしたマナの手がピタッと止まる。


「危なっ。確かカバンの中に手袋があったはずです」


「じゃあ、ちょっとミーファの事を見ててくれ。俺はデスパの相手してくるわ」


 そう言うとレドはグリグリと肩を回しながら巨大デススパイダーに向かって歩き出した。

 ミーファが転がっていた辺り――デススパイダーの糸が届く範囲まで近づくと、一気にギアを上げてジグザグに走り出す。

 レドを狙って続けざまに二度吐き出された糸の塊はどちらもレドの脇を通り抜け床にベチャリと張り付く。そして三度目が糸が口から吐き出された時にはもうデススパイダーの腹下に潜り込んでいた。

 石像に跨ったままのデススパイダーの無防備な腹部にレドが強烈なアッパーを叩き込む。続け様に石像が乗る台座を踏み台にして飛び膝を入れた。しかしどちらの攻撃もまるで砂の入った袋を叩いているようでダメージが入ったような手応えを感じられない。


「毛のせいか?」

 

 ここまで大きくなると全身をびっしりと覆う体毛が緩衝材になっているのか、威力を吸収してしまい打撃系のダメージが通らない。向こうでシランの「マジか」と叫ぶ声が聞えたような気がしたが、こっちもだよとレドは思った。


 デススパイダーが石像から滑るように降りると、硬い八本の爪をカツカツカツと鳴らして振り向きざまに前脚で薙ぎ払ってきた。レドはそれをバックステップで辛うじて避けると再び近づき、正面に立たない様にデススパイダーの脇に張り付く。

 自重が重いせいか、八本ある脚のほとんどを巨体を支える為に使っており、実際に攻撃で使われる脚は前方の二本だけだった。下手に距離を取るよりも、ぴったり張り付いていた方がむしろ安全である。多少の薄暗さもここまで張り付けば問題はなかったし、側面に立っていれば糸も飛んでこない。

 逆に防御力は上がっているようで、全身を覆う強固な毛のせいでダメージが入りづらい。

 常に二本目と三本目の脚の間に位置取りしながら隙を見て脇腹を殴るが、やはり打撃ではダメージが入らない。手甲に付いているトゲ程度では焼け石に水だった。


「やっぱり刃物じゃなきゃダメか」


 しかし三人の中で刃物の武器はミーファしか持っていない。レドはミーファから武器を借りなければと思ったが、ふと考えてみるとこの張り付き状態から脱するのは思いの外難しい事に気づいた。下手に離れようとすれば後ろから糸を吐かれて絡めとられてしまう。ここへきて近距離戦闘のメリットが裏目に出てしまった。

 ミーファ本人は動ける状態ではないし、マナに頼むわけにもいかない。消去法でシランしかいないと思いレドは叫んだ。



「シラン! 打撃が効かないからミーファの双剣持ってきてー!」



 ◇◇◇◇



 ミーファの叫び声が聞こえた時点でシランは腹を括り、骸骨二匹を引き受けた。

 自ら改造したハンマーはより打撃力に特化しており、元々打撃攻撃に弱い骸骨はクリティカルさえすれば一撃でカタがつく。

 他の種族よりも器用さと筋力の高いドワーフは振り回す打撃武器と比較的相性が良い。シランはクリティカルヒットした瞬間に手に伝わる感触が堪らないという理由でハンマーを好んで使っている。

 自分の背丈ほどのハンマーの柄の中心を掴んでグルグルと回してから、部屋に侵入してきた二匹の骸骨に向けて構える。間合いも駆け引きもお構い無しに最短距離で詰めてくる骸骨に対して、シランも躊躇せずに迎え撃つ。

 

「ふんっ!」大きく振り上げたハンマーを突っ込んでくる骸骨の頭部に目掛けて振り回す。


 持ち手に付いたボタンを押すと魔道具が発動し、瞬時に圧縮された空気が爆音と共に吹き出してハンマーのヘッドスピードを加速させる。元々は使い切りの魔道具を何度も利用できるように出力を抑える改造をしたものだが、それでも発動時に上乗せされる威力は通常より五割増しだ。

 加速した瞬間に軌道が暴れないよう両手にしっかりと力を込めてコントロールしつつ、正確に骸骨の頭へ金属の塊を叩き込むと、衝撃で吹き飛んだ頭蓋骨は一度大きく床でバウンドした後、壁にぶつかって止まるまで床を転がり続けた。頭部がふっ飛んだ骸骨はそのままガクンと両ひざをついて前のめりで倒れ込む。

 

