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誰を選んでも後悔しそうな異世界ラブコメ  作者: 谷口凧
第二章:二十七歳無職、仕事をください
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第二十八話 火種

 朝の光が差すことのない書庫に、魔術灯の柔らかな光が灯っていた。

 天井から吊るされた半透明の球体が、一定のリズムで揺れながら、棚の背表紙を静かに照らしている。


 高窓はあるものの、厚手の遮光布がぴたりと閉じられていて、外の気配は感じられない。

 

 ここは王国の知の宝庫――膨大な資料を守るため、光と湿気を徹底して管理されているようだ。


 そんな静謐な空気の中、私は軽く腕を回しながら気合いを入れた。


 異世界に来て、はじめての仕事。

 たしかにこれはただの雑務――でも、私は真剣だった。


 まず着手したのは、本棚の番号の割り付け。巻物と本を完全に分離し、ジャンル別にラベルを貼る。

 そして、歴史系、魔術系、政治系などにざっくり分類し、タグの色まで整えていく。


「パソコンがあったらなあ〜。管理がもっとラクになるんだけどな〜」


 そうぼやきつつも、元の世界で鍛えた業務スキルが火を吹く。

 

 内容が重複している巻物は、情報を一冊にまとめて分類フォルダに収納。

 破損していたものには「修復予定」ラベルをつけ、専用の保管箱に。

 書類整理の基本、それは使う人の気持ちになって考えること。


 ――ふと手を止めて、思い出す。


 「……ていうかこの世界、車あったよね。車作れる技術あるならパソコンもあるんじゃないの?」


 この世界の科学技術はどうなっているのか、という疑問が湧く。

 確かに車はあった。飛んだけど。


「あれって車みたいな見た目してるだけで、実際は魔道具の一種なのかな」


 外見がSFっぽく見えるのは、異世界人が持ち込んだ技術の残滓を、この世界の住民がなんとなく使っているだけ……とか。


 異世界人のテクノロジーを、魔術のフレームで解釈して再利用しているだけ?

 

 と、そんなことを考えながらも、夢中で作業していると、いつの間にか午前が終わっていた。


 私は台帳を閉じてふぅと一息ついた。


 「よし。ここまでくれば、午後からはあっちの棚を片付けられそう」


 書類整理、分類、記録――すべて順調。


 私は壁の時計に目をやった。


 「そろそろ、ペルと約束した時間だね」


 焦りはない。

 むしろ完璧な時間配分で、きっちり一区切りつけてからの退室。

 これぞ社畜OLの底力だ。


 書庫の扉を開ける前に、整えた日報の下書きを机に置く。

 そうして廊下を歩く侍女に一声かけてから、私は城の外に出た。


 (お腹すいたな〜っ)


 昼の光の中、私は歩き出した。



* * *



 異世界人・コトコさんを書庫へ送り届けた後、僕は執務室へ戻った。


 王城の一角、戦術書や地図が広がる静かな部屋。

 

 上官であるノクス様は、山のような書類に目を通しながら、淡々とペンを走らせていた。

 

 「どうしてあのような無意味な仕事を……」

 

 静かに眉をひそめる。

 わからない。わからない。未だ何の役にも立っていない異世界人の我儘に付き合う、優秀な上官の思惑が。

 

 それに…


 「魔術で分類すれば、書庫の整理など一日で終わります。あえて手作業にこだわる理由が、どこに? コトコさんにはもっと他に――」


 「なるべく、この城の中にいてもらうためですよ」


 言葉を遮るように、ノクス様はさらりと言った。

 視線は資料から上がらない。――こちらを正面から見る必要もない、とでも言うように。


 「今、王国が置かれている状況を……貴方も理解しているでしょう? コトコ様の存在を公にして、もしものことがあったらどうするつもりですか?」


 少し呆れたような声音だった。

 ――しまった。余計なことを言った。そう思い、無言のまま頷いた。


 「隣国は、かなり危険な状態です。異世界人の力で、各国の密偵が次々に炙り出され、処刑されている」


 その声は、低く、冷ややかだった。


 実際、その通りだ。

 かつて密偵として隣国に潜入していた自分からすれば、あの異世界人は――ただの、下劣な若者だった。


 人を人とも思っていない。

 奢侈の限りを尽くす、品性なき外道。

 

 そうした振る舞いに、周囲の国々も危機感を抱いたのだろう。

 各国が密偵を送り込み、そして、次々と処刑された――その光景を、この目で見てきた。


 「貴方だってその一人になっていたかもしれない。

 ……マーネ、よく無事で帰ってきてくれました」


 先ほどとは違った優しい声音。

 「帰ってくるまでが任務ですから」とだけ答える。


 「現在、隣国では有力な奴隷商会の廃業が相次いでいます。

 国の基盤となる産業の崩壊は、国家運営に大きな影響を与える。

 今回の戦争には、新たな奴隷を確保するという側面もあるのでしょう。

 矛先がユアロスに向かなくて良かったとも言えますが――」


 ノクス様は手元の書類を一枚、静かにトンと揃えると、ぽつりと続けた。


 「いずれにしても、コトコ様の存在が火種になる可能性は、十分にあります。

 だからこそ――あの方を表に出すわけにはいかないのです。

 ……わかったら、自分の持ち場へ戻りなさい。マーネ」


 「はい」と、聞き分けのいいふりをして頭を下げた。

 そのまま、音も立てずに部屋を出る。


 しかし内心では疑念に溢れていた。


 (ノクス様は、あの異世界人を特別視しすぎている。

 力の片鱗すら見せていないにもかかわらず――。

 

 ……確かに、人間性は隣国の異世界人と比べれば、遥かにまともだ。

 たまに浅ましい顔をすることもあるが、周囲に害がない分、許容範囲だろう。

 

 だが、本来異世界人に求められるのは“力”だ。

 

 その点、隣国は恵まれているのかもしれない。

 何の取り柄もなかった小国が、今や他国を脅かす存在になったのだから。

 

 ユアロスだって――コトコさんが力を持てば、もっと大国になれるかもしれないのに。

 

 ……それに、隣国の奴隷商会の“廃業”なんて、妙な話だ。

 そもそも廃業するメリットが思いつかない。

 

 王も、今や王に匹敵するほどの権力を持った異世界人も、奴隷制度には大賛成だったはずだ。

 

 なのに、なぜ? おかしい。奇妙だ。理屈が通らない)


 考えがまとまらないまま、自分の業務へと戻った。


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