第2話 来臨祭 その2
「ねぇ、本当にここ?」
ここへ来る途中で買った勇者ウィンのお面を横向きに被ったリタと手を繋ぎ、聖女サンドロのお面で顔を隠したミーファが目の前の建物を見上げている。
そこにはぐずついた空模様と同じようなくすんだ色をした小さな教会があった。
所々に年季が見え隠れする、こじんまりとしたギルス教の教会である。
王都には神聖都市グランバドワールの大聖堂に負けず劣らずの立派な教会があったが、他にもいくつかの古い教会があった。その中でもここは特に小さくて古そうだ。
「大きくて綺麗な教会あるのにそっちじゃなくていいの?」
「うん。いつもここに来てるし、それにおっきな教会はいっぱい人がいるから疲れちゃうでしょ?」
「確かに」と頷くレドは頭に狩人アームのお面を乗せている。
「オーケー。じゃあ入ろう」
ミーファが鉄製の蝶番の付いた木製の扉にぐっと力を入れると、扉は軋みながらゆっくりと開いた。
教会内は中央の通路を挟んで左右に長椅子が並んでおり、奥には主祭壇と聖卓があってもう既に司祭が立っている。最前列の長椅子には来臨祭に参加する子供達が十人ほど座っていた。その後ろの長椅子に付き添いの大人達が座っている。
ミーファが行ってきなと背中を押すと、リタはトコトコと最前列まで歩いていった。リタが座ると恰幅の良い毛むくじゃらの司祭がニコリと笑いかけ、ひとつ咳払いをしてから話し始めた。
「さて、今日が何の日か知ってますかな?」
「らいりんさーい!」
「スキルを見てもらう日」
「ボクの誕生日!」
子供達の答えに大人達から笑い声が漏れた。白黒模様の司祭も笑顔で頷く。
今ここに集まっている子供達の中にハーフの子供は居なかった。ハーフの子はほぼ能力が発現しない為、来臨祭に参加しない子も多い。しかし可能性はゼロではない。もし能力を有していたら『加護持ち』と呼ばれ英雄扱いされる。だから来臨祭に参加するハーフの子供達は喝采を求めてより大きい教会へ向かうのだ。
「どれも正解ですが、今日はもうひとつみんなに覚えてもらいたい事があります。今日はですね、みんなも知っている勇者様達がこの世界にやって来た日でもあるのです」
司祭は一冊の本を取り出すと子供達に見えるように胸の前で広げた。
「この絵本は『勇者伝説』と言って、勇者様達が魔王を倒すまでの話が描かれています。勇者様はこの世界とは別の世界から魔王を追ってやって来たのです。その頃我々の先祖は人族と耳長族、獣族の三種族しかいませんでした」
最初の見開きページには上部に五人、下部に三人の人の姿が描かれていた。
「この上が勇者ウィン、聖女サンドロ、賢者イズ、戦士シエロン、狩人アームの五人を表し、下の三人が人族、耳長族、獣族を表しています」
司祭が次々とページをめくると、ページ全体が灰色になった。その中には何匹かの魔物の絵が描かれている。その不気味な配色に子供達も怖がっていた。
「異世界からやって来た魔王はこの世界に呪いを掛けてしまいました。この時、世界は色を失ったのです。そして呪いによって生き物の多くは魔物化し、我々はこの大陸に閉じ込められ外へ出られなくなってしまいました」
それから少しページをめくっていくと勇者が緑色の魔王を打ち倒す絵が出てきた。子供達は先程と打って変わってかっこいいと声をあげる。
「この緑色が魔王――深緑の魔王とも呼ばれています。勇者様が深緑の魔王を倒すと世界に色が戻りました。しかしまだ魔王の呪いは残っていて、約七百年経った現在でも魔物は徘徊しているし、海の向こうにも行くことができません」
またページをめくると今度は新しい存在であるハーフ達の姿があった。
「でも嫌な事ばかりでもありませんでした。それまでずっと血が交わる事のなかった三種族ですが、勇者様達と私達の血が交わって新たな存在が生まれました。その姿は勇者様達と似ていたので、異世界の種族にちなんだ名で呼ばれるようになりました。眼がよく容姿端麗な人族と耳長族の子がエルフ。腕力と器用さを併せ持つ耳長族と獣族の子はドワーフ。そして獣族と人族の子で、しなやかな体躯で敏捷性の高い獣人」
