第1話 聖女物語 その4
四人は今、何者かに襲われ、廃墟へと続く石畳を必死に走っていた。
「ちょ、あいつ等なんだよ! ミーファ、何かトラブってたのか?」
「なんでアタシなのよぉぉ! シランこそ少し前に模型仲間と揉めてたよね?」
「おいやめろ。模型好きに悪い奴はいねぇ――いや、いなくもないけど!」
四人が森に入った直後、突然背後から現れた集団に襲撃を受けたのだ。
とにかく今は必死で逃げている。
「マナさん、大丈夫か?」レドが横を走るマナを心配した。
「はい! 昔から逃げ足には定評があります」と腿をポンと叩いてマナが答える。
「そ、そっか……」
斜め上の返答に困惑しつつも、確かに言うだけのことはあるなとマナの足の速さに驚くレド。一応、旅行カバンはレドが抱えている。
石畳は所々雑草や苔に覆われてはいたが、でこぼこした森の木々の間をすり抜けるよりは断然走り易かった。しかしそれは追跡者も同様で、ジワジワと距離が詰まってくる。
突然、シランが何かを思いついたようで、レドとミーファに伝えた。
「前方の石畳が濡れてる所に、何でもいいから油っぽいものを撒いてくれ。奴等を滑らせるぞ」
何処からか水が染み出ていたのであろう、前方の石畳に薄っすらと水溜まりが出来ていた。シランはベルトにぶら下げているツールポーチに手を突っ込んで漁り始める。ポケットから火起こし用の油の小瓶を取り出して走り際に振り撒いた。運が良ければ一人くらいは転んでくれるかもしれないと淡い期待を込めながら。
レドとミーファも言われるがままに走りながらウエストポーチに手を突っ込み、手あたり次第小瓶の中身を後方に向かってぶちまけた。
「ぐわっ!」
「うおっ、ちょ――」
後方から聞えた叫び声で企みが上手くいったと確信した一行は、そのまま後ろを振り返らずに走り続けた。
◇◇◇◇
森の中を走るレド達の視界が一気に開け、ツタに覆われた乳白色の廃墟が姿を現す。
石畳は廃墟に向かって伸びていて、廃墟の入口へ吸い込まれるように消えていた。入口のひさしにはひし形の窪みが彫られている。
「周囲が開けちゃったから丸見えだ。このまま廃墟に入って一旦身を隠そう」シランが言った。
二人とも返事はしなかったが、無言がそれを肯定する。四人は躊躇うことなく廃墟の中に飛び込んだ。
エントランスは外の光が差し込んでいて明るく、中の様子がよく窺えた。周囲には崩れた壁の破片が散乱してるだけでがらんとしており、四人が身を隠せそうな物陰は見当たらない。
できれば奥まで入らずにやり過ごしたかったが、仕方ないと諦めて四人は足早に奥に進んだ。
廃墟や遺跡は国の各地に点在しているが、特に人々の生活に支障をきたさない限りはそのまま放置されることが多かった。この場所は『エルーガ都市外縁廃墟』という呼称でギルドに登録されている。当時はおそらく寺院や神殿のような施設だったのではないかと言われている。それらを廃墟と呼ぶか遺跡と呼ぶかは規模によった。
そして言わずもがな多くの廃墟や遺跡、そして洞窟には魔物が巣食っている。シランが事前にギルドで確認したところ、最後に報告された情報ではここには虫系と不死系が生息していると書かれていた。だが何かの拍子で魔物相が一変することもありえるので情報が常に正しいとは限らない。ただ不死系は冒険者の亡骸が転がっている場所には大抵いるので、魔物相とはあまり関係がなかった。
「なかなか良さそうな場所がないな……」
崩れた壁の隙間からツタと陽が入り込む廊下を足早に進み、いくつか部屋を覗いたが隠れられそうな場所はまだ見つかっていない。
いつ魔物が出てくるか分からないので、武器を構えながらシランとミーファが先頭を、マナを挟むようにレドが後方を警戒している。
