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黄昏に還る双龍  作者: 三月 桃
第一章
6/10

黄昏神話の神官

 キルオラに連れられ、アウロルとリオネルは教会の広く光の差し込む廊下を進んだ。

両脇には高くそびえるステンドグラスが並び、神話や歴史を描いた色彩が柔らかく床に映る。

大理石の床は磨かれて光を反射し、壁には精緻な彫刻が施され、古の信仰の息吹を感じさせた。


やがて、三人は重厚な木製の大扉の前に立ち、キルオラが静かにノックした。


「お入りなさい」


鋭く強い声が扉の向こうから響いた。


「失礼いたします」


キルオラは扉の前で礼をし、ゆっくりと扉を開いた。

中に入ると、振り返って二人に向かいながら促す。


「さあ、どうぞ」


部屋の中にはクリスタルの装飾がちりばめられ、光を受けて虹色に輝いていた。まるで異世界に迷い込んだかのようだ。

背の高い女性が後ろを向き、静かに花を生けている姿が目に入った。


彼女はサルファだろうか。

白く長い髪を一つにまとめ、黄色の美しい天然石をあしらったかんざしを身に付けている。


陶器製の趣ある花瓶に花を生ける手元には、花の映像が映し出されたホログラムがあり、欲しい花を選んで掴むと、そのまま花がテレポートして彼女の手に収まった。


そして彼女は、振り返ることなく問いかけた。


「なんのご用です?」


キルオラが丁寧に説明する。


「サルファ様、こちらのお二人はアウロル様とリオネル様。お二人は魂の研究をなさっているそうでして…」


「お二人とも、こちらがサルファ神官でございます」


「はじめまして、サルファ神官。私はアウロル・イルリアと申します。こちらは同僚のリオネル・クレシウスです」


「どうも…」


リオネルが軽く頭を下げると、サルファは突然振り返り、二人の目をじっと見据えた。

その強い瞳に、二人は息を飲む。

リラポス人特有の爬虫類型の紫色の瞳は威厳に満ちており、圧倒的な存在感を放っていた。


 リラポス人は外見こそ人間と変わらないが、時に龍へと姿を変える一族と伝えられている。

とはいえ、アウロルはその姿を一度たりとも見たことがなかった。

――龍になるという伝承だけは、どこか現実味に欠けるのではないか。

彼は内心、半ば疑っていた。


サルファは二人の瞳をじっと射抜くように見据えたまま、しばし沈黙を保った。

やがてふっと目を伏せると、静かな声で告げた。


「……よいでしょう。こちらへ」


そう言い置いて、彼女は中庭へと続く扉へ歩みを進めた。


 中庭へ足を踏み入れると、まず耳に届いたのは水の落ちる澄んだ音だった。

中央には白い石で形づくられた大きな噴水があり、幾筋もの水が陽光を浴びてきらめいている。

その飛沫は細かな霧となり、近づくと肌をやわらかく撫でていった。


噴水の周囲には深い緑の木々と色とりどりの花々が植えられ、清らかな水の香りと土の匂いが混じり合って漂っている。

空気はどこかひんやりとしていて、外の喧噪から切り離された聖域のように感じられた。


「素敵なお庭ですね!」

 

リオネルが目を輝かせながら言った。


「ありがとう……一つ一つ、毎日欠かさずお世話しているのよ」

 

