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黄昏に還る双龍  作者: 三月 桃
第二章
13/13

強くなる理由

 シルフィアが天馬に乗って現れた翌日。

アウロルたちは、彼女から「心眼」の稽古を受けていた。


白銀律の姫自ら直々に教えを授かれるなど、願ってもないことだ。

彼女は霊的な存在が集うこの白銀律の姫であり、それ以上の教師は存在しないだろう。


ただ問題は――アウロルたちが、どうしようもないほど霊的な才能に乏しいことだった。


「まずは、相手の胸に意識を向けてみてください」


シルフィアの指示に従い、アウロルとリオネルは向かい合い、互いの胸元へと視線を落とす。


「見るといっても目ではなく、意識を集中させるつもりで」


いつもカシンに稽古をつけられると「できない」と駄々をこねるリオネルが、このときばかりは妙におとなしかった。

さすがに、シルフィアの前では子供じみた態度はとれない、ということだろうか。


「うーん、魂ってどういうふうに視えるものなの?」


リオネルはアウロルの胸元を睨みつけている。

今にも彼の目から光線が飛び出して、胸に穴が開きそうな勢いだった。


「私は……ふわふわと光の玉が現れて、それに色がついて見えるんです」


「ふむふむ。メモしたいけど……デバイスが起動しないんだよなあ。まあ当たり前だけど」


「でばいす……?」


聞き慣れない単語に、シルフィアは小首をかしげる。


「ここの人たちは使わないみたいだね。なんていうか……僕らにはファンタジーみたいな世界だよ」


「……いいなあ。私、ここから出たことがなくて」


シルフィアは少しうつむいた。その顔が悲しげに見えて、アウロルの胸に痛みが走る。


「じゃあ、おいでよ。ソル・アストラに」


リオネルは軽い調子で言ってのける。

だが実際、アウロルも同じ気持ちだった。

彼女が共に来てくれれば、研究の助けになるだけでなく、何より――彼女と一緒にいられる。


「えっと……考えておきますね。それより、稽古を続けましょう」


再び向かい合ったアウロルとリオネルは、にらめっこをするかのように見つめ合った。


「どうして……そんなに“視覚的に”捉えようとなさるのですか?」


シルフィアの問いに、二人は顔を見合わせる。


「だって、見えるんだろ?」


「幽霊が見える人と同じ感じかなって」


「幽霊は、もとから“視えてしまう”ものです。そうじゃなくて……脳裏に映し出される、と言うべきでしょうか」


「……イメージが浮かび上がる感じか?」


アウロルは顎に手を当てて考え、再びリオネルへ意識を集中させた。


「――あっ、待って、アウロル」


シルフィアが慌てて声をかける。

呼び捨てにされたのは初めてで、胸がかすかに高鳴った。

だが彼女は気にする様子もなく、深呼吸するように促す。


「そうです。こう……全てが一体になっている感覚を、つかんでください」


「全てが一体……こうか?」


アウロルは目を閉じ、息を整えて精神を集中させた。

ふうっと吐き出し、目を開いてリオネルを見つめる。

だが――見えたのは、やはりリオネルの胸元だけだった。


その後も稽古は続いたが、二人に“心眼”が開く気配は一向になかった。


「今日はこのくらいにしましょう。一日で習得できるものではありませんから」


シルフィアは柔らかい声でそう告げた。

リオネルは解放されたとばかりに、その場にぱたりと寝転がる。


「でも……早く習得しないとまずいんじゃないのか?」


アウロルは彼を見下ろす。

リオネルの髪はいつの間にかほぼ紫になっていた。

このまま進めば、左目まで変色してしまうかもしれない。

彼なら「イメチェンだ!」と笑って済ませそうだが……もし魂まで色を変えられてしまったら、それは本当にリオネルと呼べるのだろうか。


「お二人は……本当に霊的な力を扱うのが苦手なようですから、少し時間がかかると思います」


「ほんとに“苦手”なだけかなあ。シルフィア優しいからなあ」


リオネルはしれっと呼び捨てにしてみせる。

その無邪気さに、アウロルはわずかな嫉妬を覚えた。

だが咳払いで気持ちを誤魔化し、姿勢を正す。


「訓練すれば……本当に身につくんだな?」


そう問いかけながら、アウロルはシルフィアを真っすぐ見つめた。

視線が合った瞬間、彼女は小さく頬を赤らめる。


「……はい。出来ないことなんてありませんよ」


そう言って浮かべた微笑みは、夜の灯りのように温かかった。

ただその一言でアウロルの胸には、再び大きなやる気が灯ったのだった。


 稽古を終えたアウロルとリオネルは、露天風呂に浸かっていた。


湯気がもくもくと立ち上り、乳白色の湯には桃の花がひらひらと浮かんでいる。

肩までどっぷりと浸かると、稽古でこわばった体が一気にほぐれるようだった。


「視覚的に捉えようとしすぎか~」


リオネルは空を見上げ、ぽつりと呟く。

研究者としてはこの目で確かめたい所だが、そういった気持ちが強すぎるのだろうか?