「一丁あがり」シランはすぐさまもう一体の骸骨に向かって武器を構えた。


 三代目ハンマ☆ハンマ☆ハンマ。

 シランがこのハンマーに付けた名前である。呼ぶ時はハンマハンマハンマだが、表記する場合は間に星マークが入る。レドとミーファには理解してもらえない拘りだった。大人の頭が二つ並んだ位の長さの円柱のヘッドと、その周囲にぐるりと張り付けられた風の魔道具。持ち手部分にはその魔道具の発動ボタンがついている。

 本来、魔道具や魔導具の開発や製造は国によって厳しく管理されており、もぐりは厳罰の対象だった。同様に魔道具や魔導具の改修や改造も資格を取得した者にしか許されていない。シランはその資格を持っていない。早い話、この武器は違法改造である。バレれたらマズい代物なのだ。

 

 残ったもう一匹の骸骨は獣族で、さっきの骸骨よりも骨格が一回り大きくて骨も太いし頭蓋骨の鼻口部も伸びていた。そして手にはバックラーを持っている。過去に大きな盾を持つ骸骨には何度か遭遇したことはあったがバックラーは初めてだった。シランはぬめりと光るバックラーを見て舌打ちをした。


「何でバックラーなんて持ってるんだ。しかもご丁寧に油まで塗ってあるし……てか、誰が手入れしてんだよ」


 まともにハンマーが当たれば一撃でバックラーごと腕を押し潰せるが、そう簡単に振り下ろさせてくれないがバックラーである。初速の遅い武器や軌道の分かり易い武器は特に狙われ易く、振り下ろす時にバックラーを柄の部分に合わせられると攻撃がいなされてしまう。もちろん使用者の技量の高さが大前提ではあるが、攻撃をいなされて態勢を崩したところをバックラーで殴られれば失神もありえる。なので迂闊には手が出せない。

 ただ相手は脳ミソも無くお構いなしに距離を詰めてくる骸骨なので、そんな技術的に高度な戦法が使えるのかとシランは疑っていた。たまたまバックラーを持っているだけか、使うにしても単に殴るか防ぐか、単純な動作しかしないだろうとシランは踏んだ。

 案の定、あまりにも無造作に、そして無防備に距離を詰めてくる骸骨に対して、シランは後退して間合いを取る。


 ――でもちょっと気になるな。テクニカルな事ができるかどうか、面白そうだから試してみるか。


 僅かに口元を緩めながらシランはハンマーを振りかぶってみる。

 その瞬間、バックラーを持つ手をグッと前に突き出して骸骨が突進してきた。


「マジか!」

 

 まさかこんなテクニカルなアクションを骸骨が出来るとは思っていなかったので、思わず声に出てしまった。

 シランがバックステップで距離を取りながらハンマーを構え直すと、骸骨もバックラーを降ろして近づいてくる。

 骸骨がバックラーの使い方を理解していた事にシランは驚きと興奮を隠せなかった。


「こりゃ模型の良いネタになるのにな。もっとじっくり観察したかった」

 

 シランの趣味である『魔物模型』はミニチュアでいかに精巧に魔物の躍動を再現できるかが醍醐味であり、ポーズひとつ取ってもリアリティが求められている。故にバックラーを使う骸骨に出会うなんて、滅多にない最高のシチュエーションなのだ。

 だが今回はその喜びに浸っている場合ではない。危うく我を忘れてしまうところだったが、頭を振って何とかギリギリで踏みとどまる。


 ミーファを助けないといけないから、さっさと倒してしまおうと武器を握る手に力を込め直す。


 この一撃で仕留めるつもりでシランはハンマーを振り上げる。それに合わせるように骸骨がバックラーを持つ手を突き出した。

 バックラーは非常に厄介な装備ではあるが、それだけに扱いもまた難しい。間合いやタイミング、角度、どれかひとつでも狂えば本来の性能を発揮できないし、失敗した時のリスクは通常の盾よりも高い。

 この時、骸骨の間合いもタイミングも完璧だった。このまま振り下ろせば間違いなく攻撃がいなされてしまうだろう。しかしシランは躊躇することなくハンマーを振り下ろした。

 次の瞬間金属と金属が激しくぶつかり、衝撃でひしゃげたバックラーと一緒に骸骨の肘関節から先が吹き飛んだ。

 そのままぐるりと身体を回転させて遠心力でハンマーの柄の長さを元に戻すと、勢いそのままにヘッドを骸骨の膝関節めがけて叩き込む。横からの強烈な一撃で、骸骨の両膝は砕けて床にひっくり返った。すかさず倒れた骸骨めがけてハンマーを振り下ろす。頭蓋骨の破片が辺りに飛び散った。


