第32話 想定内に行くことが想定外。
前回のあらすじ!
【速報】本作の主人公である石塚特人、29話ぶり2回目のお漏らしを記録する。
西暦2324年
和田組壊滅作戦成功後、檻の中にて...
俺は右手を股間のあたりに持っていき、ゆっくりズボンを触ってみる。
「ぴちょ」
ズボンは、確実に、濡れていた。
そう、まるで今ガンジス川から上がってきたインド人かってくらい、濡れていた。
(...ふぅ。...漏らしちゃった!笑)
とりあえず俺は目の前のナノハから視線を逸らし、ブルーの方を睨む。彼は相変わらず息を荒げたまま、拳を硬く握りしめていた。
こうなったら仕方ない。俺はナノハから目を背けたまま、彼女に叫ぶ。
「...くそっ!ナノハ!俺の事はいい!お前だけでも逃げろ!!」
「おい失禁大学生。なにカッコつけて話逸らそうとしてんだ。そもそも逃げ道ねぇんだよ。...漏らしたんじゃな?大学三年生にもなって、漏らしたんじゃな?」
「ち、ちげぇし。これは、アレだよアレ。漏らしたとかじゃなくて、小便を足に纏わせて滑りを良くし、普段の1.5倍の速度で走れるようになるって言う、伊賀の里に伝わる古代忍法系のアレだよ」
「そんなきったねぇ忍法あってたまるか。...え、ってか嘘でしょ?まさかその汚いズボンのまま、さっきまでワシの背中にくっついてたの?マジで最悪なんだけど」
「......」
ナノハの、自分のキャラ付けも無視した言葉責めが展開される中、俺は生乾きになったズボンよりも冷え切った心でただ佇むことしかできなかった。
と、そんな地獄みたいな空間に、突如騒々しい音が響き渡った。
「オカピィッ!!ヨコヅナサシガメェッ!!」
パリンッ!!パリンッ!!
それは、ブルーが動物の標準和名を叫びながら拳を振り下ろす音と、俺らの事を守っている壁が徐々に削られている音であった。
檻の中に居る俺とナノハ、そして依然気絶したままの組長まで破壊するために、理性無きあの狂犬は再び動き始めたのだ。
ブルーに殴られている檻の壁は、ガラスが砕けるような甲高い音を立てて、徐々に亀裂を広げていく。
流石にお漏らしとかそんな話題している場合じゃないと理解したのか、ナノハもいよいよ顔を青ざめて後ずさりする。
「く、クソ!ワシはこんな、失禁野郎と一緒に死にとうない...!!」
「テ、テメェ!そのイジリやめろや!...『弘法にも筆の誤り』ならぬ、『膀胱にも尿の誤り』ってか!」
「...クソ!こんなおもんない奴と一緒に死にとうない!!」
今こうしている瞬間もブルーの破壊行動は続いており、檻に刻まれた白い亀裂は中心から放射状に伸び続けている。恐らく、この壁ももう1分と持たないだろう。
ナノハは檻の床を拳で叩きながら、半泣きで呟く。
「うぅ、せっかく組長も保護し、万事快調に作戦が運んだと言うのに、こんなアクシデントで命を失うことになるとはぁ...」
「...あ、そうか」
思い出した。ナノハの今の言葉で、思い出したのだ。
今まで忘れていたことが恥ずかしいくらいのことを、俺はようやく思い出した。まぁ、未来に来てまだ2日目だから、体に染みついていないのも無理のない話なのだが。
俺はニヤリと微笑むと、ナノハの黒い瞳に語り掛ける。
「なぁ、何か忘れちゃあいないか?...例えば、俺の『特能』のこととかな!!」
一瞬、ナノハは動きを止めて、キョトンとした阿呆らしい表情を浮かべた。2秒後、ようやく言葉の意味に気づいたのか、彼女は目を輝かせて勢いよく立ち上がった。
「そ、そうか!!お主の特能を使えば、ワシと二人でここではない誰かの後ろにワープできるということか!!」
俺は目を細めて静かに笑みを溢すと、小さな囁き声で「ズァッツ ルァイト」と付け加えた。
すると、ナノハはさっきまでの俺を拒絶するかのような姿勢を一転させ、急かすように俺にしがみついてきた。コイツの小さい体は暖かい。
「そういう事なら早く特能を使うんじゃ!ほら!こんな小便まみれの男にくっついてやってんだから、早くワープ!!」
今こうしている間にも、ブルーは檻にひたすら攻撃を浴びせ続けている。所々檻の壁が彼の攻撃に耐えられなくなり、ポロポロと砕け落ち始めていた。
流石に女子中学生の感触を味わうのもここまでだと思った俺は、仕方がなく『特能』を発動する準備へと入った。
「よし、じゃーしっかり掴まっとけよナノハ!とりあえず、特課に居るであろう及川を対象にして、『気づいたらそこに』を発動する!」
「うむ!正直、この現状を及川に報告しなければいけないと思うと胃が痛いが、背に腹は代えられん!頼んだぞ特人よ!」
ナノハの俺の腰を掴む手が、より一層力強くなったのを感じた。
俺は目を瞑り、頭の中に及川に関する全てを想像する。彼女の居るであろう俺達の仕事場、特課のオフィス。そして彼女がいつも座っている安っぽいデスク。そして彼女の、肩上まで切りそろえられた銀に艶めくあの後ろ髪。
