第六話 誘拐犯じゃありません
「ま、待ってください! 私は怪しくなんかありません! 本当に!」
必死で訴える私に、衛兵たちは冷たい目を向ける。
「怪しくない? ならば証拠を見せよ」
(証拠って……!)
頭をフル回転させた私は、ハッとしたように胸元を探った。
(あった、名刺……!)
黒革のカードケース。この世界には存在しない会社のものだけど、これしかない!
「私、ちゃんとした会社で働いてました! ほら、名刺です、名刺!」
私は自信満々にカードケースを開き、一枚の名刺を差し出した。
「青山琴子と申します! 見てください、所属もちゃんと書いて――」
言い終わるよりも早く、空気が凍りついた。
衛兵たちの表情が一変し、武器に手をかけたのだ。
「まさか……呪符か!?」
「黒革の呪具!? 何やら印章が刻まれている……これは高位の禁術では……!?」
「……えっ?」
(いや、えっ!?)
「違います違います!! これはただの名刺で……名刺が何かわかります!? とにかく誤解なんです!
私は真っ当な社会人で、毎日一生懸命働いてて……ああもうややこしいっ!」
焦りすぎて、自分でも何を言っているのかわからなくなっていた。
「術士だ! 気をつけて拘束しろ!」
名刺を「何かの呪物」と解釈したらしい衛兵たちは、一斉にこちらに詰め寄ってくる。
私は一歩、二歩と後退した。逃げようと当たりを見渡したその瞬間――
「やめて!! コトコお姉さんは、悪い人じゃない!!」
ペルの声が響いた。
泣きそうな声で、私の前に立ちはだかるように飛び出す。
「コトコお姉さんは、優しくて、悪い人じゃなくて、私の……っ!」
だが、衛兵の一人が冷たく言い放つ。
「ペル様……ご家族が貴女を心配しておられますよ。何者かに誘拐されたと訴えているのです。
――貴族の血を持つ者が、家の体面を損ねるような行動をとるはずがないでしょう。
よってこれは、誘拐事件と断定されました」
「……えぇ?」
言葉の意味が、すぐには飲み込めなかった。
(貴族? ペルが? 誘拐って……何言ってるの?
なんにせよこのままじゃ不味い。連行されて、牢獄暮らしだ。最悪、処刑!?)
「お姉さんは違う!! 私が……私が勝手に家出しただけなの!!」
叫ぶペルの声を無視し、衛兵は淡々と宣告する。
「貴族のご令嬢が誘拐されたと断定されているんです。どれほど口で否定しようとも、その女は罪人として扱わせていただきます」
そして――
「連行する」
腕をつかまれた。
暴れるペルも衛兵に抑えられていた。
「ちょっ……やめろ! 離せっ! 私に触るな!」
「お姉さん!!
――やめてよ! お願い、話を聞いて……!」
必死に叫ぶペル。だが、衛兵たちは無情だった。
「下がってください、ペル様」
私は、掴まれた腕を振りほどこうと精一杯もがくが、まったく歯が立たない。
あっさり縄をかけられ、私は完全に動きを封じられた。
ペルの手が、遠ざかっていく。
(ダメだ……私の力じゃ全然通じない……)
「ペル……ごめんね」
そう呟くのが精いっぱいだった。