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その9

 何とか降りられそうな足場を辿りながら、海面近くの岩場までたどり着くと、ヒメアが半泣きの状態でセイアの方へ近づいてきた。

「おにーさん、早く来て。おねーさん、動かないの……」

 分かってはいたが、この辺りは一面がごつごつとして非常に足元が悪い。しかも、月明かりを以ってしても、すごく暗い。慎重に動かないと、すぐに海水に足を突っ込むような場所だ。そんな中、本当にやっと一人分くらいのスペースが確保できる平坦な岩の上に、アリアが横たわっていた。

「大丈夫か、アリア」

「……何とか。背中、打った」

 小さな声で答えるアリアは、それでもセイアの姿を見て、ほんの少しだけ微笑を浮かべた。

「……とっさに、二人乗りで、近距離ワープで……いけるかな、と思ったけど、やっぱ暗いと無理だよな。結構高い位置から、落ちちゃって……」

「ヒメアを上にして、おねーさんが下になって落ちてくれたの」

 そういうヒメアは、アリアの隣にぴったりと寄り添うようにして座り、小さな手のひらで何度も目をこすっている。アリアは手を伸ばし、そっとヒメアの髪をなでた。

「ごめんな、怖い思いさせて」

「ううん、全然!おねーさんにぎゅっとされてたから、ヒメアは全然、怖くなかった!」

 それはさすがに嘘だろう。そして、特に何の落ち度もないアリアが謝るのは、もっと早く助けたかったという後悔なのだろう。二人のやり取りを聞きながら、セイアはアリアの背中辺りに手をかざそうとした。もちろん治癒魔法を使おうとしたのだが、その瞬間、強く拒絶された。

「待って。ヒメアが、先。俺は、後にして」

「えー……」

 セイアにしてみたら、それはないだろう、という感じだった。確かにヒメアも少しはケガをしている。だが手足を擦りむいた程度だ。それより早く、痛みのために呼吸が乱れているアリアの治療をしたい。

 とは言っても、こうなったらアリアは絶対に引かないだろう。ここで押し問答をするよりは、早めにヒメアの治療を済ませてしまうのが近道かもしれない。

「よし分かった。ヒメア、どこか痛いところある?」

 気持ちを切り替えてヒメアに向き直ると、少女はかくん、と首を傾げた。

「ひじとひざが、ちょっと痛い。すりむいたの。でもおにーさん、お医者さんなの?」

「違うけど、まあ、似たようなもんかな。じゃあ、ちょっと治してみるね」

 手のひらから光を出してヒメアの肘の辺りにかざすと、少女は驚いたように丸い目をさらにまん丸にした。やがて、その目が感動したようにきらきらと光り始めた。

「すごい!すごい、よく分かんないけど、なんかあったかい!治ってるのが、分かる!これって、魔法なの?おにーさん、魔法使いなの?」

「そうだよ。そっちのおねーさんも、魔法使いだよ。ワープしただろ?」

「すごーい!」

 夢中になっている時の子どもの目って本当に光るんだなあ、とセイアが驚きながらヒメアを見ていると、ヒメアはふと、何か考えるように黙った。そして、打ち明け話をするように、声をひそめて話しかけた。

「……あのね。ヒメアも、魔法使いなの。まだ、かくせい?……してないから、今はなんにもできないけど……ヒメアもかくせいしたら、おにーさんやおねーさんみたいに、なれる?」

 思ってもみない言葉だった。

 自分の能力なんて、大したことないと思っていた。大して役に立たない力、こんな力を持って生まれたせいで、自分はこの先もずっと『普通』にはなれないのだ、と。

「もちろん!ヒメアはもしかすると、もっとすごい魔法使いになれるかもしれないよ」

 あまり考えずに、勝手に口から言葉が飛び出ていた。

 本当に、そうであって欲しいと思う。魔術師の子どもが、忌み嫌われない世界を。誰かの身代わりに暗殺をする、そんな捨て駒にならない社会を。そして、このきらきらした瞳に恥じないような『魔法使い』をたくさん世に送り出せる、そんなオズであって欲しい。そう思うと、忌み嫌われる筆頭である自分にも、何かできることがあるような気がしてきた。何ができるのかは、まだ分からないけれど。

 ヒメアのケガは擦り傷と軽い打ち身で、治療はだいたい五分程度で終わった。すぐにアリアの治療に入ったが、こちらはおそらく腰の骨にひびが入っていて、それなりに時間がかかりそうだった。