ガッチリした体格のレドは鉄製の鋭いトゲの付いた手甲と足甲、しなやかな体躯のミーファは双剣。背が低く筋肉質なシランは柄が伸縮するタイプのハンマーをメインの武器として使っていた。
「いくつか分かれ道があったから、そう簡単には追いつかれないと思うけ――」新しい部屋を覗いた瞬間、ミーファは瞬時にバックステップで下がると武器を構えた。
構えた左手首にはいつの間にか白い糸が絡みついている。その糸はデススパイダーとミーファの左手を繋いでいた。糸を右手の剣で素早く断ち切る。
「デスパ。多分一匹」
デススパイダーは黒い毛に覆われた蜘蛛の魔物である。背中にまるでドクロのような紋様があるのでそう呼ばれており、口と尻の両方から糸を出す。雑食で共食いの習性もある為、基本的に複数のデススパイダーに襲われる事は滅多にない。成長すると両手で抱えるくらいまで大きくなる。
「あいよっ」
返事と同時に後方にいたレドが部屋に飛び込み、続いてミーファも飛び込む。逆にシランはマナの位置まで下がった。
不意打ちに失敗したデススパイダーは部屋に飛び込んできた二人を警戒して、巣まで戻ってしまった。巣は部屋の天井の隅に作られていて、手を伸ばしても届きそうもない。
「こいつ! このやろ!」
そう言ってピョンピョン飛び跳ねるレドの指先は何度も空を切った。
「全然届いてないじゃん……。こーゆー時は」
ミーファは双剣を鞘に納めると、太腿のナイフホルダーからスローイングナイフを抜き、ペロリと唇を舐めた。デススパイダーの頭胸部に狙いを定めてナイフを振りかぶる。
が、投げるのを止めてもう一本ナイフを取り出すと、振りかぶってナイフを投げた。続けざまにもう一本。二本のナイフは正確に天井と巣を繋ぐ橋糸の両端を切り裂き、支えを失った巣はダラりと歪んで垂れ下がる。
その拍子にデススパイダーも態勢を崩して落ちたが、咄嗟に出した糸にぶら下がって床への落下をまのがれた。しかしそこはもうレドの間合いだった。
「いらっしゃーい」
レドは素早くその場で身体を捻り、全身のバネを使って払いのけるように右腕を振り上げて上にいるデススパイダーに裏拳を叩き込んだ。遠心力のついた手甲のトゲがデススパイダーの腹部を穿つ。そのまま床に叩き落とされたデススパイダーの頭胸部へ間髪入れずにミーファが剣を突き立てると、八本の足先が一度ビクンとしてからゆっくりと丸まくなった。
突き立てた刃はすぐには抜かずに、そのまま頭胸部の中をグリグリと動かして内部の魔石を探す。傷口から半透明な体液が溢れる。刃の感触で魔石を見つけると器用にほじくり返して小さな魔石を取り出した。
「ちょっと魔石見せてよ」
「ダメダメ! また食べられたらたまったもんじゃない」
「何だよ、ケチ」
「イーッだ! ケチで結構」あかんべぇするミーファ。
二人が他愛もない掛け合いを聞いて、マナが目を大きく見開いて部屋の中に飛び込んできた。
「すごい! 魔物との戦闘って初めて見ました。ビュンビュンでズバーンでグサッ! ミーファさんカッコいい!」
「いやいや、全然そんな事ないから。てか、このサイズのやつならスルーでも良かったんだけど、今はクズ魔石でもありがたい状況なんで。それに……」
「それに?」マナが首を傾げた。
「ナイフで仕留めようと思ったんだけどさ、もし刺さったまま逃げられちゃったらナイフが勿体ないと思って狙いを変えたの。ホント、貧乏ってイヤね。あはっ」
と言いながらミーファは照れながら部屋の隅に落ちているナイフを拾いに行った。マナは床に転がっているデススパイダーの死骸をおっかなびっくり足先で突いてみる。
「この蜘蛛の死骸はどうするんですか?」