「よっしゃ!」勝ち誇ったようにフンと鼻息を鳴らす。 


 シランは振り下ろす瞬間に伸縮ギミックを利用してハンマーの柄を縮め、間合いをズラしたのだった。とっさの判断にしては我ながら上手くいったと少しニヤける。



「シラン! 打撃が効かないからミーファの双剣持ってきてー!」


 レドの声で我に返った。悦に入ってる場合じゃなかったと、慌ててミーファのところに向かおうとするが、何の気なしに落ちているバックラーが視界に入った。

 裏側に魔道具が張り付けてあるのがちらり見えて、このバックラーも改造されたものだと分かった。

 

 この骸骨も生前はお気に入りの装備として大切にしていたんだろうと、ひしゃげたバックラーを見ながら少し申し訳ない気持ちになるシランであった。



 ◇◇◇◇



 マナは旅行カバンから取り出した手袋をはめてミーファに絡まる蜘蛛の糸を引き千切っているが、糸の強度が高くてなかなか作業が捗らない。


「ちょっと手ごわいですが待ってて下さいね。バリバリ引き裂いてやりますから」


 と言いながら手袋についたネチョネチョな糸を床に擦り付けるが、砂埃が張り付いて汚れるだけで剥がれそうにない。


「あひが、おえぇ」


 多分、ありがとねと言ってるのだろうなと思ってマナはニッコリと笑い返し、手袋に付着した糸を取るのを諦めてまた作業に戻りながら話しかけた。


「ねぇ、ミーファさん。ちょっと気になっていたんですけど、デスパってデススパイダーの略ですよね? デスパの『ス』はデスのスなんですか? それともスパイダーのスなんですか?」


 顔の筋肉も痺れていてうまく表情が読み取れないが、何となく察したマナが付け加える。


「あ、今その質問いる? とか思ってるかもしれませんが、話してる方が作業が捗るタイプなので軽く聞き流しちゃってください」


 おしゃべりしながら指先に力を入れて蜘蛛の糸を引き千切ろうとするが、糸同士がぴっちりと固着していて摘まむのにも一苦労だ。


「そう言えば、最初の戦闘で小さいデスパと戦った時にミーファさん腕がヒリヒリするって言ってましたよね。もしもあれも毒の影響だったとするとこの廃墟のデスパは毒持ちなんですかね?」


「あ……」ミーファも言われて何かを思い出したようだった。それから「もおぉ、もおぉ」と続けた。


「もおぉ? ……もも! あ、腿のホルダーのナイフを使えって事ですね」


 ミーファの太腿に装着された糸まみれのナイフホルダーから何とかナイフを抜き取り、その先端を糸に刺して引っ張り上げるように糸を切り裂いていく。作業スピードが格段に上がり、シランが何か叫んでいるのもお構いなしにマナのおしゃべりは加速していく。


「骸骨にはハンマーとかの打撃系の武器が有利なのは分かりましたが他の不死系、例えば悪霊(レイス)とかはどうやって攻撃するんですか? コアなファンが多い小説『幽霊(ゴースト)と小僧がやってきたがすぐに帰っていった件について』みたいにド派手な魔法でやっつけるんですか? だとすると魔法が使える耳長族か魔法攻撃系の魔道具じゃないと戦えないわけだから、たしかに面倒だし割に合わなそうですよね。あ、そう言えば不死系の悪霊って誰でも見えるんですよね。でも普通の幽霊って霊感無いと視えないって言うし、悪霊と幽霊って何が違うんでしょうね」



「シラン! 打撃が効かないからミーファの双剣持ってきてー!」


 

 レドの声を聞き、マナはいま自分がやらなければならない事を瞬時に理解した。みんなに迷惑を掛けた分を取り返さなければとナイフを持つ手に力が入る。すぐにレドが使えるようにミーファの武器に絡みつく糸をナイフで切り始めた。


「レドさんがミーファさんの剣を使いたいそうなので、先に剣が抜けるようにこっちから――あれ? ミーファさん?」


 ミーファの身体が小刻みに痙攣し始めた。そう言えばさっきから返事がない。慌ててミーファの顔を覗くと唇が紫色掛かっている。呼吸も浅い。


「ミーファさん!? ど、どうしよう」


 毒と言っても痺れを引き起こす程度で、毒性はさほど高くないと考えていた。しかし先程までとは明らかに様子が違う。容態の急変に焦っているところへシランが駆けつけた。



「マナさん、ミーファの剣を――って、どうしたミーファ!」


悪霊は誰にでも見えますが、幽霊は霊感が無いと視えません

悪霊の担当は主に冒険者ですが、幽霊の担当はエクソシストとか霊能力者です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