「ごめん、アリア。俺、すぐに動けなくて」

 光を当てながら、話しかけた。あの時アリアが飛び出さなければ、ヒメアがここにこうして五体満足でいることはなかっただろう。そう思うと、腹の底が冷えるような心持になった。

(俺だって同じことができるはずなのに、アリアだけ危険に晒して)

 だがアリアは、そんなセイアを見て、おかしそうに少し笑った。

「何言ってんの、おまえ、捕縛魔法かけてくれたじゃん。三人も」

「……え、ほんと。役に立った?俺」

「当たり前じゃん。それに俺は考えずに動いちゃうタイプだからさ、それで怒られることはあるけど、なんでごめんとか言うかなあ」

 治療を始めるとすぐに、アリアは呼吸が楽になったようだった。やはり、かなり痛みを我慢していたのだろう。

 ヒメアはセイアにくっつくようにして座り込み、かわるがわる二人の様子を眺めていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。

「おにーさんとおねーさんは、恋人どうしなの?」

 セイアは変な声が出そうになったのを、かろうじて咳をしてごまかした。あまり集中力を削ぐようなことを言わないで欲しい。アリアはそんなセイアを見て、笑いながらヒメアに答えた。

「違うけど。なに、そう見える?」

「うん。とっても、お似合いだと思う」

 まじめくさった様子で返事をするヒメア。アリアはなおも笑いながら、

「だってさ」

と言ってセイアの顔を覗き込んだ。セイアはふーん、と生返事をして、アリアとは視線を合わせなかった。そんなことを言われても、自分はいったいどうコメントすればいいというのだ。暗くてよかった……絶対今、顔が赤くなっている。

 その後、しばらく時間をかけてアリアのケガを治した。最終的に、痛みはないか、ちゃんと関節が動くかの確認作業をしながら、アリアが立ち上がってゆっくりと体を動かすと、ヒメアがそれを見て「うわあ……」と声を上げた。

「おねーさん、治った。良かったあぁ……」

 アリアはヒメアに柔らかな笑顔を向け、そのままセイアの方へ振り向いた。

「心配してくれてありがと、ヒメア。……セイアも、治療ありがと」

 このあとどうする、という話になり、とりあえず倉庫へ戻ることになった。三人で倉庫まで移動する間、ヒメアはアリアにべったりで、ずっと手を繋いで離さなかった。子ども相手に心が狭いと自分でも思うが、普通にうらやましい。

(ま、別に恋人でもなんでもないし。どうせ手なんか繋げないし)

 布をめくって倉庫の中に入ると、捕まった男四人が横一列になって座り込んでいて、その光景に少しぎょっとした。手首と、足首をそれぞれ固く縄で縛られている。そして、警察署で会った若い警官が、彼らの隣に見張りで立っていた。セイアとアリアの姿を認めると、彼は軽く目礼した。

「捕縛魔法が解けそうだったので、きっちり縛っておきました。ケネイアさんは、近くの民家に電話を借りに行ってます」

「了解です、ありがとう」

 セイアの掛けた捕縛魔法は、あくまで一時的なもので、一定時間が経過すると解けてしまうのだ。あまり時間がかかるようなら捕縛をかけ直さなくては、と思っていたが、その前に警察が到着して良かった。男たちは縛られながらも、凝りもせずに、今回の失敗についての反省点についてあれこれ語り合っていた。

「いやだからさ、この間のガキにも逃げられたんだから、やっぱり縄はかけておくべきだったんだよ。五歳児を縛るのはどうのこうのとか言ってないでさあ」

「でも、仮に縄がかかってたとしても、今回は失敗だったんじゃねえの」

「まあ、結果的にそうだとしてもさあ」

 多分こいつらの反省すべき点はほかにある、と思いつつ、セイアは余計なことは言わずに、彼らの邪魔にならないよう倉庫の片隅に立った。ヒメアは、当然だが男たちには近づきたくないようで、アリアにくっついて不機嫌そうな顔で彼らの方を見ていた。だが、ふと何かに気付いたようにアリアから離れ、オートモービルの方へそろそろと近づいた。

