第3話 スライム狩り その2
――スライム。
勇者達のいた異世界の話がまとめられた勇者奇譚には、ブヨブヨとした半透明の魔物と記されていた。
その種類は多く、なかには可憐な少女の衣服を溶かすスライムや、高い防御力と回避力でまともに戦えないスライムもいたとも記されている。
しかしながらこの世界のスライムはそれらとは全く異なる存在であった。半透明なのは一緒だがそもそも魔物ではない。
それは胞子によって増え、苗床から栄養を吸収して育つ生物である。もちろん生物と言ってもキノコ類と似たような存在なので、自ら動く事はない。勇者達がそっくりという理由からスライムと呼びだしたが、それまで何と呼ばれていたのか記録は残っていなかった。
全体の九割が水分で出来ている為、決まった形はなくドロッとしていて、強く握ると粘性を帯びた水分が中からジワジワと染み出す。平らな所に置けば自重で平らに広がるので一枚、二枚と数えられていた。
スライム自体には特に危険性は無く子供でも簡単に駆除できたし、放置していても苗床に大きな被害があるわけではない。
ではなぜ冒険者がスライム駆除を行うのかといえば、大量発生したスライム目当てに魔物が集まってくるからである。数枚のスライムなら魔物も集まって来ないし、農民でも簡単に駆除できる。なら増える前に駆除してしまえという話になるのだが、実はこのスライム、燃やした灰が良質な肥料に化けるのだ。この肥料を欲しがる農家は多い。なので機会があれば意図的に大量発生させるのだ。
魔物が寄ってくるリスクと冒険者に支払う費用を差し引いても余りある。それほどスライムの灰の効果は高かった。
レド達がまず最初にやるべき事は野営の準備である。荷車が空にならないと駆除したスライムを入れられないのだから最優先事項だ。
担当するエリアまでやって来ると、周りを見回しながら拠点をどこに置くかで三人は相談を始めた。
「畑の中はやめとこうぜ。何かあったら面倒だからさ」
「何かあったら大抵レドが原因だけどね。でも、ほとんど畑の中で仕事するんだから、何かある可能性は常にあるんじゃないの?」
「一番怖いのは火の不始末か。野宿には慣れてるから大丈夫だとは思うけど、果樹園の樹木は資産だからな。念の為に森の方に設置するか」
「じゃあここは多数決な。拠点は森がいい人は挙手」とレドが決を採ると、三人が同時に手を挙げてあっさりと決まった。
「火事とか資産とか言われたら、怖気づいちゃった。最近特にツイてないから……」ミーファがボソッと呟く。
そうと決まれば善は急げと三人は畑と森を隔てている柵の切れ目を探し、そこから外に出て森の際まで移動して野営の準備を始めた。
探している途中で小さな納屋を見つけ、中を覗こうとするレドを後ろから蹴り上げ「割れたか?」と煽るミーファとレドの追いかけっこを抜きにすれば作業はすこぶる順調だった。
「ねぇシラン。三人が分散して駆除するのと、一緒に駆除するのどっちがいいと思う?」
ミーファに聞かれたシランが作業の手を止めて、腕を組んで口髭を触る。
「うーん。分散した方が断然早いだろうけど、一緒の方が見落としの確率は減るよな。どうしたもんか……」髭を触りながら、時折鼻もゴシゴシと擦った。
「はい、はい! いい事ひらめいた!」レドが手を挙げて叫んだ。
「あのさ、試しに一人一本ずつ駆除してさ、次に三人で取り残しがないかその木をチェックするんだよ」
「それで?」
「もし取り残しがほとんど無ければ分散でやればいいし、多いなら一緒にやればいい。例えば俺とシランが取り残しが多くてミーファがゼロなら、ミーファはソロでやって俺とシランは組んで回ればよくね?」
「ふむ。じゃあ一旦それでやってみようか。でも試しは二本にしようぜ。その方が信頼性も上がるし」
レドの提案を試す事にした三人は残りの荷物を降ろし終えると、早速商会が用意した箱をひっくり返し、中から防水効果の高いラロールトードの皮手袋を引っ張り出した。スライム駆除にはこの手袋が必須アイテムになっている。
他の手袋だと掴んだ時に染み出る水分を吸ってしまい、その水分で手が痒くなる者もいるのだ。
「この手袋の黒とオレンジのウネウネしたラロールトード特有の模様、見ててゾワゾワする。にがてー」
手にぴちっとフィットした手袋を眺めながらミーファが渋い顔をする。
「そろそろ始めるか。明るい内にチャチャっと試して、どうするかは晩飯食べながら考えよう」
了解と返事をすると、柵の上に手を掛けて軽く飛び越えたレドは「じゃあ俺こっち」と等間隔に植えられているモモモモの樹に張り付くスライムの駆除を始めた。
「あ、取ったスライムの数もかぞえといて」
レドが手を挙げて返事をする。
