第38話 嫌いな奴ほど名前を憶えやすい。
西暦2324年 特課オフィス内にて...
「...あ、そうだ!あ、あのぉ~、江口さんって、フルネームはなんていうんですか~?」
俺が精一杯ニコニコと笑顔を作りながら様子を伺うと、江口はソファーに背中を預けて、わざとらしく口を尖らせた。
「も~うっ!トクちんったら敬語なんて使わないでよ~ん!梅子には敬語なんて使ってないでしょ~?」
彼の返事は、俺の問いかけに応える内容ではなかった。それと同時に、俺のただでさえぎこちない作り笑顔が、より一層ぎこちなくなる。
俺の中で、一つの疑問が生まれたからだ。
「う、梅子って、誰っスか...?」
そう。俺が引っかかったのは、彼の口から飛び出してきた聞き馴染みのない『梅子』という名前。俺の知り合いに、そんな昭和初期みたいな名前の人物が居ただろうか。
すると江口は、俺の反応にほんの少しだけ驚いた顔を浮かべて、デスクが並ぶ仕事場の方に人差し指を向けた。彼の人差し指の先には、本来仕事をするための机の上で熱心に音ゲーに取り組んでいる我らが銀髪上司が一人、座っていた。
「トクちん、梅子の名前知らなかったのぉ?彼女の本名、『及川・エクストラデッキ・梅子』よぉ?」
その時、頭の中で何かが繋がった音が聞こえた。
(そ、そういえばそうだったァーッ!アイツの本名、第2話で一回しか聞いたことなかったし、いっつも及川って呼んでたから完全に忘れてたァーッ!!)
あの銀髪未来人がこんなにも大正後期みたいな名前をしていたことを思い出し、心地の悪い違和感を抱えながら及川を眺める。
「いやぁ、俺が及川と出会ったのって現代、...つまり西暦2024年の時だったし、その時は及川が俺より年上だって事も知らなかったワケで、その時の流れでずっとタメ口というか...。ま、まぁ俺は常識弁えた『大人』なんで、目上だと思った人にはちゃんと敬語使うってコトっすよ!」
すると何やら、横から俺に突っかかってくる声が聞こえてきた。そう、あのナノハの声だ。
「オイ、じゃあ何でワシの時は初めっからタメ口じゃったんじゃ。一目見た時から下の存在だってか?っていうか、今自分の事大人って言ったなオイ?失禁しながら女子中学生の背に隠れる奴が大人か?ん?」
「...黙ってなさいナノハ。今は大人のお話をしているんだ。っていうかまた俺が聖水出しちゃった時の話したなテメェ。次それ言ったらお前の全身を__」
「なんじゃ?殴ったりするか?ふふっ、守備力カンストしているワシに手も足も出ないくせになぁ!」
「お前の全身を、なめる」
俺の紳士的な視線が、ナノハを舐め回すように揺れ動く。ナノハの引き攣った顔がいい気味だ。
(まったく、俺が本気で言ってると思ってるのか?...2万までなら出せるが)
と、横に座っているメスガキを大人の余裕で理解らせ、俺は再び江口の方に向き直る。
...その時、俺の視界の隅を紫色の光が走った。次の瞬間、俺の頬に静電気のような微かな衝撃が伝う。俺は息を飲み、視線だけをゆっくりと横に動かして自分に向けられた人差し指を視認する。
「特人さん、悪趣味な冗談は控えてくださいね?特人さんがナノハちゃんの体を舐め回すくらいなら、私がナノハちゃんの体を舐めつくします」
俺が顔を真っ青にして振り返ると、笑っていない笑顔を顔面に貼り付けてコチラに微笑みかけるサキちゃんが立っていた。普段ならサキちゃんの笑顔を脳に焼き付けようとするが、今回ばかりは彼女の笑顔があの世の入り口に見えたのですぐに目を逸らす。
「...ホント、スミマセンデシタ」
「っていうか、ワシの体は結局狙われておるのか...」
横に座っていたナノハは、自分の体を抱きしめながら慄いていた。
「やっぱりアナタ達見てると飽きないわねぇ~!けど、このままだと話が進まなそうだから、アタシが強引に持ってちゃうわねぇ~」
そ、そうだった。この話は俺が江口のフルネームを尋ねた所から始まったんだった...