サルファは穏やかに答え、噴水の前で立ち止まった。

水面を指さすと、静かに促す。


「アウロル。さあ、あなたを視ましょう」


アウロルは身をかがめ、水面を覗き込んだ。

そこに映っていたのは、いつものようにくしゃくしゃに乱れた自分の髪と顔。

それを見て、彼は思わず苦笑する。

こんなことなら、レアナの言うとおり、もっと身だしなみに気をつけておけばよかった――そう小さな後悔が胸に浮かんだ。


その隣で同じように水面を見つめながら、サルファがゆっくりと口を開いた。


「黄金の王は白銀の姫と番となった。しかし代償は大きく、王には長い転生の旅が待っていた。我らは待っている。黄金律と白銀律が、再び交わるその時を」


そこで彼女は一呼吸置いた。

リラポス人のように高度に発展した種族は、通常テレパシーで会話するため、声に出して話すのは負担が大きいという。

サルファもまたそうなのだろうか。

わずかに息苦しげな様子が、その顔に浮かんでいた。


やがて呼吸を整えると、彼女は再び言葉を紡ぐ。


「――黄昏時に、番の龍は出会うだろう。そこで決別の夜か和解の朝を迎える」


そう告げると、彼女はふうっと静かに息を吐いた。


アウロルは水面から顔を上げ、まだ息を整えているサルファを見つめた。


「今のは……黄昏神話の結びの一節ですね?」


「……左様でございます、黄金の王よ。お帰りなさいませ」


サルファは優雅に跪き、深々と頭を垂れた。

あまりに唐突な光景に、アウロルとリオネルは思わず顔を見合わせる。

 

