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2.東京脱出①

 三日前に、大内さんからの連絡で、強制人格プログラム移植の対象になると連絡を受けた。初めは大内さんが何を言っているのか理解するまでに頭の中が真っ白だった。そして、大内さんはこう続けた。


「俺には家族がいてな、娘がいたんだ。でも、十六の時に暴行を受けて殺されてしまった。犯人はまだ捕まっていない。だから、お前の話を聞いて胸がすっきりしたんだよ」


「知樹、逃げろ。お前は悪人ではない。暴力は良くないにしてもだ。人格移植なんて、一生奴隷として生きるか、そのことすら分からずに死んでいくかだ」


 この会話を聞かれれば、仕事を失うかもしれないのに。いつだって汚いやり方の大人たち。学校で教えるのはくだらないことばかり、人格を変えているのはお前たち大人だろう。でも、大内さんはこれまでの大人たちとは違ったように思えた。


「三日後、御徒町駅おかちまちえきの近くにある公園で落ち合おう、そう、小さい公園だ。絶対に来るんだぞ、昼の十三時だ。詳しい話もその時だ」


 昼の十三時、小さな公園のベンチに大内さんが来た。真夏なのにロングコートを着ている。多分、バイオメトリクス認証チップの追跡を妨害するためだ。このチップは生まれた時に身体に埋め込まれる。もちろん、個人の特定、交通機関、買い物など、あらゆる場所でこの認証チップの確認が必要だった。


「待ったか、とりあえずこれを受け取れ」


 渡された封筒を確認すると中には二十万円が入っていた。


「これもだ」


 紙切れに住所、通信ナンバーが記載されている。


「事件の話だが、元々、お前は人格移植の候補じゃなかったんだよ、柚葉ゆずはの強制わいせつ罪を取り下げることで示談が済んでいたんだ。過去の補導歴も指導で終わっていた。だが突然、候補になっていた。きな臭いと思って調べてみたら、四人組の中に嵐山信二あらしやましんじっていうのがいて、そいつの親父が嵐山浩二あらしやまこうじ、国会議員だったんだよ」


 大内さんはそう続けるとため息を吐きながら公園の滑り台を見つめていた。


「知り合いにも調べてもらったんだが、知樹、お前はめられたんだよ。嵐山に。こいつは人脈づくりの天才でな、所謂いわゆる、上級国民のあらゆる分野にコネクションを持っているんだ、だから息子をこてんぱんにしたお前が許せないんだろう。息子が何をしたのかなんて気にさえしていない」


「現状、敵の数が多すぎる。片っ端から問い合わせても全部極秘扱いで何も出来なかった、そんなの悔しいじゃないか。だから逃げるんだ」


 大内さんの目は真剣だった。人生の中で分岐点があるとするなら今なんだろうと思った。思いっ切り金属バットを叩きつけた感触を思い出した。


「先ずは、その住所に行け、バイオメトリクス認証チップを偽装するんだ、連絡は付けてある。このロングコートもその為だ。荷物を整えてからコートを着て新宿二丁目に向かえ、徒歩で移動するんだ」


 着ているロングコートを渡された。夏のせいなのか、大内さんの優しさのせいなのかコートは熱かった。


「ありがとう。大内さん」


 自分でも驚いていた、大人に対して心からお礼を言ったことが無かったからだ。身近な大人といえば児童養護施設の職員だが、空気のように無視をされていた。学校の先生もそうだった。大人たちは皆、問題児の知樹に対してあまり関りを持たないように接していた。


「何かあったら、その通信ナンバーに連絡するんだぞ」


 大内さんはタバコに火を点けながら言った。


「うん、もう行くよ」


 そう伝えると、小さな公園を後にした。


 寮に戻ると急いで荷物の準備をした。知樹の部屋は清々しいほど物が無かった。着替えと洗面用の道具、それらをバッグに詰め込んだ。何もない部屋だけど思い返すと色々あったんだ。ふと、考えたが、時間が無かった。寮の玄関に移動すると何故かみんなが並んでいた。


「知樹兄ちゃん」


「ともにい」


「知樹ちゃん」


 柚葉ゆずはが泣きながら「いってらっしゃい」と言った。封筒を渡されると中に三万円が入っていた。みんなで集めたそうだ。小遣いなんて月に千円だけなのに無理をしたんだな。そう思うと涙がこぼれた。施設のみんなは家族だったから、さすがにお別れは寂しいなと思った。


「どうして分かったんだよ。誰にも言ってないぞ」


 柚葉が「バレバレだよ」「みんな気づいていたよ」なんて言うから益々、涙が零れた。みんなは家族で、友達で、大切な人たちだったから。


「知樹ちゃんならどこでも生きていける」


「知樹兄ちゃんは強いから」


「ともにい、いかないで」


 みんなの温盛ぬくもりあたたかかった。夏なのにそのあたたかさが、知樹を優しく包み込んでいた。


「何かあったらすぐに駆けつけるから、みんな、元気でな」


 そう言うと知樹は児童養護施設の寮を後にした。

◆登場人物


木下知樹きのしたともき 十七歳、物語の主人公。


鈴木柚葉すずきゆずは 十六歳、主人公と同じ児童養護施設の仲間。


大内重之助おおうちじゅうのすけ 三十八歳、警視庁少年育成課の刑事。


嵐山浩二あらしやまこうじ 四十五歳、国会議員。


◇設定資料


◇バイオメトリクス認証チップ、このチップは生まれた時に身体に埋め込まれる。もちろん、個人の特定、交通機関、買い物など、あらゆる場所でこの認証チップの確認がいる。テックロック社製【ニュージャパン】

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