「鏡が付いてる……」

 確かに、サイドミラーというのだろうか、確認用の鏡が車体の横に付いている。ヒメアはそれを覗き込み、そこに映る自分の顔を見て「はあ……」とがっかりしたため息をついた。気持ちは分かる。きれいに整えられたヒメアの髪は、人さらいにさらわれたり崖から落ちたりしたせいで、見事にぐちゃぐちゃになってしまっていたから。

(こんなに小さくても、女の子だなあ)

 何とか少しでも整えようと小さな手で髪を撫でつけるヒメアを、セイアは感心したように見ていたが、その様子を見てアリアは何か思いついたようだった。

「ヒメア、おいで」

 そう言って、倉庫の隅にあった小さな丸椅子を動かしてくると、とことこ近付いてきたヒメアをそこへ座るように促した。そして、少女の背後に回ると、外套のポケットに手を入れて、小さな木の櫛を取り出した。

「どんな髪型にする?俺、割と器用だから何でもできるぞ」

「ほんと?んー、えーっとね、あめこみにして!」

「……編み込み、な。承知しました、お姫様」

 アリアは、自分で言った通り本当に器用な手つきで、子どもの細くて柔らかくてもつれやすい髪を丁寧に指先でほどき、きれいに櫛を当てていく。

「おねーさん、上手ねぇ。ヒメア、自分で髪の毛とかすと、いつもからまっちゃうのよ」

「そう?コツがあるんだよな」

 そんな二人のやり取りを、縛られた男たちが毒気を抜かれたような顔で眺めているのが、なんとも言えずおかしかった。自分では分からないが、もしかするとセイアも同じような顔になっていたかもしれない。

 少しずつ髪の毛を束にして、くるくると編み込みに仕上げながら、アリアが何気ない様子でヒメアに話しかけた。

「そういや、ヒメアはなんで俺のこと、女だって分かったの?」

 ヒメアは髪を編まれながら、かくん、と首を傾げた。何を言われたのか分からないようだ。

「だっておねーさんは女のひとでしょ。ヒメア、すぐに分かったわよ?」

「でも俺、格好も話し方も男じゃん」

「そういえば、そうね。でも分かるでしょ、ふつう」

「ふーん……」

 アリアは頷くと、セイアの方をちらりと意味ありげに見て、ふふっと笑いをもらした。ヒメアは不思議そうな顔をしていたが、さすがにセイアにはその笑いの意味が分かる。

(悪かったな、どうせ俺はうっかり胸触るまで分かんなかったよ)

 軽くそちらを睨んで、そっぽを向いた。……思い返せば、ほんの昨日のことだ。あのハプニングのような出会いが、遠い過去のように思われる。

 横を向いたセイアの耳に、ヒメアの無邪気な問いかけが聞こえてきた。

「でも、なんでおねーさんは男の子みたいにしてるの?そんなにきれいなのに」

 そこを聞くのか、と驚いたが、確かに今の会話の流れならそうなっても無理はない。子どもはいつでも怖いもの知らずだ。どう答えるのか、と思っていると、アリアは少し言葉を探すように黙った後、小さな声で話し始めた。

「……俺も、ヒメアくらいの頃は、普通に女の子らしくしてたよ。かわいい服着て、髪も長くして」

「そうなの?きらきらの髪飾り、付けてた?」

「ん……俺はね、リボンが好きだったんだよね。何本かお気に入りのリボンがあって、毎日、服に合わせて選ぶのが楽しかった」

 そうだこれも返さないと、と言って、アリアはポケットからヒメアの髪飾りを取り出した。ヒメアがさらわれた時に落としたものだ。きれいに編み込みが出来上がった髪に、ぱちん、と音を立ててきらきらの髪飾りを付けてもらい、ヒメアは嬉しそうににっこりと笑った。

「おねーさん、拾ってくれたのね!ありがと。……そうね、リボンもかわいいわよね。でも、それならどうして?女の子、いやになっちゃったの?」

 アリアは、ポケットに櫛をしまいながら、視線を逸らすように下を向いた。

「ちょっとね。どうしても、仲間に入れて欲しいグループがあってさ。男の子だけしか入れないグループだったから、じゃあ、男の子みたいにすればいいかな、って」

 ヒメアは、真剣な顔でアリアの話を聞いていた。セイアは、もうこの話をやめさせてあげたかったが、口を出すのもためらわれ、ただ黙って見守ることしかできなかった。

「俺は、またすぐに女の子に戻れると思ってたんだけど。……でも、なんかさ。………一度男の子みたいにしたら、もう戻り方、分かんなく、なっちゃって」

「そんなの!いつでも戻れるわよ、だっておねーさんはこんなに美人さんなのに!」

 ヒメアは大きな声でそう言うと、丸椅子から降りて、アリアに向き直った。ぎゅっと両手でアリアの外套を掴んでその顔を覗き込み……ショックを受けたように、その場に固まった。ささやくように、

