表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黄昏に還る双龍  作者: 三月 桃
第一章
1/10

黄金律の研究者

 肉体を持つこの世界は、古来より黄金律おうごんりつと呼ばれてきた。

循環の法則に従い、生まれ、老い、やがて死へと至る世界。

人々は死後、白銀律はくぎんりつと呼ばれる別の領域へ渡ると信じている。

魂の還る場所――そこには白銀の姫がいるとかなんとか。

だが、それはただの寓話だと考える者も多い。


アウロルもその一人だった。


 彼の名はアウロル•イルリア。

彼の金色のさらさらとした髪は、無造作にまとめられたハーフアップで、前髪はセンターで分けられ、額を広く見せることで、彼の鋭くも優しい金色の瞳が際立っている。

研究に没頭する日々の中で、髪を切ったり整えたりする時間はほとんどない。

それでも、その控えめな髪型がアウロルの知性と静かな美しさを際立たせている。


 ここは研究都市オルディナ。 

その昔、人類は恒星間航行技術を確立し、複数の惑星にコロニーを築いた。

その中でも特に科学と秩序を重んじる惑星国家「ソル・アストラ」。


オルディナは、ソル・アストラの中核を成す重要な都市であり、科学研究と政策決定が集中する政治・学術の中心地だ。

高度なテクノロジーが街全体に行き渡り、市民は厳格なルールと倫理のもとで生活している。

 

その中央にそびえる白亜の塔、中央学術局の上層階に、アウロルの研究室はあった。


ある静かな昼下がり、アウロルはひとつの透明なカプセルを覗き込んでいた。

カプセルの中には、青白く半透明の脈打つ細胞片が浮遊している。

それは物理的な肉体から切り離された幽体(アストラル体)―通称「幽霊の肉」。


「…今回も特に変わらないか」


オルディナでは、幽体は「幽霊の肉」と呼ばれており、かつては伝説の域を出なかった。

しかし数十年前、幽体の分離と観測に成功したことで、医療や軍事などあらゆる分野で革命が起きた。

特に医療では、肉体を幽体に一時切り替えることで、臓器移植や外科処置を無痛で安全に行えるようになった。


それでも、魂そのものは依然として未知の物質だ。

幽体を持ちながらも、魂を失えば生命はただの停止した機械と化す。


この「魂の本質」こそ、アウロルが人生をかけて解き明かそうとしている謎であり、彼が黄金律の世界で研究者として生きる理由だった。


 静かな研究室の片隅で、アウロルは「幽霊の肉」を示すカプセルの前に立っていた。

脈打つ幽体の微細な動きを見つめながら、眉をひそめる。

アウロルが取り組んでいる研究は、魂の剥離がなぜ起こるのか――その原因を突き止めることだった。


魂とは、異なる次元に存在する「臓器」のようなものだと考えられている。

肉体という堅牢な殻に守られ、外界からは決して触れられない存在――それが従来の常識であった。


魂には二色の光の玉があり、その色の組み合わせから性格や得意分野の傾向を読み取ることができる。

だが、科学技術でこれを直接的に視認するのは難しく、魂を鑑定できる神官でなければ、その詳細を知ることはできなかった。

 

やがて、扉が静かに開き、若い男性研究者が笑みを浮かべて現れた。

彼の白衣の袖口には、幽体物理学の象徴である深い青の刺繍が煌めき、胸元には研究所のエンブレムが控えめに輝いている。

 

「どうアウロル、魂は見えた?」


「いいや、だめだ。今回も変化はなかった。」


「これだけやっても失敗か~、そろそろお手上げかもね」


 呑気に話す彼は同僚のリオネル。

恐ろしいほど計算が得意なやつで、複雑なデータ解析やシミュレーションを一瞬でこなしてしまう。

アウロルが魂の本質を探る研究で詰まったとき、いつもリオネルの冷静な頭脳が光を投げかけてくれた。

 

リオネルは私と同じようにカプセルの中を覗き込む。


「でも、あきらめるのはまだ早いよ。君ならきっと突破口を見つけられるさ」

 

リオネルは少年っぽい笑顔で励ます。


「魂って、本当に存在するのか…これだけ何度も実験して、データも積み重ねているのに、まだ手が届かない」

 

アウロルは肩を落としながら小さく呟いた。


「でも理論上はないとおかしいって話でしょ?」


 リオネルは研究用の台の上に腰かける。

いつの間にか彼が買ってきたコーヒーやら菓子やらがテレポートされ机の上はそれらで一杯になっていた。

いつも通り砂糖少々、ミルク多めのコーヒーを飲みながらこちらを向いている。

 

