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その1

舞台はオズの国。西国のリスト大学を目指す北国の少年魔術師、セイア・バトルが西国滞在中に出会ったのは……?

魔法×ボーイミーツガールファンタジー、ここに開幕!

 彼女と出会った時のことを思い出すと、決まって、心の中にぽっかりと月が浮かぶ。丸いきれいな白金の月。

 夜空に浮かぶそれを見上げた時の、寂しいような温かいような、なんとも言えない不思議な気持ちを。


       *          *          *


「秋だなぁ……」

 いつの時代も、この国は比較的平和だ。オズの西国(ウエスト)、海寄りに位置したシャキの町。にぎやかな商店街や酒場通りから少し外れた家の中で、オズの平和をそのまま形にしたような少年がぼんやりと座っていた。

 彼の名前はセイア・バトル。年は十七歳になったばかり、黒髪に黒い瞳の優し気な面差しの少年である。若い女の子が十人いたら、七人は「かっこいい」と言う……かもしれない。いや、六人は必ず。

 それはさておき、セイアがぼんやりしているのにはそれなりの理由があった。彼は、四日ほど前に大事な試験を終えたばかりだった。オズの有名大学と言えば、誰でもその名を挙げるであろう西国のリスト大学の試験だ。中央国(セントラル)のスライディル大学と並び、有能な人材を輩出することで知られている。セイアは天才肌ではないものの、自分の得意分野を伸ばすことに秀でており、かつ努力を惜しまない性格で、常に学校では周囲より頭一つ飛びぬけた成績を維持してきた。そのため、本来ならば一年後に受けるはずの大学試験を、学校側の推薦もあって一年前倒しで受験した。二か月前に生まれ故郷の北国(ノース)から西国に居を移し、リスト大に通う学生から試験の傾向などの情報収集を行って、万全の態勢で試験に臨んだ……はずだった、のだが。

(思ったより、できなかったな)

 試験が終わってからはとりあえずひたすら寝て、街をぶらぶらしては適当に何か食べて、という生活を送っている。故に自己採点というものは全くしていないのだが、それでもあまり思わしくない点数であっただろうことは予想できた。こうなると、受験を一年早めたことに対し、後悔の念が頭をもたげてくる。一年あれば、状況はかなり変わったのではないか。

 ……いや、それでも。それでも、少しでも早く北国から逃げ出したいと思ったのは、自分だった。

(ま、いいさ。終わったことをあれこれ考えたってしかたない)

 セイアは、伸びをして立ち上がった。もうすぐ昼になるし、そろそろ何か腹に入れておきたいところだ。何を食べようかと考えを巡らせながら上着を手に取ったところで、ふいに部屋のドアがドンドンと乱暴にたたかれた。

「セイアさん!電話だよ、早く出て!」

 セイアが住んでいるこの部屋は、いわゆる下宿部屋で、個室はあるものの風呂やトイレは共同、電話も一台のみ。そして、下宿人あてに電話がかかってくると、こうやって声の大きな大家が呼びに来る。

「すみません、ありがとうございます!」

 セイアは慌てて電話口へと向かった。

(誰だろう、母さんかな。試験結果、まだ出ないって言ってるのに)

 そんなことを思いながら共同玄関の入り口辺りに置かれた電話の受話器を取ると、思っていたよりもずっと若くて明るい女性の声が聞こえてきた。

『あ、セイア!久しぶり、試験どうだった?』

「え?いや、まあ」

 面食らって、とっさに微妙な感じの返事しかできなかった。誰だか分からない……でも、声に聞き覚えはあるような、ないような。

『やだ、もしかして私のこと分かんないの?失礼ねぇ。私よ、シ・ル・ヴィ・ア』

「あ、あぁ、シルヴィアさん!すみません、お久しぶりです」

 思わず受話器に向かって頭を下げまくった。シルヴィアは、シャキの酒場通りで『アルテミス』という居酒屋の店主をしている女性だ。セイアが二カ月前にこの町に初めてきた時に、たまたま出会い、流れるようにこの下宿先を紹介してもらった。人脈が広く、快活で、誰に対しても面倒見がいい。そんな恩人ともいえるような人の存在を、今の今まで完全に忘れていたのだから、確かに「失礼ねぇ」と言われても仕方がないかもしれない。

『ま、いいわ。セイア、試験も終わってヒマでしょう?よかったら出てこない?』

「え、『アルテミス』にですか?」

 少し考えた。確かに、特にやることはない。明日に控えた合格発表を前に、ただただ結果を待っているよりは、久しぶりに誰かとゆっくり話でもした方が気がまぎれそうだ。幸い、外は絵に描いた様な秋晴れで、出歩くのにはもってこいの天候である。

「わかりました。じゃあ、さっそくおじゃましていいですか?出かけようと思ってたところなので」

『もちろん!気を付けてきて、待ってるからねー』

 電話はそこで切れた。セイアは大家に向かって外出する旨の声を掛け、玄関を出た。

 乾いた少し冷たい空気が頬に触れる。故郷の北国では、もう雪が降っているだろうか。感傷的な気持ちを振り切るように『アルテミス』までの道のりを急いだ。


       *          *          *


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