「おねーさん……まだ、どこか痛い?おにーさんに、治してもらう?」

 アリアは、袖で顔を隠しながら、小さく首を振った。

「でも……ねえ、おねーさん、なんで泣いてるの?ヒメア、何かいやなこと言った?………ねえ、おねーさん、泣かないで。お願い、泣かないで」

 泣いてない、と呟くアリアの声は、あまりにも力なく聞こえた。

 そのまま顔を覆ってその場に座り込んでしまったアリアを前に、ヒメアはただおろおろとしていたが、ふと何か思いついたように、小さく頷いた。そして、そうっとアリアの頭に手を乗せた。

「……ヒメアが、よしよし、してあげる。ヒメアが泣いてるとね、いつもママが、よしよし、してくれるの」

 そして、できる限り優しく、アリアの髪をそっと撫でながら、よしよし、と呟いた。

「よしよし、おねーさん、いい子いい子。もう泣かないで。ヒメアも、おにーさんもそばにいるわ。よしよし」

 アリアは膝を抱えて座り込んだ姿勢で、ヒメアに頭を撫でられるまま、じっとしていた。ヒメアが撫でているところだけ、なぜかきらきらと光の粒が当たっているように見える。セイアは、ぼんやりとそれを見ながら、なんだか魔法みたいだ、と思った。

 ―――――その時、不意に背後の布が、ばさりと無神経に持ち上げられた。

「遅くなってごめんなさーい、今戻ったわ。……あらっ?」

 ケネイアだ。空気を読まないこと甚だしい。彼は、「え、これってどういう状況?」とか何とか、面食らって呟きながら、とりあえず倉庫内の皆に対して事務連絡を行った。

「えーっと、今電話で、オートモービル運転できる警官を呼びました。犯行グループのあんたたちはオートモービルで警察署まで行ってもらうわ。……ヒメアちゃんも、今ママが馬車でお迎えにくるからね。それまで、怖いお兄さんたちがいないところで、ちょっとお話聞かせてもらっていいかしら?」

 ケネイアが言い終わらないうちに、アリアが顔を伏せたまま立ち上がり、そのまま布をばさりとめくると、倉庫の外へ出て行ってしまった。ケネイアはそれを気遣わしそうに見送りながら、

「ちょっといい?」

 とセイアに耳打ちして外に出た。

「あのね。正直、あんたにはもう十分に働いてもらったし、あとで金一封くらい警察から出るから、楽しみにしといて!じゃあもう帰っていいわよ!……って、言いたいところなんだけど」

 セイアが倉庫の外へ出ると、早々に畳みかけるようにケネイアにそう言われた。

「……できれば、あんたにはもうちょっと残ってて欲しいのよ。大丈夫?」

「大丈夫。というか、アリアがいるうちは、俺は帰るつもりはなかったし」

「ありがと。……正直、アタシ一人だとちょっと、荷が重くって」

 二人でこそこそと話していると、倉庫からヒメアがちょこんと顔を出し、困ったようにケネイアの方を見た。

「おまわりさん。おはなし、なあに?」

「あーごめんねヒメアちゃん!大したことじゃないんだけど、さらわれた時のこととか、ちょっと聞きたいのよ」

 話がヒメアの方へ移ったところで、セイアは倉庫の方へ戻ろうと布をめくり上げた。入る前にぐるりと辺りを見回してみた。倉庫の周囲には、ちょうど座れそうな岩があちこちに点在している。倉庫から少し離れた位置にある岩の一つに腰かけ、タバコに火を点けるアリアの姿が見えた。

(とりあえず、目の届くところにいるならいいか)

 少し、一人にさせてあげた方がいいかも知れない。そんなことを考えながら倉庫に戻り、先ほどと同じ位置に立っていると、「おい」という低い声が聞こえた。

 明らかに自分に声を掛けられていると感じたので、顔を上げて男たちの方を見ると、一番端に座っているゼットと目が合った。彼は顎をしゃくるようにして、こっちへ来いという仕草をした。

