第41話 綺麗なBLにはきったねぇ2本の棘がある。
西暦2024年8月1日 午後20時半頃
石塚特人宅にて...
(ん?何か今、布団の中で何か触った気が。......まぁ、気のせいか)
「............」
「...恋バナ、する?」
「ギィヤァァァァアァァアァァッッ!!」
ホームアローン顔負けの大絶叫をかますと、俺は驚くべき速度で布団から飛び出て、脊髄反射的に眼鏡を装着し、部屋の電気を点灯させる。心臓は確かに16ビートを刻んでいた。
今確かに、布団の中から、修学旅行中の中学生のような台詞が聞こえてきた。しかもその布団は、今さっきまで俺《《1人》》で寝ていた布団だ。1人で寝ていた布団の中から、急に思春期真っ只中の男子学生みたいな台詞が聞こえてきた訳だ。そんなの大絶叫しないワケがない。
すると、その布団がモゾモゾと動き始める。その布団に目を釘付けにされ、そこからひょっこりと出てきた赤髪を凝視する。そう、布団の中から聞えてきた声の正体は、江口だった。
「え、ええ、ええ、江口ッ!!アンタ、帰ったんじゃなかったのかよッ!?なに呪怨みたいな事してくれちゃってんの!?俺の尿道括約筋が優秀だったから良かったけど、普通の人なら今頃布団の上がスプラッシュマウンテンだからね!?」
すると、冷や汗を吹き出している俺とは対照的に、涼し気な表情を浮かべる江口がのそのそと布団から立ち上がってきた。
「ごめんってトクち~ん。ただ、せっかくお泊り会するんなら恋バナは必須でしょぉ~?」
彼はそう言うと、パーソナルスペースなんてものを度外視にズンズンと俺に近づいて来た。俺はそんな彼にたじろぎ、一歩、また一歩と後退してしまう。
「ちょ、分かった、分かったから一旦ストップしてくれ!」
背中にトンっと壁がぶつかった。これ以上後退できなくなった俺を前にしても、江口は歩みを進め続ける。
そして遂に、彼の体と顔が目と鼻の先になったその瞬間、彼はようやく止まった。しかし、歩みは止まったものの、彼の動作はまだ続く。
江口は俺の逃げ道をなくすように右手を俺の顔の左側に突き出し、左手でサングラスを外した。そう、俗にいう、『壁ドン』というヤツだ。まさかこんなとこで俺の壁ドン処女を奪われることになるとは...!しかもする側ではなくてされる側で!!
息を飲み、目の前の江口の顔を見つめる。サングラスを取り払った彼の顔には、まるでルビーのような真紅の瞳がギラギラと輝いており、もはやイケメンなんて言葉で表せる顔ではなく、神性すら感じさせる程の完成された顔だ。そんな顔に至近距離で見つめられた俺の心臓は、不覚にもドキッと音を立ててしまった。なんでこの俺が野郎相手に心音を響かせなきゃいけないのか、なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないのか、なんで江口はこんなにもイケメンなのか...!!!
と、緊張と混乱から一言も発せなくなっていた俺に向かい、江口が口を開いた。何故か口臭はいい匂いだった。
「ねぇトクちん。恋バナ、しようよ。トクちんは、誰が好きなの?...やっぱりサキちん?それとも、及川かな?まさかとは思うけど、ナノちん?」
必死に視線を泳がせる。少女漫画でイケメンに迫られたヒロインが動けなくなる心境が、理解できてしまった気がする。
(あ~、なんでこんなカマ野郎に限ってSS級の顔面偏差値を分け与えるんだよ神様は...!)
俺は動揺を見透かされないように、このFランの頭脳をマッハで動かしてすぐに返答を考える。
「い、いや~、まぁ強いて言うならサキちゃんっスけど、自分女性なら大抵イケるクチなんで!多分、スーザンボイルとかでも頑張ればイケるっすよ!...ぎゃ、逆に!男は1ミリもそういう目で見れないっスねェ~!ハイ!」
江口に対し、自分がそっちの気は無い事を知らせるために、予防線を張る。しかし、彼は全く諦める気配がない。
「女性しか知らないなんて、勿体なくない?アタシが、もう一つの選択肢、教えてアゲルってのはどう?」
「!!」
江口はそう言い捨てると、躊躇いもなく俺の顎を左手でクイっと持ち上げた。そう、俗にいう『あごクイ』だ。
またしても俺のあごクイ処女がこの男に奪われてしまった!...やはりする側ではなくされる側で!
俺は瞳を震わせながら、江口の悪戯な紅い瞳を見つめ返す。
「ちょ、まさか、本気で俺を、その...襲うつもり...なんですか...?」
彼の完成された顔面を前に、つい敬語で喋ってしまった。江口は目を細めて口角を上げ、小さく頷く。
「い、いや、この小説アレですから!そういう描写は無しってことになってますから!このままだとあらすじに、(※BL描写アリ)って追記しないといけなくなっちゃうから...!!」
しかし、それでも江口は動じないまま、俺の顔を無言で見つめてくる。
(あ、やばい。このまま、俺、そっち側の世界、教えられちゃうかも...。け、けど、こんなイケメン、滅多に居ないし、女子に自慢できそう...。い、いや俺が掘られる話なんか人に話せるワケねぇ!!...で、でも、この雰囲気、マズい...)
俺は無意識の上に目を細め、体の力を抜いてしまっていた。もうすでに、俺の体は江口にされるがままの、完全無防備ともいえる程、脱力していたのだ。
夜風に乗って運ばれる鈴虫の歌声。
LEDに照らされた四畳半の狭い部屋。
そこにいるのは二人のオトコ。
何も起きないハズがないのか...
俺は未だ決心がつかないまま、江口の次の行動に身を強張らせた。
そして遂に、江口の唇が俺の唇に近づき...
(あぁ、母さん、ごめん。俺、母さんの見てない所で、未来人のオカマに、ファーストキッス、奪われちゃうかもです......)
部屋の中には、二人の息遣いと、古びた置き時計が響かせる秒針の音だけが木霊して___
「ドッガァッ!!」
もう俺と江口の唇が限りなく近づいたその時。物騒な物音が、部屋の静寂をブチ破った。
我に返って物音の方を振り返る俺。邪魔が入ったとでも言わんばかりに不機嫌そうな顔を浮かべる江口。
物音がした方は、玄関だった。そして音の正体は、何者かが扉を蹴破った音。それを裏付けるように、可哀想な玄関扉が無残にも突っ伏していた。
そして、扉を蹴破った者の正体が、月明かりに照らされて俺の瞳に映る。
「な、なんで、ここに...!?」
その玄関先に立っていた人物の正体は、我らが上司であり、江口に続く、特課のもう一人の未来人。そして何より、俺を未来に連れ去った張本人。
そう、あの及川であった。
「そォこまでじゃァァーーッ!!こんのガチホ〇野郎がァッ!!」
続くッ!!




