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第2話 来臨祭 その3


 逃げるように教会を出たミーファは、リタを抱えたまま教会前の通りを足早に通り抜けて人気のない路地裏へ飛び込んだ。


「急にどうし、ヘッ、ヘクション! ――どうした?」あとを追って来たレドが鼻をすすりながら聞く。


「どうしたも何も……」


 ミーファは周りをキョロキョロ見回して誰も居ないのを確認すると、壁際に並べられた木箱の前でリタを降ろし、お面を上にずらして顔を出した。


「朝に強いってアタシはパン屋かっつーの。まったく……まさか自分も加護持ちだなんて思いもしなかったわ。そりゃレドと比べたらあれだけど、それでも加護は加護なわけでしょ」


「そりゃまぁ確かに」


「今バレたら間違いなく『加護持ち貧乏神』とか『早起き貧乏』なんてクソみたいな二つ名が歴史に刻まれちゃう。さすがにタイミング最悪だわ」


 直近で加護持ちが確認されたのは今から百年前まで遡る。

 ドワーフの英雄メテオン。

 鉱山都市モランでは坑道の崩落事故に巻き込まれた百人を助け出した後、単独で崩落の原因となった巨大ミミズを倒したり、カーニバルをほぼ一人で鎮圧したりとその活躍は枚挙に暇がない。

 彼の功績は書籍化され、まさに歴史に名を残す存在であった。ただ数あるエピソードの中にはその存在が都市伝説となっているアゴ髭男爵との闘い等も含まれており、全てが事実なのか、ファンの間でも度々論争が起きている。

 しかしその人気は『勇者物語』の勇者達に負けず劣らずであり、ドワーフで髭を伸ばしている者の多くが、メテオンの『髭が伸びる程に身体強化』という加護への憧れでもあった。


「あの司祭はお面のおかげでアタシを人族だと思い込んでたから大丈夫だとして、問題は……この子か」


「口止めは難しいだろうなぁ。まず間違いなくねーさんにはバレるな。俺とシランだけなら黙ってりゃ済むが、他人に知れちゃうとギルドへの申告の問題が出てきそう」


「そうなんだよねー」


 冒険者の情報は活動拠点のギルドからギルド庁へ送られ、そこで一元管理されている。実績、賞罰等の情報は全国のギルドから照会可能で、指名依頼や河岸を変えた冒険者の身元確認等に利用されていた。

 従って情報の確度は重要で、虚偽が発覚すれば相応のペナルティが与えられる。レドの特殊な能力も本来は申告すべきものなのだが、申告した途端研究対象となって冒険者が続けられなくなったら意味が無いので三人の秘密にしていた。


「別に加護を隠しておきたいってわけじゃないんだけど、とにかくタイミングが悪いんだよねぇ。せめてあと数ヶ月……」


「ダメ元で頼んでみたらどうよ? 案外黙っててくれるかもよ」


「そうかな……? ねぇ、リタ」


「ん?」地面にしゃがんで木箱の隙間をじっと凝視していたリタが顔を上げる。


「お姉ちゃんのスキル。ちょっと間だけお姉ちゃんとリタの二人だけの内緒にできる?」


「内緒? ママにも?」


 木箱の隙間が気になるのか、リタはすぐに視線を戻すと木箱の隙間にそっと指を入れた。気になったのかレドも覗き込んだ。


「うん。えっとね、ママをびっくりさせたくない?」


 びっくりという単語に反応して再び顔を上げ、


「びっくりさせたい!」リタが目を輝かせて飛び跳ねる。


「でしょー。でもびっくりさせるにはちょっと準備が必要で、それまで二人の秘密にできる?」


「うん、わかった。あ、レドおじちゃんは?」


「ああ、そうね。レドおじちゃんも。じゃあ三人の秘密に――」




「あのぉ~、ちょっと少しよろしいですか?」



 妙にねちっこい声が路地から聞こえて来た。

 ミーファがとっさにお面を下げて振り返ると、そこにはタレ目で背丈が低めの人族の男がうすら笑いを浮かべて立っていた。


「誰?」


「失礼、全然怪しい者じゃありません。私、フリーで記者をやってましてね。ヒヒッ」


 どう見ても怪しいだろとツッコんだレドに、男はハンチング帽のつばを軽く持ち上げて返事をする。


「いや、今そこを歩いていたら加護がどうとか聞こえてきましてね。今日は来臨祭ですから、もしかしたら百年ぶりに加護持ちが現れたのかと、つい心が躍ってしまいまして。ヒヒッ」


 周りを確認してから話したはずだが、何故か目の前で不気味に笑う男に聞かれてしまったらしい。しかも相手は記者。下手をしたら明日にでも世間に広まってしまう恐れがある。何としてでもシラを切らなければならないと、ミーファは頭をフル回転させた。


