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おまけ小説  『女子とーく!』

 ここ数日でぐっと冷え込んだシャキの町は、黄色と緑に鮮やかに彩られ、夜になるといつもよりたくさんの照明が点いて、華やいだ光に包まれていた。可愛らしくアレンジメントされた麦の穂をディスプレイに飾っている店も多い。そこかしこで、アコーディオンとリコーダーと歌声のハーモニーが奏でられ、人々の心を浮き立たせる。今日から一週間、西国は全国的に収穫祭だ。

「アリア―、焼き栗買ってよーっ!」

「悪い、急いでるからまた今度!」

 さっきから、やたらと焼き栗を売りつけられそうになる。ちなみにこれで四度目。

 声を掛けられた道端の露店に向けて手を振って応えながら、アリアは約束の店へ急いだ。軽く走りながら、吐き出す息が白い。

 今日は、仲の良い女子だけで食事会の予定だった。アリアは女子の友人が少ない。別に女子でつるむ必要性も感じていなかったが、天真爛漫を絵に描いたような少女―――レイアに懐かれて彼女のグループに入れてもらってからというもの、こういったいわゆる『女子会』にも声を掛けてもらえるようになった。

 今日の店も、アリア一人では気後れするようなちょっと可愛い感じの店構えだ。ガラス扉の内側に、クリームイエローのレースのカーテンが付いている。店の前で店名を確認し、間違えていないことが分かってから、思い切って扉を押して中に入った。カランカラン、と鳴り響くドアベルの音すら可愛らしい。

「遅い!もう始めちゃおうかと思ったよ」

「ごめん、俺が最後?」

 確認するまでもなく、三人の少女がこちらを向いているのが目に入った。「早く、こっちこっち」と呼ばれ、彼女たちのテーブルに近づきながら、大きめの黒い外套を脱ぐ。

「――――ちょっとアリア、あんたまたそんな作業着みたいなカッコして。女子会って言ってるんだから、もう少し気を使いなさいよ」

 外套を脱いだとたん、ミアに苦言を呈された。席に着きながら、それに答える。

「作業着みたいじゃなくて、作業着なんだよ。仕事帰りだからさ」

 その言葉を聞き、サラがぱっと笑顔になってこちらを見た。

「あ、ひょっとして印刷屋さんに職場復帰?いつから?」

「月曜から。さぼってたからさ、いろいろきついよ。特に、朝が起きらんなくてさあ。でもまあ、なんとかやらせてもらってる」

「そっかー、良かったねぇ」

 ニコニコ笑うサラに癒されているうちに、テーブルにはすぐにいろいろ食材が運ばれてきた。本当にアリア待ちの状態だったらしい。小さめにカットされた野菜やパン、ベーコンなどが見栄え良く皿に盛られ、赤い丸いポットには何やらとろりとした黄色の液体が満たされている。あまりこういう店には縁のないアリアにも分かるメニューだ。

「チーズフォンデュか。いいな、寒いし」

「そう、レイアがどうしてもここのチーズフォンデュが食べたいって言うから」

 小さめのカッティンググラスが運ばれてきた。冷えた白ワインが四つのグラスに注がれる。四人の手がそれぞれにグラスを手にし、「乾杯!」と声を上げたタイミングを見計らって、アリアが立ち上がった。

「あのさ。始まる前に、みんなにちょっと言っておきたくて」

 改まったアリアの様子に、少女たちがいぶかしそうに注目する。

「その……いろいろあったけど、多分俺、もう大丈夫だと思う。みんなにも心配かけて、ホントにごめん」

 三人は顔を見合わせ、軽く微笑んだ。……誰も何も言わなかったが、みんなアリアの状態が少しだけ良くなったことをひそかに祝って、今回の食事会を企画してくれたのだ。アリアにもそれが分かっていた。気にかけてもらえることが、申し訳なくもあったが、純粋にとても嬉しかった。

「……あたしたちのことなんかより、あんたはもう少しシルヴィアさんに感謝しなさいよ。なかなか、実の親でもできないことをしてくれてると思うわよ、あの人は」

 再び席に着いたアリアに向けて、照れ隠しのようにグラスを傾けながらミアが言った。

「まあ……それは分かってるよ」

「だったら、もう少しちゃんと態度に出さないと」

 言い募るミアを「まあまあ」となだめながら、レイアが長めのフォークに刺した何かをアリアの方へ向けた。

「せっかく集まったんだから、たのしくお食事しましょ。はいアリア、あーん」

 たっぷりとチーズをまとったそれは、見た目だけでは何なのか分からない。だがそもそもアリアは好き嫌いがないし、食べられないようなものでもないだろう。恐る恐る口を開けて頬張り、首を傾げながら咀嚼する。

