第1話 聖女物語 その3
アモーラと会ってから数日経った日の午後、《オーラ》の三人は王都の馬車駅にいた。
依頼主とはここで待ち合わせをしている。
さすが王都の駅だけあって馬車の数は多く、周囲は乗客でごった返していた。それでもこちら乗降場は出発する側なので利用者の半分しかいない。駅舎の反対側にいる来都の人数も含めればこんなものでは済まないだろう。
今回レド達が乗る馬車は数台が連なって移動するキャラバンタイプの乗合馬車だった。この馬車のルートがクエストをこなす上で都合が良かったのである。
次の駅であるエルーガ市に着くのが明後日の午前中。途中二回野宿をすることになるのだが、目的地が野宿をする場所からわりと近かったのだ。
「そろそろ来る頃だと思うけど……。ピンクの花の髪飾りが目印だぞ」
三人はキョロキョロと周囲を見渡し、人々の中から依頼主を探した。
「あのぉ……依頼した護衛の方ですか?」
三人が振り返ると濃紺のジャケットを羽織り、首から小さいポーションの瓶をぶら下げた小柄な女性が、革製の四角い旅行カバンを持って立っていた。
◇◇◇◇
王都を出発してから数時間。心地よい風が駆け抜ける草原の道を、数台の幌付き馬車が荷台を揺らしながらのんびりとした速度で走っていた。
「分かるぅ! 転生モノの主人公はさ、ある日突然目覚める系だとそれまでの人格はどこ行っちゃったのって思っちゃうよね」
「ですです。身体を奪っちゃったみたいで、読んでるこっちが妙な後ろめたさを感じてしまいますよね」
「転生先の異世界っていつも文化レベルが低いよね。それで持ち前の知識とチートスキルで無双するやつばっかり」
「まぁ、お約束ってやつです」
「最終的には原点にして原典である『勇者物語』にたどり着いちゃうんだよね。まぁあれは実話だけど」
「仕方ないですよ。どの作品も突き詰めれば結局勇者様の話が土台になってますから」
「結局、物語って憧れの具現化みたいなところあるじゃないですか」
「そうね。特に面白い小説は自分もそこに交ざりたいって思っちゃうもんね」
「都市伝説系も好物です」
「アゴ髭男爵とか、亜人村とか、道化の配達人とか?」
クエストの内容の詳しい話を聞いているうちにお互い流行りの小説が趣味だと分かると、ミーファとマナはそっちのけで趣味の話に没頭していた。
これまでの経緯とクエスト内容を端折るとこうなる。
マナの兄は冒険者だったが数年前、クエスト中に死んでしまった。そしてマナはこの度、遠くの街の貴族のところでメイドとして働くことになった。ここを離れてしまう前にどうしても兄が亡くなった場所に花を添えて弔いたいとのことだった。
そしてこのクエストはマナを雇う貴族も了承済みで、好意で報酬や諸費用も出してもらえることになっていた。ただ発注書に書いてある『聖女』という部分に関しては、相手がどんなノリで書いたのかまだ見極められていない。
「ミーファさんは最弱系とかはどうですか?」
「最弱とか無能系はねぇ。冒険者やってるとまずそれは無いかなって、ちょっと引いて見ちゃうかも。第一、最弱とか言いつつ最弱だったためしなんて一度も無いし」
ミーファはレドを指さして「レドのスキルなんて『歯が丈夫』よ。強い弱い以前の話よ。とにかく歯が丈夫なだけ」
ご紹介に与りましてと言わんばかりに、ニッと歯を見せてレドはカチカチしてみせた。
「大体の冒険者は俺みたいにどうでもいいスキル持ちばかりで、それをどうにか活用できないかとみんな日頃から試行錯誤してる。だから小説みたいなある日突然、実は最強でしたなんて話はまず聞かないかな。まぁ大当たりのスキルの人はめっちゃ強いけどさ」
「それにほら、アタシらハーフはスキルも特性や魔力も備わってないしね」
「あっ……ごめんなさい。そんなつもりじゃ――」
「いいの、いいの。気にしないで。その分、身体能力は高いからさ。下手なスキル持ちの冒険者よりよっぽど優位だからね。それより他に好きなのは聖女系とか」
用紙にあった聖女の件に関して聞く機会を今か今かと窺っていたシランは、このタイミングしかないと思って話に割り込んだ。
「せ、聖女と言えば発注書にあった聖女っていうのは一体……? あっ、いや、別に疑ってるとかそういうのではなくて……」
ずっと機会を窺っていたわりに聞き方がぎこちなかったのはともかく、三人からすればギルドの伝言掲示板によく貼られている類のものだろうと考えていた。しかし中には至って真面目に本気で思い込んでる人もいて、マナがどのくらいのめり込んでいるのかを確かめておかないと機嫌を損ねる可能性があった。ここで拗らせてクエストがご破算になってしまうなんて事はあってはならない。
「あっ、あれはですね、依頼の申請書を書く時にそばに居た方から、コツは聖女って書くことよとアドバイスを頂いたんです。聖女って書けば受注してもらいやすくなるテクニックなのかなと」
「へっ……それだけ?」
「ええ、それだけですよ」
「……」
「……」
心地よい風が駆け抜ける草原の道を、数台の馬車がガタゴトと幌付きの荷台を揺らしながらのんびりした速度で走っていた。
◇◇◇◇
日も傾き、辺りは一気に暗くなってきた。
完全に暗くなる前に御者達は馬車を街道の脇に停めて、野営の準備に取り掛かる。馬車付きの護衛達も集まって見張りの算段を始めた。
「やっぱ護衛の仕事いいよな。賊だって護衛がいりゃわざわざ襲ってこないし、街道沿いには強い魔物は出ないし、実入りもいいし」打ち合わせをしている護衛達を見ながらシランが呟く。
