第1話 聖女物語 その1
「リリー。お前みたいな役立たずは今日限りでパーティをクビだ」
丸テーブルが不規則に並ぶ冒険者ギルドのロビーで、リーダーのクロムが冷酷に告げた。
突然何の話か分からずにポカンとしたリリーだったが、みるみる口元が歪み、顔が紅潮していく。
「えっ、ちょっと待って。なんでアタシがクビになるの!?」
もう一人のパーティメンバーであるハテイが壁に寄りかかり、黙って二人の話を聞いている。三人は同郷の出で長年パーティを組んで頑張ってきた。
「もしかしてクエスト用の保存食をつまみ食いしてたから? それともムカつく依頼人のハゲ頭にクロム参上って落書きしたから?」
「そんな理由じゃな――おい、ちょっと待て! あのイタズラはやっぱりお前だったのか……って、違うわ!」
クロムは咳払いをして気を取り直した。
「いいか? 世の中を守る勇者パーティには足手まといは要らないんだよ。この前の闘いだってそうだ。魔王軍四天王の中でも最弱と言われる五つ子ベンジャミンの動きにもロクについていけてなかったじゃないか」
「待って違う! 正確には、遅れを取ったのは魔王軍四天王の中でも最弱と言われる五つ子ベンジャミンの中の最速派の長女ジャスミン――」
「言い訳は見苦しいぞ。俺もハテイも対応できていただろ。それだけじゃない。魔王軍四天王の中でも最弱と言われる五つ子ベンジャミンの中の鉄壁派の次男ジュラルミンにだって全くダメージを与えられなかっただろ」
「だって鉄壁……くっ、アタシだってアタシなりに一生懸命努力を」
悔しがるリリーに向かってクロムが吐き捨てるように追い打ちをかける。
「努力ってのは結果が出せて、初めて努力って言うんだよ。結果が出なきゃそれは……その、あれだ……努力不足だ! いいか? お前は魔王軍四天王の中でも最弱と言われる五つ子ベンジャミンの中の頭脳派の次女ドーパミンはおろか、魔王軍四天王の中でも最弱と言われる五つ子ベンジャミンの中のみそっカス派の三男坊ハゲチャビンにも――」
「……プッ」思わず吹き出してしまったハテイを二人は見逃さなかった。
「「ざまぁ!!」」
すかさずクロムとリリーがハテイを指さして叫んだ。そのままバチンとハイタッチ。
「はい、ハテイの負けー。今日の飲み代はお前持ちな」
ニコニコ顔のクロムの横でリリーがビール、ビールと連呼しながら小躍りしている。
「くそー。なんだよハゲチャビンって。ミン縛りじゃねぇのかよ。最弱アピも多過ぎるし、派ってなんだよ。派閥があんのかよ。あと、四天王に五つ子を入れちゃったら何天王だよ。そもそも五つ子だけで枠オーバーしてんじゃん」
少し前から王都では、主人公をメンバーから追放したパーティがクエストで痛い目に遭う冒険小説が飛ぶように売れており、それをモチーフにした『追放ざまぁゲーム』が流行していた。ルールは至ってシンプルで、我慢できずに笑ったら負けである。三人は今日の飲み代を賭けて勝負していた。
「お前ら、サービス券あったら寄越せよな」
「わーった、わーった」
「ビール! ビール!」
クロムとリリーはせっつくようにハテイの背中を押して冒険者ギルドを後にした。
外はもう日が暮れて真っ暗である。
この時間帯にギルドに残っている冒険者達は少ない。大抵の冒険者達は仕事を終え、夜の街に繰り出す時間だ。クロム達も出ていって、閑散としたロビーに残っているのはカウンターの職員と、隅のテーブルでクエストの発注書とにらめっこしている三人組だけだった。
「いいなぁ、クロム達はこれから飲みか。ウチらもさっさとクエスト決めて飲みに行きたいね」
「アホか。そんな余裕があったらこんなにクエスト選びで悩んでないっつーの」
ため息交じりに発注書の束を見下ろしてぼやいたのがパーティ《オーラ》の頭脳担当、童顔だが立派な口髭を蓄えたドワーフのシランである。シランは両手に持つ発注書を見比べながらブツブツと呟いていた。
彼らは現在、クエスト遂行に掛かる必要経費で頭を悩ませていた。
基本的にクエストは成功報酬であり、その中に諸経費も含まれる。したがってクエスト遂行中の必要経費はパーティの持ち出しとなり、資金が足りなければクエストの遂行に支障をきたす。途中でクエストを断念する羽目にでもなったら大赤字もいいところだ。
要するにかなりの金欠である彼らは、この発注書の束の中からいちばん経費の掛からない仕事を見つけださなければならないのだ。
「ちょっと言ってみたかっただけですぅ。はぁ、貧乏って罪だわ……ってちょっと聞いてんの? もとを正せばレド。アンタの食い意地のせいなんだからね」
自称清純派清楚担当の獣人のミーファが、眉間にシワを寄せながら鼻毛を抜いている自称リーダーの人族のレドを睨む。
「……痛ッ」勢いよく抜けた数本の鼻毛をフッと吹き、レドは鼻を擦った。
「だから悪かったってば」
「本当に悪いと思ってんなら、のん気に鼻毛なんて抜いてないで集中して探しなさいよ」
「そんな事言ってもさぁ」
レドはテーブルの上に散乱する発注書の一枚を無造作につまみ上げると
「経費別扱いのクエストなんて冒険者ランクが二種以上じゃなきゃまず無いっしょ。かと言って種無し向けのクエストは恥ずかしくて受けたくないし――ん? あ、これ発注書じゃないじゃん」
レドが何気なく手に取った用紙は発注書ではなくメンバー募集の用紙であった。
ギルドにはクエストの発注書が貼られるクエスト板とは別に、メンバーの募集や探し物、注意事項やイベント情報等が貼り出される伝言掲示板もあり、それは冒険者に限らず市井の人にも多く利用されていた。
「えーと、何々……『私は前世の記憶を取り戻した者です。前世で共に聖戦をくぐり抜けた真の仲間を探しています。ライフガ、デカビ、リアルゴに聞き覚えのある人は連絡を下さい。当方黒髪です』だってさ……黒髪が名前?」
「あ、それ多分先月発売された小説のネタだと思うよ。黒い髪と瞳で生まれた子が厄災の象徴みたいな感じのやつ。早速ネタされるのかぁ。早いなぁ」
「厄災ねぇ……まぁ確かに黒髪は滅多に見ないけど、転生だったり黒髪だったり伝言掲示板は色々てんこ盛りだな。あと聖女もだっけ。ホントみんなそういうの大好きだよね」
「いやでも絶対ないとは言い切れないし。そこ否定すると、じゃあ俺たちの存在は何なのって話になってしまうからな」
シランが手に持った用紙から視線を外さずに呟いた。
この世界には古き存在である人族、耳長族、獣族の三種族と、新たに生まれた三つの存在が共に暮らしている。
人族と耳長族の混血であるエルフ。
耳長族と獣族の混血であるドワーフ。
獣族と人族の混血である獣人。
七百年前にとある大事件が起きた。
それが交わることの無かった種族の垣根を壊し、環境を変え、文化を変え、全く新しい力や敵を生み出し、この世界の形を一変させたのだった。
遅筆ですがよろしくお願いいたします