 その横で、キルオラはまるで夢でも見ているかのように、信じられないものを目にしたという表情を浮かべていた。


「あ、あの……サルファさん。どうか頭をお上げください」


アウロルは慌てて声をかけた。


「待っていました…王よ…この時を…」


サルファは頭を上げなかった。

その声は震えており、泣いているのがはっきりとわかる。


そして、次の瞬間――彼女はいきなりアウロルの膝にすがりついた。


「ああ王よ! 姫は待っておられる! どうか改めませんか、我々と共に!!」


「なっ……い、いきなりなんなんだ!?」


驚いたアウロルは立ち尽くし、為す術もなかった。

その様子を見ていたキルオラが慌ててサルファに駆け寄り、必死に押しとどめる。


「ああ……ああ……」

サルファは泣きじゃくり、取り乱したまま。

キルオラは彼女を宥めながら、アウロルとリオネルに深く頭を下げた。


「申し訳ありません……今日は、この辺にしていただけませんか」


「……そうですね。お邪魔しました」


リオネルは立ち尽くすアウロルの肩に、ぽんっと軽く手を置いた。

その目は「大丈夫か」と問いかけるようだった。


「行こっか、アウロル」


「そ、そうだな……お邪魔しました……」


二人は早足で部屋を後にした。


 アウロルはリオネルと共に歩いてきた道を戻り、色鮮やかな光が差し込むステンドグラスの廊下を進んでいた。

その背後で、リオネルが小さくため息をつきながら振り返る。


「一体なんだったんだろうね。あんなに取り乱してさ」


「そうだな……本当に、自分でもよくわからない」


困惑するアウロルの横顔を、リオネルは心配そうに見つめる。


「まあ……気にすることはないよ」


「違うんだ。何もわからない自分が……なんというか、もどかしいんだ」


 ツインレイ、魂の統合、黄昏神話の締めの一節。

どれを取り上げても、アウロルの心には何ひとつ響かなかった。

せめて何かひとつでも理解できたなら――シルフィアに少しは近づけるのに。

そんな思いが胸の奥に渦巻いていた。


「僕はさ、君が見たものが本物だったってわかっただけでも大収穫だけど~」


もどかしさに震えるアウロルを元気づけようとしたのか、それとも深く考えていないだけなのか。

リオネルは能天気に呟いた。


「……疑ってたのか。それはちょっと心外だぞ」


「だってさ、いきなり『白銀の姫に会った』なんて言われてもね。君だって同じ立場なら信じられる?」


確かに、突然そんな話を持ちかけられれば疑わざるを得ないだろう。

だがリオネルには――ほんの少しだけでも信じてもらえるかもしれない、そんな期待が確かにあったのだ。


 二人が会話していると、廊下の向こう側から二人を呼ぶ声がした。

見ると、金の長い髪に緑の瞳をした男神官が、こちらに手を振りながら駆けてくる。

その後ろからは、数名の女性が追いかけてきていた。


「ん?僕らを呼んでる?アウロル、知り合いだっけ?」


リオネルが訝しそうに神官を見つめる。


「いいや、初めて見る。お前の知り合いじゃないのか?」


「まさか。神官のお知り合いなんていないよ」


男神官は汗を流し、呼吸を乱しながら近づいてきた。


「はぁはぁ……また会えるなんて!今日はついてるね!」


なんのことかピンとこない二人がきょとんとしていると、女性達が後ろから息を切らしてやってきた。


「ルシアン様ったら~、速いですぅ~」


ルシアン?たしか新人の神官がそんな名前だったはずだ。

それに、この女性達……。新人神官は美丈夫のせいで無用な来客が多いと聞く。まさしくこの人たちのことだろうか。


「いやー、ごめん!今日は友人に会えたから、また今度ね!」


そう言って男神官はアウロルとリオネルの肩をつかみ、右へと曲がって歩き出した。


「ここで会えるなんて奇跡だねー!」


男神官の大きな声が、廊下に響き渡った。 

二人が男神官の導きに従い歩を進めていると、彼が小さな声で囁いた。


「この先に神官の休息室があります。そこへ入りましょう」


「いや、いったい何のつもりで――」


アウロルが言いかけた瞬間、リオネルがわざとらしく大きく咳き込んだ。

視線を向けると、「合わせろ」とでも言いたげな表情をしていた。


 どうすることもできず、アウロルは抵抗を諦めた。

やがて三人は休息室の扉へとたどり着く。男神官は二人を乱暴に押し込むと、自身もすぐさま中へ滑り込み、勢いよく扉を閉めた。


「ふぅー……危なかったぁ……」


安堵の吐息を漏らしながら、男神官は扉にもたれかかるようにその場へ座り込んだ。


 アウロルとリオネルは顔を見合わせた。

押し込まれた勢いのまま部屋の奥へと進んだものの、状況はまだ飲み込めていない。


「……説明してもらおうか」


低い声でアウロルが切り出す。


男神官は額の汗を拭い、しばらく荒い呼吸を整えてから二人を見上げた。


「いやいや、アウロル!」

 

リオネルが嬉しそうに身を乗り出し、男神官を指差した。

 

「この人だよ、噂の占いができる鑑定所神官!」


「ははは……占い師希望というわけではないんですけどね」


男神官は力なく微笑んだ。

しかしすぐに表情を引き締めると、気合いを込めるように立ち上がり、二人へと向き直った。


「改めまして――私はルシアン・セリオールと申します。先ほどは急に押し込んでしまい、申し訳ありません。それと……助かりました」


ルシアンが姿勢を正すと、その端正な顔立ちが明らかになった

金色の髪が肩まで柔らかく垂れ、光を受けてきらめく。

緑の瞳は深く澄み、切れ長のまなざしには知性と威厳が宿っていた。


リオネルは思わず声を弾ませ、アウロルの腕を軽く引く。


「ね、ねえ見てよ! やっぱり噂のルシアン様だよ!」


 しかしアウロルはその反応を冷ややかな視線で見下ろした。

リオネルのはしゃぎぶりを、まるで子どもを見守るような、少し呆れた目でじっと観察している。


「な、なんだよ、その目は~」


リオネルがむすっと頬を膨らませた。

占い好きなのは構わないが……そんなにはしゃぐほどのことなのだろうか?

