第3話 スライム狩り その1
来臨祭から降り続く長雨が幌に当たって車内にバラバラと雨音を響かせている。
「ねぇ、しつこいようだけど本当に大丈夫なの? やっぱり山沿いの村に荷物を届けるクエストの方が良かったんじゃない?」
ぬかるんだ道を走る馬車の中、いまだに聖女サンドロのお面を着けたままのミーファが聞いた。
ここ数日、何度も繰り返される質問にうんざりなシランは空返事で答える。
「大丈夫だよ……多分な」
あの日シランが持ち帰ったスライム討伐勝負の話にレドとミーファは狂喜乱舞した。たかだかスライムの駆除で五万ネリーという大金が手に入るし、勝負の結果がどうなろうと自分達に全く関係が無かったからだ。
しかしひと晩明けて一旦冷静になると、さすがに話がうま過ぎないかと疑い始めたのだが、断ってもし本当だったら大損じゃないかという下衆い考えも同時に生まれ、その間を揺れ動いている内に当日になってしまったのだった。
馬車には《オーラ》の他に八人、全部で十一人が乗っていた。アマカのパーティが三人、残りは冒険者が四人と付き添いが一人。商人はロコネール商会の人間だと説明を受けた。四人の冒険者も商会専属の冒険者だ。
ミーファには大丈夫と言ったものの、シランも腑に落ちてはいなかった。ラスカールの話では王都で今いちばん勢いのある商会らしいので色々手広くやっているのだろう。そのせいで人員が足りなくなって外部から補充したとしても不自然ではない。だが今回の面子は審査らしきものを受けずに採用された。
本来なら商会の信用を落とさない人材かどうかを厳しく審査される。素行に関してはギルドより断然厳しいのだ。下手をしたら巷で貧乏神と笑われているだけで断られる可能性すらある。にも拘らず何の審査も無く、更に言えば商会の関係者でもないアマカの思いつきで参加したようなものだ。普通なら絶対にあり得ない。
――もしかしてヤバい事に首を突っ込んでしまった?
急に不安になったシランがアマカに目配せをする。視線に気づきアマカが首をかしげると、シランはいびきをかいて寝ているレドの頭に掴まり腰を上げ、ゴソゴソとアマカの隣に移動した。
「この仕事本当に大丈夫なんか?」
「大丈夫って何が?」
「その『何が』が色々あり過ぎるんだって。仕事内容に合わない高額報酬だったり、審査も受けずに採用されたり。そもそもどうしてアマカはこの仕事にありつけたんだ?」
「ああ、黙ってたけど、ウチらのパーティは商会の専属になる為の試験をもう何回も受けてたのよ。そして今回が最終試験。これが無事に終われば専属になれると思う」
「そんな大事な試験でスライム狩りの勝負なんてして大丈夫なのかよ?」
「うーん……まぁもう出発したから言っても問題ないか。実はアンタ達をこの仕事に参加させる事も試験の一部だったのよ」
「俺達を? 何で?」シランが眉をひそめる。
「さぁ……逆にこっちが聞きたいくらいよ。アンタ達、商会と何かあったの?」
「まさか。商会の名前すら知らなかったんだぞ。トラブルなんてあるわけないだろ……と思う」
――特に思い当たるようなトラブルは無いが、人生どこで恨みを買ってるかなんて分かりゃあしないもんな。
「だとすると出された指示に的確に対応できるかを試す為に、たまたまアンタ達が利用されただけかもね」
「じゃあこの前絡んできたのは指示に従っただけってことかよ」
「煽って悪かったよ。でもウチらを助けると思ってもう少しつき合って」
「マジかぁ……だるっ」
「あ、勝負は無しでいいよね」
腰を上げたシランはあいよと手で返事を返し、爆睡しているレドの横に戻ってきた。
今の話でこの仕事はおそらく大丈夫だろうと判断したからだ。