「加護持ち? 何の話か分かんないけど、タレ目で盗み聞きとはずいぶんと悪趣味ね。記者? そのタレ目、どう見てもペテン師か詐欺師でしょ」


「うわ、トゲが。言葉のトゲがすごい。今、世のタレ目を敵に回しましたよ? あと、ペテン師と詐欺師はどっちも一緒ですけど」ニヤついたその目は、ミーファの頭からつま先までを舐めるように確認した。それからミーファの後ろに隠れているリタを見て、記者の眉尻が一瞬跳ね上がる。


「あれ? ……その子は人族ですか?」

 

 記者の興味が自分では無くリタに向いていたと気づきミーファはハッとした。

 考えてみれば来臨祭の主役は七歳の子供なのだから、真っ先に疑われるのは子供のリタであって大人の自分ではない。実はいい大人が今の今まで加護持ちだって知りませんでしたなんて、誰も思わないだろう。


「ま、まぁそういう事。何を勘違いしたのか知らないけど、ハーフじゃなくて残念だったわね」


 ――ヤバイ、勘違いしてたのはアタシもだ。ちょっと自意識過剰だった……。真っ赤になったミーファの顔は聖女のお面がうまいこと隠してくれた。

 

「おっかしいな……確かに聞いたはずなんですけど」困惑気味に男が首を傾げる。


「人間生きてれば聞き間違いの六つや七つくらいあるもんよ。こっちは気にしてないから、さっさとあっち行って」


「んー、でも確かに……」


 ミーファは大袈裟にため息を吐いた。


「アンタもしつこいねぇ」


「しつこいのは職業――」




「捕まえた!」



 ミーファの後ろでレドが両手で何かを挟みこんだ状態で叫んだ。


「わー見せて見せて!」リタも興奮している。


「ほら、ミー……ソラッ、ツノマキバッタだ。カゴだカゴ! 早くカゴ持ってきてよ。いい金になるぞ」


 先程からずっとリタの気を引いていたのはこのツノマキバッタであった。ツノマキバッタの角は胃痛胸焼けに良く効く薬として珍重され高値で取り引きされている。


「わー、見せて見せて!」


「ちょっと待って。手を開くと逃げちゃうから。おい、そんな奴に構ってないで早くカゴ頼むよ」


 ――もしかして加護とカゴを掛けてるの? レドのくせになかなかやるじゃない。


 と心の中でレドを褒めると、ミーファは男に対して強めの口調で言った。


「分かった? 加護じゃなくて『カゴ』。アンタの聞き間違いが原因で取り逃がしたらどうしてくれるの。責任取って損害額弁償してくれるわけ?」


「あちゃー、そっちのカゴでしたか。こりゃ大変失礼しました」


「謝罪なんていいから悪いと思ってるならボサっとしてないで、さっさとカゴ持って来なさいよ。ほら急いで! ほらっ!」


「えっ、あ、はい!」


 勢いに押されて男は慌てて虫カゴを探しに走り出すと、その背中が見えなくなるまで目で追った。

 

「レド、ナイスアシストだったよ。さ、変なのが戻ってくる前にアタシ達もさっさと移動しよう」


「いやいや待って。カゴが必要って言ってんじゃん」レドが真顔で答える。


「えっ、虫を捕まえたのマジの話だったの!?」


 てっきり男を追っ払う為の方便だと思っていたが、まさか本当に捕まえていたのかとミーファは驚きと同時に少し呆れた。


「ねぇ、見せて見せて」


 捕まえた虫を見たくて仕方ないリタがレドの腕にしがみ付いて引っ張ると、その拍子にズレた手の隙間からツノマキバッタが勢いよく飛び出した。


「「あー!」」レドとリタが同時に声を上げる。


 ツノマキバッタは羽根を広げ滑空して地面に着地すると、そのまま路地裏の奥へ飛び跳ねて行った。


「くーっ、さっきのサイズなら一万ネリーは堅かったのになぁ」地面を蹴ってレドが悔しがった。それだけあれば今の宿屋なら半年分宿代を払ってもお釣りが来る。


「えっ、さっきの虫そんなにするの? マジで? ……冗談抜きでお祓いしてもらった方が――あっ、ちょっと待ってリタ! 止まって!」

 

 レドとミーファが運の悪さに気を取られている隙に、バッタを追いかけてリタが路地裏の奥へ走っていってしまった。


「またこのパターンかよ」レドとミーファが慌てて追いかける。

 

 王都だからと言ってどこもかしこも治安が良いわけではない。子供を近づかせたくない場所もいくつかある。 

 レドもミーファも地方出身なのであまり来ない地区の裏路地なんて、どこがどう繋がっているのか把握できていない。

 

