第2話 来臨祭 その4
シランは知り合いとの待ち合わせ場所である喫茶店に入った。
ドアの上部に付けられた鐘の音がカランカランと鳴り、客の出入りを告げる。
リネンのシャツに少し丈の短いズボンとたすき掛けの鞄。髭が無ければ背の低さも相まって少年と間違えられても全然おかしくない格好だ。
店内はそれほど大きくなく縦長で、カウンターの中にはマスターが、いちばん奥のテーブルには二人組の客が座っている。
壁には引き締まった男性の尻の絵やマスターが釣った魚の魚拓、巨大なハチの巣など何の脈絡もない物が掛けられていた。
シランは真っすぐ二人組の元へ向かうと「ういっす」と軽い挨拶をして席に着く。
「やぁ、シラン氏」二人組の一人、獣族のラスカールが手を挙げる。耳長族のロンロンも「こんにちは」と挨拶をした。
シランは席に着くなりマスターに「いつもの黒蜂茶ある?」と伝え、カウンターの向こうから「あるよ」と返事が来るとテーブルの上のふたつのスケッチブックに描かれた絵に視線を落とした。
「そのラフは次の品評会用?」
ラスカールとロンロンはシランが頷きながら、シランが見やすいようにくるりとスケッチブックの向きを変える。
「あちきは得意分野でいくでやんすよ」
「今回は見るだけじゃなく触れる物とかどうかなと。ちょっと閃いた事があるので、芋虫のブヨブヨ感を出せたらいいなと思ってます」
ラスカールのスケッチブックにはウルフが草原を走っている絵が描かれていた。ラスカールは疾走感を表現するのが得意なのだ。一方ロンロンのスケッチブックには芋虫が一匹描かれていた。
「ロンロン氏は凝り性でやんすからね」
「学生ですからお二人よりは時間の融通が利くだけですよ。でもラスカールさんこそお店が忙しいのに毎回すごいですよね」
「それを言うならロンロン氏だって成績優秀だって耳にしやすよ」
商売人のラスカールと学生のロンロン、そして冒険者のシランと一見すれば接点の無さそうな面子であるが、彼らは魔物模型という共通の趣味で繋がっていた。
とあるコンテストで知り合ってから、こうやって集まって次の作品の構想を見せ合うようになっていた。名目的にはネタ被りを防ぐ為であったが、実のところは単純に趣味の話がしたいだけである。
魔物模型は建前上精巧さやリアリティを追求しているがそれは主観によるところが大きく、自分と近しい感性を持った人達が自然と交流を持つことが多い。
一言で魔物と言っても実在する魔物だけに限定している者もいれば、勇者奇譚に出てくる異世界の魔物を好んで作る人もいる。素材にこだわって対象の素材を使って作る人もいれば、石や木などあえて全く違う素材を使って表現する者もいた。同じ魔物模型でも趣向が違うとテクニックやノウハウも異なり、話が噛み合わないなんて話もよくある。
「首席に選ばれるとアルカディアへ特待生として留学できるんですよ」
「学術研究都市の?」
「はい。あそこは審査が厳しくて、外部からだと強い後ろ盾でもないと受験すら受けられないんですよ。なので主席に選ばれて特待生になるのが、いちばん現実的な手段なんです」
「マジかぁ。でも外部が大変ってことは引っ越せばいいんじゃないの?」
「アルカディアの住人になる為には、アルカディアの学校を卒業してないといけないって条件が……」
「そりゃ手ごわいでやんすね」
「そうなんですよ。でもどうせなら学問の最高峰の地で学びたいし、それにあくまで噂ですが――もしかすると模型仙人はプロセア地方にいるって話なので、アルカディアとか怪しいと思いません?」
「目当てはそっちか……いや、でも、会えるものなら会ってみたいよな」
魔物模型界隈で知らない人はいないであろう模型仙人とは、一切の素性が謎に包まれた人物だ。しかしその作品は常に世のマニアを虜にしていた。あまりの出来に模型が動き出したなんて噂も囁かれる程だ。魔物模型を嗜む者にとっての憧れの存在と呼んでも過言ではない。
数年に一度、どこからともなく新作がオークションに出品され、その度に高額で落札されていた。
元々シランが魔物模型を始めた切っ掛けも模型仙人の作品が高額で取り引きされていると知ったからである。金策の足しになるかもと始めたが、いつの間にか模型沼にハマってしまっていた。
「はい、おまち」
愛想のないマスターがシランの注文した黒蜂茶を持ってくると、フゥフゥと息を吹き掛けてからグビっと一口飲んだ。黒蜂の毒がビリビリと喉を刺激する。
「くぅ……これこれ」黒蜂茶が好きな人はこの暴力的な喉越しが堪らないのだ。ただ人のよっては飲んだ途端に気道が腫れて呼吸困難に陥る事もあるので注意が必要だった。
「それでシラン氏は今回どんな感じでやんすか?」
眉にシワを寄せ目をギュっとつぶって黒蜂茶ののど越しを堪能しているシランにラスカールが聞くと、シランは「んふっ」と鼻から強く息を数回吹き出しからスケッチブックを取り出した。