アウロルは半ば呆れながら視線をそらす。


そのとき、ルシアンが二人の前へ歩み出て問いかけてきた。


「えっと……服装的に研究者さんですよね? どうしてここに?」


ああ、そういえば自己紹介をしていなかった。

アウロルは思い出し、手短に言葉を紡ぐ。


「私はアウロル・イルリア。こちらは同僚のリオネル・クレシウスです。魂の研究をしていて、何か手がかりがあればと思いここへ来ました」


リオネルがにこにことしながら「どうも~」と頭を下げる。

するとルシアンは「あっ」と声を上げ、合点がいったように手を叩いた。


「あー! そういえばセリーヌさんが言ってましたね! あなた方のことでしたか」


どうやらピンクの髪の女神官――セリーヌが、既に二人について話していたらしい。


「もしよかったら、せっかくですし占ってみますか?」


「えっ!? いいんですか!?」


リオネルがさらに目を輝かせる。

……まったく。最初からそれが目的だったというのに。

アウロルはやれやれとため息をついた。


「その前に……魂の鑑定もお願いできますか?」


リオネルが食い気味に頼み込む。

今さらしたところで結果が変わるわけでもないだろうに――アウロルは心の中で肩をすくめた。


「いいですよー。じゃあ、そこの椅子に腰かけてもらえます?」


促され、アウロルとリオネルは休息室の椅子に並んで腰を下ろした。

そして、ルシアンが向かい合うように席についた。


「えーっと、まずはどちらからにします?」


「僕から、僕から!」

リオネルが勢いよく手を上げる。


「それじゃあ、リオネルさんからですね~」


ルシアンは彼に向けて手を翳すと、ふぅーっと息を吐き、そっと目を閉じた。


「……あー、これはちょっと哲学的だなあ。えっと、それと甘党?はい、わかりました」


やがて手を戻し、目を開く。


「全体的に、明るめで彩度の高い緑のグラデーションですね。あ、グラデーションっていうのは――」


「そこは大丈夫です。研究者なんで」


「あ、そっか!じゃあ続けますね。リオネルさんの魂は、人々を癒す方向に傾いてます。ただ、自分自身をないがしろにしやすい傾向もあるので要注意。それと……甘いものが好きですね。特にミルキーなやつ。食べ過ぎ注意です」


芸術的な鑑定だと聞いていたが、意外とあっさりしている。

こういうものなのだろうか?


「もっと聞きたいですか? 讃美歌も聞こえるし、守護天使がついてるのかも。あと……なんというか、“海”って感じがしますね」


リオネルはホログラムのスクリーンにせっせとメモを取りながら、うんうんとうなずいた。


「ふむふむ……ミルキー摂取注意、と。守護天使っていうのは、たぶんおばあちゃんかな。有翼型のヒューマン星系の人だから。念が強いんですよ」


「おかげで肩こりがひどくてさ」

そう言って、リオネルは自分の肩をぽんぽんと叩いた。


「でも、最後の“海”っていうのは心当たりないなあ……」


リオネルが首をかしげ、うーんと考え込む。


「なんか……人魚が見えるんですよ」


「……あー!人魚ね、はははっ!」


 リオネルは何かを思い出したように、声をあげて笑った。

いったい何がおかしいのかと、アウロルとルシアンはそろって首をかしげる。


「見たんだよー。昔、溺れかけたときにねー」


「セイレーンってやつですか? 危ないじゃないですか」


 セイレーンとは、おとぎ話に登場する魔性の歌声で船乗りを惑わし、海へと誘う存在――船を転覆させる化け物のようなものだと聞いたことがある。

本当にそんなものがいるのだろうか?