「ねぇ司祭様。エルフとドワーフの子はどうなっちゃうの?」ひとりの女の子が司祭に聞いた。
「その場合は、エルフかドワーフか獣人か耳長族の子が産まれますね」
「同じ三種族の場合は違うのは産まれないんだよね……」隣にいるレドにも聞こえないくらい小さな声でミーファが呟く。
「そして恩恵はそれだけではありませんでした。勇者様達の持っていた特別な能力が三種族の子供達に芽生え始めたのです。理由はよく分かっていませんが、それは世代を重ねる毎に広がっていき、今ではみんなが七歳を過ぎると何かしらの能力を得るようになりました」
司祭は絵本をしまうと、手の平サイズの透明な玉を取り出した。能力を読み取る魔道具『アビリード』である。
アーク王国に存在する宗教団体の中でギルス教が最大勢力を誇っている理由は来臨祭の仕切りとこの魔道具の独占にあった。
国事と呼んでも差し支えない来臨祭を、教団設立から五百数十年の間ずっと独占し続けているのだ。国はアビリードもギルス教にしか卸していない。
「人族の子はスキル。耳長族の子は魔力属性。獣族の子は特性と呼ばれる能力を得ます。まぁスキルと特性は似通った部分もありますけどね。残念ながらハーフの子等は身体能力が高い代わりに能力はほぼ発現しません。ただ極稀に、本当に稀にハーフの子でも能力が発現する事があり、その人達は加護持ちと呼ばれます」
司祭は主祭壇に戻るとアビリードを聖卓の上に置いた。
「では今から能力確認の儀式を行います。端の子からこちらに来て、玉にそっと手を乗せてください」そう言うと司祭は端の子に向かって頷き、聖卓の前に呼び寄せた。
最初に獣族の男の子が聖卓の前にやって来てアビリードに手を乗せる。透明な玉の中心部に薄っすらと光が宿り、光はクネクネと動き出して文字を形作るとすぐに消えた。もういいよと言われて男の子が手を放すと
「汝の能力は『耳毛が長い』だ。汝の人生にギルスの祝福を」と司祭は人差し指と中指の二本の指で宙に三角形を描いた。それがギルス教の祈りの作法である。三角形は人族、耳長族、獣族及びエルフ、ドワーフ、獣人を表していた。
「汝の能力は『水属性』だ。汝の人生にギルスの祝福を」
「汝の能力は『槍術』だ。汝の人生にギルスの祝福を」
来臨祭に参加した子供たちの能力が次々と告げられていく。槍術のスキルを告げられた男の子が飛んで喜び、付き添いの席でも両親らしき二人が抱きついて喜んでいる。
長い年月を掛けて三種族の皆が能力を獲得するに至ったが、同時に箸にも棒にも掛からぬ能力も増えていた。なので槍術ように強さに直結する能力だったり、人気の高い職業に有利な能力を得た者は勝ち組と呼ばれ、良くも悪くも羨望の的であった。
それから更に数人の子供の確認が終わると、最後にリタの順番が回ってきた。リタが小走りで聖卓に近づき、つま先立ちでアビリードに手を乗せると光が走り出す。
「汝の能力は『心の広さが分かる』だ。汝の人生にギルスの祝福を」司祭が指で三角を描くと聖卓の前に出てきてリタの横に立った。
「以上で来臨祭及び能力確認の儀式は終了です。勇者様から頂いた能力をどう活かしていくかみんなよく考えてください。無駄な能力はひとつもありません。必ずや正しい使い道があります」
司祭が隣にいるリタの頭を優しく撫でながらこの場を締めくくった。ようやく解放された子供達は両親の元に駆け寄ったり、椅子の上に立ってクルクルと回り出したり、脇目もふらずに一直線に外に飛び出したりと我慢していた元気を爆発させていた。
初めてまともに来臨祭に参加できた感動をミーファが噛みしめていると、レドが「あ、そっか」と膝を叩いた。
「何がそっかなの?」
「いや、ほら、しぐれ亭でリタが俺に大きい人だよって言ったの覚えてる? あれってこのスキルだったんだなと」
「あぁ、言ってた、言ってた。じゃあリタは自分のスキルを知らずに使ってたんだ。なんかすごいじゃん」
「だよなー。そして俺の心の広さも証明されたってわけだ。素晴らしい」
「それはきっと何かの間違いなんだと思いたい。あ、間違いと言えば――」
「おねえちゃーん! こっち来てー!」リタが大声でミーファを呼んだ。
