1.プロローグ
二六五六年、三月、ニュージャパン(旧日本)は犯罪履歴があるものに対して強制人格プログラム移植をおこうなとする法案を可決させた。同法案はニュージャパンの犯罪傾向が複雑化、尚且つ、凶悪犯罪の増加を防ぐため、与党が立案、衆議院、参議院、満場一致で可決された。
世界的に注目を集めたこの法案は、ニュージャパン国内でも大手マスメディアが取り上げており、増加する凶悪犯罪が大多数の国民感情を揺さぶった。国内最大手、サイバーウェア事業のテックロック社は「今後、世界的にもこの流れがくるでしょう」とコメントしている。この法案は二六五六年、十月から施行される。
「くだらない」
そう言葉に出すと少しは気が楽になった。御徒町駅の近くにある小さな公園のベンチで、知樹は空を見ていた。照りつける日差しが目の奥を刺激すると少しだけ目を瞑った。どうすればいい、このままじゃデク人形だぞ。ため息を吐きながら過去の事件を思い出していた。
施設(児童養護施設)育ちの知樹には親がいなかった。それを寂しいとも思わなかった。なにせ、同じような子供たちが五十人近く居たからだ。洋服は常に古着だし、食い物もあまり美味しいとは言えなかった。だけど、仲間がいた。その中のひとり、柚葉がボロボロになって寮に帰って来たとき、一瞬で怒りが込み上げてきた。柚葉が言うには高校生の四人組に無理やり路地裏に連れていかれて暴行を受けたという。その話を聞いてから、金属バットを片手に、泣いている柚葉を片手に走り出していた。
夕方と暗闇が交差する御徒町駅の商店街で、高校生の四人組を見つけた。柚葉の手が震えていた。ニヤニヤ笑いながらこっちを見ているのと同時に、周りの大人たちが何もせず、何もいないかのように目を逸らしていた。その瞬間、柚葉を離して金属バットで連中の頭を殴った。最初に殴ったそいつは、激しい痛みと共に道沿いにしゃがみ込んだ、二人目は驚いて身動きが固まっていたが、次の瞬間、激痛で目を閉じながら倒れた。三人目は逃げようとしたが、後頭部に金属バットが直撃すると頭を抱えて道端に倒れこんだ。最後のひとりが、僕はやってないんだ。と叫ぶが、ニヤニヤの顔が脳裏に浮かぶと、迷わずにそいつを殴った。連中がどうなろうと知ったことではない。頭や身体を殴り続け、気づいた時には金属バットがボロボロになっていた。四人組は頭から血を流し、身体を丸めた亀のようだった。どうせ大人たちは見てないんだろう。だったら最後まで知らないふりを続けてくれよ。
突然、体中に電撃が走る、息が出来ない。体も動かない。頭上に警察のエアカーが赤色灯を照らしながら複数待機している。背後にはポリロボ君(警察ロボット)の不気味なスマイルマークがこちらを見下ろしていた。ふざけるなよ。柚葉のときは役に立たなかったくせに。何も守らないくせに。そう思うと同時に気を失った。
担当の刑事は大内と言った。
「お前はやりすぎだよ」
「警察に任せれば良かったんだよ」
「ま、誰も死なせずに済んだだけ運がいいよ、お前」
「これで六回目だな、知樹」
「前は誰かが、虐められていたのが原因だったな」
「事情は分かるが、相手に怪我をさせているからな、少しの間、泊っていけ」
留置場の中でぼんやり空を眺めていた。こんな場所で空なんて見れないだろうと思っていた。だが、収監された場所が端っこの部屋で、換気をするために格子付きの窓が一日中開いている場所だった。
「やっぱり、空は大きいな」
知樹は小さい頃から空を眺めるのが好きだった。どこまでも続くあの大空を見るたびに、なんだか身体の中が暖かくなる感覚を覚えた。寂しさではない、ただ、生まれてから知らない何かが、愛情、慈しみ、情愛にも似た何かが知樹の心の中を通り過ぎた。
留置場には二十日間くらい閉じ込められていた。取り調べ室に呼ばれると手錠を付けてロープで繋がれた、散歩をしている犬みたいだった。取り調べ室に入ると大内さんが手錠を取ってくれた。事件は十五分間くらいだったそうだ。曖昧な記憶で事件を思い出しながら話をしていると、大内さんが「内緒だぞ」と言い、お菓子とジュースを渡してくれた。どら焼きとクッキー、冷えた飲み物はコーラだった。それを味わいながらゆっくりと飲み込んだ。何せ、留置場の飯は思った以上にすこぶる不味いから、ほとんど食べられずに残していた。
「あと五分で十三時だな」
腕に付いているスマートデバイスを眺めながら、御徒町駅の近くにある小さな公園のベンチで、知樹は人が来るのを待っていた。
◆登場人物
◆木下知樹 十七歳、物語の主人公。
◆鈴木柚葉 十六歳、主人公と同じ児童養護施設の仲間。
◆大内重之助 三十八歳、警視庁少年育成課の刑事。
◇設定資料
◇ポリロボ君(警察ロボット)テックロック社製【ニュージャパン】のロボット、対人用スタン弾搭載の最新モデル。スマイルマークが目印。