25.サイバーサイコーシス①
突然、スマートデバイスから音が鳴った。緊急信号だった。
隣にいた健司に「信号だよ」と言うと、健司は「準備しないと」と自分の部屋に急いで戻った。知樹も準備を始めた。防弾、防刃チョッキを装備すると腰にハンドレーザーガンを装着した。そして、新しく買った。汎用バッテリーマガジンを二つ胸ポケットに納めた。
エアーバイクのエンジンを作動させるとバイクに跨った。
「健司、後ろに乗りなよ」
「おう、頼んだ」
知樹は健司を乗せてアクセルを全開にした。場所は札幌の郊外、緊急信号の発信者は権三郎さんだった。余程、やっかいな状況なのかも知れない。そう思いながら現場へと向かった。
「二人とも、元気にしていたか」と権三郎さんが出迎えた。
現場にはすでに数人のバッズメンバーがいた。
「何があったんですか」と健司が尋ねた。
「ロシア政府のオーダーなんだが、高坂隆を探している。そいつはサイバーサイコーシスを発症しているんだ。一時間前に発見したんだが逃げられた。奴を捕獲しないといけない」
「サイバーサイコーシスって何ですか」と知樹が聞いた。
「俺も詳しくは無いんだが、妄想と現実世界の区別が出来なくなるんだ。それに伴って幻覚、幻聴、思考の障害などを引き起こす。まぁ、難しい病気だ」
「高坂は俺と同じで元ロシアの傭兵だ。これが厄介でな、高坂は家族を助けるために人を殺して歩いている。でも全部、妄想なんだ」
「全部、妄想ですか」知樹は額の汗を拭った。
「そうだ。妄想だ」
「火草は居ないのか、あいつのスコープがあれば楽なんだが」
健司が火草に連絡を取った。「火草、何をしているんだ」「事務所にいるよ」「権三郎さんのオーダーを手伝って欲しいんだけど」「なら、向かう」と火草は通信を切った。
「今からこっちに向かうそうです」
「なら、高坂を探すぞ」そう言いながらバッズのメンバー数人と一緒に高坂を探すことになった。
現場は緊張していた。高坂は元傭兵のプロだ。それに対して、こちらは高坂を生け捕りにしなくてはならない。町の中で騒がしい声が聞こえた。「人殺しだ」声のする方に知樹は向かった。
「何があったんですか」知樹は近くにいた住民に話を聞いた。
「男が、そこに倒れている人を突然、撃ったんだよ」
高坂だ。と知樹は思った。
「男がどこに向かったか分かりますか」
「あっちの道を歩いて行った」
知樹はその方向に向かった。すると、突然、男がハンドレーザーガンを撃ってきた。
「お前も組織の連中だな」高坂は叫んだ。
「違う、お前を助けに来たんだ。撃つのを止めろ」
「俺は妻と子供を助けるんだ。お前たちを全滅させる」
「何を言っても無駄か」知樹はハンドレーザーガンを手に取った。
お互いに距離を保ちながらハンドレーザーガンで撃ち合いを始めた。高坂の射撃は正確に知樹を狙って来た。知樹は壁に隠れて息を潜めた。
「もう、止めろ。高坂」
「妻と子供を解放しろ。そうしたら止めてやる」
知樹はその話を聞きながら本当に妄想なのか分からなくなっていた。奥さんと子供がいるのか、解放しろってことは奥さんと子供は誰かに捕まっているんだな。と思った。
「組織って言うけど、どの組織だ」知樹は叫んだ。
「組織は組織だろ」高坂は曖昧な返事をした。
「お前の妄想なんだよ」
「何を言っているんだ。妻と子供を誘拐された気分がお前に分かるか」
バッズのメンバーが知樹の傍に来た。「どうなっている」と知樹に聞くと知樹は「分からないです」と答えた。それからバッズのメンバーが高坂と撃ち合いになった。高坂は状況を見てその場から逃げ出した。
権三郎さんが言うには、高坂は奥さんと子供を何者かに殺されたんだという。高坂はそれを受け止められなかったんだと教えてくれた。知樹はどれだけの苦悩が高坂にあるのか理解が出来なかった。ただ、高坂を見て自分に重なる部分が少しだけあるなと思った。この理不尽な世界に。
「知樹、これを使え」と権三郎さんからスタングレネードを渡された。
「あいつを無事に連れ帰るんだ」
知樹は高坂を憎めなかった。妄想だろうが何だろうが、高坂は真剣に奥さんと子供を思っていた。それは人として尊敬が出来た。
再び、高坂を追った。健司が先に高坂を追いつめていた。
「高坂、観念しろよ」と健司が言った。
「観念するのはお前たちの方だ」と高坂がハンドグレネードを取り出した。
「高坂さん、もう止めましょう。こんな事をするなら犯人を探した方がいい筈だ」と知樹が説得をした。
「犯人だと」高坂が頭を押さえた。「何を言ってやがる」「妻と子供は生きているんだ」「余計なお世話だ」「必ず、殺してやる。皆殺しだ」高坂は混乱していた。
健司が「話しても無駄だ。知樹」とベアナックルを構えた。「止めろ、健司」と知樹が高坂の盾になった。
「何やってんだ。知樹」
「この人は病気なんだ。健司こそ、止めろよ」二人で睨み合いになった。
「お前ごと倒すぜ」健司が気合を込めて言った。
「やれるものならやってみろよ」知樹がコンセントレーションを発動させた。
「止めろよ、バカ野郎」と火草が後ろから健司の金玉を蹴った。健司は悶絶した。「仲間内での揉め事はご法度だろうが」火草が健司に言った。
高坂は頭を抱えてその場に崩れていた。「君は知樹君と言うのか、もし、良ければ妻と子供の敵を討ってくれないか」高坂は涙を流しながら知樹に懇願した。「分かりました」と知樹が高坂に約束をした。高坂はブレスレットを外すと知樹にそれを渡した。「ギャラだ」そう言うと、権三郎さんに連れて行かれた。
◆登場人物
◆木下知樹 十七歳、物語の主人公。
◆松田健司 十八歳、ストリートギャング(バッズ)のメンバー。
◆時田権三郎 五十一歳、ストリートギャング(バッズ)のメンバー。
◆上野火草 十八歳、ストリートギャング(バッズ)のメンバー。
◆高坂隆 三十六歳、元ロシアの傭兵。
◇設定資料
◇サイバーサイコーシス、発症すると妄想と現実世界の区別が出来なくなる。幻覚、幻聴、思考の障害など様々な症状がある。治療が困難な病気のひとつ。