(えー……何の用だよ)

 だが、呼ばれたら無視もできない。仕方なく彼のそばまで行き、隣に腰を下ろした。

「何?」

「……あいつさあ、ちゃんと食えてんの?」

 またそれか、と思わず倉庫の天井を仰いだ。なぜ自分に聞く?そんなに親しそうに見えるだろうか。

「俺も昨日知り合ったばかりだから、よく分かんないよ。ちゃんと……は食えてないけど、まあ最低限ってところかな」

「食わせろよ、無理にでも。腕とかさ、ガリガリだろ。おまえ気に入られてるみたいだし、おまえの言うことなら聞くんじゃねえの」

 セイアは呆れてゼットの顔をまじまじと見た。さっきのアリアとのやり取りを見て、もっと険悪な関係を想像していたが、これではまるで『妹の心配をする素行の悪い兄』だ。

「……心配ならさ、本人にそう言ってやれよ。ちゃんと食え、って」

「俺の言うことなんか聞かねえよ、あいつは」

 大きな図体をして拗ねたようなことを言うのが、ちょっとおかしかった。そんなこともないだろう、少なくともアリアは、普通にゼットの身を案じている様子だった。

 どう言えば伝わるだろうと考えていると、不意にセイアの真横の布が揺れて、タバコの香りと共に当の本人が入ってきた。

「何をこそこそ喋ってるんだよ、おまえら」

 セイアとゼットの近くに胡坐をかいて、二人の方を上目遣いに睨む。涙はきれいに拭われていたが、縁の赤くなった目が痛々しかった。

「別に何でもねえよ、この泣き虫」

「……おまえはそうやってデリカシーが足りないからモテないんだよ」

 小突き合うような会話が交わされた後、ゼットはふと表情を改めてアリアを見た。

「アリア、おまえ、もう待つなよ。いつまで待っても、帰ってこねえぞ」

 同じ仲間を失った者だからこそ、思い切ってこの言いにくい言葉を投げたのだろう。アリアは一瞬目を閉じ、唇をかみしめるようにして黙った後、分かってる、と呟いた。

「分かってるけど、まだ時間が、足りなくて」

「んなこと言ってるうちにババアになっちまうぞ。……誰でもいいからさ、生きてるヤツにしとけよ。この兄ちゃんでもいいしさ、……ほら、何なら俺でも」

「ねえわ、ばーか」

 一瞬でばっさり切り捨て、下を向いて少し笑うアリアの姿を見ながら、今のはゼットに巻き込まれて自分も切り捨てられたよなあ、とセイアは複雑な気持ちだった。そんなセイアにお構いなく、二人の会話は進んでいく。

「おまえ、人の心配してる場合じゃないだろ。どうすんだよ、また捕まって」

「捕まえたヤツに言われてもなぁ……あっ、そういえばおまえ、いつ銀髪にしたんだよ?」

「話を逸らすな!だいたい、おまえこそなんだよその刺青、いつの間に入れたんだよ?」

「おお、いいだろこれ、最高だよな。結構かかったんだぞ、金も時間も」

 ゼットは彫ったばかりの刺青が自慢らしく、何ならもう少し詳しく語りたい様子だった。腕が自由にさえなれば、上半身はすべて脱いで見せたかっただろう。アリアはそんなゼットをげんなりしたような薄目でひと通り眺めた後、肩をすくめて一言。

「……趣味悪りぃ」

「……ええぇー……」

 がっくりと肩を落とすゼットを見て、横で二人の会話を興味深そうに聞いていた男たち――――縛られている三人の男たちが、堪えられないように吹き出した。

「だっせえー、ゼット」

「おまえさあ、刺青入れればモテるとか言ってたけど全然じゃん!」

 げらげらと何も考えていない顔で笑っている男たちに釣られて、セイアも思わず少し笑ってしまった。捕まってこれから警察署へ赴くというのに、何だろうかこの悲壮感のなさは。何なら、少し離れたところに立っている若い警官まで笑っている。

 その直後、背後の布がバッと開いて、仁王立ちになった人影が現れた。

「……ちょっとあんたたち、何バカ笑いしてんのよ‼未成年者誘拐犯、状況分かってんの⁉ちゃんと反省、してるんでしょうねぇ⁉」

 怒れるオカマさんの登場だった。


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