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第1話 聖女物語 その5

 

 骸骨を追って走り出したマナが丁字路を曲がって視界から消えた。

 その先の構造が分からない以上、急いでマナを追いかけなければ見失ってしまう可能性が高い。護衛対象者にもし何かあれば、今後の仕事に支障が出てしまう。そんな事態は絶対に避けなければならない。



「さすがに骨の集団には突っ込まないと信じたい」


「マナさん、何考えてるんだ」


「何も考えて無さそうな代表のレドに言われるなんてね。それにしても足ヤバい。アタシ達より全然速いんじゃない?」


「外で走ってた時は俺達に合わせてくれてたのかもね」


「そこ、無駄口!」


 シランの怒号と共に丁字路を曲がる。時間にすれば僅かだが、構造の分からない建物内で視界を切ってしまったら僅かな時間でも簡単に見失ってしまう。

 コーナーを勢い良く曲がった三人だったが、先頭を走るシランがつんのめるように急ブレーキを掛けた。後ろの二人が相次いで玉突きを起こす。


「グヘェ!」間に挟まったミーファが変な声を出して膝をついた。


 立ち止まった三人の先にらせん状の階段が見える。そして階段の手前には右に曲がる道があった。


「マジか……どっちだ?」突然迫られた二択にシランの指が口髭を慌ただしくいじる。


「ねぇ、これ見て」


 膝をついていたミーファが床を指さした。よく見ると右の道のところにバツ印の小さな傷があった。傷の新しさから今さっきマナが記したもので間違いないだろう。


「バツが書かれてるってことはこっちじゃないよってことでしょ。なら階段なんじゃないの?」


「どうだろう……普通ならそうなんだけど、マナさんって妙にズレた返事してたから、これはバツ印じゃないとか言いそうだ」


「ほらー、アホレドが裏の裏とか変な話をしてたからシランが疑っちゃってんじゃん」


「ええっ、俺のせいなの? でもさ、もし裏の裏なら、階段と見せかけて実は右折だったの裏なんだから……やっぱり階段になるだろ。階段だ、階段」


「迷うなら二手に分れる?」


「それはマナさんを見つけた後、もう一方に知らせる手段がないからダメだ」


「いや待てよ。そもそも裏をかく必要がないよな……あっ、じゃあやっぱりバツじゃない方か?」


「だからそのバツ印の意味が俺らの思ってる通りの意味でいいのかって話なんだって」


 階段か右折か。余計な深読みが思考を拗らせてしまう。こうなってしまうと深みから抜け出せない。

 

「う~ん……」

 

 レドが眉間に力を入れて唸ったと思ったら、ビシっと手を挙げた。


「よし! 埒が明かないから多数決だ。階段と右の道の二択で。こーゆーのは直感だ」


 ミーファとシランも頷く。冒険者稼業を営んでいれば一刻を争う場面で選択を迫られることも少なからずある。方法はパーティによって異なるが、レド達は多数決を採用していた。 


「階段の人は挙手」


 三人とも階段に手を挙げてあっけなく決まる。結局三人とも腹の中では階段だと思ってはいたが、もしかしたらを否定しきれずに迷っていたのだ。

 

「それじゃ行くか」三人は再び走り出し、階段を駆け上がった。



 ◇◇◇◇



 最後尾を歩いていた骸骨の姿に見覚えがあった。そう思った瞬間――



「マナさんどうした?」


「今、あの骸骨の中に兄がいました」


 考えるより先にマナの身体は動いていた。

 もちろん剥き出しの骨に見覚えなんてない。見覚えがあるのは骸骨が身に付けていた物であったが、最後に見た兄の姿が脳裏に鮮明に蘇る。兄と同じく冒険者だった父の形見のブレスレットが骸骨の手首に引っ掛かっていたのだ。

 

 ――見失ってはいけない。

 

 飛び出したマナの頭の中にはそれしかなかった。

 

 丁字路を曲がるとマナの前方にらせん階段と脇道が見えた。そしてらせん階段を上っていくの骸骨の姿も。その頃には思考も追いついていたマナは小さな瓦礫の破片を拾うと、ずるいかなと思いつつも脇道に素早くバツ印を刻んだ。