「いーや、その子は助けてくれたんだ。その子が残していった言葉が、忘れられなくってさ……」


 リオネルが、幼い頃に溺れた時のことを話してくれた。


彼の家族は毎年、海辺に親戚一同が集まり、賑やかに夏を過ごすのだという。

五歳のある年、誰も遊んでくれず一人で海に入ったリオネルは、夢中で泳いでいた。

だが、気づけばいくら手足を動かしても前に進まず、波に流されていることを悟った瞬間にはもうパニックに陥っていた。

やがて力尽き、沈みかけたその時――


紫に輝く大きな影が彼をすくい上げた。

龍のような背に乗せられると、なぜか水中でも苦しくなく、目を開けていられたのだという。

その背にしがみついたまま、リオネルは海の中を駆け抜け、やがて龍のようでありながら人魚にも見える存在と一緒に遊び回った。


そして最後に陸へと降ろされ、


「もう、海で一人遊びは駄目ですよ~」


と優しく言い残し、その姿は消えたらしい。

リオネルは今も、その体験を鮮明に覚えているのだという。


「龍のようにも見えたけど……君には人魚に見えたんだ?」

リオネルがルシアンを見つめて尋ねる。


「そうですね。私には、完全に人魚に見えました」


「なるほどー」

リオネルは満足げに頷き、さらにメモを走らせる。


その間に、アウロルが口を開いた。


「ひとついいでしょうか?」


「はい、なんです?」


「魂の鑑定神官は“色”だけを視ると聞いたが……過去の記憶まで視られるのか?」


「あー、それはですねー」


ルシアンは片目を閉じ、人差し指を口元に当てる仕草をしながら、声を落とした。


「俺、特有なんです」


 ルシアンによれば、鑑定神官が視ることのできるのは本来「色」だけだという。

だが彼の場合は、父がシプシロン人であることが影響しているらしかった。


シプシロン人――それは天との対話を重んじる、シャーマンのようなヒューマン型の種族である。

遠く離れた星系の存在を自分に降ろす「チャネリング」を得意とすると言われていた。


魂を鑑定する際、まずは色が見える。

しかしルシアンには、さらに味覚や聴覚といった五感を通じても情報が押し寄せてくるのだという。


「リオネルさんの場合はですね、ミルキーな味がして、讃美歌が流れて、海の映像が広がって……そして哲学的な思考がぐるぐる駆け巡った感じでしたね」


「けっこう騒がしいんだね…」

 

リオネルは、どこか気の毒そうな表情で言った。

 

「そうなんですよ~! 一気に押し込んでくるんで、もう大変なんです」


どうやらルシアンは、自分の能力を制御するのにかなり苦労しているようだった。


「もう少しだけ、人魚について視てもらえませんか?」

 

リオネルが、期待に満ちた声でルシアンに頼み込んだ。


「……やってみましょうか」

 

ルシアンは静かに目を閉じ、再び手を翳す。


「ええっと……その……」

 

うーんと唸りながら首をかしげるルシアンに、リオネルは前のめりになる。


「なになに? どうしたんです?」

 

胸を高鳴らせて待つリオネル。


やがてルシアンは小さく息を吸い、ぽつりと言葉を紡いだ。

 

「……セクシーなお姉さんが見えます。そして、『どこへでも連れていってあげる』と」


そう告げて手を下ろすと、ふうっと長い息を吐き、目を開けた。


「セクシーなお姉さん? 姉はいるけど、セクシーではないなあ……」

 

リオネルはぽりぽりと頭をかき、照れくさそうに笑う。


「『どこへでも』か…確かに背中に乗ってるときそんな感じしたな~」

 

続けざまに呟いた彼の横顔には、どこか懐かしさを帯びた色が浮かんでいた。

そんな彼を見つめていると、

ふいに――


「俺とお前なら、世界だって手に入る!!」


力強い声が頭の奥に響き渡った。

……今のは、一体?


戸惑う間に、リオネルがメモをとる手を止め、こちらへと顔を向ける。


「じゃあ、次はアウロルの番かな。ルシアンさん、お願いできますか?」


「はい、いいですよ~! いきますね~」


ルシアンはアウロルの方へ手を翳し、静かに目を閉じた。


「これは……虹の旋律……!」


ルシアンがそう告げると、いきなり立ち上がった。

まるで信じられない光景を目にしたかのように、驚きに満ちた表情でこちらを見つめている。


「予言は、本当に……」


ルシアンは顎に手を当て、しばし考え込むように静止した。


「何が見えたのか、教えてくれ」


アウロルは真剣な表情でルシアンを見つめた。

今は少しでも、シルフィアに近づく手がかりが欲しかった。


「黄昏神話について、どのくらいご存じですか?」


ここでも黄昏神話の名前が出てくるとは……

やはり自分は黄金の王と関係しているのか?