馬車の護衛は冒険者達の間でも優良物件として人気なのだが、基本的に馬車を走らせる商会のコネや指名、専属が多く、ギルドに依頼が来る事はほとんど無かった。依頼人も見知った冒険者に頼んだ方が安心なのだ。
「そうか? 付き合いとか人間関係とか面倒そうだけどなぁ」
「これからギルドを作ろうって奴が、人付き合いを嫌がってどうするんだよ」
「……ギャフン」
そんなやり取りをしている内に野営の準備が滞りなく済み、御者達が声を掛けて回ると乗客達は荷台から降り、ぞろぞろと焚き火に集まり出す。
焚き火はいくつか起こされていて、何処という決まりは無くそれぞれ好きな場所に座ると持参した食事を食べ始めた。
今夜の三人の食事は自家製の燻製肉とスープだ。市販品はどうしても高くなってしまうのでよく自分達で作っている。その燻製肉を何枚か鍋で煮て、塩で味を調えれば即席のスープの出来上がりだ。燻製肉の旨味が染み出して美味しいし腹も膨れる。
「マナさんはクッキー?」
先に焚き火のそばで待っていたマナの隣にミーファが座った。
「はい。長旅って初めてでよく分からなかったので、好きな物で日持ちするやつにしました」
「ねぇ、燻製肉とクッキー交換しない?」
「いいんですか? ありがとうございます」
マナはもらった肉を指で裂いて、小さい方を口に入れるとギュッと噛みしめた。
「……あ、おいしい」
「自家製なの。あとね――これ一緒に食べてみて」
そう言ってミーファがクルオーミの実を手渡す。言われるがまま肉と一緒にクルオーミの実を頬張った。
「あ、おいしい! コク? 甘み? クルオーミの油分が肉の味に深みを与えて、肉の旨味がクルオーミの持つ僅かな苦味を打ち消して甘みを引き出してますね。これ、すごい組み合わせです」
「でしょー。クルオーミの木のチップで燻製してるから相性がいいのよ。子供の頃に遊んでた裏の森にクルオーミの木が生えてたから、昔からよく燻製に使ってたんだよね。これをお湯に浸すといいダシが出てスープにもなるんだよ」
「『男女飯』に出てきてもおかしくないぐらいおいしいですね」
男女飯は冒険者カップルが行く先々で大胆かつ繊細、ダイナミックでアクロバティクでロマンティックな料理をする人気小説である。
「アタシも読んでるー。あれ面白いよね。実際結構参考になるし。この商売、どれだけ同じ物を食べ続けられるかっていう我慢大会みいな部分もあるから、現地で調達、現地でアレンジって超重要なんだよね。アイテムボックスのスキルで何でも持ち歩くなんてお話の中だけだもん」
食糧問題は冒険者にとっては永遠の悩みのひとつである。食材はどうしても嵩張る為、達成に日数を要するクエストの場合は容量や重量、日持ちの良さなど考慮して最適解を出さないと成否に影響してしまう。
「やっぱり実際にはアイテムボックスのスキルとかないんですか?」
「もしアイテムボックスと鑑定のスキルが話に出てきたら、それは小説の話か、詐欺の話だと思っていいレベルだね」
「き、気を付けます……」マナは明らかにがっかりした顔で残りの肉を口に入れた。
食事の済んだ乗客達は荷台に戻って就寝する人とそのまま話し込む人に分かれた。それ以外にやることがないのだ。中には乗客を相手に水や食料を売る商売人もいたが、まだ初日だったせいもあり買う人はほとんどいなかった。御者達は朝が早いので、一切合切を護衛の冒険者に任せて寝床に着いてしまった。
もっと料金の高い馬車ならば専門のサービススタッフも同行するが、一番安ければこんなものである。
レドとシランも食事が済むとさっさと馬車に戻って寝てしまったが、ミーファとマナは焚き火の側で小説談議に花を咲かせていた。
そんな様子を少し離れた草むらから覗く、いくつかの人影があった。
護衛の冒険者達もその存在に気が付いていない。
その内の一人が焚き火に集まる人達を凝視してから頷くと、残りの影と共にそっと草むらの奥に消えていく。
夜空にはその姿を半分雲で隠した月が静かに浮かんでいた。
◇◇◇◇
翌日は何事もなく、ただのんびりと馬車に揺られるだけの一日だった。
三日目の朝。馬車は予定通りに野営地を出発をした。何事もなければ午前中にはエルーガに着くはずだ。しかし馬車に四人の姿は無かった。
今回この馬車を選んだ理由は、二日目の野営地が目的の廃墟に近かったからである。
四人は馬車を降りて徒歩で街道を少し戻り、廃墟がある森の入口を目指した。
これから向かう廃墟は既にギルドに登録済みでなので、事前に情報を調べることができる。
情報によると森の入口から廃墟までは舗装が敷かれているようで、森の中で迷う心配はなさそうだった。
マナを廃墟まで連れて行き献花を済ませ、その後にエルーガまで送り届けてクエスト完了だ。そこから先はマナ一人で目的地まで馬車に乗る事となる。
森の前に着き、縁に沿って歩いていると、目的の場所へ続く石畳が見えてきた。
石畳は手入れがされていないので雑草があちこち生えているが、広い横幅のお陰で木々に覆われておらず木漏れ日が差し込んで明るい。
鬱蒼とした薄暗い森を予想していたので、この明るさは嬉しかった。
これでもし魔物も出てこなければ、こんなにおいしいクエストはないぞと笑いながら、四人は足取りも軽く森の中へ入っていった。
お読みいただきありがとうございます
アイテムボックスや鑑定って基本スキルになっていると思ったので捻くれてみました……