リタはまだ聖卓の前にいた。その隣には司祭もいる。何かやらかしたのかもとミーファとレドは慌てて駆け寄った。
「すいません! 何か粗相がありましたか?」焦るミーファに司祭は優しく微笑んだ。
「この子は何もしていませんよ。あなたが子供の頃にスキルを見てもらえなかったから見てあげて欲しいと頼まれたんです」
「いや、アタシは――」
獣人ですからと言いかけたところで、ミーファの中のイタズラ心がムクムクと顔を持ち上げる。
ミーファは今、聖女サンドロのお面を着けて顔が隠れている。もちろん貧乏神対策の為なのだが、ミーファは横付きの耳だし尻尾も無いので、瞳や牙など顔のパーツを隠してしまうとぱっと見で人族と見分けが難しい。どうやら司祭は人族だと思っているらしい。
人族だと思い込んでいれば、もしアビリードが光らなければ驚くだろう。そこで実は獣人でしたと種明かしすればウケるかもと思ったのだ。それにミーファも一度くらいはアビリードを触ってみたいと思っていた。
「――見てもらってもいいんですか?」
「ええ、構いませんよ。誰にでも自分の能力を知る権利がありますから」
「その前にひとつ質問いいですか?」
「何でしょう?」
「さっきの勇者伝説の絵本で勇者がやって来るシーンって下部に人が三人居ましたよね。でもアタシが子供の頃に読んだ絵本では下部が四人だったような覚えがあるんですけど。うろ覚えなんですけど……」
「もしかするとそれは古い絵本かもしれませんね。昔は魔王も描かれていたそうです。でも魔王を崇拝するふとどきな輩が現れて改訂したという記録があります。良ければ新しいの物と交換しますが」
「子供の頃にゴミの中から拾った本なんで、今はもうどこにあるのかも分からないです。多分捨てちゃったかも」
「そうでしたか。では能力の確認を済ませてしまいましょう。さぁどうぞ」
ではお言葉に甘えてとミーファは聖卓のアビリードをがっちりと鷲掴んだ。頭の中でどうやってネタをバラそうかと考えていた。
その瞬間アビリードに光が走る。
「いっ!?」思わず大きな声が出た。
「汝の能力は『朝が強い』だ。汝の――いっ?」
「い、いえ、何でもないです……」
玉が光るなんて考えもしていなかったミーファは、光ったらネタにならないじゃんと心の中でツッコみ、いやいや違う違うそこじゃないとツッコみ返してから事の大きさに驚愕した。
――まさか自分が加護持ちだなんて。
ダブルライセンスと同様、世の中から英雄扱いされるあの加護持ちである。
これはやばいぞ、さすがに今じゃないだろと、お面の下のミーファの顔は青くなっていた。
巷では貧乏神だ何だと揶揄われている今、ここで加護持ちなんて事が発覚してしまったら間違いなく貧乏神もひっくるめて歴史に名が刻まれてしまう。それだけは何としてでも避けなければならない。とりあえず司祭にバレる前にさっさとこの場をずらかった方がいいだろうとミーファは判断した。
「なるほど。昔から全然寝坊しなかったのはそれが理由だったのか」レドが腑に落ちたような顔をしている。
ああ、確かに言われてみれば朝早く起きるのは全然苦痛じゃ――いやいや違う違うそんな話は後でいいと頭の中で三度目のツッコみを入れると、レドの腕とリタの腕を掴み、
「スキルを見ていただきありがとうございました。大変申し訳ないのですが、ちょっと急用を思い出したのでこれで失礼します」と頭を下げて、二人を引きずる様にその場から退散しようした。
「あ、ちょっとお待ちなさい」司祭がミーファを呼び止める。
「ま、まだ何かございましたでしょうかでございます?」焦って変な口調になっている。
「汝の人生にギルスの祝福を」司祭はニコリと微笑んで指で三角を描いた。
「ありがとうございます。それではごきげんよう。ごめんあそばせ」
オホホホと笑うとミーファはリタを小脇に抱えながら、レドの尻に膝を強めに入れつつ教会を後にした。
「勇者奇譚」→勇者達がやって来た異世界の話。勇者達からの伝聞が元になっています
「勇者伝説」→勇者達が魔王を倒す話。絵本になってます
「勇者伝記」→勇者達がこちらの世界に来てから出来事になってます
上記をまとめて「勇者物語」と呼びます




