第五話 奴隷じゃありません
どれくらい歩いただろうか。
木々の隙間から光が差し、やがて視界がひらけていく。
森を抜けると、開けた場所に出た。
目の前には、異世界らしさ満点の街並みが広がっていた。
石造りの建物が立ち並び、舗装された石畳の道には馬車と人々。
高層ビルのようなものは見当たらない。全体的に、ヨーロッパの中世都市を彷彿とさせる。
(うっわぁ……異世界って感じ……!)
少し興奮しながらも、私は違和感に気づく。
人々の視線が、こちらに釘付けなのだ。
(……さっきから視線が妙に痛い。なんか、こっちを指さして話してる人までいる……。ペルが私にしがみついてるから、何か良くない誤解をされてる?)
それとも、ペルと比べて私が薄汚いから!? と思い自分の服をそっと嗅いでみた。
(うっ、洗ってない服の香り……)
まあ、仕方ないだろう。ずっと家に帰れていなかったんだから。
隣では、ペルががっしり私の腕にしがみついている。
顔もぐりぐりと服に押しつけてきており、正直、ちょっとくすぐったい。
(ペルぅ……その服、何日も洗っていないんだよ……)
多少の不安を抱えながらも、私は導かれるままに街を歩いた。
なにせ、目的地もわからない。頼りになるのはペルだけだ。
そして、少し歩いたところで、ペルが私を引っ張った。
「……ここだよ、コトコお姉さん」
ペルが指差す先に、立派な木造の建物があった。私は看板を見上げる。
《なんでも揃うお店》。
(……読める)
明らかに日本語ではない文字なのに、意味がわかる。
おそらく異世界転移あるある、「言語理解スキル」的なやつだ。
「入りましょう」
促されて中に入ると、品の良い中年の男性が、こちらに気づいて手を擦りながら歩み寄ってきた。
そして、ペルの姿を見た瞬間、ぴしっと直立不動になり、深くお辞儀をした。
「ようこそお越しくださいました。本日は……?」
いかにも、良い店のスタッフという感じだった。
ペルはちらりと私を見てから、小声で言った。
「……いつもの」
それだけで通じたのか、男性は即座に奥へと引っ込む。
(ペルは常連なのかな? にしてもめちゃくちゃ丁寧な対応だな……)
戻ってきた店主は、袋に入った調味料類をペルに手渡すと、にこやかに言った。
「お支払いはいかがいたしますか?」
「……家に請求しておいて」
(……家? あれ? ひとり暮らしじゃなかったっけ)
脳内で疑問符が渦巻くが、ここでは突っ込まないでおくことにした。
「ありがとうございました! ところで……」
店主は、ちらりと私を見て言った。
「……そちらのは、新しい奴隷ですかな?」
……?
思わず固まる私。
「ど、奴隷?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
でも――店主の目は間違いなく、私を指していた。
(え、待って……ここって奴隷制度のある世界なの!? 危なすぎるでしょ)
脳裏に、悪徳商人に攫われてオークションにかけられる自分の姿がよぎった。絶対に捕まらないようにせねばと心に決める。
だがその時、ぴしっ、と空気が張りつめた。
――ゾクリとする寒気。
視線を横にずらすと、ペルが店主をにらみつけていた。
氷のように冷たく、静かな目で。
店内の空気が一瞬で凍りついたように感じる。
「……も、申し訳ございませんっ!!」
店主は床に手をつきそうな勢いで謝ると、逃げるように奥へ消えていった。
(顔が怖い……でも、ペル……私のこと守ってくれたのかな……)
「ありがとう、ペル。……その、失礼な店員もいたもんだね。私は気にしてないからね」
そう言って微笑むと、ペルも少し恥ずかしそうに笑った。
そして、二人で店の外へ出たそのとき。
カチャッ。
硬質な音がした。
なんと周囲には、衛兵のような者たちが、ずらりと立ち塞がっていた。
全員が、私たちを囲むように位置している。
(まさか……)
通行人も遠巻きにこちらを見ている。
その静寂のなか、一人が前に出て、冷たい声で言った。
「そこの女。……誘拐の容疑で拘束する。おとなしく従え」
私のことだろうが、私が無罪だ。
誘拐などしていない。
緊迫した空気の中、私は震えるペルの手をそっと握りしめた。