モモモモの樹はてっぺんの高さでレドの身長を軽く越えていたが、スライムが張り付いている場所のほとんどが根の近くに集中していたので問題は無かった。特に駆除中に枝から垂れ下がる高級品のモモモモの実をうっかり傷つけてしまう可能性が減るのは大きい。
「フッ、ウヘッ、ウフッ、この感触、癖になりそう」強く握ると指の隙間からグニョリとはみ出し、力を緩めると元に戻るスライムを握りながらミーファがニヤけている。
一方で、シランも両手にスライムを握っていたがムニムニせず、天秤のように両方の重さを比べていた。
レドはと言うと自分が言い出しっぺだからか、妙なやる気を発揮してひたすらスライムを引っぺがし、既に二本目に取り掛かっている。
それから少しして駆除を済ませた三人が集まり、取ったスライムの数を報告し合った。
「俺は六枚と二枚だった」
「アタシはどっちも四枚かな」
「俺は七と八だ。へへっ、勝ったな」
シュシュと左右のパンチを繰り出すと、レドはいつもの得意げな顔でニヤリとする。
「ひとりでスライム狩り勝負でもしてんの? 意味分かんない」
「最小が俺の二枚で最大がレドの八枚か……。まぁ三人でチェックしてからじゃないと正確な数か分からないが、結構バラつきがあるもんだな」
「じゃあ、ササッとチェックやっちゃおうぜ」
「レド、アンタ何でそんなやる気に溢れてんのよ?」
「それが何だか身体の調子がいいんだよね。多分ずっと寝てたからかな」レドは軽やかなステップでシュシュシュと右左左のコンビネーションを打つ。
「ならレドが調子乗ってる内に済ませてしまおう」
三人は駆除したスライムを袋に放り込むと、モモモモの樹六本に取りこぼしがないか確認をして回った。その結果、六本とも取りこぼしはゼロであった。
「これなら個別で駆除しても大丈夫そうだな。そうしたら次はざっくりでいいからモモモモの樹の本数を数えてしまおうか。それで晩飯食いながらペース配分を考えようぜ」
「「りょうかーい」」
シランが地図を見ながら範囲を区切ると三人は本数を数える為に散り、数え終えて戻ってくる頃には辺りはもう随分と暗くなっていた。
「なぁ、今日の晩飯は俺が作ってもいいか?」最後に戻って来たレドが唐突に二人に聞く。
「いいけど、どうしたん?」
「いや、ちょっとね。まぁ、楽しみにしていたまえ」
そう言うとレドはそそくさと野営場所に戻っていった。
「……ありゃ、なんかあるな」
「うん、絶対何かあるね」
ミーファはそこはかとない不信感を抱いた表情のまま、置きっぱなしにしていたスライムの入った袋を持ち上げて肩に引っ掛けた。
「うっ、思ったよりも重たいね。これで……三十枚くらいだっけ?」
「そっか。駆除したスライムの回収も考えないと駄目か。荷車一台しかないからな」ちょっと貸してみろとミーファから袋を受け取って、今度はシランが肩に引っ掛ける。
「うーん……区分けしてバラバラにやらずに固まって動くか? わざわざ分かれなくてもソロで駆除してればいいわけだし、それなら荷車も一緒に動けるし」
「そうね」
「それと少しでもスライムの水分を抜く方法も考えないと」
鼻を擦りながらシランが呟く。
「なんで?」ミーファが首をかしげる。
「まぁ晩飯食いながらでも説明するよ。それにしてもさっきから鼻がムズムズするんだよな」
「風邪? ちょいちょい鼻擦ってるよね」
「いや、そういう感じではないんだよな。強めの香水を嗅いだ時みたいな――モモモモの実の匂いのせいかな? まぁ支障はないよ」
じゃあ戻るかと歩き出したシランの後ろにミーファも付いていく。
「そーいえば異世界のスライムって魔物くせに超有能らしいよ。面白そうだよね。テイムして、いい子いい子って愛でたいな」
シランが「ウソつけ。絶対こき使うだろ」と突っ込む。
「何言ってんの? ミーファちゃんの中では四つ足の小動物は可愛いの対象なのよ」
「スライムって足あんのか?」
「えっ、無いの? だって魔物でしょ? イメージ的にプニプニでこじんまりとした四つ足の魔物って感じなんだけど」
「いや普通に考えてこのスライムとそっくりなんじゃないの? 同じ名前だしさ」
「それじゃあ可愛くないし動けないじゃん」
「芋虫だって足がないのに動いてるだろ?」
「…………あぁ!!」
立ち止まって頭を抱えたミーファは唸りながら自分の髪をワシャワシャと引っ掻き回す。
「ぐぬぬぬぬ。たった今アタシの中で大切な何かがひとつ、音を立てて崩れ去ったぞ」
「なんだそりゃ――イテッ!」
不意にシランの尻に衝撃が走った。
「お前の尻も割れてしまえーっ!」
シランを蹴り上げてタタタッと走り去るミーファであった。
スライム好きの方には申し訳ありませんが、この世界ではスライムは魔物じゃなくてキノコの仲間みたいなものです