「この奥ってどうなってたっけ?」


「この辺あんまり来ないから分かんねー」


 何かに夢中になった子供がどう動くのかは予測できない。こうならない為の付き添いなのに、子守りのひとつも満足にできないのかとミーファは自分が情けなくなった。


 道に置かれた荷物が邪魔で上手く走れない二人は、どんどん道幅が狭くなる裏路地を何とか抜けて大きな通りに飛び出した。周りを見回して見覚えのある道だと分かる。


「この通りに出るのか」

 

 そこは王城と王都で一番大きいギルス教の教会を結ぶ大通りで、レドとミーファも見知った通りである。大通りは人で溢れていたが、なぜかみんな道の端に並んでいて通りの真ん中が空いていた。

 この人だかりに阻まれてリタも路地裏から出た所で立ち止まっていた。


「こら! 勝手に走っちゃダメでしょ」ミーファが叱るが、リタの興味はもう虫からこの人だかりに移っていたようで


「これなにー?」ぴょんぴょん跳ねながらリタが聞いてきた。子供のリタでは前が全く見えないのだ。


「なんだろうな」レドはひょいとリタを抱き上げると肩の上に乗せた。


「どう? 何か見えた?」


「あのね、あっちから綺麗な馬車がいっぱい来るよ」リタが指をさす。


 リタが指を指した方向から次々と豪華な馬車がやって来て目の前を通り過ぎて行く。やって来た方向からして来臨祭を終えた金持ちや貴族の一行のようだった。

 その中でもひと際豪華な馬車が近づいてくる。馬車馬も装飾の入った豪華な銀色の甲冑を身に纏っており、他の馬車と一線を画していた。


「あれが王様の馬車だ」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。どうやら国王も来臨祭に出席していたようだった。


「リタ、あの豪華な馬車には王様が乗ってるんだってさ」


「王様!」


「王様が出席するようなイベントじゃ一般人のアタシ達なんて門前払いされてただろうね。大きな教会に行かなくて正解だったわ」


 派手な真紅のボディに金の蔦のレリーフが装飾された国王の馬車が三人の前を横切った時、側面の窓から乗っている人の横顔がちらりと見えた。


「今の人、王冠被ってたしやっぱ王様かな」レドがそう言うと、リタがぽつりと「王様って心が広い」と呟く。


「えっ、リタ、王様を見たの?」ミーファは目を剥いた。


「うん」


 さすがに国王に向かってスキルを発動させるなんて洒落にならない。バレたら絶対何かしらの罪に問われるんじゃないかとミーファは青くなった。

 

「やばい……子守りってこんなに大変なんだ。その辺のクエストなんかよりも全然難易度高いよ……」


 今トラブルを起こしてうっかり加護持ちである事が知られれば、百年先まで貧乏神もセットで付いて回る可能性が高い。まだ見ぬ子孫の為にもそれだけは絶対に避けねばならない。


「へぇ、王様は心が広いのか。まぁ、王様なんて極端に心が広いか、逆に狭くなきゃ出来ない商売だろうな」


 またレドのアホが雰囲気で中身の無いことを言ってるよ――と横で聞き流し、リタには悪いが早めに切り上げて帰ることにした。周囲の人々も馬車の行列が切れたことで大通りを往来し始めている。


「さてじゃあ次はどこへ行こ――イデデデッ!」


 余計な事を言うなとレドのお尻を目一杯つねりながら、肩車されているリタに申し訳なさそうに話す。


「リタ、今日はこのまま真っすぐお家に帰ろうね」


「えー! 何で!?」


「ごめんねー。さっき変なおっさんいたでしょ? あいつがまた来ると棄権だから安全な場所に逃げないといけないのよ……アタシが」

 

 最後は誰にも聞こえないような小声でボソっ呟く。


「危険ならやっつけちゃえばいいじゃん」リタが頬を膨らました。


「一般人相手に暴れたらさすがに捕まっちゃうよ……アタシが。それにほら、雨も降ってきたし」


 ポツポツと降り始めた雨がミーファの手の平に落ちる。


「ほらリタ、怖いお姉ちゃんがこう言ってるから今日は諦めよう。また後で遊べばいいだろ?」


 レドも目じりに涙を滲ませながらリタを諭す。コッソリとつねられたお尻を擦っている。


「んー……じゃあ、いいよぉ」とレドの肩の上で寂しく項垂れるリタに心の中で平謝りしつつ、ミーファはざっと周囲を見回して例の記者がいないか確認した。


「ねぇレド。念の為に走ろう。もしさっきの記者が現れても体力勝負なら負けないだろうからさ。リタをおんぶしてあげて」


「あいよっ」軽く返事をすると、肩車をしているリタを器用に背中へ降ろし首に手を回させる。


「しっかり捕まってろよ」そう言うや否や、二人は大通りの人々の中を駆け抜けて行った。


 


 その後、雨の中、虫カゴを持った男がウロウロしていた事を二人は知る由もなかった。


『髭が伸びる程に身体強化』

寝てても強くなるチートスキルです

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