「なんだって?」戻って来たシランにミーファが聞いた。
「この仕事はあいつ等が商会の専属になれるかどうかの試験なんだとさ。だから大丈夫だろ」
「へー。専属とか景気の良い話ね。貧乏神とはえらい差だわ」肩をすくめながらミーファがボヤく。
「とうとう自虐が始まったな」フフッと鼻で笑う。
「でも今回は面倒な勝負も無くなったし、五万ネリーも貰えるわけだし俺達にもウマい話だろ。マジでアマカ様様だよ。――てか、よく見るとそのお面もボロくなってきたな」
「そうなんだよ。これ厚紙で出来た子供用だからね。お金が入ったらかっこいいマスクか仮面でも作ろうかしら。なんか着けてたらハマっちゃった」
来臨祭で買ったサンドロのお面を上げたり下げたりしながらミーファがニヤリと笑った。
「いいんじゃないか? 例の件もあるし、しばらくの間はコソコソしてないとな」
例の件とは加護の事である。ミーファが加護持ちだと聞かされた時はとても驚いたシランだったが、どんなスキルか聞いた途端、早起きは習慣だろと盛大に吹き出してしまった。
しかしどんなスキルでも加護は加護。見つかれば国中の話題になってしまう。少なくとも貧乏神の風評が落ち着くまではバレないように気を付けようという話になっていた。
「うんうん」とレドが相槌を打ったので「レド起きたの?」とミーファが声を掛けたが返事が無い。またすぐにいびきを始めたので、どうやら寝言だったらしい。
「気持ちよさそうに寝てて、何か腹立ってきた」ミーファはウエストポーチに手を突っ込んで何かを探し始めた。目当ての物はすぐに見つかり、それを片手に「フフフ」と不敵な笑みを浮かべながらレドの顔に近づく。
「あーあ、知らねーぞ」とシランは呆れつつも止めはしなかった。
それから間もなくして馬車はようやく目的地の村にたどり着いた。爆睡するレドを叩き起こして外に出ると、数日降り続いていた雨もすっかり上がっており、雲の隙間から陽の光が差し込んでいた。
◇◇◇◇
村の中心部にある広場で降ろされた一行は、馬車に積まれた荷物を手分けして降ろし始めた。荷物は各々の装備と食料及び消耗品である。
駆除の予定日数は三日と想定されており、その間は野営を前提としている為、三日分の食料や消耗品が商会によって用意されていた。
村の広場には大きな荷車が三台並んでいて、これから各パーティは自分達の荷物と食料を載せなければならない。
荷台の中にはいくつか村人からの差し入れの荷物が積まれていた。
「ようおいでなさったのぉ」
準備を進めていた一行に首に手ぬぐいを掛けた老人が声を掛けてきた。
付き添いの商会従業員であるチャールズがすぐに老人に駆け寄ると、何度か頭を下げてから大きい声で全員を呼んだ。
「こちらの方がこの村の村長のポポポレさんです。皆さんもご挨拶してくださいね」
道中、馬車の中でチャールズから説明があった。商会はこの果樹園と専属契約を結んでいるだけで所有者ではなく対等な関係との事。
そしてこの果樹園で栽培されているモモモモの実は若返りの果物と呼ばれ、ほとんどが貴族に卸される超高級品で、商会の重要な基幹事業のひとつだった。果樹園は村全体で営んでおり、村人達の信頼を損ねるような行動は慎むようにと釘を刺された。
まず先に商会専属の四人が挨拶を済ませると、次にアマカ達、《マウンテン》が挨拶をした。《マウンテン》はアマカとチック・バーン、タック・バーンの獣族の双子による三人組のパーティである。
続いてシラン、ミーファと挨拶を済ませて最後にレドが挨拶をすると、今まで頷くだけだった村長がレドに話しかけてきた。
「最近お面が流行っているのかね?」
「えっ?」――お面を着けてるのはミーファでしょ? なぜ俺に聞くんだ?