「今回、俺は――」
その時ドアの鐘が鳴り、入口には緑色のタンクトップの女性ドワーフが立っていた。髪全体を細いラインで編み上げ後ろ手に縛り上げた彼女は迷う事なくいちばん奥のテーブルまでやってくると、シランの正面にドサッと腰を落とした。付け加えると女性ドワーフの二割は髭を伸ばしているが、彼女は伸ばしていない。
「ごめん、お待たせ」
「やぁ、アマカ氏。全然大丈夫でやんすよ」
「マスター、黒蜂茶ある?」
「あるよ」
遅れてやって来たドワーフのアマカもシランと同じ第三種の冒険者である。仕事では直接関わった事はないが、魔物模型のコンテストや展示会で何度か顔を合わせるうちに自然とつるむようになった。
基本的に冒険者は魔物と対峙する仕事なので、他のどの職業よりも魔物模型に向いている。想像ではなく、実体験を作品にフィードバックできるからだ。もちろん技量の有無も重要だが、作品から滲み出る説得力やリアリティはやはり頭一つ抜きん出ている。
しかし実際には趣味でまで魔物の事なんて考えたくないという理由で魔物模型に手を出す冒険者は少数派だった。
「そうそう。みんな揃ったので忘れないうちに話しておくでやんす。ダルク材がジワジワ値上がってるでやんす」
「「「えっ、何で?」」」
「それがさっぱりなんでやんすよ。先週辺りから取引価格がじわじわ上がってて。新たな用途でも見つかったでやんすかね」
ダルク材は主要な鉱物資源である鉄や銅等に混じって掘り出されるダルク鉱石を粉末にした物である。液体の粘着剤に混ぜて使うと硬化した時に接着強度が増したり、接着剤自体が硬く固体化して、切ったり削ったりと造形が可能になるのだ。隙間を埋めたり補強材の役目も果たす等、模型作業においては出来る事が増える非常に優秀な素材である。
ただ建物や装備の素材としては強度的に難があり、模型作業で日の目を見るまではゴミ鉱石として捨てられていた。王都であっても材料を扱っているのは模型店ぐらいしかない。
「値上がっているのはまだモラン周辺だけでやんすが、いずれこちらも上がると思うでやんす。手持ちが少なかったら早めに買っておいた方がいいでやんすよ」
「俺つい最近二樽買って宿屋の倉庫の隅っこに置かせてもらってるわ。値段なんてほぼ樽代みたいなもんだったからな。買っておいて良かったわ」
シランがホッとしていたが、ロンロンは僕も帰りに買っておこうかなと心配になっている。
「じゃあウチは十樽ぐらい買っておこうかしら」とアマカが呟いた。
「いくら安いからと言っても十樽とは羽振りがいいな。いい仕事にでもありつけたのか」
「まぁ、これからね。でもそっちこそエルーガでいい仕事にありついたんでしょ? 仕事に行く前にたまたまボンズと話したら羨ましがってたよ」
「……ああ、まぁそれは色々あって……言うほどでは」シランが口籠る。
――あの騒ぎを知らないのか? と一瞬シランは思ったが、仕事で王都を離れていたらその可能性もあるかと思い直した。
「ふーん、そうなんだ」アマカが興味無さそうに答える。
そしてマスターが持ってきた黒蜂茶をぐいと喉に流し込むと、足をバタつかせながらシランと全く同じ反応をした。
反応が落ち着いたところでロンロンがシランが持つスケッチブックを指差して
「それ、そろそろ見せてもらってもいいですか?」とシランに催促した。
「あぁ……今回はこの二つの案のどっちかでいこうと思ってる」
シランがスケッチブックを開くと見開きでふたつの絵が描かれていた。ひとつはデススパイダーで、もうひとつは盾を持った骸骨である。この前廃墟で戦った魔物達だった。
「そのデススパイダーの横に描かれてる小さな人は何ですか?」絵を見たロンロンが質問をする。
「これはうちのメンバーのレドなんだけど、デススパイダーの大きさを表す為に描いたんだよ。これ、人よりも大きいデススパイダーだから」
「へぇぇ! こんなに大きいデススパイダーがいるんでやんすね」ラスカールは目を輝かせた。
「いや、ちょっと待って。そんなの今まで聞いた事ないわ。デススパなんてせいぜい抱える位の大きさよ。シラン、アンタいつからロマン主義にかぶれたのさ」
勇者奇譚及びそれをベースにした小説に出てくる、異世界や想像上の魔物を好んで作る人達をロマン主義と呼び、現実の魔物を忠実に再現する人達を写実主義と呼んだ。
シラン達は写実主義であり、写実主義の中にはアマカのようにロマン主義を見下すきらいの人も多かった。
「かぶれてねーよ。この前エルーガで戦ったんだよ。このどデカいデススパと――こっちのバックラー骸骨に」
「は? 嘘オツ。そんなのいたら大騒ぎになってるわ。あっ、もしかしてこっちの骸骨もバックラー使ったとか言うんじゃないでしょうね?」
「その通りですが、何か?」
「ないわー。かぶれどころかもうズブズブのロマン主義じゃん」