「やっぱり、あのメガネをどうにかすべきなんじゃないのか?」


発明品のメガネをかけても幽霊が見えないようになればリオネルは魂の放流ができるかもしれない。

それに、目に見えてリオネルに変化が起きているのだから、早く進めたかった。


「いや、だめだよ」


リオネルは真面目な口調で言う。


「でも、悠長にしていていいのか?」


「なんか、メガネに頼っちゃうのは申し訳ない気がして……」


「シルフィアに対してか?まったく、カシンの時は……」


「違う違う、人工魂くんにだよ」


リオネルは自分の胸をとんとんと叩きながら笑った。


 入浴と夕食をすませ、長い廊下を歩いていると、シルフィアが中庭を見つめながら立っていた。

両手には淡い光の玉が浮かび、まるで幽玄な世界から抜け出してきたようだった。


気になって、アウロルは自然と声をかけていた。


「それは、なんの光だ?」


シルフィアが振り向くと、光の玉はふっと消えてしまった。


「すまない、迷惑だったか?」


シルフィアは首を横に振り、微笑む。


「いいえ、今のは御霊です。お話ししていました」


「御霊……魂か?今のが?」


もし本当に御霊なら、魂の観測に成功したことになる。

大発見だ――リオネルに報告しなければ。

しかも“話せる”と言ったか?