「まあ休憩しなって」


そう言ってリオネルはもう一つのコーヒーを差し出した。

自分は砂糖もミルクもいれないブラックコーヒーを好んでいるが、リオネルに差し入れられるコーヒーはいつもなぜか微妙に甘い。

彼曰く「君は糖を絶対摂った方がいいよ!」とのことだ。

余計なお世話だ。

これでも栄養面に関してはしっかりとした管理ができていると自負している。

しかし休憩は大切だ、最近はかれこれ半日以上はカプセルとにらめっこする日々が続いている

アウロルは渋々、リオの差し出したコーヒーを受け取る。

なんだか今日はいつにも増して甘い気がした。


 幽体という画期的な発見の恩恵は計り知れない。

幽体へシフトしたのち、自分好みの肉体へ切り替える。

そんな整形術さえ現れて倫理観などの方面で議論が絶えない。

 

 しかし最近は、幽体へシフトしたショックで亡くなる人があとをたたない。

未だに改善されない課題だ。

研究者達は幽体になった瞬間に魂が剥離してしまうのではないかという可能性を導きだした…

だが、私にはにわかには信じがたい…

魂そのものが見えない以上アウロルはまだ信じきれなかった。


 生命は等しく、死んだら終わりだ。

死んだその瞬間から、永遠に眠り、二度と帰ってくることはない。

だからこそ皆は命を尊ぶのではないのか?

生きるということを、今この瞬間という奇跡を―


「じゃあ、死んだらどうなると思うわけ?」


リオネルは足をプラプラとさせながら、コーヒーを飲みつつ問いかけてきた。


「……なにもかも終わりじゃないのか?」


「えー、死んだらそれっきりってこと?転生した魂だってあるでしょ」


「前世とやらはまだ研究中で確立されてない理論だ」


「お堅いな~。僕は白銀の姫が迎えに着てくれるって信じたいんだけど」


白銀の姫…それこそお伽噺じゃないか……


 近年注目を浴びている研究は二つある。

一つ目は幽体シフトによるショック死の原因解明。

もう一つは、前世の記憶をもつ子供達の増加だ。

白銀律の世界…向こう側にはなにがあるのか。

子供達の話に魅せられた大人がこぞって研究を始めた。


 そしてある共通点が浮かび上がる…

それはまず、白銀の髪をした美しい女性が死後に出迎えてくれるということだった。

他にも龍になれる人間が大勢いただの、妖精の王だの子供らしい話ばかりだった。

だがそれでも、前世の記憶を持つ子供たちが語る共通の光景は、偶然とは思えなかった。

白銀の髪をたなびかせ、静かに微笑むその女性の姿だけは全員が必ず真っ先に口にした。


 魂とは何か。死とは何か。

そしてその向こう側にある世界は、科学の手が届かぬ領域なのか――。


「もし、魂が剥がれ落ちる瞬間があるなら、それは終わりではなく、始まりかもしれない」

 

突然、リオネルはそう呟いた。 


「一体なにを言い出すんだ、不謹慎だぞ。亡くなった人もいるのに。」


「あはは、ごめんごめん」


 ちょっと頭冷やしてくるよ~

そう言ってリオネルは研究室を出ていった。

静寂が戻った部屋で、私はカプセルの中の幽体をじっと見つめた。

リオネルの言葉は軽い冗談に聞こえたが、どこか真実の片鱗を含んでいる気がした。


 終わりか、始まりか。

魂の謎は深く、もしかすると私たちが想像する以上に複雑なのかもしれない。


 アウロルはデスクチェアに腰かけ、天井を見上げながら深々とため息をついた。

窓の外は夕暮れの茜色に染まり、オルディナの高層ビル群が黄金色の光を受けて輝いている。

ゆっくりと街に夜の帳が降り始め、空には星がひとつ、またひとつと灯りをともしていく。


 なんだか今日はこのまま眠ってしまいそうだった…

そんなうとうととしていた時だった。


「どこにいるの?」


今にも泣き出しそうな、少女らしい声がした。


アウロルははっと目を開け、辺りを見回した。

研究室は静まり返っているはずだったが、その声は確かに響いた。


「誰だ…?」


アウロルの問いかけに返事はない。

空耳だろうか、最近は研究のことで手一杯でろくに休んでいなかったかもしれない。

ため息をつき、機器の電源を落とす。

明日のことを考えながら、私は家路につく決意をした。 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