「待て待て。勝手なこと言うな。俺は嘘なんて吐いてないぞ。どっちも事実だ」
「じゃあ証拠見せてよ。素材は? 魔石は? ギルドの買取明細でもいいよ」
何時になくシランに食って掛かるアマカに、ラスカールとロンロンが慌てて止めに入った。
「ア、アマカさん一旦落ち着いて」
「頭ごなしに嘘と決めつけるのは穏やかじゃないでやんすよ」
「何も難しいことは言ってない。当然あるべきものを見せろと言ってるだけだし」
「悪いが客観的証拠はない。爪も牙も今頃は粉末だろうし、魔石はクズだったからな。骸骨の方はそもそも素材も魔石もない」
腕組みして答えるシランにアマカは大きくため息を吐くと、平手で一発テーブルをバチンと叩いた。
「魔物模型にとって一番重要な要素って何?」
「そりゃ――」
「そう、説得力でしょ。そして写実派にとっての説得力とはリアリティ以外の何物でもないんだよ。特に冒険者の嘘は誤解を招く恐れがあるから絶対駄目でしょ」
どうやら答えは聞かれていなかったようで、答えようとした自分をちょっと恥ずかしく感じてシランの目が泳ぐ。
「そうやって目を逸らすってことはやましい気持ちがあるってことね」
「いや、今のは違うぞ。何度も言うが本当にどっちもいたんだって。レドに聞いてみろ」
「ダメ。アイツはお調子者だから信用できない」
「そ、そんなことは……」――うっ、すまんレド、言い返せない。とシランは心の中で謝った。
「そのレドさんって人、今頃くしゃみしてたりしてね」ロンロンが場の空気を変えようと冗談を言ってみる。
「分かった。もうこうなったらあれしかない」そう言うとアマカはスッと立ち上がり、親指と人差し指をピンと伸ばしてシランを指さした。
「スライム狩りで勝負しましょう!」
「えっ、勝負?」
状況が呑み込めない三人などお構いなしにアマカが話を続ける。
「そう、スライム狩りよ。今、ロコネールって商会がスライムを駆除する人を探してるの。だからそのスライムを駆除した数で決着を着けるのよ。アンタが勝てば信じてあげるわ――ねぇ、聞いてる?」
「あまりの急展開に唖然としてたわ。てか、もうそれ証拠とかどうでも良くなってんじゃねぇか」
「嫌なの?」
「嫌も何も、スライム駆除とか面倒でしかないわ」
「報酬がこれでも?」
アマカは指さす手を捻ってシランに手の甲を見せると、残りの指も伸ばして五本の指を大きく広げた。マジかよとシランの目が飛び出る。
冒険者の慣習では手の平を相手に見せた状態で指を立てると、指一本につき百ネリーの金額を表した。そして手の甲を見せた場合、それは一本一万ネリーにまで跳ね上がる。
つまりアマカの提示した報酬額は五万ネリーだ。シラン達が下宿している宿の代金は三人で一泊四十ネリーであるから、五万ネリーあれば三年以上は暮らせる計算になる。
シランがゴクリと息を呑んだ。
「そ、それマジの話なのか!?」
「それは了承したと受け取っていいわね? そうと決まれば善は急げ。ちょっと先方に伝えてくる。マスター、はい、これ御代ね」
テーブルの上にお茶の代金を置くと、アマカは振り向きもせず足早に店を出て行った。
「何か今日のアマカさん変でしたね。ラフ画も見せずに行っちゃいましたよ」玄関ドアを見ながらロンロンが呟く。
「だよなぁ。勢いに圧されてしまったけど――よくよく考えると変だよな。スライム駆除に五万は高過ぎるし、そもそも商会案件なんて普通こんな簡単には回ってはこない。ラスカールさん、ロコネール商会って知ってる?」
「数年前に設立された新興商会でやんすが、破竹の勢いで売上げを伸ばしてるすごい商会でやんすよ」
「そんなやり手の商会ならお抱えの冒険者くらい居そうなもんだけどな」
シラン達がアマカに疑問を抱いているとロンロンが「あっ」と声を出した。
「もしかして僕らアマカさんが戻ってくるまで待ってないといけないのでは?」
「べつに待つのはシラン氏だけでもよいのでは……?」
「そこはあれだよ。みんなで待とうよ。黒蜂茶おごるからさ」
「あれ飲めるのドワーフくらいなもんでやんすよ!」
カランカランとドアの鐘が鳴った。
もう戻って来たのかとシランが入口の方へ振り返ると、入ってきたのは肩を濡らした見知らぬ男性だった。
男は落ち着かない様子で店内を見回すと、躊躇いがちにマスターに声を掛ける。
「あ、あの、虫カゴなんて置いてないですよね……? ヒヒッ」
その表情からはあるわけないですよねという諦めの感情がひしひしと伝わってくる。
そんな男をギョロっとした目で一瞥して、マスターはボソッと返事をした。
「あるよ」
お読みいただきありがとうございます
拙作にお付き合いいただき大変ありがとうございます
短いですが第2話終わりです
通貨単位はネリーで、1ネリー(N)=100レイ(R) 1レイは1円換算くらいのイメージです




