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誰を選んでも後悔しそうな異世界ラブコメ  作者: 谷口凧
第一章:異世界転生?帰りたいけど帰れない
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第十七話 異世界観光へ

 「……コトコ様は、何に心を動かされますか?」


 唐突な問いに、私はまばたきを返すしかなかった。


 「……え?」


 ノクスはテーブル越しに、相変わらず穏やかな表情を浮かべていた。けれどその声音には、私の内側を探るような静かな圧が滲んでいて――ふいに言葉が詰まる。


 「うーん……」


 私は唸りながら、背もたれに身を預ける。

 だけど、何も浮かんでこなかった。

 

 泣いたり笑ったりはしてきたはずなのに、心が揺れた瞬間と問われると――自分の人生が、驚くほど平坦だったように思えた。


 「元の世界では、何をされていたんですか?」


 ノクスが、静かに問いかけてきた。


 「会社員だよ。それなりに大きな会社。給料は良かったけど、休みはほぼなかったね」


 口にしてみて、改めて思う。

 私の毎日は、労働で埋め尽くされていた。


 「そうですか。それは……お疲れ様でした」


 ノクスの声は、静かに、でも確かに心を労わってくれていた。その真っ直ぐな優しさに、なんだか少し気まずくなる。


 「では、この国では、目一杯休んでくださいね」


 「……それはありがたいけど、私は元の世界に帰るからね」


 「ええ。もちろん。……せめて、それまでは」


 言葉を選ぶように一拍置いて、ノクスが続けた。


 「そうだ。休むといえば……観光など、いかがですか?」


 「観光? 何かこの国ならではの、面白い場所とかあるの?」


 思わず聞き返すと、ノクスはゆっくり頷いた。


 「はい。例えば、今の季節なら《浮遊庭園フローレラス》などが最適です。空に浮かぶ庭園群で、魔術によって浮遊する島々に、無数の花が咲き誇ります」


 「なにそれ……ちょっと気になるかも」


 思わず身を乗り出した私を見て、ノクスは口元をわずかに緩めた。


 「花の蜜を吸いに来た魔蝶や、小さな羽獣など、珍しい生き物も多く見られるでしょう」

 

 「え、見たいな……」


 ――青山琴子は生き物全般が好きだった。


 だからだろうか。胸の奥から、久しぶりに“ワクワク”が顔を出すのを感じた。

 まるで長く閉じていた窓が、ふと開いたような感覚。心が、ほんの少しだけ軽くなる。


 ああ、そういえば――

 心が弾むって、こんな感じだった。


 「ちなみに、近くには貴族向けの高級宿もあります。景観もよく、料理も絶品ですので、ご希望があれば宿泊も手配いたしますよ」


 「くっ……。……行く!」


 即答した私を見て、ノクスはわずかに目元を細めた。その微笑みには、どこか読み取れない意図がにじんでいる。


 「……感情の揺らぎは、力を引き出す鍵かもしれませんからね」


 その瞳の奥で、何かを測るような光がちらりと揺れた。


 「そんな目で、見るなっ」

 

 軽く睨むと、ノクスは肩をすくめるように、冗談めかして視線をそらした。

 

 「では、明日お迎えにまいりますので」


 ノクスが、いつものように丁寧に告げる。


 「えっ、明日? 急じゃない?」


 「浮遊庭園は、午前の光が差し込む時間帯が最も美しいのです。せっかくですので、一番いい状態でご覧いただきたく」


 「……それは、たしかに見てみたいかも」


 ちょっと戸惑ったけど、なんだかんだで観光という響きに心が揺れる。


 「なにか準備したほうがいい? 服とか、持ち物とか……」


 「こちらで手配いたしますので、お気になさらず」


 ぬかりない対応。なんだか、役員になった気分だ。


 ――観光なんて、いつぶりだろう。


 元の世界では、そんな余裕なんてほとんどなかった。


 仕事に追われて、休むためにもスケジュールを調整して、ようやく取れた休みでも、翌日のメールの山が頭をよぎる。


 心から休むなんて、できたことがあっただろうか。


 だからこそ、今こうして何も考えずに観光に行けることが――ちょっとだけ嬉しい。


 「……とはいえ、ダメだダメだ」


 自分に言い聞かせるように、頭を軽く振る。


 私は、帰るんだ。元の世界に。

 この世界に馴染んじゃいけない。


 ……でもまあ、帰り方がわかるまでは。


 (部長、課長、あと、部下たちも。勝手に長期休暇入ってごめん……!)


