第36話 最低賃金と理想は高くあれ。
前回のあらすじ!
今回の騒動の処分として、主人公は一年間の月給が驚異の『951円』となるのであった!!
西暦2324年
特課オフィス内...
「...おぉい及川ァ!!テンメッ...それは横暴が過ぎるだろッ!なんでナノハの『3ヶ月減給』に対して俺は『一年間月給951円固定』なんだッ!釣り合ってなさすぎる!!林家ぺーとパー子のボキャブラリーくらい釣り合ってねぇよ!...ってかシレっと一発芸も付け加えてたよね?絶対今思いついたよね!?一発芸は上からの指示じゃないよね!?」
「...一発芸も上からの指示や。林家ペーパースタイルでもええぞ」
「林家ペーパースタイルの一発芸って存在しねぇだろ」
及川は未だに厳正な表情で俺と向き合っているが、もう彼女の業務的な威圧感に騙されはしない。ここまで来たら、とことん及川に反論する気で戦ってやる。
「っていうか、そもそもなんで951円なの?キリ悪くてなんか気持ちワリィし!それだったら1000円で良くねぇ!?」
「951円は秋田県の最低賃金(2025年時点)や。流石に日本の最安賃金を下回るのは可哀想やったから、お情けで951円ってトコやな。感謝しぃ」
「いやそれ時給だよね?なんで秋田県民が一時間で稼ぐ金を、俺は1カ月かけて稼がなくちゃなんねぇんだよ!ってか警視庁は東京なんだから、東京の最低賃金でいいじゃんッ!!」
「あーもうさっきからゴチャゴチャゴチャゴチャ五月蠅い奴やなァ!言っとくけど、別にジブンのクビ、こっちで切っても良かったんやで?それをな、こーゆー処分でまだ居させてやるって言ってんねやから大人しく従っとけや。それとも何か?ジブンみたいな奴に、特課以上の職場が見つかるとでも思っとるんか?」
「クッ...!」
悔しいが、及川の言う通りだ。自分で言っていて悲しいが、俺は大した取柄もないただの落第ギリギリ眼鏡大学生。
学生時代に力を入れた事なんてパチンコくらいしかない俺は、きっとこの先就活なんかをしても、ロクな職場に出会えないだろう。...いや、職場に出会えたらまだマシな方か。最悪の場合、親の脛をチュパチュパ吸うだけの化け物、『チュパカブラニート』になる可能性だってある。
そんな俺の前に向こうから転がってきた、この公務員の職。例え貰える給料が、秋田県民の最低時給だと同額だとしても、それもあと1年耐えれば良いだけの話...!今はこの苦汁を何とか飲み干し、特課の仕事を失わないようにすることだけを考えるしかない。
俺は苦渋の選択の末、法に抵触しているであろう驚異の安月給を飲み込むこととした。及川は俺が反論しなくなったのを見て何かを察したのか、ほんの僅かに微笑んで顔を上げた。
そしてさっきまでの任侠映画のような恐ろしい表情とは打って変わり、今度は余裕を感じさせるような緩い表情で、俺とナノハの顔を交互に見定める。そのまま彼女はソファーからゆっくり立ち上がると、さっきまでの気迫が嘘のように、いつもの関西弁で悠々と話し始めた。
「ふぅ~。ほなら、これにて説教は終了やな。二人共、処分には納得してくれたようやし?」
本来ならば、「ざけんなクソアマ。きりたんぽ県の最低賃金で納得するわけねぇだろうが」と、喚き散らしたいところではあるが、俺はこの職場に在籍することを取った。今回の処分は手痛すぎるが、甘んじて受け入れよう。
俺の横に座っていたナノハも、3カ月の減給を言い渡された時は不服そうにしていたが、俺の驚異的な処分の重さにはご満悦の様子で、今ではその小さい体をソファーの上に大胆に投げ出している。自分より不幸な奴を見ると謎の快感が発生するのは分からなくもないが、不幸側でその現場に居るのは想像以上のストレスだ。
及川は俺達への説教を終え、まるで今日1日の仕事を全てやり終えたかのような充実した顔で自分のデスクにテクテクと戻っていった。とにかく、今回は俺もナノハも及川から言い渡された処分は受け入れるという結果で落ち着いたのであった。
(まぁ月給951円は頭おかしいけど、サキちゃんみたいな可愛い子が居る職場なら、本来ボランティアでも働きたいくらいだしな)
俺は自分を自分で納得させながら、サキちゃんの方を目で追う。