と不思議に思ったレドがちらりとミーファの方を見ると、ミーファが必死に笑いを堪えているのが見えた。
「この間もうちの若いのがお面を着けた人がどうのとか言っておったし、お前さんやそのお嬢さんもお面をしてるしのぉ。都会ではナウなヤングにバカウケなんかね?」
レドは自分の頬をパチンと叩いて、どっからどう見ても素顔だろうがと言いかけたが、頬を叩いた手の平が黒く汚れていることに気が付いて違う手でもう一度自分の顔を撫でてみた。手の平が黒くなっている。
「あれ? あれ? ……まさか!」嫌な予感がしたレドが地面に出来た水溜まりに顔を写してみると、予想通りその顔は落書きまみれだった。
「クソ、やりやがったな!」腹を抱えて笑っている二人に向かってレドが叫ぶ。
「ったく、チャールズさんも見てたら分かるでしょ。言ってよ……超恥ずかしいわ」
擦ったせいで真っ黒になった顔でレドは文句を言った。
「すみません。戦化粧をするスタイルなのかと思いまして、特には気にしませんでした」
「そんな思想強々じゃないっスよ。いいかい、じぃちゃん。これはただのいたずら描きだし、あっちのお面被った奴はほとぼりを冷ましてるだけだからね。お面なんて全然流行ってないよ」
「そうか、そうか。それは色々と大変じゃのぉ」ほれ使いなされと村長が首の手ぬぐいをレドに手渡す。
「おっ、助かるよ。それじゃ、また後でな」
レドはもらった手ぬぐいで顔を拭うと、爆笑する二人に飛び掛かっていった。手ぬぐいの端を水溜まりに浸けて濡らし、それを鞭のように打ちつける。バチンと破裂音が鳴り、肌に当たると結構痛い。
「ごめんて! わっ、バッカ! アブなっ――あいたーッ!」手ぬぐいの先端がミーファの尻に炸裂した。
「ぎゃーっ! お尻が真っ二つになった!」
「天罰だーっ!」
「安心しろ。元からだ」
「そ、そっか。それはひと安し――あいたーっ!」
「次は三つに割ってやる!」
「やめてー!」
両手で尻を押さえながら逃げ回るミーファと、手ぬぐいを振り回して追いかけるレドと、冷静に突っ込みを入れるシラン。傍から見れば子供が遊んでいるようにも見えた。
◇◇◇◇
わちゃわちゃしてる三人を遠目に眺めながら《マウンテン》のチックとタックの兄弟が荷車に荷物を移していた。
「アイツ等めっちゃ仲いいな」額の汗をぬぐいながらチックが呟く。
「幼馴染らしいよ」タックが答える。
「仲がいいのは大いに結構だけどさ、頼むから俺達の邪魔だけはしないでくれよな」
「《オーラ》は商会のご指名なのよ」
そうアマカに聞いてからチックはずっと不安を感じていた。
メンバーの一人がアマカの知り合いだとは聞いていたが、突然現れたパーティに引っ掻き回されてしまわないかとか、実は自分達と同じ立場のライバルなんじゃないかとか、チックの頭の中ではネガティブな想像がグルグルと渦を巻いていた。
馬車の中でアマカから勝負は無くなったと言われたが、勝負した方が明確に結果が出て良かったんじゃないかとか、あんな浮ついた奴等に負けるわけにはいかないとか、ずっとブツブツと独り言を呟きながら荷物の積んでいると「おい兄貴、また悪い癖出てるぞ」とタックに呆れられた。
「いちいち気にするなって。気負って空回りするのがいちばんダサいからさ。余計な事は考えず、粛々と指示をこなしてれば大丈夫だって」
「むむ。いかん、いかん」
チックは両手で頬を二回叩いて気合を入れ直すと僅かに残った荷物を荷車に詰め込んだ。
「みなさーん。集まってくださーい!」
チックとタックが丁度荷物を積み終わったタイミングでチャールズの声が聞こえた。
◇◇◇◇