それらを想起し、俺は声に出して念ずる。
「いくぞ!『気づいたらそこに』!!」
「......」
「......」
俺はふと、違和感を覚えた。
今まで自分の特能を使ってきた時は、毎回足の裏に何かしらの変化を感じ取っていた。それは勿論、ワープすることによって足場の素材や踏み心地が変わることによる変化なのだが。
...しかし、今回はそれがなかった。
俺は猛烈に嫌な予感を抱えながら、ゆっくりと目を開く。
...するとそこには、
「嘘だろ......」
つい5秒前と何ら変わり映えのない、あの絶望的な景色が映し出されていた。
透明の壁越しに見える、荒れ果てた内装。そして俺らの檻を叩き壊そうとしている、狂犬。
つまり俺達は、ワープができていなかった。
今の声に反応したのか、いつの間にか俺にしがみついていたナノハも目を開いていた。そして俺と同様、想定外のこの事態を目にしてしまい、口をわなわなと震わせ始めた。
「...ぅ、うおぉぉぉい!!!ちょ、え!?どういうことじゃ特人!!お主、及川を対象にして特能を使ったんじゃなかったのか!?な、何故ワシらは、一ミリも動かずにこの死地に留まっているんじゃ!!」
彼女は現状を理解できないと言った顔で、俺の顔を見上げる。しかし、現状を理解できない顔をしているのは、俺も同じだ。
俺は自分の顔から血の気が引いている事を直感し、ナノハの目を見ることもできない。
「ど、どうしてだ...。今まではこれで発動してたのに!」
俺は何とか脳みそを稼働させ、何故今このような事態に陥っているのかを考えた。このFラン大学が誇る奇跡の頭脳を駆使し、俺は考えたのだ。
「...そうか!!」
その結果、一つの仮説に行きつく。となれば後はその仮説を検証し、それが真実なのか探るだけだ。
というワケで、俺はゆっくりと腰に手を伸ばした。手を伸ばした先に居るのは、未だ俺の腰にしがみついて涙目になっているナノハだった。
...そう、俺の仮説とは、『一人じゃなかったから成功しなかった説』である。
と、ここでナノハは俺の狙いを察したのか、思い切り俺の手をはねのけた。そして、彼女はまるで俺の事を非難するかのような視線を向けてくる。
「まさかとは思うがお主、ワシを切り離せば特能が発動して、自分一人は生き伸びられるとか思ってるんじゃないじゃろうな!?」
「.......そ、ソンナワケ、ナイジャ~ン?」
一瞬、この空間を嫌な静寂が包んだ。しかし2秒後、この静寂はナノハの怒号によって打ち破られる。
「...こんのゴミ大学生がァァ!!絶対にワシは離さんからな!!たとえこのまま死ぬにしても、お主だけ生き永らえることは絶対に許さんッ!!」
俺の腰に巻き付いていたナノハは、より一層強い力で俺の腹部を圧迫し、俺を道連れにしようとしてきやがる。
しかし、俺もこんな所でのうのうと死ぬわけにはいかない。何とかこの女子中学生を引き剥がそうと、疲れ切った体で抵抗する。
「ちょ、離せやクソ中二病!!お前、たしか2話前のエピソードで、『お主が居たおかげで、初仕事がこんなにも楽しいものになった(裏声)』とか赤面して言ってただろ!!俺のこと好きなら大人しくこの手を離しやがれ!!」
「ハァ!?誰がこんなアンモニア臭い大学生好きになるんじゃ!ってか、それ出すんならオメェも2話前、『...ずっと横に居てくれて...あ、ありがとうな///』とか言ってたじゃろ!あの時赤面してるお前がキモ過ぎて、胃液喉まで来てたからな!!」
「だっる!この中二病メスガキ、チョーダルいんですけど!!あーもうお前知らね!ワンチャンまだ助けてやろうかなとか思ってたけど、本気で助けないっすわ!!」
「最初っから助ける気なんてない癖に、よくそんなこと言えるのう!けど、ワシは絶対にこの手を離さないからな!!ワシがここで死ぬんならお主もここで死ね!!」
俺とナノハはこの絶体絶命の状況で、お互いの足を引っ張り合って貴重な時間を浪費した。
そして当然、時間が経てば俺達の最後の砦も徐々に壊されていく訳で...
「バッギィィィィィィンッッ!!!」
互いの罵倒に夢中になっていた俺とナノハの耳に、ガラスが破裂するような、空気を切り裂く嫌な音が響いた。
「あ。」
「え。」
遂に、その時は来たのだ。
俺達が同時に振り返った先では、粉々に打ち砕かれた壁の破片がキラキラと飛び散っている。そして、檻には大きな穴ができていた。
その穴の奥から、鼻息を荒くしたブルーが恐ろしい形相でコチラを睨んでいた。
遂に俺達は、最後の防衛ラインであったこの檻の中に、破壊神の侵入を許してしまったのである。
続くッ!
最後まで読んでくれてありがとうゥ!評価、感想、ビシバシよろしくゥ!!