 心の中で深々と謝罪する。


 

* * *

 


 その後は、ノクスに案内されて、城下の街をあちこち歩き回った。


 広場では大道芸人が陽気に踊り、焼きたてのパンや香辛料のいい匂いが漂ってくる。

 道ばたの露店には、見慣れない果物や小さな魔道具、光る鉱石なんかが並んでいて――歩くだけでも飽きなかった。


 そんな中、ノクスは相変わらず、丁寧に私をエスコートしてくれる。


 通りすがりの女性たちは、彼を見るたび頬を染め、視線を送っていく。


 (……やっぱ顔はいいよね、この人)


 王宮付きの術士というだけでも、十分スペックが高そうなのに、所作もスマート。服装のセンスも良く、雰囲気まで気品がある。


 (でもな〜……たぶん私より年下っぽいんだよな〜)


 私は、年下を恋愛対象として見られない派だ。

 なんというか、どうしても構えてしまう。

 年下にリードされるのって、ちょっと想像できないんだよね。


 というわけで、ノクスは心の中で無し判定。

 勝手に査定してごめん、とか思いながら。


 街をひと通り見てまわったあと、ノクスはおすすめの食堂へ案内してくれた。


 野菜たっぷりのスープに、香ばしい肉料理。

 それに、キラキラした果実のデザートまで。

 完璧な“当たり”だった。お世辞抜きで、ちゃんと美味しい。


 ――満足した私たちは、夕方ごろ部屋へと戻った。


 「では、明日。朝に迎えにあがりますので」


 「うん、ありがと。おやすみ〜」


 部屋の前で軽く手を振って別れ、私は中へ入る。


 中では、すでに侍女たちが待機していて、着替えや入浴の準備、髪の手入れなど――至れり尽くせりのお世話が始まった。


 (……成人になってから、こんなにお世話されるなんて)


 くすぐったいような、不思議な気分だった。

 しかも、この侍女たちがまた、そろいもそろって美女ばかり。


 (これ、王様の趣味だったら笑うな……)


 くだらない妄想を浮かべつつ、ふと考える。


 (……異世界人が私で良かったな)


 もしも、この国に来たのが邪な人間だったら、この美しい侍女たちは、どうなっていただろう。

 

 恭しくもてなされるこの待遇だって、悪用されていたかもしれない。

 

 ノクスだって、変な命令を押しつけられていたかも。

 そう思うと、少しぞっとする。


 まあ、考えすぎかもしれないけど。


 私はベッドに入った。

 明日は、朝から観光。


 まるで修学旅行の前夜みたいな、ちょっとしたワクワク感。

 楽しみにして、眠りについた。

 


* * *

 


 夢の中。


 また、追われている。

 以前と同じ、恐ろしい何かが暗闇の中から這い寄ってくる。


 ――助けて。助けて。


 何もない空間で、助けを求めて走る。

 足音。心音。呼吸音。全部が重なって、やがてノイズに変わっていく。


 そして――また、あの声。


 「……ス……セ……ミ……デ……」


 何を言っているのかは分からない。

けれど確かに、それは私に向けて語りかけていた。


 「……っ!」


 私は跳ね起きた。

 心臓が、どくどくと脈打っている。


 夢――なのに、やけにリアルな恐怖だった。


 「……あの声……私に、何かを伝えようとしてる?」


 ぽつりと漏らした言葉は、静かな部屋に吸い込まれていく。

 けれど、確かに“何か”が始まっている――そんな気がした。

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