 本来なら追いかける前に相談するのが筋なのだが、気付いたら飛び出していたので今更どうしようもできない。一人で後を追ったところで何も出来きないが、戻って相談してる間に見失ってしまっては元も子もないだろう。それに廃墟を徘徊しいる骸骨をどうにかしてくれと言うのは、依頼内容から逸脱してるので断れるかもしれない。でも魔物に成り果てて徘徊してる身内が突然目の前に現れたらじっとなんてしていられないだろう。

 だったらうやむやのままに対応してもらうしかないと、らせん階段を上がりながら自分のずるい行動を心の中で必死に正当化していた。もちろん《オーラ》のみんなに迷惑を掛けていることは自覚しているので、後で床に額を擦り付けて、三転倒立するぐらいの勢いで謝るつもりである。


 らせん階段を上がりきるとそこは広い多柱室だった。

 高い天井を見上げると薄っすらと色が付いており、以前は天井一面に何かが描かれていたと想像できた。部屋の奥の方にマナが入ってきたのとは別の出入口が見える。いくつかの柱は倒れており、倒れた時の衝撃で砕けたであろう瓦礫が床に散乱していた。

 らせん階段から上がってくると、柱を挟んで部屋の反対側にはバルコニーがあり、外へ出られた。

 部屋とバルコニーを隔てている壁はほとんどは崩れているが、辛うじて残っている部分から、元はアーチ形の垂れ壁が連なっていたのだろうと推測できた。

 そして追ってきた骸骨達は部屋を通り抜けてバルコニーへ出ると、空を仰いで動かなくなった。何をしているのか気になったマナは、部屋の中の柱まで移動して隠れながら骸骨達の様子を伺う。


「じっとして動かないけど何でだろう……もしかして日向ぼっこ? 日光を浴びると骨が丈夫になるって何かで読んだ事あるけど、死んでても効果あるの?」


 マナはもう少し近くで見ようと別の柱の陰に移動した。初めて五感全てで体験する本当の冒険。小説では感じられない埃っぽい臭いや石の柱のヒンヤリとした感触。そして死んだ兄が骨になって目の前を徘徊しつつ、日光浴までしてるという異様な光景。色んな情報が一気に押し寄せて気持ちが高ぶり、これまでの人生の中で間違いなく今がいちばん興奮していた。


「やっぱり骨も日焼けするのかな? それにしても目玉も耳も無いけど、どうやって見たり聞いたりしてるんだろう。まぁ、そんな事言い出したら骨以外何も無いじゃんって話になっちゃうけど……うーん、不思議」


 じっと天を仰いで立っていた骸骨達が、緩慢な動きでうつ伏せに寝転んだ。


「今度は甲羅干し……そう言えば苔むして緑色になった骸骨ってイメージ無いし小説にも出てこないけど、もしかして骸骨ってキレイ好きなの?」


 危機感が麻痺し始めたマナがもう少し近づいてみようかと考えていると、どこからか話し声が聞こえてきた。聞き覚えの無い声に慌てて身を屈めて柱に張り付く。


 声の主達はらせん階段とは別の入口から部屋に入ってきたようだ。柱からそっと顔をのぞかせてその姿を確認すると見覚えがあった。外で襲ってきた男達だ。


 すっかり忘れていたが自分達は追われていたのだ。マナの心臓の鼓動がドクンと早まる。このままだと男達が真横を通る時に見つかってしまう。かと言ってこれ以上身体をずらすと、今度は骸骨の方から丸見えになってしまう。

 のっぴきならない状況に陥ったマナは、青くなって骸骨と男達を交互に見比べる。マナが上ってきた階段は男達の進行方向にある為、逃げ込むには男達の前を横切らなければならない。

 

 見つかるならどっち?

 

 ――男達か、骸骨か……ん、ちょっと待って。どっちにしろ見つかれば、騒ぎでもう片方にもバレるよね。と言うことはあれだ。詰んだかもしれない。


 マナがグルグルと考えを巡らせている間にも男達がどんどん近づいてくる。


 ――ヤバい。どうしよう。両方に見つかって挟み撃ちにされちゃう。ヤバい。どうしよう。両方に見つかって……両方?


 何かを閃いたマナは足元に落ちている手頃な瓦礫をふたつ拾って、両手にひとつずつ握りしめた。


「ダメ元でやってみるか」


 

 意を決したマナは柱の陰から、せーのでふたつの瓦礫を放り投げた。


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