第十五話 無自覚な力
謁見のあと、案内された城の一室に、私は思わず声をあげた。
「……わ、すごい。ホテルのスイートルームって、こんな感じなのかな」
繊細な模様の入った天蓋付きベッド、丸いガラステーブル、金縁のティーセット。美味しそうな菓子たち。
窓の外には手入れの行き届いた中庭。
全部が豪華で、全部が現実味から少し離れていた。
「当面のあいだここでお休みいただいて構いませんので、お好きにお寛ぎください」
ノクスは私の反応をどこか微笑ましそうに見ていたが、二人分の紅茶を淹れた後、問いかけてきた。
「――ところで、コトコ様。ご自身の力に、何か心当たりはありますか?」
湯気の立つカップを差し出され、私は椅子に腰を下ろす。
「力?」
カップを両手で包みながら、私は首を傾げた。
「正直心当たりはないけど、強いて言えば疲れを感じないこと、かなあ?
さっきめちゃくちゃ歩いたのに、全然平気だったし」
平気どころか、いつもより体が軽いような気さえする。
しかし、ノクスはそれを聞いた瞬間、どこか嬉しそうに答えた。
「それは私の術ですね」
「えっ?」
「小屋を出発する前に、術を施させていただきましたので」
「あ、そうなんだ……はは……」
(なーんだ、自分の力じゃなかったのか。ちょっと期待したんだけど)
私はテーブルに目をやりながら、力について考え直した。が、本当に何もした覚えがない。それなのに、こんなに優遇されてるなんて。
なんだか、ちょっと申し訳ない気さえしてくる。
「じゃあ……心当たりはない、ね」
「そうですか」
ノクスは軽き静かに立ち上がると、部屋の中をゆっくり歩き始めた。
まるで、何かを測るような視線で壁や窓を眺めながら。
「……隣国の異世界人は、この世界に来た時点で妙な力を使えたようなのです」
「へえ……」
「誰に教えられたわけでもなく、自然に」
私はお菓子を一つ手に取りながら、ノクスに視線を向けた。
「どうしてそんなに詳しいの? スパイでもいるの?」
ノクスは笑った。だがその笑顔は、妙に整いすぎていて、どこか作り物めいていた。
「はい。隣国に潜入している者からの報告です」
「……そっか。本当にいるんだ、そういうの」
私の問いかけに、笑顔を崩さずゆっくりと頷く。
(その笑顔、なんか怖いんだよなあ)
私は誤魔化すように、つまんだ菓子を口に運んだ。
さくっとした食感と、甘い果実の香りが口の中に広がる。
でも、それどころじゃない。ノクスの視線がずっとこちらに刺さっている。なんだかすごく観察されている気がする。
思わず息を呑んだ、そのとき――
廊下の方から、どたどたと足音が響いた。
そして、ガチャリと扉が開き、
「コトコお姉さーん!!」
赤毛の少女、ペルが勢いよく飛び込んできた。
「あっ……ペル!?」
抱きつくように飛びついたかと思えば、そのまま私の膝の上に乗る勢いで座り込む。
「どうしたの!?」
「お姉さんがお城にいるってきいて、来ちゃいました!」
再び、私をぎゅっと力強く抱きしめる。
「また会えて、本当に嬉しいです」
「私も嬉しい。でも、その……色々と大丈夫だったの?」
ペルは貴族のお嬢さま。普通なら、家出なんて相当怒られそうなものだけど――
「大丈夫です! コトコお姉さんこそ、私のせいでごめんなさい……」
しゅんとした表情、潤んだ目。
私は反射的に、優しく頭を撫でる。
「大丈夫。もう、気にしなくていいよ」
私がそう告げると、ペルの顔がパッと花開くように笑った。――可愛い。本当に、天使みたい。
けれどその次の瞬間、彼女は笑顔を崩さぬまま、妙に抑えた声で言った。
「――分家のお兄さんが、通報したんですよね」
ノクスを、真正面から見据えるペル。
「ええ。……他に手段がなかったもので」
ふたりは静かに、しかし火花のように視線を交わす。
その空気の張り詰め方に、私は息をのんだ。
(分家……? てことはこの二人って親戚?)
見比べてみると、どことなく目元や雰囲気が似ている気がする。
ペルは本家のご令嬢、ノクスは分家の当主候補。そんな構図が浮かぶ。
――しかし何よりも二人の美しい顔。
「……羨ましい」
つい、ぽつりと本音が漏れると、ペルがパッとこちらに向き直った。
「今、羨ましいって言いました? 私と一緒に住みたいってことですか?」
まっすぐな瞳。だがその輝きは、どこか強すぎた。
「嬉しいです……私、また一緒に住みたいなって思ってたんです!」
嬉しそうに私の両手を握る。
「また」一緒に住む、と言うが、ペルと過ごした時間は一日にも満たないはずだ。
「……うん、ありがと。そんなふうに言ってもらえて嬉しい」
私は曖昧に笑って返す。だが、どこか心がざわつくのを感じた。
しかしペルはそのまま私の手を握り、マシンガントークを始めた。
「お部屋はすぐに用意できますからね」「好きな食べ物は何ですか?」「私が作りますね」「一緒に綺麗なお洋服を見に行きたいです」
まるでテンションが壊れているような、そんな勢いだった。
――ノクスが一歩近づく。
「失礼します。……少し、診させてください」
そう言って、ペルの頭上に手を掲げると、淡く光が灯る。ノクスの表情がすぐに険しくなるのが、視界の端で見えた。
「魔術の反応はありません……ですが、明らかに様子が変です。コトコ様の力、という可能性はありませんか?」
「……私の?」
ノクスはこちらを振り返り、まじまじと顔を見つめてくる。
その距離に、私は思わず背筋を伸ばした。
「コトコ様の力が、ペルの感情に干渉しているのでは」
「え、いや、そんなことは……」
「無意識のうちに、誰かを惹きつけてしまう。……そんな力ではありませんか?」
ノクスの口調は丁寧なまま、しかしはっきりとした警戒を含んでいた。
そしてそっと、自らの周囲に防壁のような結界を張る。
私は――なんとも言えない気持ちで、それを見ていた。
(……なんか失礼だな)
けれど、どうしてだろう。
その扱いを、どこか遠いところで、受け入れてしまっている自分もいた。
――このとき、誰一人として気づいていなかった。
青山琴子の力が、祝福などではなく、世界を侵す呪いであるということに。