「……アボカド?」

「あっ、正解!さすがー、じゃあじゃあこれは?」

 いつの間にかまたよく分からない塊が目の前にある。自分で食べればいいのに、と思いつつ、レイアがあまりに楽しそうなので、おとなしくまたそれを口に入れた。

「あまっ。何だこれ」

「ふふふ、これはね、マシュマロー」

「変なもん食わせるな!この間のめちゃめちゃ甘いキャラメルも、レイアが作ったんだろ」

 そんな二人のやり取りを、サラは微笑ましいもののように見守っていたが、ミアはなぜかしらっとした顔で眺めていた。その目が座っている。

「レイアはさ、アリアとそれがやりたくてチーズフォンデュとか言ったんでしょ。あんたらはそうやって、永遠にゆりゆりやってればいいわよ。何が楽しいんだか」

「……あー、ミアってば、やきもち?しょうがないなぁ、私で我慢して?はい、あーん♡」

 横からサラに、かなり強引にパンの刺さったフォークを向けられ、有無も言わさず口に突っ込まれたミア。彼女は少し赤くなりながら、口を押えてむぐむぐとパンを飲み下した。

「あのねぇ、そういうことじゃないのよ。あたしは、彼氏が欲しいの!できれば年内に!」

「知ってるけどさ。俺、ミアはそうやってガツガツしなければもっとモテると思うんだけど」

 アリアが呟き、他の二人も深々と頷いた。だが、こんなことではミアはめげない。

「そうだアリア、こないだの、セイアだっけ?受験生。あの人ってどうなってるの?」

 自分の心臓がドキリと音を立てるのが、耳元で聞こえた気がした。何気ない風を装って、グラスに口を付ける。今日の白ワインは、アリアの好みに合わせたのか、少し辛口だ。

「北国に帰ったよ。受験、失敗しちゃったからな」

「連絡先とか聞いてないの?電話番号とか。遠距離恋愛って、燃えるわよね!」

 ミアはとにかく、恋愛に対する熱量が高い。一度狙いを定めると、相手が引くくらいの勢いでアプローチを仕掛ける。どうしたもんかな、と苦笑しながら、何か適当にはぐらかそうと思いつつ、アリアは口を開いた。

「―――――あれは、ダメ」

 ぽろりと口から出た言葉に、自分が一番驚いた。思わず口を押えて目の前を見ると、三人とも目を丸くしてアリアを見ている。

「え、何、ダメって。アリアのものってこと?」

「い、いや、違うから。ミアとはあんまり合わないんじゃないかって言いたくて」

「あれーアリア。顔が、赤いよー?」

 サラに指摘されるまでもなく、頬が熱いのが分かる。うっかり何を口走ってしまったのか。

「……そっかー、それで、そのブレスレットか。珍しいこともあると思ったけど、納得だわ」

 レイアがにやにや笑いながら、アリアの左手首を指差した。え?と思いつつ、左手を少しあげて皆に見せる。

「これ?これは、最近知り合ったちっちゃい子にもらったんだよ。プレゼント、ってさ」

「あー、知ってる!ヒメアちゃんでしょ、めっちゃかわいいよねーあの子」

 小さなビーズを凝った形につなぎ合わせたブレスレットだ。手作りらしいが、もう少し大きい子ならともかく、ヒメアの年齢でこれを作るのは大変だっただろうと思う。緑・青・ピンクの三色のビーズが使われていて、かわいいことはかわいいが、アリアでもぎりぎり普段使いできるくらいのデザインだ。

「このブレスレットが、どうかした?」

 しげしげと手首の輪っかを眺めながら尋ねると、サラが意気揚々と手を上げた。

「はい!女の子の流行りモノにめっちゃ鈍感なアリアに、私から説明します!」

 酔ってんなこいつ、と呆れてサラの方を見たアリアは、彼女の手首にも同じようなブレスレットが巻かれていることに気付いて驚いた。

「サラ、お揃い?」

「そう!っていうか、これって今、女の子の間ですごーく流行ってて、学校でも結構みんな付けてるよ。これはねー、なんと、両思いになれるおまじないー!」

「はい?」

 思わず声がひっくり返った。そんなアリアを見て、ケタケタと笑う三人。

「あー、おかしい。アリア、ヒメアちゃんに誕生月とか聞かれなかった?」

「え……あ、そういえば、聞かれたかも」

 以前、ヒメアの家にドラゴンを構いに行った時、たまたまそんな話になったのを覚えている。前後になんの脈絡もなかったが、小さい子はそんなもんだろうと思っていた。

『おねーさんって、何月生まれ?』

『五月だよ。五月一日』

『ふーん……じゃあ、一緒にいたお医者で魔法使いのおにーさんは?』

『セイア?んー……確か、九月って言ってたな』

『なるほど、分かったわ。……それでは、ヒメアにお任せを』

 その時は、何の話だろうと思ったのだが、すぐに忘れてしまった。そして少し経ってから、ヒメアが『アルテミス』へ顔を出して、このブレスレットをくれたのだ。何やら企んでいるような笑顔を浮かべながら、がんばってね、と言って。