三パーティがチャールズの元に集まると、チャールズは各パーティに一枚ずつ地図を渡した。
地図はこの村の果樹畑の場所を示した地図で、よく見ると畑が三つの色で塗り分けられている。
「ゴンザさん達商会組は四人なので広い赤色の場所を担当してください。《マウンテン》の方達は青い場所で、《オーラ》の皆さんは黄色の場所をお願いします」
黄色の部分は駆除する果樹畑の範囲は狭かったが、大部分が森に面していた。スライムは森から飛んでくるので、スライムの密度で言えば黄色がいちばん高い可能性がある。
「ラッキーじゃん。森が近いからスライムいっぱいいるかもよ」レドが嬉しそうに言うと、
「あ、寝てたから知らないだろうけど、勝負は無くなったよ」ミーファがさらりと伝えた。
「えっ、無くなったの!? うそーん……」
元々魔物模型に関する勝負なので勝っても負けても全く関係が無いのだが、単に勝負がやりたかったレドはあからさまに肩を落とした。
「この後、各々の担当範囲に移動を開始してください。野営の設置は畑を荒らさないようにお願いします。駆除したスライムはまとめて焼いて肥料としますので、その場に放置せず荷車に積んで全て持ってきてください。それとスライム目当てで寄ってきた魔物がいたら処理もお願いします。素材等は自由にしていただいて結構です」
ひと通り説明が済むと「最後に何か質問はありますか?」とチャールズが聞くと、
「ノルマってないんですか?」と《マウンテン》のチックが手を挙げた。それを聞いて「俺もそれ聞こうと思ってた」と耳打ちしてくるレドをミーファは「あっそ」と冷たくあしらう。
「基本的に全て駆除する方向で皆さんには動いてもらいますのでノルマは設けていません。よろしいですか?」
そう言われるとチックは小声でブツブツと呟き始めた。慌ててタックとアマカが「大丈夫です」と返事をする。
「そうしましたら四日後の朝、この広場に集合ということで。くれぐれも大切な商品を傷つけないようお願いします。では作業を開始してください」
チャールズの話が終わると既に準備を終えていた商会組と《マウンテン》は地図を片手に移動を始めた。まだ半分も荷物を積んでいないレド達は責任を擦り付け合いながら作業を急いだ。
「こんな時にアイテムボックスがあればなー」荷物を運びながらミーファがぼやいた。
「あれ? この前アイテムボックスは詐欺だとか言ってなかったっけ?」と、中身のずっしりと詰まった大きな袋を持ち上げてレドが聞く。
「あればいいなぁって願望だから。実際に持ってるとか言ってる奴はまず詐欺だって話ね。でもさ――」重い荷物を荷台に載せてミーファがふぅと息を吐く。
「――勇者達がアイテムボックスを持ってたって話も残ってるんだよね。だからもしかしたらどこかにアイテムボックスが実在してるかもっていう有識者もいるのよ」
「有識者って、単なる都市伝説好きのマニアの事だろ?」
「それを言っちゃーお終いよ」ミーファが残念そうに肩をすくめる。
それから程なくして荷物を積み終えた三人は、もらった地図の黄色く塗られた場所へと移動を始めた。
「おいレド。これ三日分――厳密に言えば今日も含めて三日半の食料だからな。頼むから二日で食うなよ?」
「えーっ、俺だけじゃなくてミーファにも言ってくれよ」
「何でアタシもなのよ。駄目だって言ってるのにいつも食べちゃうのバカレドでしょ」
「ぐぬぬ……じゃあ果樹園だし、こっそりモモモモの実でも――」
「「いやマジで絶対にやめてね」」
馬車の中の会話は基本当事者しか聞こえないくらいのコソコソ話だと思ってください