俺はサキちゃんが人差し指を下げたことを確認し、ずっと胸に詰まってた重い息を吐き切る。
「アタシの本名は『江口・裏側守備表示・一真』よぉ~」
「おいちょっと待て。...え?ウラガワシュビヒョウジ?」
俺は敬語なんか忘れ、思わず彼のミドルネームを聞き返す。
「いやいやいや...!確かに未来人は皆、ミドルネームに何かしら遊〇王関連の名前が付いてたよ!?けど、ミドルネームが『裏側守備表示』...!?親はどういう神経で子供にそんな名前つけてんの?」
するとここで、さっきまで業務そっちのけで音ゲーに没頭していた及川が小型のイヤホンのようなものを耳から取り外し、椅子を回転させてこちらに顔を向けた。
「『守備表示』って名前はこの時代多いで。『裏側守備表示』と『表側守備表示』で双子に付けるのとかも流行ってるしな。うーん、ジブンらの時代の『はると』とか『りく』みたいな感覚やな」
「そんな感覚が遊〇王に反映されて堪るか」
「ちなみにアタシの親は、”リバース効果で一矢報いるような人間になりますように”っていう想いを込めてこの名前にしたらしいわぁ~」
「いや別に聞いてないし。っていうかどういう想いだそれ。なんで人間にリバース効果の想い込めてるんだよ。自分の子供がリバースポッドにでも見えてんのか」
俺は未だ理解できない未来の価値観に翻弄されつつ、もうこの話題に深く触れるのはやめようと決意した。
俺はソファーに身を沈ませながら、脳を休ませて深く溜息をつく。その溜め息が聞こえたのか、江口が仕切り直すように口を開けた。
「ま、今日はみんな疲れたわよねぇ~!」
(主にお前でな)
「ってことで、トクちんとナノちん、あとサキちんも一旦、現代に帰ったらどうかしらん?」
彼の真っ赤な瞳が、サングラス越しに俺達の顔を順に見ていた気がする。
...それにしても、たしかに疲れたな。この2日間、俺の21年の人生で一番長かった気がする。
まず、未来生活2日目の俺とナノハに下った、謎の大男捜索命令。これが予想外の形で呆気なく見つかり、更にその指名手配犯、いや、ブルーに買収された挙句、俺とナノハは協力までして暴力団を潰した。何度も死を覚悟したし、最後なんか江口が居なかったら今頃ミンチ状になっていたことだろう。そして及川から「逃げないように」という事でこのオフィスに一泊させられ、つい先ほどの大説教。
本当に、濃密というには濃度が高すぎる2日間だった。
俺は疲労がどっと出た顔でサキちゃんとナノハの方に目くばせをし、2人にも帰る意思があるか確認した。サキちゃんはともかく、ナノハもなんだかんだ相当疲れている様子で、今にもお家に帰りたいと言うような眼でコチラを見つめ返してきた。
俺は現代人3人衆を代表し、江口に向かって口を開く。
「それじゃあ、俺達は現代に帰らせてもらおう。...江口が言うように、疲労困憊で体の節々が痛ぇ」
横のナノハもコクリと頷き、サキちゃんも同調するように「そうしますか」と続いた。すると帰宅モードの俺達に警告を出すように、及川が再び横目でコチラを見てきた。...特に俺と目を合わせて。
「そんなら今日はお疲れさん。明日も元気に出勤してくるんやで~。...月給が951円になった奴も含めてな~」
(ムカっ!)
「...分かってますよ、『梅子』さん!...あ、そういえば俺の曽祖母ちゃんも同じ名前だったっけなぁ~!」
「おい何が言いたいんやクソガキ。『梅子』って名前はなぁ、この西暦2324年の世界で、今をトキメク超正統派な名前やからなッ!!」
俺はこれ以上及川からの反撃が飛んでこないうちにさっさと現代に戻ってしまおうと思い、自分の指輪を確認する。銀色に輝くシンプルな指輪は、相変わらず俺の人差し指にすっぽりとハマっていた。こんな小さな指輪型の装置で時間を好きに移動できちゃうんだから、未来のテクノロジーには感服する他ない。
そして自分の意思で時空を超えるのも、これで3回目。流石に馴れてきたもんだ。
俺とナノハとサキちゃんはもう一度お互いに目くばせをし、同時に心の中で叫ぶ。
(元居た現代、西暦2024年の8月1日に戻れッ!!)
次の瞬間、俺の下半身を、タイムリープ時特有の浮遊感が包み込んできた。
こうして、一連の騒動は幕を下ろした。
...ハズなのだが?
続くッ!!