研究のしがいがある。


「ええ。この地には、魂のまま浮遊している者もいますから」


「どうして、今の光が私にも見えたんだ?」


「あなたにも霊的な力があるということです。それに、呼べば彼らは応えてくれます」


「魂を呼ぶ……そんなことをしても、これまで現れたことはなかった」


「アウロルからは、その……解き明かしてやろうという気持ちが伝わってきます。そうじゃなくって、語り合いたいという気持ちで接してください」


「……やってみよう」


アウロルはシルフィアの真似をして、両手をゆっくり広げた。


「おーい、魂……いないか?」


どうやって呼べば良いのか分からず手探りで試す。

すると、シルフィアがふふっと笑った。


「おかしかったか?どうやるか教えてほしい」


「ほら、あそこを見てください」


シルフィアが指差す先に視線を向けると、草むらの中で小さな光が二つ、ふわりと揺れていた。


「本当はみんな、話したいんですよ」


「私も話したい。来てくれないか!」


魂たちに呼びかけてみたが、柔らかな光はふわっと消えてしまった。


「大丈夫、少しずつ心を開いてくれます」


シルフィアは優しくそう言ったが、アウロルは何が悪かったのかを考え込んでいた。


「またそうやって…」


シルフィアが小さく呟く。

だが、すぐに考え込むように目を伏せた。


「あなたは、いつも悪いところばかり気にしてしまう人でしたか?」


「改善点を探すのは必要なことだ」


シルフィアはその答えにむっとして頬を膨らませた。


「悪いものばっかりじゃないんです~」


頬を膨らませた彼女があまりにも可愛く、アウロルは思わず笑みをこぼした。

どこか、以前にもこんなやり取りをしたような懐かしい感覚があった。


『さらによりよくしていきたいんだ!!』


まるで過去の自分の声が聞こえたような気がした。

自分の研究者気質が、もしかしたらシルフィアには重すぎたのかもしれない、と少し不安になる。


「その…私のような考え方は、嫌いか?」


アウロルは少し緊張しながら問いかける。

だが、シルフィアにはその不安が透けて見えているかのようだった。


「もっと柔軟に考えてもいいんじゃありませんか?結果ばかり追い求めるんじゃなくて」


「手厳しいな……だが、そういう……」


アウロルは照れくさそうに小さく呟いた。


「……そういう君も好きだ」


シルフィアは目を大きく見開き、顔を真っ赤にした。


「なっ…なんなんですか!もうっ!!お休みなさい!」


そう言って、彼女は部屋へと駆けていった。

アウロルは、もう少しシルフィアと話していたかったと思いつつ、自分の部屋へ向かった。


 部屋に入ると、卓の上に置かれたメガネが目に入った。

リオネルには「絶対に使うな」と釘を刺されていた代物だ。


しかし、どうしてもメガネが気に入らないなら……


「リオ、霊的なものが見える薬はどうだ?」


アウロルは植物図鑑を手に取り、リオネルに提案してみる。

だが、彼は怪訝そうな顔をした。


「なんか、悪い薬っぽくない?」


 確かに、見えないものが見える薬など、良からぬ作用があるかもしれない。

アウロルはすぐに断念した。


「やっぱり、何かに頼るんじゃなくてさ~地道に頑張ってみようよ」


「そうだな……研究にも役立つかもしれないしな」


リオネルはにやりと笑う。


「ははっ、面白いね。霊力がない人間が白銀律の姫に特訓されたらどうなるか、論文にして発表しようよ」


「どうやら、無いわけでもなさそうだが」


「どういうこと?」


「さっき、御霊を見た」


 リオネルは心配そうにアウロルを見つめる。

「幻覚でも見たんじゃないか」と言われる前に、アウロルは口を開いた。


「シルフィアが御霊に話しかけていたんだ。そして、その御霊が、私にも見えた」


「なるほど……なら、その映像が撮れれば、僕らの研究は大きな成果になるね」


「その通りだが……」


アウロルの胸の奥には、なんとも言えないざわつきがあった。

シルフィアが大切にしているものを、研究対象として扱うのは、どこか良くない気がしたのだ。


 次の日の稽古では、シルフィアはいつもと少し違う様子だった。


「考えたのですが、まずは霊力を使って、楽しいことから始めてみませんか?」


霊力を使うことに「楽しい」という感情があるとは思っていなかった。

彼女は一体、二人に何をさせるつもりなのだろう。


「まずは手のひらから、花吹雪を出してみましょう」


「そんな、マジシャンみたいなことができるのか?」


「その特訓、方向性は大丈夫?」


二人からの突っ込みにも、シルフィアはにこやかに笑っている。


「いいから、私のやり方を真似してみてください」


シルフィアは手のひらにふうっと息を吹きかけた。

すると白い花びらがひらひらと舞う。


アウロルとリオネルは思わず感心して見つめた。

しかし、シルフィアは両手を軽く叩くと、観察しているだけではだめだと促した。


「はい、見るんじゃなくて、やってみるの!」


物は試しだ。

アウロルとリオネルは、シルフィアが示した通りに手のひらに息を吹きかけてみた。


 だが、当然ながら何も起きず、二人はただ呆然と立ち尽くした。


「もうっ!花吹雪を想像しないとだめじゃないですか。やり直しです!」


どうやら形だけ真似ても意味はないらしい。

アウロルはリオネルと顔を見合わせ、もう一度息を吹きかけてみる。


すると――リオネルの手のひらから、ほんの数枚ではあるが花びらが舞い落ちた。


「すごいじゃないか!どうやったんだ?」


「マジシャンになれちゃうよ、僕!」


子供のようにはしゃぐ二人に、シルフィアも思わず笑みをこぼす。


「ふふっ…そんなに喜ぶなんて。じゃあ次は、もっといろんなものを出してみましょうか?」


アウロルはシルフィアの笑顔に目を奪われ、しばし見とれてしまった。

その横で、リオネルがもう一度手のひらに息を吹きかける。


すると今度は、透明なシャボン玉がふわりと生まれ、ぱちんと弾けて消えた。


「すごい…今のは何ですか?」


「シャボン玉だよ。"吹く"っていったら、やっぱりこれでしょ?」


「しゃぼん……だま? 初めて見ました」


「ええ、そうなの? 白銀律には無いのか……」


「もう一度、見せてください」


リオネルは快くうなずき、再び息を吹きかける。

すると先ほどよりも多くのシャボン玉がふわりと現れ、きらきらと舞い上がった。


虹色に輝く泡に、シルフィアの瞳は嬉しそうに細められる。


――自分も、彼女を感心させられるものを出せたら。

そう思ったアウロルは息を吹き掛けてみた。


その瞬間、カタン、と何かが足元に落ちる音がした。


シルフィアとリオネルが顔を向けると、アウロルが落ちたものを拾い上げ、まじまじと眺めていた。


「それって……アウロルがいつも使ってるピンセットじゃないか」


「どうしてこれが出てきたんだ?」


困惑するアウロルと、初めて見る不思議な道具に興味津々のシルフィアだった。

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