リラポス人の女神官サルファは、アウロル自身を黄金の王と呼んでいた。

まさか、自分が生まれ変わりだとでも言うのだろうか。


「子供のころに、一度だけリラポス人から語ってもらいました」


「どのくらい覚えています?」


「断片的にしか……」


「なら、この教会にある図書室で、黄昏神話の本を借りるべきです」


ああ、とリオネルがうなずいた。


「確かに、図書館なら手がかりがあるかも」


「私は黄昏神話と、どう関係があるんですか? 虹の旋律とは、何です?」


アウロルはどうしても質問責めにせざるを得なかった。


「それは……『思い出せ』と言われています」


思い出せ?

一体何を思い出せばいいんだ?


「あともうひとつ……貴方は白銀律にいても、自分を失いません」


「それは、どういうことです?」


自分を失わない……?

今度は謎解きか?

一体この教会はなんだというんだ…

疑問だけが山積みになっていく。


「私に言えるのはここまでです……すみません、ちょっと力を使いすぎたみたいで。占いはまた今度でもいいですか?」


ルシアンが申し訳なさそうに呟く。


「ええ、だいぶ視てもらっちゃいましたから。いい経験になりました」


そう言ってリオネルが礼を述べた。


 アウロルとリオネルは、疲れ切った様子のルシアンに別れを告げ、休息室をあとにした。

扉を出て少し歩いたところで、このまま車へ向かうのかと思ったそのとき――。


「まあ、まだ時間もあるし。図書館に寄ってみる?それとも……」


不意に、リオネルの腹がぐぅ、と鳴った。

彼は顔を赤らめ、気まずそうに視線を逸らす。


「えっと……その、何か食べない?」


ホログラムのスクリーンを開いて時刻を確認すると、十三時四十二分を指していた。

確かに昼食を取るには、ちょうどいい時間だった。


「そうだな。何か食べに行くか」


「決まりだね。じゃあ、教会のカフェに行こうよ」


「この教会にカフェなんてあったのか?」


「え、前からあるじゃん。知らなかったの? あそこのオレンジアイスクリーム、美味しいんだ~」


アウロルは思わず首をかしげた。

中央教会はただでさえ広大で、彼自身もまだ全てを把握できていない。

というか、神官たちでさえ全貌を理解している者がいるのかどうか怪しいほどだ。

豪奢な装飾で知られる大聖堂はもちろん、歴史を保管する目的で建てられた美術館や図書館が併設されていることは知っていた。

だが、食事を取れる場所まであるとは思っていなかった。


リオネルの説明によれば、そのカフェは「料理のうまい神官が、人々に食を通して幸福を分け与えたい」という思いから開設されたらしい。

そのため、シェフもウェイトレスも全員が神官なのだという。

アウロルは、最近の教会は信者以外を呼び込むために少々迷走しすぎているのではないか――そんな考えが頭をよぎったが、口には出さず胸の内に留めておいた。


リオネルはホログラムのスクリーンに教会のマップを浮かび上がらせ、カフェまでの道のりを確認する。


「ちょっと遠いな……よし、道案内を頼もうか」


そう言って、廊下を警備していたロボットに声をかけた。

 

 廊下を巡回していたのは、小型の立方体型ロボットだった。

一辺が三十センチほどの金属製のキューブで、表面には幾何学模様のラインが走り、青白い光を淡く放っている。

背面には妖精の羽のようなホログラムが展開されており、羽ばたくたびに微かな光粒が零れる。

それは推進装置のエフェクトでもあり、同時に教会の雰囲気に調和する装飾でもあった。

無音に近い浮遊音を残しながら、ロボットは静かに廊下を移動している。呼びかけられると、正面の光学センサーが淡く輝き、礼儀正しく応答した。


「いかがなさいましたか?」


警備ロボットは、まるで可愛らしい少女のような声で応対した。


「カフェまで道案内を頼めるかな」


「かしこまりました!」


元気いっぱいの返事とともに、ホログラムの羽がぱたぱたと光を散らしながら羽ばたく。

ロボットはふわりと先へ浮かび、案内を始めた。

アウロルとリオネルは顔を見合わせ、軽く笑みを交わしてから、その小さな背中を追って歩き出した。

 

  

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