 レイアがアリアの横で、頼みもしないのに詳しい説明をしてくれる。

「あのね、自分と相手の誕生石の色を使ったビーズを使ってるのよ。五月がエメラルドで緑、九月がサファイアで青」

「……じゃあ、このピンクは?」

「それはもちろん、恋のお守りローズクオーツ♡」

 なんだそれ。ヒメア、「お任せを」って何を勝手に。頼んでないだろ。

 一人赤くなるアリアをよそに、三人は今度はサラを中心に盛り上がり始めた。

「え、でも、サラも付けてるってことは?狙ってる人がいるってこと?」

「サラ、今まであんまり恋バナとかしなかったのに、いつの間に?誰?」

「えへへ、まあ……うまくいったら、その時にねー」

 そんな賑やかな声を聞きながら、アリアはそっと左手首に視線を落とした。……ブレスレットと重なるように、薄くなった傷跡が見える。横に一文字に入った線、これだけは最後まで消えなかった。皆に気付かれないように下を向き、ぎゅっと奥歯をかみしめる。

 ごめん、ライア。俺は、そっちには行けなかったよ。

 思い出すことは、少なくなっていくのかも知れない。でも、自分はこの傷を一生抱えて生きていくのだろう。右手の指先で、そっと傷跡をなぞった。

 結婚しようって、言ったじゃん。初恋だったのに。ファーストキスだって、あげたのに。

 絶対に忘れないけど、でも……もう、待たないよ。

「アリア、大丈夫?気分悪い?」

 心配そうにレイアに声を掛けられ、慌てて顔を上げた。大丈夫、と言いながら笑顔を作る。

 話題は、最近の流行の話に移っていた。今年の冬は水色が来る、ちょっと寒々しいけど、儚げに見えてそれがいい、とミアが熱弁をふるっている。そういえば、とアリアはあることを思い出し、できるだけ自然に聞こえるように、さりげなく会話に加わってみた。

「ところでみんなはさ、どういうところで服とか買ってんの?」

 とたんに、食らいつくような顔でミアがアリアを見た。ごめんやっぱ今のナシ、と言いたかったがもう遅い。

「―――――来た。ついに来たわ。アリアも私たちのお買い物に一緒に来るってことよね?」

「いや、一言も言ってないよ?」

「遠慮しないで。あたしはこの日を、本当に楽しみにしてたんだから。ずっとアリアも誘いたかったけど、レイアとサラに、アリアがその気になってからの方がいいって拒まれて」

 何やらぶつぶつ言いながら、ミアは小さなバッグの中から赤い手帳を引っ張り出す。パラパラとそれをめくりながら、

「次のお休み、あたしは日曜はダメだけど土曜日の午後は空いてるわ。みんなはどう?」

 空いてるー、あたしもー、と口々に答えるレイアとサラ。味方のいないアリアは、それでも一人抵抗を試みた。

「あのさ、俺は店を聞いただけで。服が欲しいとか買いたいとか、一言も」

「アリア、着てみたいものとかある?小悪魔系とロリータ系、どっちで攻める?」

「………どっちも無理だよ⁉」

 ダメだ誰も話を聞いてくれない。がっくりと肩を落とすアリアに追い打ちをかけるように、横から何やらテンション高めの声が掛けられた。

「―――――話は聞かせてもらったわ。面白そうね、アタシも混ぜてもらっていいかしら。ハイセンスなオカマの腕の見せ所ね」

「きゃーっ、だれ⁉」

 ……レイアが叫んでいるが、アリアには顔を見ずとも横に立っている大柄なオカマが誰なのか分かる。それでも一応、世話になった礼儀として無視もできない。

「ケネイア……なんでここに?」

「よくぞ聞いてくれました!今日はアタシは非番で、カレシとおデートよ!うらやましいでしょう女ども!」

「きゃ―――――っ⁉」

 慌てて周りを見回すと、奥の方のテーブルで、諦めたような顔で苦笑を浮かべながらこちらへ片手を振っている、細身で眼鏡の男性が目に入った。当たり前だがアリアは初対面だ。いいのかあんた、このオカマを野放しにして。

「それはさておき、アリアはね、意外と清楚系がいけるんじゃないかと思うのよ。それこそ水色とか、儚げを装って……というか、偽って」

「さすがですお兄様!あたしもそれは狙ってました!」

 さっそく意気投合しそうなケネイアとミアを見て、ついにアリアの中で何かが切れた。

「この酔っ払いども‼少しは、人の話を、聞けよっ‼」


       *          *          *


 夜、『アルテミス』に帰ってから、カレンダーに予定を書き込んだ。

 週末に予定が入った。友達が、服を選んでくれるらしい。一抹の不安はあるが、少し楽しみだ。

『年末に、そっちに行く予定を立ててるんだけど……会える?』

 昨日の夜、北国から久しぶりに電話があったことは、みんなにはまだ内緒だ。


                              End

 おまけ小説、いかがでしたか?

 作者としては、本編が暗くて重めだったので、かわいい女の子たちが楽しく食事をするだけの『女子とーく!』を書くのがとても楽しかったです。皆さまにも楽しんでいただけると嬉しいです!

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