「んー、このままかな。放っておけば何かのエサにでもなるさ。もちょっと大きかったら素材も剥ぎ取れたんだけど」
「ほうほう」
「まぁ魔石は回収したからね。クズ魔石でも買い取ってくれるから」
「あっ、例えばこの死骸を次の分かれ道で逆方向に投げておけば、追ってくる人達をかく乱できませんか?」
「あからさまな罠だって思うかもよ」
「じゃあ、逆に進行方向に置いてみるとか」
「いや、更にその裏をかいて、やっぱり逆方向とかどうよ?」
「裏の裏は表ってやつですね」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるマナとレド。
「なに意味分かんないこと言ってんの。そんな事したらそこまでのルートが正しいって証明しちゃうでしょ」ナイフを拾ってきたミーファが突っ込んだ。
「「……確かに!」」
「おい、追われてるの忘れてないよな? さっさと行くぞ」
部屋の入口でシランが呆れている。
「りょーかーい……って、なんか手首がヒリヒリする」
ミーファの左手首が薄っすらと赤くかぶれていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん。ちょっとヒリヒリしただけ。ありがとね」
左手をブンブン振って大丈夫だとアピールしながら、さぁ行こうと促す。四人は再び回廊を進み始めた。
少し進むと一行は丁字路にぶつかった。左の道は少し先で右に折れている。右の道は真っすぐで突き当りがまた丁字路になっていた。
一行は右の道を選んで進もうとしたが、先頭を行くシランが慌てて小声で「戻れ、戻れ」と後退し、みんなを押し戻した。曲がり角から顔をそっとのぞかせて先の丁字路を見ると、五体の骸骨の集団が奥の道を横切る。先頭の骸骨が持っている槍の切っ先が歩く度に上下に揺れていた。
「あっぷねぇ……あの槍の先っぽがチラっと見えたおかげですぐに気づけたわ」シランが曲がり角から顔をのぞかせて呟いた。
「こんな時、耳が上付きだったら良かったのにって思うわ」ミーファが曲がり角から顔をのぞかせて呟いた。
獣人には耳が頭の上に付いている獣族寄りのタイプと、横に付いている人族寄りのタイプがおり、ミーファは人族寄りだった。基本的に獣族寄りの方が耳の性能が高い。しかもそれだけではなく、世間でも上付きの容姿の方が好まれる傾向にあった。
「不死系は元人間だから魔石が無くて倒してもうま味がないんだよな。骸骨はどうやって動いてるのか分からなくて気味が悪いし。まぁ、腐った奴とか悪霊よりは対処が楽でマシだけど」レドが曲がり角から顔をのぞかせて呟いた。
「ほほー。そうなんですね。小説でしか知らない生の骸骨が見れてちょっと感動してます。あ、骸骨だから生じゃないのか。ややこしいですね」マナが曲がり角から顔をのぞかせて呟いた。
骸骨の集団が横切ると、面倒だから左の道に行かないかとレドが言い出した。ミーファとシランは頷くが、マナの様子がおかしい。じっと骸骨達の通り過ぎた奥の道を凝視していた。
「マナさんどうした?」レドが声をかけた瞬間、
「今、あの骸骨の中に兄がいました――」
そう言うや否や荷物もそのままにマナが飛び出した。
状況が呑み込めず、ただその後ろ姿が丁字路に消えるのを呆けて眺めていた三人がはたと我に返る。
「えっ、待って!」
「えぇっ……どういうこと?」
「あ、ちょっと! おい、追いかけるぞ!」
シランが叫んで慌てて後を追う。
ミーファとレドも置いてきぼりの荷物を拾い上げるとマナを追いかけた。
お読みいただきありがとうございました
ついに漢字に違う読み方のルビをふる日が来ました
ドキドキしました