すると丁度、サキちゃんはさっきまで飲んでいたティーカップをデスクの上に置いて、こちらに歩みを進めている途中であった。無事、及川のガン詰め説教から生き延びた俺への労いの言葉なんかをくれるんだろうか。
サキちゃんはさっきまで及川が腰を下ろしていたソファーの横まで歩みを進めると、一旦止まり、俺とナノハの方に向き直った。そしてソファーに腰を下ろすことなく、彼女は立ったままで口を開く。
「及川さんにはこっぴどく怒られちゃいましたね、あはは...」
サキちゃんは決して俺達を責めるような言葉ではなく、寄り添うような言葉を温かく送ってくれた。彼女のはにかんだ笑顔には、女神なんて言葉で片付けられない程の神聖さと麗しさが灯っている。さっきまで説教してきた、どこかの銀髪関西弁女も見習ってほしいものだ。
そんな感じで俺はサキちゃんの笑顔に見惚れていると、横に座っていたナノハが溜め息交じりで愚痴を溢す。
「全く、こんなに怒られる羽目になるとは思ってもみなかったぞ。しかも3か月減給だなんて...はぁ」
ナノハがそう呟いて疲れたように俯くと、サキちゃんが慌てたようにナノハに向かって声をかける。
「お、落ち込む気持ちも分かります...!ですが実は、私もナノハちゃんの処分を軽くしてあげたくって、色んな人に協力してもらってたんですよ...!」
サキちゃんの言葉にナノハが反応する。
「む、そうだったのか。わざわざすまないな、サキよ...」
「いえいえ!ナノハちゃんの為なら当たり前ですよ!」
俺は感動した。サキちゃんは職場の仲間の事を思い、見えない所で動いてくれていたのだ。
(と、いう事は、もしかして俺のことも...?)
俺はさっきからナノハの方にしか目を向けないサキちゃんの横顔に、思い切って話しかける。
「も、もしかして、サキちゃんは俺の処分も軽くしようと動き回っててくれてたのかな...?もしそうだったら、まずありがとう。そしてこれから先、サキちゃんに何かあったら俺が絶対に君をまも___」
「あ、特人さんに関しては何もしてないので。っていうか、普通にクビじゃないんですね」
「__っすよね~。逆にアレで軽くしてもらってたら、元の処分どんだけ重いのって感じだし?秋田県の最低賃金以下って、メキシコとかですかー!なんて、ハハハ...」
俺が傷つきながらも放った渾身のギャグすら一切触れられずに、サキちゃんはすぐに俺から顔を背ける。そして俺の存在なんて無かったかのように、意気揚々とナノハに対して言葉を紡ぐ。
「...それで話を戻すと、今回ナノハちゃんの処罰を軽くするために一番協力してもらったのが、この方!江口さんです!!」
サキちゃんはわざとらしく身を翻して、左隣にいる人影に手を差し出す。彼女に手を差し出された人物は、もたれかかっていた窓から背を離し、一歩だけこちらに近づいて来た。その特徴的な真っ赤な短髪がサッと揺れる。
...そう。その人物こそ、先程まで及川の後ろで静観していた男であり、俺とナノハの命を救った男。5人目の特課にして、及川に続く俺達のもう一人の上司、『江口』だった。
彼は真っ黒なサングラスをカチャリと頭の方に掛け直し、俺達の顔を交互に見渡した。サングラスの奥から出てきた真っ赤な瞳はどこか芸術的でもあり、江口の端整な顔立ちを一段と際立たせている。
そして一通り俺とナノハの顔を見終えると、再びサングラスを掛け直し、滑らかに口角を上げて自己紹介を始めた。
「ど~も~。今ご紹介に預かっちゃいました、『さんずい』に『エロ』で、『江口』で~す!ナノちんとはもう何回か会ったことあるけど、トクちんとは騒動の時以来...まだ2回目よねん?あの時はちゃんとした挨拶ができてなかったら、これを機によ・ろ・し・く・ねっ!」
彼(?)はそう言い終えると、俺に向かって投げキッスをしながらウィンクをしてきた。
その時俺は、心の中で何かに気づいてしまった。
...いや、正直、一回目の邂逅から薄々感づいていた。
それは......
(こ、こいつ、...オカマキャラだァァッーー!!)
続くッ!!
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