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誰を選んでも後悔しそうな異世界ラブコメ  作者: 谷口凧
第二章:二十七歳無職、仕事をください
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第二十四話 パンを盗んだ王子様

 観光地の宿で一泊してから、翌朝、私はノクスと一緒に城へ戻った。

 帰りももちろん、例の飛ぶ車。


 離陸と着陸のとき、さすがにもう絶叫はしなかったけど――ちょっとだけ叫びそうにはなった。


 そして、城に戻った私はというと。

 完全に、ぐうたらモードに突入していた。


 することもないので、ほとんど部屋に引きこもり、侍女とおしゃべりを楽しみ、ご飯をもりもり食べて、たまに庭を散歩する。

 

 ペルがお弁当を持って訪ねてきてくれる日もあって、そのときは一緒にピクニックへ出かけた。

 学校に通う彼女の話を聞きながら、芝生の上で寝転ぶ時間は、ちょっとした贅沢だった。


 毎晩、悪夢は見る。

 けれど、それを差し引いても、これは“至福”と言っていい日々だった。


 元の世界では、常に仕事のことばかり考えていた。

 けれど今は、なーんにも考えなくていい。

 幸せすぎて、脳みそもきっと喜んでいる。


 ――このくらい、いいよね。

 頑張ってたもん、私。

 この世界では、ちょっとくらい休んでもバチは当たらない。


 そんな風に開き直ってから、一週間ほど経ったころだった。


 ――ある日、城がなんだか騒がしかった。


 聞き耳を立ててみると、どうやら隣国が突然、戦争を始めたらしい。

 幸い、今のところユアロスには攻めてきていないらしいが、城内は妙にバタバタしている。


 あれほど私の部屋に顔を出していたノクスも、次第に姿を見せなくなり、ついにはぱったり来なくなった。

 ほんの少しだけ、寂しいと感じてしまったのは、暇すぎるせいだ。


 ペルも、学校や家の事が忙しくなったのか、顔を出す頻度が減っていった。


 忙しそうな侍女たちを引き止めるのも悪い気がして、私は更に暇になっていった。


 ――とにかくやることがない。


 いつもは城内をうろついて時間を潰していたけれど、それももう飽きた。

 

 今日は、街へ行こう。


 そう決めて、私はドアではなく、窓から外へ出た。

 ぴょん、と飛び降りた先は庭園の奥まった一角。誰にも見られていない。完璧。


 こっそり門を抜けて、私は久しぶりに城下の街へと歩き出した。


 街は思ったよりも静かだった。


 人通りはある。店も開いているし、子どもたちが走り回っているのも見かけた。

 けれど、どこか空気が重いような気がする。笑い声が少ない。通りを歩く人たちが、妙に周囲を警戒しているように見える。


 (……戦争、の影響?)


 私は戦争というものを知らない。

 実際、隣国がどこかと戦争を始めたと聞いたとき、「ユアロスには関係ないのでは?」と思ってしまったくらいだ。


 でもそれは甘い考えだと、ペルが教えてくれた。

 彼女は今、学校で“実践魔術”という授業を受けているらしい。

 有事の際に国を守れるように、とのことだった。


 ペル――本名ウェスペル・ヴェルディア。

 ユアロスでも屈指の名門、ヴェルディア家の本家のご令嬢だ。

 ノクスも同じ“ヴェルディア”の名を持っているけれど、彼は分家の出身。


 それでもペルから見れば、ノクスはすでに宮廷術士として第一線で活躍する成功者。

 

 ペルもいずれは、同じ道を歩むのかもしれない。


 そんなことを考えながら、ノクスから貰ったお金でいくつかパンを買った。

 そして、それを片手に街の中をぶらぶらする。


 歩き続けているうちに、中央の噴水広場にたどり着いた。

 子どもたちが水遊びをしていて、保護者らしき大人たちが微笑ましく見守っている。


 私もベンチに座って、残りのパンを食べよう。

 そう思って、袋を膝に置いて腰掛けた。


 噴水の水しぶきを眺めながら、私は袋に手を入れる。


 ――あれ?


 二つめのパンが、ない。

 視線を袋へ移したときだった。


 「随分と無防備ですね、異世界の方」


 すぐ隣から声がした。

 驚いて振り向くと、男が座っており、私のパンを手に持っていた。


 柔らかな金髪に、青い瞳。

 整った顔立ちだけど、目元を隠すようにかけられた眼鏡のせいで、どこか表情が読めない。


 「……えっと、誰?」


 思わず口に出すと、男はパンを一口かじってから、微笑を深めた。

 その笑顔は、どこか馴れ馴れしくて、なのに得体の知れない距離感だった。


 「あなたに興味があって。……ご挨拶が遅れました、僕はマーネといいます」


 ゆったりとした声。まるで、最初からそこにいたような自然さ。

 けれど、私は間違いなく、この男の気配に気づかなかった。


 「……マーネ?」


 聞き返すと、彼はパンをもう一口かじり、咀嚼のあいだもずっと私から目を逸らさなかった。


 「あ、私は青山琴子あおやまことこって言います……」


 「知っていますよ、コトコさん。ノクス様から伺っているので」


 にこりと微笑むその顔には、悪意も敵意も見当たらない。


 ――ノクス“様”? この人、一体何者?


 「ところでコトコさん。あなた、ひとりでここまで?」


 「あ、はい……」


 「なるほど。――それでは、そろそろ戻りましょうか。お城へ」


 「えっ……」


 いつの間にか立ち上がったマーネは、まるでそれが当然のことのように、私に手を差し出していた。

 

 その所作はどこか優雅で、まるで童話の中の王子様のようで……少しむず痒い気持ちになる。

 正直、見た目はけっこう、好みの部類だった。


 まるで少女漫画のワンシーンに入り込んだみたいで、ちょっとだけ、自分でも可笑しくなった。

 

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